第121話 ~震える夜、燃える朝~
ゾーラ湖のそばにある、小さな洞窟。度重なる山脈調査の末、寝床として使える広さと位置条件を持つと判断されたこの場所で、第14小隊を含む連隊は一夜を過ごすことになる。山脈全体よろしく、石壁に蛍懐石が散見するこの洞窟内は光に事欠かず、真っ暗闇の洞窟で眠るような不安に駆られることもないのが、人間にとってはありがたい。
夜明けまでの半日弱、睡眠を取る者と洞窟近辺を警備する多数の兵を、時間性で交代して回す段取りだ。寝起きの戦士が全力を出すことは難しいため、起きている騎士と眠りにつく騎士の比率は、常に2:1ほどのものである。それで交代制の睡眠を取るのだから、半日弱のキャンプ期間があっても、眠れる時間はその3分の1程度のもの。長く戦場を駆けてきた末にこれなのだから、過酷なものである。
「やっぱ夏だから、洞窟の寝床が選ばれるのかな」
「涼しいしな、やっぱり。油断すると風邪を引くから、座って寝る方がいいらしいけど」
洞窟内に寝転がって尋ねてくるアルミナに、壁にもたれかかったユースも知る限りでの答えを返す。遠征時の宿営地の選出基準は様々で、騎士団においてもその理論はある程度体系立てられている。その辺りも生真面目に勉強してきたユースだが、この騎士団内における戦術知識をさらに究めていくと、それはやがて高騎士から法騎士に上がるにおいて必要不可欠な、専門教育にも繋がっていく。現時点で騎士階級のユースにとっては不要な豆知識だが、興味本位でそうした勉強を重ねているユースという人間は、やはり根っから騎士体質なのだろう。
洞窟での宿営は、もしも敵が夜襲をかけてきた際、敵の進んでくる方向が限られている。なので、四方八方を警戒する必要なく睡眠がとりやすい。ただし、一日じゅう日の当たらない洞窟内というのは案外冷えるもので、その上冷たく固い岩肌の上に眠る行為というのは、かなり体温を奪われる行為だ。疲れた体をそうした環境に置くと、風邪をひくこともある。それを避けるため、全身を岩肌に接することを避け、岩壁に背中を預けて座った姿勢で眠る者も多いというわけだ。衛生班もかぶり毛布を支給したり、魔法で時々洞窟内を温めたりと配慮は尽くしてくれるが、基本的にいい自然環境ではない。
一方、野外の睡眠は、魔物の夜襲など、有事の際には動きやすく、対応しやすいという利点がある。苔むした洞窟の岩肌の上に寝そべるよりは、草地の上で寝転がる方が、ほんの若干とはいえ体も楽だ。ただし、警戒すべき方向は四方八方全てであるため、突然の夜襲を囲まれる形で行われてしまうと、かなりの不利になる。開けた場所で一度動きを止めるのは相応のリスクを伴うもので、ここに関しては洞窟のような、壁を持つ空間の方が利点が高いと言えよう。また、にわか雨に晒された時に体力の消耗が激しいのも、野外の特徴だ。
「あとはコズニック山脈に生息する魔物の、活動時間とかから選んでるんじゃないかな。この山脈の魔物達は、昼型が多いみたいだし」
たとえば獄獣や百獣皇が率いるような、獣に近い習性を持つ魔物は昼に活動しやすく、黒騎士が率いるような、悪魔や屍兵のような魔物は夜に活動する傾向が強い。コズニック山脈に分布する魔物の数で言えば、獄獣や百獣皇の率いる魔物達が多いのだ。
野外で眠るなら、見晴らしのいい日中に睡眠を取り、夕方から夜にかけて進軍するのがいい。暗い夜中に野外で睡眠を取ると、夜目が利く魔物に囲まれた時、こちらからは相手の位置がわかりにくいのに向こうには有利なばかりになる。まして寝起きの目では、夜襲に弱くなってしまうのは明白だ。一方、洞窟内で睡眠を取るなら夜中に寝るほうが安定する。進軍時間が昼に設定できるため、明るい中で戦闘に臨める利点が大きいからだ。
人間側からすれば、魔物の活動時間と自分達の活動時間は同じものにしたい。睡眠を取る時間帯に魔物に活性化されるのが、一番困る。洞窟内での宿営は、野外よりも夜の時間帯に睡眠を取ることに向いているため、昼型の魔物が多いコズニック山脈では、洞窟での宿営を夜に為す方が、リスクが低いと判断されるわけだ。何年もかけて、近年でも繰り返しコズニック山脈は騎士団によって調査されてきたが、そうして得た情報の数々から、騎士団参謀部がそうした結論を遠征時に導いてくれている。敵地で一泊という危険な行為を、最大限リスクを削いで為すには、やはり積み重ねてきた情報が大きな武器となるのである。
第14小隊は、日付が変わる前後の時間帯を睡眠時間と定められている。さっきまでは、夕暮れ過ぎから夜にかけて、ここで睡眠を取っていた騎士達を守るため、夜中警備の一環に加わっていたが今はその疲れを癒すために眠る時間である。仕事に順ずる姿勢が徹底しているシリカは早々に眠りについたし、寝つきのいいガンマとチータもそれに同じ。怠け者のマグニスは言わずもがなだが、この4人に共通しているのは、毛布も必要とせず壁にもたれる形で眠っていること。
石壁の近く、小さな体を横にして眠るキャル。他の4人は、さして運動向きでないチータさえも含め、戦慣れの賜物で体力には不具合のない面々だ。この小隊で一番小柄であり、その上で最も広く戦場を見渡す視野が求められる射手という立場のキャルは、華奢な肉体に不釣合いなほど、最も忙しく戦場を駆け回っていた。最初は、周りに倣って石壁に背中を合わせて寝ようとしていたキャルだが、意識が落ちる数秒前、その体勢に耐え切れなかったかのように体がゆっくり崩れ、無防備極まりない体勢でそのまま眠りについてしまったのだ。
休暇中の海でもそうだったが、腰周りの露出をすごく嫌うキャルは、絹をスカートのように腰に巻いて日々を過ごしている。半身を下にしてで眠りにつくキャルの、腰に巻かれた絹もはだけてしまい、このままいつか目覚めたら、なんてはしたない格好で寝てしまったんだろうと頭を抱えることだろう。
「キャル、どうだった?」
「縦横無尽。ずうっと駆け回ってて汗びっしょり。何回水あげたかわかんない」
戦う中でも衛生班に駆け寄り、水を求める戦士は多かった。こうした大遠征において、兵力が多く用意されているのは、周りと連携を取って、合間を縫ってそうした休息を取ることが出来るようにだ。夏日でずっと戦いっぱなしの戦士達が、水分も取らずに戦い続けられるわけがない。それで半日を丸々戦い続けられるような熟達の騎士は、法騎士以上の階級で実力が卓越しており、最低限の労力で敵を討つ戦い方が出来るような者達だけだ。
自由奔放に見えて判断力に秀でたアルミナは、水分補給のタイミングなどもしっかり計算に入れて立ち回っている。ともすれば、余分の水筒を衛生班から受け取って、肩で息をし始めた騎士を見かけた際に、配り渡していくほどの配慮まで見せているほどだ。そんなアルミナがずっと気にかけていたのがキャルであり、なぜなら絶え間なく戦場を駆け回るキャルは、アルミナ以上に多くの騎士達の援護を為していたと同時に、目の色を悪くして息を切らす姿が目立っていたから。
大きな仕事でも、小さな仕事でも、自分に出来ることがあるなら全力でやりたい。そう考えるキャルは体の動く限り、どこまでだって自分に鞭を打ってしまう。費やした魔力によって霊魂が疲弊し、きっとめまいに近い症状が体を貫いても、休む道を選ばない。サボり好きのマグニスと対極と言えるが、逆位置を通り越して極端に働きすぎだと、アルミナは酷評したい気分だ。
「わかるんだけどね、頑張りたいのは。でも、無理しすぎも良くないって、私思うんだけどな」
アルミナがキャルの顔を近く覗き込んでも、深い眠りに取り込まれたキャルは反応ひとつ見せずに呼吸を繰り返すだけ。日頃は彼女と同室で眠るアルミナは、平常時のアルミナの寝息というのが頭に残っているのだが、息を切らすように深い寝息を立てる今のキャルは、疲れ果てている彼女の容態を物語るものに見えてならない。
自身も疲れている中、わざわざ体を起こして衛生班の元へ行き、1枚のかぶり毛布を借りてくるアルミナ。その行動が何を意図してのものか、一目で感じ取ったユースの予想通り、アルミナはその毛布でキャルの首から下を覆い隠す。
「またマグニスさんに、過保護だなってからかわれるぞ」
「風邪引いちゃったりしたら大変でしょ」
らしい回答にユースがくすりと笑うと、アルミナはユースの隣に座る。ユースの位置からはキャルの顔がよく見えるのだが、温かい毛布に包まれたキャルの口元が、心地良さそうにむにゅむにゅと動く仕草を見て、まるで娘を見守る母のような顔でアルミナが息をつく。
雨の日も風の日も、初めて出会った時からキャルの身につけていた、スイートピーの髪飾り。今日、その隣に着飾られたスズランの髪飾りは、出撃前日の昨日にシリカから受け取った、キャルにとっては肌身離したくない宝物だ。戦場にお洒落を持ち込むような感性を持っていないはずのキャルが、邪魔になり得る着飾りを身につけてきたことからだけでも、そのスズランに抱くキャルの強い思い入れがよくわかる。
「アルミナのそれも、シリカさんにだったっけ」
「うん。似合ってる?」
自慢の宝物をにへっと誇らしげに見せてくるアルミナは、ああいつもどおりだなとユースも思う。キャルのスズランのスイートピーを指先でくすぐりに行く仕草も、シリカに貰った自分の宝物という、共通の財産をキャルと分かち合ったことを嬉しがる象徴みたいなものなんだろう。
アルミナがスズランの髪飾りに触れた途端、深く眠っているはずのキャルが、目をぎゅっと絞って寝返りをうってしまう。唯一無二の宝物を誰にも触られたくないのか、まどろみ深くながらスズランを守ろうとするキャルの姿に、アルミナも苦笑して手を引っ込める。
「くすっ、私にも触られたくないなんて。つけてあげたのは私なのに」
「寝てるから誰が触ってきたかわからないんだろ」
回答見えての掛け合いを挟み、ユースもアルミナも静かに声を漏らして笑う。周りに疲れた騎士達が眠っている中で声も小さくなるが、何より目の前のキャルを起こしたくないのが一番の想いだ。
「明日、どうなるかな。今日もきつかったけど、明日はいよいよアルム廃坑だもんね」
「……まあ、人の心配してる場合じゃないよな」
タイリップ山地、プラタ鉱山、サーブル遺跡。数々の死地を潜り抜けてきた二人には、その都度訪れた死の危機が、今度こそ現実になるんじゃないかという不安が、いつも常にある。まして明日は、魔王マーディスの遺産達が潜む総本山であるかもしれない場所へ、その身を赴かせるのだ。
魔王マーディスの遺産は何匹潜伏しているのか。遭遇すれば、果たして自分達に太刀打ちの出来る相手なのか。生きて帰ることが出来るのだろうか。第14小隊の7人、揃って生存という未来は果たして叶うのだろうか。考え出せばきりがない。まあ大丈夫だろう、なんて楽観的に考えるには、二人はあまりにも経験不足で、成功へのビジョンを明確に作れない。
「……アルミナもいてくれるし、大丈夫だと思うけど」
「ふふ、お互い様よ。あんたが前にいてくれるなら、私も安心して援護に専念できるわ」
不安を抱く若者同士の、傷の舐め合いだというのはわかっている。それでも最も信頼するシリカの名も敢えて使わず、歯の浮くようなお世辞を言い合い発奮し合うぐらいには、二人は互いを信じている。近くて遠く、遠くて近い二人の心は、見えない確かな絆で繋がっている。今日までいくつの戦場で、二人命を助け合ってきたのかわからないぐらいなんだから。
逃げ出したくなるようなことなんて、双方百回以上経験してきたこと。それでも絶対に仲間を見捨てず最後まで戦ってくれると、100パーセント信頼できる仲間の存在は、何にも勝って心強いものだ。
「シリカさんに髪飾りを貰ったのが最後の思い出、なんて冗談じゃないもんね」
「……そうだな」
歴史的にも名高い、魔物達の総本山。突入前にしっかりした睡眠が必要なことだとわかっていても、目が冴えて眠れないのも当然だ。何が起こるかわからない明日を前にして、胸の高鳴りを抑えられなくなるぐらい、二人は第14小隊の中でも感受性が強すぎる。
夜話も一区切りに、どちらともなく口を閉ざし、眠りにつき始める二人。意識が離れるまで時間はかかる。主戦場を前にして二人の血は、冷え切ったままにして煮えたぎっていた。
「……配置は済んでいるのか?」
「ああ、抜かりなく。誘導するには骨が折れた」
暗いアルム廃坑の奥底で、闇の密談を交わす二つの大きな影。蛍懐石の散見する岩壁に囲まれた小空間の中心、どんな大柄な人間もそのサイズには敵わぬと思えるような、人型の影が二つある。
「だが、奴らはどう動くかわからん。決して気を抜くな」
「わかっている。我々とて、この大局地で共食いは望むものではない」
遠方より自らを討ちにきた騎士団のことではなく、他の何かを案じるような言葉の端々には、まるで魔王を討伐した人類よりも恐ろしいものが、この廃坑に潜んでいると示唆するような意図がある。事実、仮面をかぶった片方の表情は見えぬにせよ、素顔を闇の中に晒すもう一匹の魔物には、何者をも片腕で捻り潰せそうな豪腕には似合わず、僅かな不安が見え隠れする。
「……ゼルザール。俺に、武鉱区を任せて貰えないか」
「ほう。俺は金鉱区でなければどこでも構わんが、何か思うところでもあるのか?」
アルム廃坑は、金がよく採掘できた金鉱区、銀がよく採掘できた銀鉱区、武鉱石がよく目立つ武鉱区に大きく分かれる。人間達の間ではもっと細分化されているのだが、魔物達の間では、そうして大きく3つに分けて呼ぶのが主流のようだ。
百獣皇アーヴェルの、呪われた研究所も位置する金鉱区には、魔物達の中にも近寄りたがる者は少ない。それは気難しい首領格から距離をおきたいという理由もあるものの、その金鉱区に潜む、策士百獣皇の生み出したものの数々は、魔物達にとっても忌避せずいられないものだからだ。
「前々から興味深かった相手が、そちらから来る。手を合わせてみたい」
「くくく……お前も主に似てきたな」
ゼルザールと呼ばれた、巨体の魔物は悪辣な笑みを浮かべる。目の前の異形の存在と同じくして、魔王マーディスの遺産の中でも最強と呼ばれた主を近しく持つ身。遠く及ばぬ最強の主に、目の前の味方が近付いていることは、古参のこの魔物にとっては歓迎せずにいられない。
「いいだろう、アジダハーカ。武鉱区はお前に任せよう」
「感謝する」
獄獣の右腕と呼ばれる、番犬アジダハーカ。魔王マーディス存命の頃から獄獣の傍に仕えてきた巨人、ゼルザールも一目置く存在は、重々しい声と共に歩き出す。その背中は、ミノタウロスやヒルギガースも小兵としか見ない、強大な魔物ゼルザールの目を以ってしても頼もしく見える、魔王軍の中枢格だ。
12時間後の死闘に向けて、魔物の陣営もやがて騒がしくなってくる。決戦の火蓋は、今にもその口を切らんばかりに震えていた。
朝を迎えた騎士団の、最後の出撃準備。衛生班が馬車に乗せてきた矢や銃弾を、射手達が補充するのもこのタイミングだ。その後、8つの連隊で構成される計3つの旅団が、戦えなくなった者達を撤退させる流れを作り始める。
各連隊の衛生班を半分に分け、数名の法騎士主導で、撤退組の衛生班をエレム王国へと導くのだ。衛生班の、負傷者を乗せた馬車が、帰り道に襲われてしまっては撤退の意味がない。迅速かつ、より安全性を固めた撤退が求められる局面である。
はじめ一万を超える総勢だった師団も、この流れによって半分以下になる。それでも五千人弱の兵力と4人の聖騎士、3人の勇騎士、唯一無二の近衛騎士という強力な駒を持つ騎士団は、極端な弱体化を辿ったとは言わずに済む形だ。頭数の減少は勿論望むべくではないが、死体が増やされると黒騎士ウルアグワのような呪術師に、人の魂という武器を拾わせることになるので、死者を増やさぬようにする配慮も冷徹な価値観の下行われている部分もある。
「……いよいよだな」
撤退組の背中を見送り、近しきアルム廃坑の方向を向き直るシリカ。聖騎士グラファスを指揮官とするこの連隊に属する第14小隊は、別の連隊を主導する勇騎士ベルセリウス、また別の連隊を指揮する聖騎士とは違う角度から、アルム廃坑に突入する。
廃坑は、内部と山岳部に分かれ、各連隊はそれぞれの目的のもと様々な方向から廃坑を詰める算段だ。朝日の下、ゆっくりと進軍するシリカ達の僅か後方、第14小隊の面々も、マグニスを除いて非情に緊張した面持ちである。
「準備はいいな?」
はいと声を張るのガンマとアルミナ、重い声のユースとチータ。無言でうなずくキャルと、煙草の煙を吐き出してイエスを示唆するマグニス。それぞれの想いを胸にする各者だが、その目線が揺らがずシリカの見据える廃坑への道から切れぬのは、遠方より見えてきた魔物の数々を見定めてのこと。
地獄への入り口。ミノタウロスやケンタウルス、ガーゴイルといった、人里近くに現れることあらば惨劇の予感しかしない魔物が、徒党を組んで前進してくるのだ。その光景は、力なき人々が目にすれば住む町の壊滅の予感しかせず、未熟な戦士には尻尾を巻いて逃げることを促すものだ。
第14小隊の心はいずれも昂ぶっている。周囲に立つ、歴戦の戦士達も同じこと。力を合わせ、強大な敵を討伐してきた過去が魂を奮い立たせ、若かりし頃に出会っていれば全てを諦めていたような強力な魔物の群れに対し、その戦意を奮い立たせる。
「行くぞ! 第14小隊!!」
シリカが唱えたその瞬間、まるで示し合わせたかのように、前方より人間達に近付く魔物達の足が速くなる。応えるかのように駆け出す騎士団の軍勢。平原を飲み込む魔物達の巨体と、勇猛溢れる騎士団の咆哮が、アルム廃坑の前にして戦場を覆い尽くす。
魔物達の一番槍であるケンタウルスとシリカが交錯した瞬間、ケンタウルスの槍先がシリカの髪横をかすめ、同時にシリカの騎士剣がケンタウルスの胴体を深く斬りつける。次の瞬間、止まらぬケンタウルスの脳天目がけた銃弾がアルミナの手元を離れ、魔物も手に握る盾で銃弾をはじき返す。しかし視界が狭まったその直後、真横から突撃する上騎士の騎士剣が、ケンタウルスの頭部を頭頂部からばっさりと切り裂いた。
前を駆けたシリカに振り下ろされるミノタウロスの大斧を、横に跳ねて回避する法騎士。行った先にもまた別のミノタウルスによる大斧のフルスイングが待っており、かがんでかわすと同時にその手首に傷をつけるシリカ。そしてその横では、シリカに斧を振り下ろしたミノタウロスに対し、自身の巨大な斧を振りかぶるガンマの姿がある。
人間離れしたガンマのパワーを辛うじて得物で受け止めたミノタウロスの額を、直後キャルの矢が深く貫き立てる。身をのけ反らせた拍子に接近する周囲の騎士が、手傷を負うと同時に隙を見せたミノタウロスに距離を詰め、他方向から同時に切りつける。
「開門、地点沈下」
当のミノタウロスが倒れるすぐ近く、シリカの頭上をその大斧でかすめたミノタウロスの足元を襲う、突然の地盤沈下。斧を振るった直後に浅い落とし穴に片足を取られたミノタウロスが、バランスを崩しかけたその瞬間には、ユースがその懐に潜りこみ、顎下から勢いよくその騎士剣を突き上げていた。頭部を下から脳まで届く一撃に貫かれたミノタウロスが一瞬停止したすぐ前、ユースはミノタウロスの腹を蹴って離れると同時、その剣でミノタウロスの顔面を真っ二つに切断する。
「業火球魔法……!」
最前線で魔物の陣営をかき乱すシリカに向け、ガーゴイルの放つ巨大な火球。恐れずそれに直進するシリカの騎士剣は、万物を切断する魔力を纏い、一太刀にて火球を切断して道を拓く。減速など知らぬと言わんばかりの突撃に、魔法を放った直後の地上のガーゴイルとシリカの距離はあっという間にゼロに。目にも留まらぬシリカの斬撃が、ガーゴイルの胴体を真っ二つにしたのが、その直後の出来事。
第14小隊の動きを皮切りに、早くも4匹の魔物を討伐したことも、功績として覚える暇もないほど次なる敵が襲ってくる。火球を放つガーゴイルの魔法をチータの魔法が食い止め、素早いケンタウルスを横から射抜く射手の矢と銃弾が飛び交い、長いリーチで武器を振り回すミノタウロスに騎士達が敢然と立ち向かう騎士。そんな光景がありとあらゆる場所で、戦場狭しと繰り広げられる。
アルム廃坑進軍任務という、騎士団悲願の魔王マーディスの遺産討伐任務に指名された戦士達。第14小隊に限らぬ騎士団の猛者達が、次から次へと襲い掛かってくる魔物達を押し潰し、この先に待つ魔窟への道を拓いていく。
「全軍怯むな! まだ始まったばかりだ!」
年若き戦士など、一匹で一ひねりにするような怪物達を、最弱の兵として最前線を駆けさせる魔王軍本陣の層。かつてまでの戦いとはそれだけで重みが違うことを物語る過酷の中、法騎士シリカの怒鳴り声に近い声が高く響き渡る。まだ始まったばかり、それはこの程度でつまづいていては、この先に待つ恐るべき試練に立ち向かうことなど出来ぬという示唆そのもの。
長い一日の幕開けだ。何人の者が生きて帰れるだろうという当初の不安など吹き飛ばし、騎士団の精鋭達が死闘への扉を開いた。




