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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第8章  和順に響く不協和音~ディスコード~
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第117話  ~普通の一日~



 夢のような幸せな日が過ぎた翌日は、ただの平日が返ってきただけなのに、不思議といっそう寂しく感じるものだ。いつもと変わらぬ朝を向かえ、洗濯物を干そうと外に出たユースとキャルだが、そのついでに路地を覗けば、人通りがいやに少なく見えたりする。祭だった昨日までが、人通りの厚みが異常だったに過ぎないのだが。


 創騎祭の際には王都の治安を守る役目を預かったクロムも、普通に生活するぶんには問題ないとされ、この日を境にこの家に戻ってきた。8人の第14小隊全員で過ごすこの家はやはり居心地がいい。それはクロムのみの感想ではなく、一人欠けた日を長く過ごしてきた、他の7人にも同じく感じられたことだ。


 こんな日ばかりはマグニスも、帰還した友人を迎える意味を兼ねて、遊びに行かずにちゃんと朝食の席についている。この後の戦闘訓練にも駆り出されるのだろうが、そのうち隙を見て抜け出すつもりだろう。シリカも読んでいて、そうはさせたくないなと思っているが、上手くいくだろうか。


「騎士団上層部から通達が来ていたが、クロムはもう聞いているか?」


「ああ、医療班にも直接言われた。明日の遠征には俺は不参加だ」


 朝食の場で何でもないような会話の端、さらりと明日についての重要事項が発表される。耳にした全員の心に刻まれた事実だが、仮に聞き落としていても今日未明には、繰り返しシリカから発表されることだろう。


 復調し始めたクロムは、もう戦場に並んでもいいコンディションだ。その辺りの騎士あたりよりは余程強く立ち回れるだろう。しかし本調子ではないのもまた事実であり、本来なら大きな任務にお声のかかりやすい猛者であれど、まだ風通しの良い扱い方はして貰えない状況が続いている。


「大戦役に旦那なしっすか? 第14小隊にとっちゃあ大痛手なんすけどねぇ」


「命令だからな。俺も不本意だが、仕方ない」


 明日に控える任務というのは、師団ひとつ率いての大きな戦役への旅立ちだ。かねてより魔王マーディスの遺産が潜伏していると推察されていた地に乗り込む大仕事に、第14小隊の仲間達と乗り込めないのは、クロムもやはり寂しい。経験則から言って、極めて危険な任務であるのはわかる。自分もそこにいて、最善のために手を尽くしたいというのが当然の真意だろう。


 後のエレム王国の歴史にも深く名を刻むであろうと、今から既に言われている、アルム廃坑への進撃。それを明日に控えた第14小隊の緊張感は高く、任務開始の24時間前の現在からすでに、シリカの表情は少し固かった。誰しもそれは察せたし、それに伴いユース辺りも、彼女に感化されたのか少し緊張を面に出している。


「ともかく、明日は大事な一日だ。休暇と創騎祭でなまった体を本調子に戻すためにも、今日の訓練は入念にやるからな」


 訓練というか、明日のことを想えば調整の意味合いが強いのだが、この人のことだからゆるゆるの訓練にはならないだろう。腹を決めた第14小隊の若い衆は、軽く意識を固めて朝食を腹に入れるのだった。チータはシリカの戦闘訓練にしごかれないので、特に関係ない顔をしているが。











 騎士館の一室、畳敷きのやや風変わりな部屋の中、座禅を組む一人の騎士がいた。朝食時を過ぎてやや活気づいてきた街の空気からはまるで切り離されたかのように、この一室には、空気の流れも含めて何一つ動くもののないような、静かな空気がたたずんでいる。


 音も無きこの空間にノイズが紛れ込んだのは、何者かが部屋の扉を叩いた音。騎士館多くにある他の扉とも違い、(ひのき)作りの扉へのノック音はよく響く。部屋の主は何も応えなかったが、相手は了承も得ないままにして堂々と部屋に立ち入ってきた。


「精が出るのう、グラファス。朝のおつとめか?」


「今ではもう、習慣に近いものだよ」


 聖騎士グラファスという、騎士団の中でもその貫禄ゆえに声をかけられにくい人物の部屋に、ずかずか上がりこんでくる太い肝を持つ者など限られている。老練のグラファスとは実に対照的で、彼の孫とさえ思えるほどの小さな体躯の聖騎士クロードは、おはようの一言より早く世間話を振っていた。


「明日は明朝よりの出陣ゆえ、この時間にここで座禅は組めぬぞ?」


「今日のうちには南のナクレウスに移り、宿で一晩を明かすつもりだ」


 明日の昼前、コズニック山脈の浅部の一角で、廃坑進撃師団は集合することになっている。早朝にエレム王都を出発して、その時間に集合地に着く者もいれば、今日のうちにそこに近い場所で一夜を明かし、明日の朝の寝起きを遅らせる者もいる。長い戦いになることはわかっているため、そうして少しでも睡眠時間を多く取ることは密かに重要なことだ。グラファスの場合は、定時に行う瞑想の習慣を崩したくないだけのようだが。


「ナクレウスの宿には賢い騎士どもが殺到するぞ。予約を入れておかんと部屋が取れんと思うが、その辺りは周到なのかのう?」


「宿がなければ、コブレ廃坑の休憩所にでも床を借りるとするよ」


「原始人じゃのう。まあ、一晩で終わる任務ではあるまいし、今日も明日も変わらんが」


 アルム廃坑は山脈の奥地にあり、昼過ぎから進軍したところで、魔物達との交戦を繰り返しての進軍であれば、現地への到達が夜近くなる。魔物の本陣に夜中に踏み込むことは極めて危険なことであり、明日は夕暮れ時、アルム廃坑に近付いたあたりでのキャンプが必要になるだろう。進軍も馬鹿にならない疲労を伴うものであり、休息はどうしたって必要だ。その後に控える戦いが、魔王マーディスの遺産達とのものである可能性を考えれば、尚更である。


 長い歴史の中で山脈の地理はよく把握されており、進軍ルートの構築とともに、キャンプポイントの要点もしっかり押さえてこの任務は構築されている。現地に赴かない軍師達だが、代わりにそうした丁寧さを見せてくれる辺り、やはり現地の戦士達にとっては心強いものだ。


「そなたも昔はよく野宿をしたであろう。年をとると、固い地面は好かぬか?」


「起きた時に体がきしきしするからのう。慣らすのに時間はかからんが」


 布団というものを考え付いた人間は偉大じゃて、とクロードが言うと、老齢の聖騎士もふっと笑う。見た目は翁と孫であっても、両者とも齢50を超える練達者であり、年の差を意識するような年齢ではなく、10近く年の離れた二人だが、まるで同い年の友人のように言葉を交わしている。


「気が入るな。一日前にして、私も血が滾る想いだ」


「うむ。すべてを終わらせる戦いの始まりじゃからな」


 クロードがいつ言ってもおかしくない言葉を、敢えてグラファスが先に放てば、呼応するクロードも口が弾む。お互いの考えは語らずともわかるのが、共に命を懸けてきた戦士同士ゆえの繋がりだ。


 それに友人関係を抜きにしても、クロードがこうした任務に熱を上げるのは、ごく当然のことだと察せるものだ。旧ラエルカンに生まれ育ったクロードは、祖国を魔王マーディスと、かの率いる4匹の魔物達に奪われている。一度魔王マーディスに占拠されたラエルカンを取り戻すための戦い、かつてのラエルカン戦役において、彼ほど沸騰せんばかりの想いとともに駆けた男はいなかったはずだ。


 その魔王マーディスの遺産達が、未だ人々を晴れぬ不安の中に引き止め、時に力なき人々の命を奪いに現れる。そうした歴史に終止符を打つべく踏み出す聖騎士の胸中は、今は平静なる顔をしていても、既に煮立っていることだろう。


「ボルモードの仇もあるしのう。今度こそ、奴らに罪をあがなってもらわねばな」


「……そうだな」


 上騎士ラヴォアス、聖騎士クロード、聖騎士グラファス、そして法騎士ボルモード。数多くの戦場を共に駆けた、騎士団の一座だ。年長のラヴォアスを中心に纏まった男達の絆は強く、昨年秋に獄獣に命を奪われた法騎士の名を、彼らは一日たりとも忘れたことがない。20年来の親友の名を、死した今こそ忘れ去ることなど、武人の魂が決して潔しとするはずがないのだ。


 戦えばいいだけ、それが戦場だ。その裏に渦巻く感情が戦に必要であるかといえば、それは冷静さを欠くきっかけにもなると考えた時、ノーという答えになるのだろう。一方で、人が戦いの場に赴く時、戦う理由が必要なのも事実なのだ。戦いとは、自らと矛盾する他者を想いを虐げ、自らの願いを叶えるための手段。それ為さずして安寧が得られるなら、誰も戦うことなど望まない。


 貴方は何のために戦うのか。その問いに淀みなく答えられるだけの想いがあるからこそ、戦人は傷つき傷つける覚悟を胸に、武器を握れるのだ。











 昼食時まで行われたシリカの戦闘訓練は、さして日頃ほどの苛烈さはなく、調整用に組まれたものとしては納得のいくものだった。それでも所々手痛く木剣で叩かれたユースやガンマには、日頃からのシリカの厳しさを再認識するに、充分だったといえる訓練でもあっただろう。様子を見ていたマグニスも、この日はシリカも明日に向けて締め付けを緩めていると見て、ちょっとぐらいはと言ってシリカと武器をぶつけ合っていた。白兵戦においてはシリカの方が上だが、シリカがそこまで本気でないとなれば、少々きついがマグニスにとってはいい運動にもなる。


 シリカとマグニスが手を合わせている光景など殆ど見たことのない周囲にとって、その光景は思った以上に面白かった。普通にやり合えば勝てない相手とわかっているマグニスは、短い武器を扱うゆえに守りが堅い割によく距離を取る。ナイフを投げるフェイントを時々挟みつつ、シリカの長い得物の射程範囲内をしっかり把握して、ヒットアンドアウェイをこの接近戦でよく演じてみせていた。決定打に欠ける戦い方には違いないが、少なくともシリカの器用かつ素早い攻撃を無傷で凌ぎきった手腕には、彼の立ち回りの上手さを見せつけられた心地だった。実戦でならマグニスも武器以外の攻撃手段がいくらでもあり、それを前提に置いた彼ゆえこその戦い方なので、あまり参考にはならないのだが。


 ひととおりの訓練を終えて昼食を取った第14小隊は、夕方まで自由時間である。ひと汗かいたマグニスは昼風呂浴びて街に遊びに出かけたし、アルミナとキャルも二人でどこかにくり出した模様。チータは法騎士ダイアンの所へ最初から行ってるし、昼は各々羽を伸ばす時間となっていた。


「晩飯は肉がいいな~。明日は大一番だろ?」


「そのわかりやすいチョイス、あんまり嫌いじゃない」


 夕食の買出しを引き受けたユースは、ガンマと一緒に市場を歩いていた。訓練で疲れているだろうしと思って、そういう役目はシリカが自分でやろうとしていたのに、自分から申し出てそういう役目を買う辺り、ユースの働き蟻根性は死んでも治りそうにない性分と見える。第26中隊に短期移籍していた際も、自分より下の立場の少騎士がたくさんいるのに、水汲み料理荷物持ちと、あらゆる仕事を自分からやっていたし、人の仕事を奪っていくタイプとはこういう奴のことだ。


 ガンマはガンマで、荷物持ちが好きなのだそうだ。小さい頃から育ての親ヴィルヘイムに、体を鍛えるには日頃からの体使いが必要だとよく教えられたからである。要するに、重い荷物を運ぶようなことを日頃から行って、体を鍛えよう、という。野宿よりもさらに原始人な考え方である。


 市場で買った食材を袋に詰めて貰うと、歩きながらその袋を持つ手を、時々上下させているのがガンマという個性。買い物袋を腕を鍛える重り代わりにして二の腕を膨らませる運動である。一緒に歩くユースとしてもちょっと恥ずかしくなるぐらいだが、敢えて人の目なんてもう気にせず、親友と距離を作ろうとしたりしない辺り、両者の仲良さはユースの行動によく表れている。


 第14小隊は大食らいが多いので、夕食ぶんの食材を買っただけでもけっこうな量になる。伴って荷物も、それ相応に大きく重くなるのだが、何食わぬ顔で大荷物を運びながら隣のユースと他愛ない世間話を続けるあたり、やはりガンマの怪力は人並みはずれ過ぎている。時々ふと、こんなガンマの姿に、やっぱりガンマは普通の子じゃないのかな、なんてユースは考えたりもするのだが、考えたって絶対に口に出したりはしない。いい奴だとわかっている親友に、わざわざそんな事を真剣に考えても、全然楽しくないからだ。


「おう、ユース。お前のダチはすげえな」


 そんな矢先、的を射た挨拶を第一声に放ってくる人物がいた。あまり自分に声をかけてくるような人物の中に覚えがないような野太い声だったが、振り返ってみればなるほど、知り合いだ。


「こんにちは。オズニーグさんも来てたんですか?」


「おうよ。創騎祭ではいい場所貰って、稼がせて貰ったぜ。騎士団に恩が出来た形だな」


 ただ出店を構える許可を貰えただけだというのに、恩が出来たと形容するということは、祭の場では相当に儲かったということなのだろう。さすがエレム王国最大級のお祭り、経済波及も想像以上だ。


「っていうことは、ミューイの絹がすごく売れたってことですね?」


「ふははー、テネメールの特産品を遠方からのお客様にお届けした形だ。俺達の誇りある絹がこうして他国にも広がっていくのは、本当に気分がいい」


 ミューイの絹が出回る本来の市場は、主にエレム王国内だ。他国からも多くの人々が集まるお祭りの場となれば、もとよりその絹の定評を知る者より、一見様に声をかけられやすい。品質上、強い魅力を実際に持っている絹が売れ残ることはなかったし、初めて見たミューイの絹を気に入って買ってくれる客がいるということは、その魅力が伝わったということだ。


 祭の場に乗り込む前は、売れ残ること多くば赤字も覚悟の上で、かなりの数の売り物を作ったものだ。やんごとなく完売ともなれば、それこそ稼ぎは日頃の比ではない。店を構えるショバ代を払ってなお、お釣りのくる景気には、オズニーグも今日の上機嫌を隠せる気がしないだろう。


「オズニーグさんは、今日はお休みですか? 今日は定休日じゃないですよね?」


「テネメールにいた時と、定休日の曜日を変えてある。今はダニームに軒先借りて、そっちに店を構えているからな」


 昨年秋のはじめに魔法都市ダニームに踏み込んだ時から半年以上が過ぎている。もうそんなに経つんだ、なんて一瞬思ってしまった後、その長月の間に根城をダニームに移したオズニーグを、驚きの目でユースが見張る。


「テネメールのお店はどうしてるんですか?」


「今は無人実家だな。テネメールの村役場にも協力して貰って、絹の注文あらば配送するサービスを継続しつつ、今はダニームに店を構えてるとこだよ」


 話を聞けば、春先からダニームに移り住んだということらしい。ちょうどユース達が、サーブル遺跡に突入していた頃ぐらいだろうか。流れる時の中、ユース達も濃密かつ忙しい日々を過ごしてきたものだが、彼らと離れた場所でも時の流れは平等だ。明日を求めて漕ぎ出した者の現在は、しばらく顔を合わせなければ、かくもいつしか過去と大きく変わり映える。


「開店当時にダニームの経済事情なども加味して、週一回の定休日もちょっと変えたんだよ。それがちょうど、創騎祭2日目翌日の今日と、たまたま一致してな。今日はぶらぶらしてんだ」


「奥さんもご一緒に?」


「おう、勿論。この後メシでも食って、買い物して……」


 昨日一昨日の儲けが溶けていって――とオズニーグがおどけて言えば、ユースも笑わずにはいられない。結婚すると嫁に金がかかるというのはよく言ったものだが、今日まで出会った既婚者の男連中が口を揃えて同じ事を言うあたり、つくづく信憑性のあるお言葉だ。


「今年じゅうには子供も生まれるんだから、節約しろっつってんだけどなー。動けるうちに遊ばせて欲しい、なんて駄々こねやがって、手のかかる嫁さん貰っちまったもんだぜ」


 そりゃまあ、節制しろなんて何かと理由をつけても、あんたの小遣いが減るからそんなこと言ってるんでしょ、なんて言われてしまえばそれでおしまい。夫婦というのは共有財産を持つ間柄だ。忌憚なき駆け引きで、小遣いの領地合戦をするのは夫婦の宿命というやつである。


 そんなことはどうでもいい。さりげなく大ニュースではないのか、今のは。


「オズニーグさん、子供が産まれるんですか!?」


「時間かかったぜぇ。二年ぐらい前から女房も、子供が欲しいっつってたのに恵まれなくってよ」


 幸せをめいっぱいの表情に表すオズニーグの姿と、知己のめでたい知らせに目を輝かせるユース。親の深き愛を受けて育ったことを自認するユースにとって、親にとって我が子というのがどれほど愛しいものかは想像で補える。そんな新しい家族が増えるオズニーグの未来を想えば、祝福以外の想いが出てこない。


「年明けまでには産まれるそうだからよ。それぐらいの時にまた、ダニームのウチに来てくれよ。女房と併せて、その頃には産まれてるであろううちの子を紹介すっからさ」


「はい……! おめでとうございます、オズニーグさん!」


 まるで自分のことのように他者の幸福を喜ぶ眼差しと声。それを自らに向けられるオズニーグの胸は、さらなる幸せに満ち溢れるものだ。親子ほども年の離れた二人だが、こうして無垢な祝福を向けてくれるユースの姿は、将来産まれるであろう我が子と同じぐらい、オズニーグにとっては可愛く見えるものだ。


「女房が待ってるからもう行くわ。悪いな、そこの少年。待たせちまって」


「んーんー、別に気にして貰わなくても大丈夫ですなのです」


 軽くお辞儀してガンマに一礼するオグニーズを見て、ユースも思わず、あ、と漏らしてしまった。知り合いとの再会に浮き足立つあまり、荷物を持たせたガンマをずっとほったらかしにしていたからだ。


 去っていくオズニーグを見送って、ガンマに向き直ったユースは、ごめんと言ってガンマの荷物を受け取ろうとする。軽い買い物袋を預かった身で、自分より沢山の荷物を持ったガンマを待ちぼうけさせてしまっていたことには、ユースとしては申し訳なさでいっぱいだ。


 まったく気にしていない様子のガンマだが、ユースがそれで満足するんなら、という心持ちで、自分の荷物を半分ユースに渡す。重い。受け取ったユースも、改めてガンマのパワーを実感したものだ。こんなものを平然と持つだけでなく、ひょいひょい上下運動させながら歩くんだから。


 口に出さないよう意識してしまうのは、やはりガンマの人間離れしたパワーを、普通でないものと考えてしまう裏返しなのだろうか。ちょっと身軽になっただけの、無邪気で背の低い親友と並んで歩くユースは、そんな事を考えるのが少し嫌になる。何がどうであってもガンマはガンマで、大切な友達であることには変わりないと、ずっと考えてきたんだから。自分と違うからって何だというんだ、と自分に言い聞かせる。


「そんなに気にしなくってもいいよ」


 考えていたことを見透かされたかのような言葉が、唐突にガンマの口から漏れる。今自分が、どんな目でガンマのことを見ていたのかはっきりわからなかったユースは、どきりとしてその表情から色を失った。


「久々に会った人と話が弾むのなんて、普通じゃん?」


 すれ違った。つまりガンマは、ユースがガンマを待たせていたことを気に病んでいるものだと思い、それに対して気にしなくてもいいよと。一人内心で自責していた想いを見透かしてきたとか、そういう示唆ではなかったらしい。


 クロムやマグニスのように、人の考えていることを推察して鋭い指摘をしてくる大人ばかりが周りにいるせいか、考えてることなんてすぐバレるものだという慣例が出来ているのが問題なのだ。誰もが誰も人の胸中を簡単に読めてたまるかという話なのに、その当たり前のことも忘れさせてくる連中が集まっているから、第14小隊というのはある意味で身狭く、ある意味では気が抜ける。


「んー、まあ……ガンマがいい奴でよかったよ」


「わ、褒められた。嬉しいな」


 別に皮肉を込めて言うわけではなく、邪推も深読みもせず、素直に人を気遣うことを無邪気に為すガンマの生き様は、本当にいい奴だと日頃から思うだけに充分なもの。無垢に笑顔を向けてくる姿はまるで弟のようで、戦場に立ち並べば頼もしい戦友、時々何気ない言葉を交わせばそれだけで、自分にはない彼だけの魅力で心温かくしてくれる友人だ。真意まで吐けずにいた自分の中途半端な言葉を深読みしようとせず、無邪気に喜ぶガンマの姿は、自分が少し嫌な奴にさえ感じてしまうぐらい眩しいものだ。


 手一杯の買い物袋を分かち合い、家路に向かって並んで歩く二人。これが平穏な日常そのものだ。あまりに当たり前のようにそこにある風景が、いかにかけがえなく価値あるものであるかを今から認識するには、今のユースとガンマは若すぎる。戦乱の時代に生きたのも11年前の幼き頃であり、今はもたらされた安寧を受け取っただけの立場なのだ。激動の時代において渇望された平穏の価値など、それを乗り越えた後の時代に産まれた人々には、強く意識されないものである。


 いつか、真の意味で、人々の幸せを守る立場になればわかることだろう。力をつけ、騎士団にもその力を認められつつあるユースとガンマだが、まだまだ二人の知らない世界は目の前にも広がっている。始めから触れていた平穏こそ、まさにその最たるものだ。

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