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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第7章  勇士達への子守唄~ララバイ~
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第111話  ~シリカとスズと法騎士と~



「法騎士スズ様が、騎士団に裏切られた……とは……?」


 ダイアンと向き合うシリカの表情は、悪い夢でも見た翌朝のように顔色が悪い。ダイアンの切り出した仮説を統括した一言を受け、頭が真っ白になっている。


「あくまで、ナトーム様が立てた仮説だよ。……僕もその仮説には、同意しつつあるんだけどね」


 法騎士スズが落命したと伝えられたあの日、その地で何が起こったのかは、その場に居合わせた高騎士ジーンとその部下達、あるいはウルアグワと法騎士スズ本人だけだ。真実は闇の中に葬られた今になっても、聖騎士ナトームは法騎士スズの殉死の裏に腐臭を感じ取っていた。


「話を整理しようか。法騎士スズは彼女率いる第50大隊と共に、コズニック山脈のニッツ峡谷に、黒騎士ウルアグワの率いる魔物達の掃伐を目的として乗り込んだ。しかし黒騎士ウルアグワとその愛馬、ナイトメアとの遭遇により戦況は一変、指揮官である法騎士スズの奮戦の末に部下の一部は逃げ延び生きることが出来たものの、彼女はウルアグワに殺された。君も、知っていることだね?」


「……はい。その報を聞いた時のことは、今でも忘れません」


 若き騎士団の女傑として、人々の安寧のために駆け抜けた法騎士スズ。シリカと9つの年を隔てた彼女は、幼き頃のシリカが目指す騎士の姿を示してくれた存在だった。12歳の時の騎士団入隊試験で、最も尊敬する騎士の名を問われた時、スズの名を挙げたことを今でもシリカは覚えている。


 法騎士スズが落命した、シリカが16歳の冬。騎士団内のみならず、エレム王国を駆け抜けた知らせを耳にした時、憧れの人が世を去った事実には、シリカも深く嘆き悲しんだものだ。若くして未来の英雄と呼ばれた彼女が、部下を守るために戦い抜き、その功を果たすと同時に落命した美談がスズの名をより高みに上げ、彼女の魂は気高きものとして騎士団の国葬で見送られた。


「第50大隊の一員として生存した者の中で、高騎士ジーンという者がいた。法騎士スズの側近として彼女の隊に属していた人物であり、君もその名は知っているんじゃないかな」


「確かに聞いたことは、ありますが……」


 高騎士ジーンも有名な人物だ。ただし、法騎士スズのように、武功によってその名を広く知られた人物ではない。彼の名が最も広く知れ渡った瞬間というのは、法騎士スズ亡きあと新たな中隊の指揮官となった彼が、セキシャーク山地への魔物討伐任務に赴いた後のこと。中隊が帰ってこないことを案じた騎士団の別の大隊がセキシャーク山地へ赴いたところ、ジーン率いる中隊に属していた者達はすべて亡骸に変えられていた後だった。頭数が合わぬことを鑑みると、亡骸のいくつかは魔物達によって連れ去られ、屍兵を作る黒騎士ウルアグワに掌握されていたのかもしれない。


 そんな中、ジーン高騎士の亡骸だけはあまりに異質で、残酷で、凄惨たるものだった。切り落とされた首が、木に縄をくくる形で生首のまま吊るされており、両目をくり抜かれ、額に太い釘を打ったような風穴が深々と頭蓋を貫き、はじめそれを見た騎士達も、それが誰の頭なのかなどわからなかった。その真下に打ち捨てられた、胴体だけの亡骸に身につけられた階級章が、その死骸の頭が高騎士ジーンのものであることの根拠となっただけの話だ。


 数ある兵が単なるむごい死体として打ち捨てられた中、高騎士ジーンの亡骸だけがそうした残酷な仕打ちを受けていたことは、当時も騎士団を騒がせたものだ。騎士見習いから卒業し、正式に騎士階級を得たシリカも、その知らせは聞いていた。高騎士ジーンの功績や顔もよく知りはしないが、この時の衝撃的な知らせは、数年経った今もかろうじて、シリカの脳裏にも残っている。


「……まあ、彼はそんなにたいした奴じゃなかったんだよね。少なくとも、階級に見合った実力がその身に備わっていたと呼べる騎士じゃなかったな」


 自分にとっては10ほど年上の人物なのだが、ダイアンは呆れる思い出を思い返すような顔でしみじみそう言った。当時はジーンもダイアンも高騎士で、年上かつ先輩のジーンに対してはダイアンも柔らかく接していたが、尊敬心らしきものは一切芽生えていなかった。剣の腕を競い合おうと提案しても、何かと言い訳つけて、自分が劣ることを隠そうと離れていこうとするような奴だったし、あんな年上を部下として率いるスズのことが、同時期騎士団入りした同期として心配だったぐらいだ。変に自尊心だけは高そうな奴だったし、プライド高じて何か問題を起こしてスズに迷惑をかけやしないか、と。


 スズは正義感の強い戦士だったと知るダイアンにとって、そんなジーンのような奴も含め、部下を守るために全力を尽くしたという話には納得がいく。ダイアンとて、わざわざ騎士団内に対して妙な邪推を立てたくはなかったし、ジーンのことは信用出来ずとも、生存した彼が報告したスズの末路に対して、疑問を感じることはやめにしていた。形はどうあれ、友人として誇り高かった彼女の名が、美しく後世に伝えられるその情報に、ダイアンも一応の決着をつけていた。


「そんな高騎士ジーンが、黒騎士ウルアグワと対面したニッツ峡谷から、どのようにして生き延びたのか、僕には全然想像できなくてさ。……当時から、ナトーム様ともども疑問視はしていたんだけど」


 黒騎士ウルアグワとナイトメアに遭遇した第50大隊は、法騎士スズの命懸けの奮戦によって、数名の部下が生存した。一見すれば指揮官の美点際立つエピソードのようにも聞こえるが、よくよく明瞭に想像してみれば、この情報には不自然な点がある。


 魔王マーディスの遺産として名高い黒騎士ウルアグワの実力は、そこいらの上騎士や高騎士が真っ向から戦って対抗できる存在ではない。タイリップ山地では聖騎士グラファスの遠距離攻撃を受けても動じもせず、プラタ鉱山では聖騎士クロードと渡り合うような実力を見せたような実力者。スズの率いた第50大隊の中で、ウルアグワと武器を交えるだけの資格を持てる者など、間違いなく法騎士スズたった一人だけだったはずだ。


 その時、黒騎士の愛馬ナイトメアは何をしていたというのか。人々の心を恐怖という名の悪夢に捕える奇術を用い、そのおぞましい風貌の巨体とスピードで人々を屠るその怪物が、ウルアグワと共に現れて何もしなかったなどとは考えられない。まして黒騎士ウルアグワは、人の命を奪い、その魂を悪用する手段を持つ悪魔なのだ。スズを自らの手で抑えられるなら、その部下をナイトメアの手で一網打尽にする命令を下しているに決まっている。絶対に間違いない。


「当時の第50大隊が、法騎士スズを除いて生存なんて出来るはずがないんだ。むしろ法騎士スズだけが逃げ延びてきた、というのなら、その方がよほど説得力がある」


 高騎士ジーンの報告には、何らかの虚偽がある。そう睨んでいたナトームだったが、その先の事まではあまり名言してくれなかった。ジーンが虚偽の報告をしたのであれば、何か騎士団に知られては困る事を隠そうとしている、という所まで疑念を深めていたのだが、具体的にジーンが何をしたのかという部分までは想像に至っていなかったのだろう。当時ニッツ峡谷でウルアグワが、ジーン達に悪魔の取り引きを持ちかけた部分までは、流石に誰も想像力だけでは補完しきれない。


「当時、高騎士ジーンだけがあのような有様で発見されたことから、ナトーム様と僕の間では憶測が飛び交ったものだよ。高騎士ジーンは誰かにそれだけの恨みを買うだけのことをし、怒れる裁きをその身に受けたのではないかとね。具体的には、法騎士スズの手で」


「それは、つまり……」


 長らくあくまで仮説止まりだったもの。ジーンが法騎士スズを何らかの形で嵌め、その復讐を法騎士スズが果たしたという推測を立てたのも、ナトームだった。当時のダイアンは、彼女がそのような深淵に足を踏み入れるなどとは考えたくもなく、ナトームのその推論を切って捨てたものだ。


 仮説は他にもいくつも立てたし、そのうちの一つであるこれが、実際に起こったことに非常に近いものであるのは、半ば数撃っての当たりに近い。しかし先日ゼーレの街で、凍てついた風の素顔が明かされたのを聞いた時、かねてより封印していた仮説が目覚めた実感があった。


「高騎士ジーンは法騎士スズを裏切り、何らかの形で彼女を魔物達に突き出した。……法騎士スズが死んだ身であると思っていた頃には、考えぬようにしていたことだ。彼女が生きていたこと、そして黒騎士ウルアグワに従ずる身になったと知った今、この仮説はやはり事実だったんじゃないかって思うんだ」


 晴天の霹靂の如く、かつて憧れた人が陥れられた想定を聞かされたシリカの胸中たるや、形容できない想いでいっぱいだった。言葉を失うシリカを見据えるダイアンは、暗い話を持ちかけた主として胸を痛めると共に、得意の口を漕ぐことで彼女の意識を引き付ける。


「法騎士スズは、もう死んだ。黒騎士ウルアグワに従う飼い猫の名は、凍てついた風カティロスだ。――僕が言うことの意味がわかるかい?」


 彼女にとって、亡き法騎士スズがどれほど重要な存在かも、ダイアンはわかっている。幼少時のシリカは、女傑として名高かったスズの生き様を見て育ち、騎士団に入ることを決意したようなものだ。そんな彼女に、残酷な命令を下していても表情を揺らがさないダイアンは、しばらくぶりに軍師としての顔を、シリカの前に見せる形となっている。


「……凍てついた風カティロスと交戦することあらば、一切のためらいは不要ということですね」


 かつて誰より尊敬し、憧れていた彼女の姿を頭の隅に残しておきながらも、シリカは毅然とした目でそう返した。その言葉が意味するのは、騎士としての自らの創始点にあった人物と敵対することあれど、躊躇無く敵を討つことを固めた意志。


 今より若き頃のシリカを知るダイアンは、明らかな戸惑いを胸に宿しながらそう言い放つシリカのことを、成長したものだと感じもする。だが、彼女の回答は、ダイアンにとっては80点のもの。


「不要じゃない、厳禁だ。凍てついた風と敵対した時は、すべての雑念を捨てて討伐に全神経を傾けろ。さもなくば命を失うのは君の方だということを、よく覚えておくことだ」


 法騎士スズの実力は、ダイアンが誰よりもよく知っている。一度武器を交えたシリカも、実感としてその腕に伝わったはずだ。向き合う時に集中力欠かすことあらば、現在におけるさらなる最悪が現実になると、ダイアンは強く釘を刺す。


「……今の彼女は敵なんだ。魔王マーディスの遺産に与し、数多くの人々の命を奪う存在に成り果てた彼女に、一切の同情の余地はない。迷いなき剣を君の手に宿し、人類に仇為す凍てついた風を、魔王マーディスの遺産と同じく討ち果たすよう努めよ。これは今後彼女を討ち果たすまで続く、僕が君に課した命令だ」


 自身にとっても、長く運命を共にした友人であった法騎士。馳せる想いが無いはずもない。それでも正しくそう命ずるダイアンと向き合い、静かな瞳の奥に強固な意志を宿したシリカに、返す言葉はただ一つしかない。


「――約束します」


 上官に対した言葉遣いではない。敬愛する人物が胸の痛みに耐えながら、騎士団の宿願を自らに託した現実に、騎士としてではなく一人の人間として受け止めた返答。80点どころか、騎士としては採点以前の落第回答だが、人としての心を受け取ったことを柔らかな笑顔の仮面に示したダイアンは、未熟な彼女に小さくうなずいて見せた。











「余計な世話を焼いたものだな」


「返す言葉もないですね」


 シリカが退出してしばらくの法騎士ダイアンの部屋、呼ばれたわけでもない聖騎士ナトームが、わざわざここを訪ねていた。ダイアンがこんな時期に、シリカを自室に招いたという話を聞きつけた時点で、彼がシリカにどんな話をするであろうかは予想がついたからだ。


「次にカティロスと遭遇することあらばどうすべきかぐらい、奴も頭ではわかっているはずだ。結局はいざその時が訪れた時、奴が自らの強さでそれを遂行できるかどうかだろうが。貴様がわざわざ釘を刺そうが刺すまいが、結果は変わらぬというんだ」


「や、わかってますよ。大事なことだから二回以上言っておきたかっただけですって」


「無意味だ。とどのつまりは奴次第であることに変わりはない」


 シリカに対して世話を焼くダイアンの姿勢は、ナトームにとって快いものではない。それを露骨に表に出すナトームに対し、ダイアンも困り顔を隠せなくなってきた。


「あの子は未熟なんですよ。少しぐらい手を添えてあげたって構わないでしょう」


「奴は法騎士だ。甘やかす必要などどこにも無い」


「24歳にしてのね。その年で普通に務まる立場じゃない」


 心底げんなりという顔のダイアンに、ナトームも冷たい瞳にほんの少し感情を宿す。日々シリカについて口論することの多い両者だが、元を正せばそもそもの問題は両者以外の場所にあるからだ。


「奴が若くして法騎士の立場に囃し立てられたのも、騎士団上層部の方針だ。それこそ不平を言っても何になるものではなかろう」


「要するに客寄せ人形でしょ。未熟な彼女を法騎士なんて位置に押し上げて、彼女の気持ちを一切顧みない上層部に、腹が立つのも当然じゃないですか」


 僕でさえ慣れないのに、と、法騎士という立場について追言するダイアン。少騎士、騎士、上騎士、高騎士という無数の部下の規範となり、彼らを生存のままにして成功させるよう導かねばならぬ法騎士。30を過ぎてなおその立場の重みを忘れたことのないダイアンは、自分よりも9つ年下のシリカがそんな立場にいることに、ずっと気分を害していた。


「若き英傑の存在は、後続を花開かせる太陽となる。騎士団の方針、貴様もわからぬわけではあるまい」


「知ってますよ。スズだって、そういう意図で法騎士に祀り上げられていたんですから」


 いつの世も、出世頭(ヒーロー)の存在はいつの世も後続の発奮を促し、やがては未来を築いていく礎を作るものだ。騎士団がシリカを使って、過去に遡れば法騎士スズを使って為そうとしたことは、まさしくそれであった。


 現にシリカも、17歳で騎士見習いを卒業したと同時に上騎士の称号を得たという、スズのことを聞いた時、そんな凄い人がいるのかと胸をときめかせたものだ。誰かがそんな凄いことを為せるなら、自分も頑張ればそんな人になっていけるかもしれない、幼心にそんな夢を思い描いたシリカが、時を経て、17歳で騎士見習いを卒業すると同時、上騎士の称号を与えられるような逸材となったのだ。かつていた法騎士スズという人物は、自身の預かり知らぬところでもその背中を以って、多くの人が夢を追うための希望となっていた。


 アルミナだってそうだ。二十歳にして法騎士となったシリカという人物をかつて遠くから尊敬し、やがては自らもその姿に近付こうと傭兵となり、今では戦場で多くの功を為す、男顔負けの一兵となっている。加えて言えば、今は無名の見習い騎士や、少騎士の中にも、シリカの背中を追って騎士としての道を志した少女戦士は数多い。


「それで彼女達がどれほど苦しんでいるのか、騎士団上層部の連中はわかってるんですかね」


 苦々しげにつぶやくダイアンは、スズのこともシリカのこともずっと見てきた立場なのだ。法騎士となったスズが、己の力に自信を持てぬまま他者を率いる立場に立った時、如何なる想いで毎日を過ごしてきただろう。自分よりも年上の者に、毅然とした上官の仮面をかぶり、命令することは、謙虚であろうと長く努めてきた者であればあるほど難しい。法騎士という立場ゆえ頼りない姿を晒すことも許されず、息をつく暇もない毎日の友人は、目で追わずにはいられなかった記憶がある。


 4年前、二十歳になったばかりのシリカも、自分が法騎士に任命されたことを知った時、何度も何度もダイアンの元に相談に訪れていた。自分はそんな器じゃない、誇り高きその名を背負える自信がない、どうか口を利いてこの話をなかったことにして貰えないか――懇願するように訴えかけてきた彼女を、上層部の決定だから従うしかないと諌める毎日を思い返すたび、ダイアンは嫌な気分になる。シリカにとって法騎士とは、当時の法騎士ナトームやスズ、今のダイアンのように、手を伸ばしても届かないとさえ思えるほど、尊敬する人物が全力で担ってくれていた立場。二十歳の若さでその地位に命ぜられ、自分もその境地に辿り着いたと楽観的に思えるはずがないのだ。未熟な自分のことはずっと自覚していた彼女にとって、変わらぬままの自分が法騎士となることは、重圧以外の何ものでもなかった。


「騎士団上層部の方々も、そうした日々を経て今の地位にある。スズやシリカも同じ道を……」


「二十歳過ぎの若き法騎士の苦悩を、誰が経験してきたというのですか」


「そういう話ではない。その者にしか経験できぬ苦悩など、誰しも必ず経験するものだ。決して上層部も彼女らの苦しみを一切顧みていないわけではないのだ」


 諌めるナトームの言葉に、頭をがりがりと二度引っかいて歯噛みするダイアン。自分も部下に敢えての試練を与えることもある今、かつてと違いそれも頭ではわかっている。甘さの抜けきらない自分のことは自覚しているが、変わるべきか否かの答えは未だに出ていない。


「上層部にとって、兵など心無き駒でいい。スズやシリカが上層部(じじいども)に利用された形にある経過を嘆くのはわかるが、それが組織というものだ。参謀職に就いた今、お前にもわかるだろう」


 長く手のかかる部下だとダイアンを見定めながら、離れず彼を見守ってきたナトームにとって、今のダイアンに向けるべき言葉はすぐに導き出せる。ナトームもまた、スズやシリカという部下が複雑な事情に駆り出された犠牲者であることを知り、その上ですべてが上手く回るよう努めてきた一人だ。


「理解を示せるならば、それ以上のことは口にするな。貴様の立場が危ぶめば、最も損をするのは貴様ではなく、理解者である貴様を失うシリカの方なのだからな」


「汚い説得方法持ってきますねぇ。人質に近い」


「貴様がシリカのことを特別視しているのは知っているからな。魔将軍エルドル討伐の際のこともあるし、そうした感情論に関しては大目に見ているが」


 頭を冷やす意味も兼ねて、ナトームの指摘に肩をすくめるダイアン。参謀職として、彼女を注視が過ぎることは良くないのが当然で、もっと批難されてもおかしくないことだ。それをこうして大目に見るとまで言われては、これ以上くだ巻きに付き合わせるわけにもいくまいという話。


「まあ、僕もあなたのような理解者に恵まれたことは、幸運だったと思っていますよ」


「私は貴様のような聞き分けのない部下にばかり恵まれて、ストレスが溜まる一方だよ」


 冗談をあまり言わない人なので、本気でそう思っているのだろう。口論になることも多い間柄だが、それでも敬意を払える聖騎士に対し、ダイアンもばつの悪そうな顔だけ返しておいた。


「創騎祭の準備は進んでいるんだろうな。明日は……」


「あ」


 創騎祭の名を聞いた瞬間、ダイアンが間の抜けた声を放つ。気まずそうに視線を天井に向けるダイアンの仕草に、ナトームが鋭い目線で反応する。


「何だ」


「……シリカに創騎祭に向けての仕事を説明するの忘れてました」


 スズの秘話を明かすことに意識を傾けすぎて、今日明日明後日の話をすることをすっかり失念していたらしい。溜め息も舌打ちも出ず、ぎろりとダイアンを睨みつけるナトーム。世話焼き結構だが、今一番大事なことを忘れてどうすると。


「んー……まあシリカなら大丈夫じゃないですかね。根がしっかりしてるし、別に僕からあれこれ言わなくても、自分で勝手に仕事見つけて……」


「呼び戻してしっかり話をしておけ」


 年間最大級の祭、法騎士が担う仕事の重みと数は計り知れない。怠慢を許さないナトームは、それだけ言い残して部屋を去っていくのだった。


 苦しく自嘲して、ダイアンは速急の報を知らせる書類を手に取り、シリカの家宛に文を紡ぐ。今頃訓練か夕食の準備でもしているであろうこの時間帯、忙しい彼女を呼び戻すのはすごく迷惑なことだと予感しつつ、ダイアンも致し方なしという顔で筆を握らざるを得ない。


 元を正せば自分のミスが原因なので、大変気まずい。シリカにもじとりとした目を向けられる覚悟を決めたダイアンは、苦笑しながら書類を握り、通達を運ぶ騎士館の施設に足を向けた。

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