第122話 ~アルム廃坑① 悪い予感を見逃すな~
アルム廃坑金鉱区。人類がこの場所に踏み込めた頃には、当然最も賑わった場所だ。発掘によって岩壁の多くはいびつに形を変えられ、そのまま魔物達の出現によって廃坑化、誰もその形を整備できず放置されたままの廃坑内は、曲がりなりにも整えられた他の鉱山や廃坑とは違い、天然の洞窟以上にいびつな内部構造だ。
勇騎士ベルセリウスを先頭とする部隊が鉱山内を駆けていく。途中の道を塞ぐ魔物達の数々を、勇者ベルセリウスの剣が次々と切り伏せ、続く優秀な騎士達も同じはたらきだ。巨体の魔物達は、一般に人の手で討伐することが難しいものだが、ここに至れる精鋭達にとっては打ち果たせぬ敵ではない。ガーゴイルのような強力な魔物も闊歩する廃坑内を、足を止めずに猛攻する騎士団の快進撃は、とどまることを知らなかった。
だが、そんな騎士達でさえ、たった一匹の魔物を目にしただけで足を止めることがある。ほぼ全力の走行を続けてきたはずの騎士団、それも勇騎士ベルセリウスという恐れ知らずの勇者を先頭におくこの部隊が、目の前にたたずむ一匹の魔物を目にしただけで、接近をためらうほどの存在がいる。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぜ」
「ディルエラ……!」
後続の部下達に、目の前にいる脅威の正体を伝える意味も含め、ベルセリウスは敵の名を呼ぶ。現在の魔王軍残党の中でも、最強の存在と呼ばれてやまぬ獄獣ディルエラは、ややベルセリウスと距離を保った位置で、あぐらをかいて背中を見せていた。
弓を持つ騎士の一人が、最前列にいるベルセリウスの隣に並び、その弓を引き絞る。だが、その騎士を振り返りもせず、首を振ったベルセリウスの動きが、その程度の攻撃では奇襲にもならぬことを正しく示唆している。ほんの一瞬でも獄獣ディルエラから目を切ることが出来ない勇騎士の所作が語るとおり、背中を向けて座るはずの獄獣から発せられる威圧感は凄まじく、弓を構えた騎士も、自己判断で矢を放つ決断を踏めなかった。
その口にくわえていた葉巻をディルエラが指に挟み、短くなったそれを前に投げ捨てたのは、後ろから見てもわかることだ。上を向いてくつろいだように煙を吐く姿は、自分の後方にいる騎士達との距離感を、振り向かずしてしっかり把握しているからこそ。
「なあ、ベルセリウス。お前が一番欲しいのは、俺の命だよな」
「……そうだ」
「よし。この金鉱区に潜む俺を捕まえて、殺してみな」
そう言って立ち上がった獄獣の肉体は、背中を丸めて座っていた姿よりも遥かに大きなシルエットを形作り、その恐ろしさを知る騎士達に息を呑ませる。唯一動じず騎士剣を正しく構え、突撃に移行しようと片足に力を入れかけたベルセリウスだけが、この場で唯一動けた人間だ。
そんなベルセリウスの眼前、獄獣ディルエラは前方に向かって勢いよく跳ぶ。敵との距離を詰めようとしたベルセリウスが、先程まで獄獣の立っていた場所に辿り着くと、そこが切り立った崖の端であった事に気付く。
見下ろせば、8階建ての建物もすっぽり入るような巨大な闇の大穴だ。散見する蛍懐石が廃坑内を照らし、ベルセリウスの見下ろす先、斜め下の別の崖穴に着地した獄獣が、振り返って牙を光らせている。薄暗い遠くにあっても、向こうがにやりと笑みを浮かべていることがわかる表情である。
「――進軍を続ける! 獄獣の存在に警戒し、周囲によく目を配れ!」
踵を返し、金鉱区の探索に向けて部下達を率いるベルセリウス。騎士団を誘うような動きを見せた獄獣が、今後も宣言どおり金鉱区に留まるとは限らない。もっと言えば、騎士団をこの金鉱区におびき寄せた上で罠に嵌めようとしている可能性もある。よく言えば獄獣は武人肌で小細工を好まない傾向があることもベルセリウスは知っているが、奴の同胞である黒騎士や百獣皇も一枚噛んでいるのであれば、どんな策を仕掛けてくるかわからない。そもそも獄獣も、考えなしに自分を餌にする単細胞ではない。
アルム廃坑内を駆ける、勇騎士ベルセリウスを先頭とする騎士集団。この金鉱区に獄獣がいることを知ったことは大きな情報だが、それは同時に深い不安と覚悟を強いられる要素でもあった。
空を舞う人影ひとつ。光輝く魔力の結晶である翼を、背中に背負う勇騎士が、空を自由自在に飛び回り、アルム廃坑銀鉱区上空を飛び交う魔物達を、次々とその槍で以って敵を葬っていく。そして彼と少し離れた空中にも、二人の法騎士が同じような翼を背中に構えて、戦っている。
「リビュートは第32小隊の上空に回れ! シャルルは第7中隊上空!」
了解、の一言を残し、指示された空域に向かって飛来する二人の法騎士。騎士団内において、風を翼に変えて背中に纏い空を舞う魔法、天駆ける闘志の使い手はさほど多くない。勇騎士ゲイルを筆頭とする、騎士団内で空中戦を得意とする者が極めて限られるのは、武器の扱いと空を舞う魔法を両方高い実力で行使できる才能、それに恵まれる者が少ないからだ。
制空権を持つ魔物を切り崩すには、単体でもそれなりの実力を持っていなければいけない。法騎士、ないし勇騎士という立場に上り詰めた三者だからこそ、単身空を駆けても目の前に現れる魔物、人型の魔導士ジェスターや、悪魔ガーゴイルを切り崩し、敵の数を削ることが出来る。
「我が騎士団の部下を傷つけさせはさせん! 氷撃魔法!」
法騎士リビュートの名で知られる法騎士は、空中から地上のトロルの脳天目がけ、尖った氷の塊を放つ魔法を発動させる。目の前の騎士を殴りつけようとしていたトロルの後頭部に、頭と同じほどの大きさの氷塊が突き刺さり、ぐらついたトロルを騎士が討伐する。それとほぼ同時、地上近くの位置から一気に急上昇したリビュートが、横から自分自身を射抜こうと雷撃球体を放っていた、魔物ジェスターの攻撃を回避する。
「――火炎砲術」
戦意を露にする法騎士リビュートとは対象的、冷徹な表情で地上のミノタウロス目がけて炎の砲撃魔法を放つ法騎士シャルルの一撃に、直撃を受けたミノタウロスは悶絶する。遠方からミノタウロスの首から上を狙撃する銃士や弓兵のはたらきにより、この魔物の討伐されたと言っていい。
同時にシャルルに襲い掛かろうとする、大鷲のような体躯を持つ魔物コカトリス。強力な魔法を放った直後にも関わらず、冷静にそのくちばしを回避したシャルルは、すれ違い様にコカトリスの首元を騎士剣で切りつけ、コカトリスはきりもみ回転して地上に落ちていく。
空中戦を制する強力な兵がいれば戦況は一気に優勢となる。視野の広い空中戦士達は、常に地上の動向に気を配り、危うしと思えばすぐさま援護に駆けつけてくれる。常に地上と空中の敵の動きに目を配る動きには、飛べない騎士達こそ慣れており、逆に空を飛ぶ人間と遭遇したことの少ない地上の魔物達の方こそ、上空より援護する法騎士に対応する視野を割きづらい。
そして魔物達にとって有力な駒である、空中から人間達をかく乱する魔物達が、次々とゲイルによって葬られていくこの戦況。自由自在に空を舞い、射程範囲内に入った鳥の魔物達、ヴァルチャーやコカトリスを、次々と首落としにしていくゲイルが、魔物達の計算を狂わせていく。
「戦況は前向き、だが……」
地上にて騎士団を後退させるべく投入される、ミノタウロスの上位種にあたるビーストロード。地上の騎士達がそれを目にして怯むより早く、その魔物に上空より急接近するゲイルに、視野も広い魔物の士官格、ビーストロードは得物のハルバードを振るって撃墜しようとする。
さらなる加速を得たゲイルは、ビーストロードの武器先が自分の首元を捉えるはずの計算を狂わし、一気に距離を詰めてすれ違う。その瞬間にゲイルの槍先がビーストロードの首元を捉え、頚動脈を切断されたビーストロードの首から鮮血が噴き出した。太すぎるビーストロードの首は、やはり今の一瞬で一太刀に落とすことが難しい。
ビーストロードの絶命は時間の問題として、空中での戦いに戻るゲイルは、襲い掛かるガーゴイルやヴァルチャーの攻撃の数々を、身を翻して回避に徹する。遠方にはガーゴイルの上位種にあたる、ネビロスの影も見える。地上部隊にあれが接触するより早く、あれを落とさねばならないと戦況を見定めながらの戦いだ。
「……ヴァルチャーやコカトリスが多すぎる。どういう布陣だ?」
ガーゴイルやネビロスなど、魔法を扱うことが出来て身体能力も高い魔物の方が、もっとこの空域に現れると想定していたゲイル。ヴァルチャーやコカトリスは素早さこそ厄介だが、ガーゴイル種やジェスターほど厄介ではない。そんな魔物が多い現状に、ゲイルも想定より遥か未満の苦労しかしていないが、だからこそ敵の甘すぎる布陣に引っ掛かる。
「いずれにせよ、油断は出来ぬな……!」
視界の外から飛来するヴァルチャーを切り落とし、ゲイルは広い視野を捨てずに周囲を見渡す。次々と襲い掛かる空中の魔物達が落とされる中、地上は空から降り注ぐ魔物の血で染められつつあった。
ひとつの連隊には聖騎士以上の騎士が二人以上いる。鉱山内部に突入する陣営と、鉱山外部を駆ける陣営に二つ分ける際、それらは分かれて動くのが基本だ。例えば廃坑金鉱区に突入した旅団においては、聖騎士グラファスが鉱山外部を駆け、勇騎士ベルセリウスともう一人の聖騎士が鉱山内を走っている。銀鉱区に突入する旅団は、勇騎士ゲイル達が鉱山外部を制圧する一方で、近衛騎士ドミトリーが廃坑内部に進軍するという形を取っている。
廃坑内部の方が強力な魔物が腰を据えている可能性がやや強く見込まれることから、鉱山内に有力な指揮官が送られる傾向が強い。ここ、武鉱石の多く採掘された武鉱区においてもそれは例に漏れず、この旅団において最高戦力である勇騎士ハンフリーも、鉱山内を駆ける役回りを買っていた。別の角度から一人の聖騎士を筆頭にする連隊も進軍しているし、鉱山外部は名高き聖騎士クロードが制圧してくれるだろう。一人の聖騎士に鉱山外部を一任するのは本来不安の残ることでもあるが、それを補って無双の実力を誇るクロードだからこそ、それを任せられる。
やや魔物の数が少ない武鉱区であるが、時折ワーウルフ数匹に接触したり、巨岩が動き出した魔物サイクロプスが出現したりと、少数精鋭の強力な魔物で構成された場所なのだろうか、と判断することが出来るこの武鉱区。魔物と遭遇するたびに緊張感は高いものの、勇騎士ハンフリーのみならず、追従する騎士達が進軍の足を鈍らせるほどではない。犠牲者を出すことなく、堅実な進軍を重ねるこの部隊は、勇騎士ハンフリーの手堅い攻め方に基づく結果を、今のところ出している。
今のような同じ様相で戦場が続くのならば、何も困らない。魔王マーディスの遺産のような、卓越した実力を持つ魔物の幹部格が現れるなら、その時はその時なりの動きを取ればいい。兵力に欠落の無い現状、想定していた作戦の遂行を行うにあたって懸念要素は無いと言っていいだろう。
不安の少ない現状だからこそ、ほんの少し目先の光景が変わっただけでも、それに対する警戒心は強く響いてくる。勇騎士ハンフリーの前方からゆっくりと進んでくる、本来脅威とも思えぬような魔物でさえ、今この場で遭遇することは神経を使うに値する対象だ。
「……イビルスネイルか?」
大きな犬ほどの巨体を持つ、突然変異のカタツムリのような外観を持つ魔物、イビルスネイル。基本的に無害な魔物であり、大森林アルボルのような場所に多く生息するような魔物だ。コズニック山脈も山林を擁するため、イビルスネイルが生息していても不思議ではないが、今までの歴史の中で、イビルスネイルがコズニック山脈で目撃された例は少ない。
なぜならこの魔物は戦う力に乏しく、他の魔物に捕食されるような存在だ。強力な魔物の群生地であるこんな場所に、イビルスネイルが生存していること自体、不自然なことである。向き合うハンフリーも、イビルスネイル単体に脅威を感じたわけではなかったが、正直なところ強い違和感を感じざるを得ない。
ゆっくりとイビルスネイルに近付くハンフリー。殺戮の趣味はないが、不自然な存在である以上、どんな危険な種を持っているかわからない。無害な魔物を葬ることに気の毒な感情を抱かぬこともなかったが、ここは切り伏せて進むべき場面だ。
だが、ハンフリーがイビルスネイルに近付いた瞬間のこと。
「っ……!?」
突然一匹のイビルスネイルが、その頭の先から大量の体液を噴出した。それはまるで、桶の中に入れた大量の水をぶち撒けるかのようにハンフリーに襲い掛かる。危うく後方に跳び退いたハンフリーがそれを浴びることはなかったものの、多量のイビルスネイルの体液が、廃坑内の地面をびしゃびしゃにする。
ハンフリーが驚いたのは、半ば奇襲の体液浴びせそのものではない。体液を吐き出しきったイビルスネイルは、まるで体の水分を全て吐き出したかのように干からびて、その場でぐったりと横たわってしまったからだ。大きな巻き貝だけ残してカラカラの肉体を干すイビルスネイルの行動は、少なくとも生物学的に自然な行動ではない。
「……焼き払え」
後方の騎士達の中、魔法を使える騎士に指示を下すと、火術を放つ騎士達によって、前方のイビルスネイルは焼かれていく。それらが完全に息絶えるまでの間、ハンフリーの思索の中にあったのは、この廃坑内に秘められた魔王マーディスの遺産の悪意に対する、強い警戒心。
イビルスネイルの放ったあの体液が、攻撃用のものだとすれば、あれは消化液か何かなのだろう。だが、獲物を見定め消化液を放つ魔物というのは、対象を動けなくするか溶かしてから、それを摂取するのが目的なのだ。目の前のイビルスネイルは、自分の命を捨てて、消化液らしき何かを放ってきた。自分が死んでしまったら、目の前の獲物に液をかけたところで、その目的が何であれ自分にとって何の得もないではないか。
自分の命も顧ない、特攻要因として黒騎士が作った魔物なのか。いや、恐らく違う。黒騎士ウルアグワがそうした目的にしてこの魔物を作ったにしては、あまりにこれはポテンシャルが低すぎる。油断さえしなければ、ましてその攻撃手段がわかった今となっては、誰一人としてこのイビルスネイルの攻撃を浴びるような騎士はいないだろう。駒としてもあまりに、この魔物は非力すぎる。
イビルスネイルの群れが炎に焼かれて息絶えた末、ハンフリーは屍を超えて進軍する。後に続く騎士達も、今あった光景には、殊更緊張感を高めたことだろう。何が起こるかわからないアルム廃坑、その一端を実感した感覚は誰しもあっただろう。
その程度の認識で留めておいてよかったのだろうか。悪意の塊であり、劣悪非道の代名詞とまで人類に言わしめた黒騎士ウルアグワが拠点としていたであろう、このアルム廃坑。イビルスネイルの発生という不自然が語る悪意の正体は、今はまだ騎士団を蝕む毒として芽吹いていなかった。
そう、今はまだ。
狭い坑道を駆けることは、道に迷わぬ反面不安を伴うものだ。一本道で、来た方向と前方を何らかの形で塞がれることになってしまうと、孤立して動けなくなってしまう。もとより鉱山として認められていた頃から、万一の落盤などに備えて道は広く取られているアルム廃坑だが、意図的に地形を変化させる力と知恵を持つ魔物達が相手では、一本道を走る足も自ずと速くなる。
やがて拓けた空間に出た、第14小隊を含む騎士団。何百人の人間が入っても収容できる容積を持つこの大空間は、かつてアルム廃坑金鉱区第3発掘場として知られていた場所だ。予想通り広い場所には多くの魔物が群生しており、構える騎士団に、その魔物達が襲い掛かってくるのも予想通り。
ワータイガーを切り伏せ、ミノタウロスを討伐し、ガーゴイルを魔法や飛び道具で撃ち抜く。繰り返される光景は前日と何も変わらないもので、疲労は伴うものの、大きな不安を抱くものではない。ここまで来ただけの実力を持ちながら、巡りの悪さか魔物の致命的な一撃を受けて斃れる騎士もいたが、それでも前に進み続ける騎士団の進撃は順調だった。
転機が訪れたのは少し後のことだ。第3発掘場たるこの空間の魔物をすべて掃伐し、負傷ないし落命した騎士達と、それを取り巻く数人の騎士が撤退を始めた頃、次なる地への進撃に踏み込もうとしたシリカに、突如ぞわりとした悪寒が襲い掛かる。
思わず横穴の一つを振り返ったシリカの眼前に現れたもの。それは、宙に浮かぶ骸骨のような魔物で、人間の頭蓋骨だけがふよふよと浮かぶ光景には、死霊の類の魔物との遭遇を意識する。
だが、何かが違う。この手の魔物は腐るほど見てきたが、こいつは――
「っ……!?」
骸骨の、眼球なき目元が怪しく光を発したかと思った瞬間、その口から凄まじい炎が放たれた。その炎は、回避したシリカの後方をまるで燎原の火のように焼き払い、そこにいた騎士達の全身を一気に焼き払う。
「ちっ……! 火術を使う死霊ってのも珍しい……!」
燃え盛る炎に手を伸ばしたマグニスが手を振るうと、炎は一瞬にしてマグニスの手にまとわりつくように縮小化し、まるでマグニスの手に吸われていくかのように鎮火する。残された、全身を火傷に包まれた騎士達がもがく中、火術の扱いには誰よりも長けたマグニスが骸骨を睨みつける。
勇猛たるガンマがその骸骨へと一瞬で距離を詰め、その大斧を振り下ろして骸骨を叩き割ろうとする。素早くそれを横に回避した骸骨だが、それを撃ち抜く魔法を詠唱する魔導士が一人。
「開門、岩石魔法」
地面から突き出す岩石の槍が、正体不明の骸骨を勢いよく突き上げた。その衝撃で上に跳ね上げられた骸骨にひびが入ったことを見受けたアルミナが、銃弾を骸骨に向けて発射する。骸骨の額に着弾した一撃が、ひび割れた骸骨を粉砕し、その欠片が地面に散らばった。
「――負傷者は隊の仲間と共に撤退! 残りはこのまま第4採掘場に向けて進軍する!」
シリカの号令に従い、騎士達もそれに準じた動き。数分前には、人間の怒号と魔物達の咆哮で騒がしかった第3採掘場はすっかり沈黙し、そこには魔物達の死骸だけが残されていた。
騎士団は知らない。突き進んだその後方、第3採掘場で唯一動く存在が残っていたことを。粉々にした骸骨の破片がふわりと浮き、採掘場の真ん中に集まっていったことを。そして数秒の間を置いて、先程までと全く変わらぬ、同じ頭蓋骨の形を形成したことを。
そして、周囲に散らばる魔物の死骸の数々。宙に浮かぶ骸骨が、淡く、おどろおどろしさを感じる妖しい光を放った瞬間、魔物の死骸の数々が爆散する。その肉体から、頭蓋骨の放つ引力に引き寄せられるかのように、魔物達の骨のいくつかが地面を這う。
魔物の死骸から、骨を集めた頭蓋骨。それは進撃した騎士団を追うように、ふよふよと宙を滑っていく。ぽっかりと空いたその目が妖しく光を放ち、それを見た者は誰もが言い知れぬ不安を感じるような気質が、謎の骸骨の周囲を包み込む。その進む方向に追従するように、魔物の死骸から集められた骨は地面を這っていく。
アルム廃坑、金鉱区。闇の奥に潜む黒騎士ウルアグワの仕掛けた悪意は、やがて想像を絶する形で騎士団に降りかかる。法騎士シリカの一瞬感じた言い知れぬ危機感は、まさしくその一角に触れた瞬間の出来事だったはず。部下達を導くため、それを意識から締め出したシリカの判断は正しいものだったが、後に起こることを思えば、もっと今の出来事を頭の片隅に置き続けた方がよかったのかもしれない。
太陽に暈がかかれば雨の前触れとされるように、出来事の前には必ず何らかの前兆がある。何かが起こる前にそれをあらかじめ確信できるほど、法騎士シリカも成熟したものではなかった。




