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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第7章  勇士達への子守唄~ララバイ~
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第103話  ~休暇① 光のリゾート~



 早朝にエレム王都を出発した第14小隊が、ゆっくりとした旅路の末に昼過ぎに到達した地。そこはマールの郷と名づけられた、世界有数の楽園だ。


 エルピア海のそばに行楽地として作られたその場所は、海の神様のご加護があるかのごとく、年中平穏な潮風と波に恵まれ、暖かな気候が続く避暑地である。春先でも夏空のような温暖な日光に照らされ暖かいこの地では、春から秋にかけて、年のうち半年以上、風邪をひかずに海で泳げる楽園だ。北国の冷える気候の魔導帝国ルオスとは、全く逆の気候であると言えるだろう。


 冬を除けばバケーションを嗜むには絶好の地として、広く人々に愛された地。足元見てそこそこ土産物などの物価が高めになっているが、それを差し引いても常夏の楽園というのは心地よい。シリカ率いる第14小隊が、3日間の休日を過ごす場所として選んだのが、この地だったというわけだ。


 宿を確保し、旅先の荷物を置いて、さあいよいよ休日である。有事の際に備え、各々愛用の武器も持ち込んではいるが、それも宿に預けっぱなしになるので、たいして出番もないだろう。今日から3日間は日々の難しいことも忘れ、誰もが羽を休める休日だ。






 観光客を迎え入れる大きな宿泊施設は、貴族の大豪邸にも勝るほど大きい。2泊3日の休日向けに旅館の2室を借りた第14小隊。片方の部屋は男連中5人の集う部屋、もう片方の部屋はいわゆるなんとやらの花園である。


「この部屋割りはぶっちゃけ、覗きに来いっていうシリカのネタ振りっすよね?」


「おう、芸に死ぬ覚悟があるなら行って来い」


 今、シリカ達が水着に着替えて、こちらまで迎えに来る予定だそうだ。ということで現在向こうでは華3輪がお着替えの真っ最中なわけだが、覗きに行きたいというのであれば誰もマグニスを止めはしない。見つかった瞬間、シリカに大事な玉を2つとも潰されるかもしれないが。


「兄貴、泳がないの?」


「一応だが俺は怪我人だからな。なに、浜にいても楽しみ方はいくらでも知っている」


 水着に着替えず、ジーンズとタンクトップだけの姿になったクロムは、今日からを海水と戯れて遊ぶつもりはないようだ。せっかくリゾート地に来たのに、という顔をガンマが見せるが、元よりクロムも海に入ってはしゃぐような年頃ではないと自分で決め打っているので、特に気にしていない。


「チータ、それ何? 親和性物質?」


「海に杖を持っていくのも無粋だからな。こういうのでまかなうことにした」


 水着に着替えてシャツ一枚着ただけの男連中の中にあって、チータは手首に真珠を数珠繋ぎにしたアクセサリーをつけている。日頃魔法を使うにあたって魔力の抽出を助けてくれる、親和性の高い象牙の杖に代わり、親和性の高い真珠を身につけているわけだ。別に何か起こるわけでもなかろうし、魔法を使うにあたって親和性物質も必要としない手腕を持つチータだが、それでもこんなものを身につけずにいられないのは、生粋の魔導士の性というやつなのだろうか。昨日も、水着を買いに出かけた周りの動きからはずれて、こんなものをお買い求めになっていたようだし。


「にしても、シリカ達おっせぇなぁ。女連中が着替えに時間がかかるのはわかるが、いくらなんでもちょっとかかり過ぎじゃね?」


「どうせ水着姿見せるのをシリカあたりが渋ってるんだろ」


 くっくっと笑うクロムだが、妙に悪意のある笑みだ。その所以も、実はマグニスも知っている。


「そういやシリカの水着は旦那がチョイスしたんでしたっけ。どんなの選んだんすか?」


「さぁな。見てからのお楽しみだ」


 海で遊んだことなんて、幼少期に祖父に連れていって貰って以来、まったくなかったシリカ。今の体に合う水着なんて持っていなかったし、かと言って、自分で買いに行くのもなんだか気恥ずかしかったらしく、自分の水着を買う役目をクロムに任せたのだ。普通そういうのは、どうせなら同じ女性であるアルミナ辺りに任せるのが筋なのだが、それはシリカのアルミナに対する信頼性の薄さからパスされた。


 コーディネーター気質全開のアルミナに選ばせたら、どんなものを着させられるかわからないからだ。人の服を選ぶのが楽しくてしょうがない人種というのはどこにでもいるが、アルミナもそんな口である。そういう奴に限って、人をおもちゃにするチョイスをしてくるに決まっている。


「ってことは旦那、シリカにスリーサイズとか聞いたんすか?」


「流石にそこまでは。それも聞かずに身長だけ見て選んだから、どうなってるかは知らん」


「まーそうっすよね。シリカもそんな無茶振りするんなら、何着させられても文句言っちゃダメだわ」


 いくらシリカがクロムに強い信頼をおいていると言っても、流石に体の秘密を数字にして人に教えるようなことはすまい。ただ、それでどうやって自分に合う水着を探して来いというのやら。戦事以外に対して、シリカは妙なところで抜けているから困る。


「とりあえずユースは注意しとけよ。シリカの水着姿見て、その辺が立ち上がらないようにな」


「なんで俺だけに言ってくるんですか」


 女に免疫がないからに決まっている。ガンマは異性に対して興味なんてあるのかどうかもわからない無邪気だし、冷ややかなチータもそういう事に関しては反応そのものが鈍い。第14小隊の若い男達の草食系ぶりにはマグニスも日々退屈しているが、ユースは正しい思春期の迎え方をしているのでつつき甲斐がある。


 暇を雑談で消化している中、男連中の部屋のドアをノックする音が響く。2度叩いた音の後に、ドアの向こうから聞こえてきたのは、小隊いち活発な少女の声。


「揃いましたよー! 本日初公開、華の第14小隊水着姿!」


「おう、来い来い!」


 アルミナの声に呼応したのはマグニスだ。こうして初めて拝む水着姿の公開にあたって、徐々に盛り上げていこうという見せ方は、アルミナとマグニスによって発案されたもの。性欲全開でそれを楽しみにするのはマグニスぐらいのものだが、他の4人も、日頃見られない彼女らの姿を見られる機会ということで、普通に楽しみな気持ちは沸いている。


「それじゃあまず私から! 先鋒アルミナ、いきまーす!」


 ドアを開けて現れたトップバッター。5人の前に姿を現し、ポニーテールを躍らせながらくるんと回ってみせるアルミナの姿は、モデルごっこする無邪気な姿そのものだった。


「なんか普通だぞー。いつもとそんな変わらねえじゃんよ」


「いいんですよーだ。私はこれぐらいの方が性に合ってますもん」


 薄い桃色のチューブトップに、同色のハーフスパッツ型という組み合わせの水着。マグニスの指摘どおり、アルミナの姿は日頃とさして変わらない。戦場におけるアルミナの普段着は、胸と腰周りを隠しただけの、腕も脚もへそも晒した格好だ。マントを羽織ってそんな格好を衆目に晒すことを阻んでいるが、マントを脱いだその時と、今の露出具合がそんなに変わらない。


 何より、女の子にしてはあまりに洒落っ気が少ないというか。水着にふりふりがついていたり、ちょっとぐらい装飾がついていてよかろうに、これでは競泳用と言われても文句の言えない無機質な水着である。お洒落に気を遣うアルミナにしては、この着こなしは逆の意味で意外。


「アルミナだったら、もっと気合入れた格好してきそうな気がしたんだけど」


「だって私が凝ってセクシーな水着着たって、自分が映えないのわかってるもん」


 ユースの感想に、的確な自己分析を加えて返すアルミナ。二十歳前で発達もいいアルミナだが、見せる相手が第14小隊では、さほど燃えなかったらしい。だって日頃から肌を晒している小隊の仲間達の前、魅了してやる意図で気合の入った水着を見せてやっても、厚い反応は期待できまい。状況と自分の今までを客観的に見て、どんな着こなしが一番いいのかを重点においた選択は、自他共に視野広く見届ける、日頃の彼女の自然体がよく現れている。そういう意味で考えるならば、ある意味ではこの色気の無さも含め、意図したアルミナのらしさが出ているとも考えられるかもしれない。


「まあ、私は前座みたいなもんですから。それじゃ二番手、キャルいってみよー!」


 今しがた自分の入ってきた部屋の入り口を向き直るアルミナ。後続あるのにわざわざちゃんとドアを閉めてきたのは、一人ずつ見せていく段取りに対する演出の一部だ。今度は男連中が待つ前で、キャルがドアを開けてくる絵面をアルミナも一緒に楽しむ形である。


 が、キャルが出てこない。あの扉のすぐ後ろで待たせてるはずなので、聞こえていないはずはない。盛り上げ役を買って出たくせに一番わくわくしていたアルミナの表情が、徐々に鎮まっていく。


 たった数秒ですぐに業を煮やしたアルミナが、自分からドアを開けにいく。ドアノブに手をかけようとしていたキャルが、急に開いたドアの前でびくついた光景が、アルミナの背中越しに見えた。そのままアルミナがキャルの手を引いているようだが、キャルも抵抗しているのかなかなか出てこない。


「もー、キャル! 見せるために水着買ったんでしょ? 今更怖気づいてどうすんの!」


「ち、違……これ、アルミナが選ん……」


 いつも小さな声のキャルが、やや遠くのユース達にも聞こえるような声を張って抗議している。だが、その抵抗もむなしくアルミナの強引な力が、キャルを部屋へと引きずり込む。ほぼ丸投げで部屋の中心に送り出されたキャルは、わたわたとふらついて部屋の中心へと舞い降りる形に。


 すぐさまドアを閉じて、次なる主賓を蓋して隠すアルミナの行動は、同時にキャルの逃げ場を封鎖する一手だ。自分を強引に部屋の中心へ招いたアルミナを、キャルが恨めしそうに振り返るが、直後に今の自分の状況を把握して、ぞっとした顔で後方の男達に向き直る。


「あっ、や……ちょ……」


 顔から火が出てるんじゃないかと思うぐらい頬を真っ赤にして、口をぱくぱくさせた直後、キャルは股下をその手で隠してしゃがみこむ。キャルは日頃レオタード姿に近い格好なので、肌そのものは日頃からよく晒している。上下一体の水色であるキャルの水着は、普段の格好とあまり変わらない。だが、最大の相違点としては、股を覆う逆三角形があまりに鋭いハイレグ形であり、腰骨あたりまでカットされた布が、横から見たら日頃よりも相当露出の大きい形を作っている。


 普段着でも腰周りに絹を巻いて隠すキャルだから、実は下半身の露出には案外不慣れなのだ。小さな変化に過ぎなくとも当人にとっては一大事のようで、羞恥いっぱいの顔でしゃがみこむキャルは、その手を股の下を隠す位置において動かない。


「……アルミナ」


 マグニスがアルミナに手招き。キャルは体型も幼いので、セクシーさを重視した水着を着たところであまり色香が強調されることはないのだが。


「ナイス」


「ええ、はい……私も鼻血出そうでした」


 顔を真っ赤にして羞恥の涙目を浮かべるキャルが可愛かったらしく、くらくらした目を浮かべるアルミナ。マグニスも嗜虐的な一面があるのか、そのキャルのリアクションがたまらなかったという顔。癖はあっても根は真人間多しの第14小隊だが、ここ二人は妙なところでスケベ心が際立つ。


「うぅ……アルミナのことだから何かあるとは思ってたのに……油断した……」


 水着を買う際、アルミナはキャルに上下の分かれたビキニを勧めていたらしい。どうせ自分にそういう格好をさせたがるアルミナのことは予想していたし、それはご勘弁だったのでキャルもそこは断固として断っていたのだ。残念そうに折れたアルミナが、諦めたように上下一体の水着を選んでくれたので、なんとか窮地は逃れたかな、と考えてしまったのがキャルの隙。ちゃっかり安全な布面積の広い水着に見えて、よくもこんな際どいラインの水着を選んでくれたものである。


 半泣きの顔でアルミナを見上げて睨むキャルだが、あまりそのむくれっぷりは伝わっていない。そもそもキャルは顔つきが人畜無害だし、むしろ可愛すぎてアルミナにはご褒美である。


「さて、いよいよ主役の登場ですよー! シリカさん、どうぞ!」


 キャルに背を向けてドアの向こうのシリカに呼びかけるアルミナ。キャルに萌え狂って表情がゆるみまくっているから、それを慌てて隠す行動も兼ねている。さすがに睨まれていてこんな顔を見せては、キャルでも本気で怒ってしまいやしないかと思ったからだ。


 アルミナの呼びかけに応じたシリカが、扉を開いて現れたのは比較的早かった。キャルのくだりを見せ付けられた後では、自分までもがごねて引きこもるのがはばかられたのだろう。あの展開を二度も繰り返しては、空気がまた滞る。それぐらいにはシリカも空気を読む。


「……なあ、クロム。これはちょっと……」


 それでもやはり今の姿を見せるのには抵抗があったようで、ほんのり染めた頬と気まずそうな表情を携えた顔が、すこしうつむき気味だ。つまりは自信を持って水着姿を晒したわけではなさそうだが、男連中には好評のようで、クロムとマグニスは手を叩いて歓迎した。前者は面白がるような顔で、後者は鼻の下を伸ばして。


「似合ってるぞ、それ。やっぱお前はいい体つきしてるからな」


「う、嬉しくない……恥ずかしいよ、やっぱりこれは……」


 純白のストラップレスの上、ローライズの下という、やや見せつけ要素の大きい水着であることも、この際どっちでもいい。水着なんて着ようと思えば誰でも着られるものだが、長身、ほどよく膨らんだ胸元、くびれたお腹、豊満な腰周りというよく整った体だからこそ、こうした水着がよく映えるというもの。さすが戦いを生業としているだけにだらしない肉付きも一切なく、こんな体で肌を晒せば、何を着たってそりゃ似合う。


「ど、どうだろう……はしたなくないかな……?」


「眼福だね」


「ナイスビキニ!」


「シリカさん綺麗!!」


「お綺麗ですよ。正直、想像以上です」


 腕を組んでかっかっと笑うクロム。力強くビシッと親指を立ててご満悦なマグニス。屈託無く素直な感想を言い述べるガンマ。淡々としたトーンながらも、お世辞などではなく心からそう思っていることを声に込めて、しみじみ返答するチータ。


 直視できない男の子が約一名。座り込んだまま、逸らしてなお泳ぐその目の動きが、クロムとマグニス、チータさえもの失笑を買っている。挑戦的な水着を身につけたシリカとしては、人の目がすごく気になるようで、そんな彼の態度にも敏感に反応してしまう。


「ど、どうなのかな……? ユース……」


 名指しで呼ばれたから振り返って例の人を見るユースだが、紅潮した顔と、行き場を無くした片手で鎖骨のあたりを恥ずかしげに撫でるシリカの姿を見て、大慌てでもう一度顔を逸らす。これはやばい。ただでさえ果てしなく刺激的な体型の女性の水着姿は、ユースにとっては目の毒だというのに、それが長らく尊敬の眼差しで追いかけてきた人のものだとなると、ちょっとこれは破壊力があり過ぎる。それも日頃一度だって見せたこともないような、自信なさげに恥じらう顔のおまけつき。


「……綺麗すぎて、直視できません」


 クロムもマグニスもアルミナも思わず爆笑する、類を見ないほど素直な返答。その言葉を述べた後、もう一度ちらっとシリカを見たユースだったが、ほっとしたような表情で、ほのかに笑うシリカを見た瞬間、再びユースは勢いよくその目を逸らす。


 女として見られることが少なかったと自認しているシリカが、女性としての姿を小隊の身内に褒めて貰えた時の乙女の顔。思春期真っ只中のユースにとって、正視に堪えないものだった。











「おうりゃっ!!」


 さて、海である。ガンマがユースを器用に持ち上げ、浅い海から沖の方に向かってぶん投げた。流石怪力自慢の少年だけあって、どんな体勢からでも組み合えば、力任せに人を投げられる。


「――ぷはっ! 相っ変わらずだなー、ガンマのパワーは」


「もっかい投げさせてくれよ!! 人投げるのってすんげえ楽しいんだ!!」


 一見とち狂った発言だが、人をぶんぶん投げるパワーがあって、それを気兼ねなく実践できるシチュエーションというのは、想像すると確かに面白いかもしれない。海面から顔を出したユースに、ばしゃばしゃと無邪気に近付いてくるガンマの笑顔は、海空の太陽に並んで輝かしい。


「ん、ここからでも大丈夫なのか?」


「へーきへーき! ――よいっと!」


 背の低いガンマの胸のあたりまで海面があるが、それでもユースの肩を掴むと、引き寄せて、ユースの腰元にもう一方の手を当て、ふんすとユースを持ち上げる。両手を挙げたガンマの手の上に、決して小さくないユースの体が持ち上げられた形だ。


 そのまま体ごと前に勢いよく倒しながら、ユースを海の深い方へと投げ飛ばすガンマ。投げられるユースの方も、案外楽しんでいる。落ちても怪我をしない海に向かって、宙を舞ってぶん投げられるというのは、ある意味アトラクションに近い楽しみがある。


「ねえねえ、私もやってよ! なんか楽しそう!」


「ん、わかった!」


 浜から駆け寄るアルミナに、ガンマも海から駆け寄って距離を詰める。膝ぐらいに水面がある浅瀬あたりでアルミナと接点が出来たガンマは、迷わず左手をアルミナの脇の下にくぐり込ませて手を首の後ろに、右腕を太ももに巻きつける。どこで覚えてきたのか、投げ方を熟知した動きだ。


「うりゃっ!!」


 アルミナを勢い良く持ち上げながら後ろに反り返り、そのまま両手を離してアルミナを放り投げる。頭を下にして宙を舞ったアルミナは、一瞬の無重力感を経験したのち着水。美しい裏投げだ。


「――げほっ! は、鼻に、水……」


 頭から真っ逆さまに水に落ちたアルミナは、顔を上げて悶絶している。ユースだったら今の状況、空中で首を引いて体を回すのだが、空中姿勢の扱いに不慣れなアルミナにはそこまでの器用さが無かった模様。ごめんごめんと謝るガンマだが、アルミナもいいよいいよと笑って返す。


「あーでもこれ面白い! ねえガンマ、もう一回やってよ!」


「わかった!」


 アルミナの後ろから抱きつくように手を回すと、瞬時に足腰から全力を込めて、アルミナを後方に勢い良く投げ飛ばすガンマ。綺麗な投げっぱなしスープレックスである。


「――ぷはっ! 今度は上手くいった!」


 今度も頭から真っ逆さまだったアルミナだが、鼻から息を吐き続けて、水の激痛は回避した模様。海面から頭だけ出して楽しそうなアルミナを見て、ユースも笑顔が溢れるばかり。


「よーし、次は……」


 浜に上がったガンマが、一直線に誰かさんに向かっていく。砂地でユース達を、まるで子供だなと無表情で見守っていたチータに接近すると、何だよと問われるより先に、チータに組みつく。


「!? お、おい……」


「チータも遊ぼうぜー!」


 チータの腋の下に頭を潜り込ませた後、両腕でチータの胴をがっちりロックし、持ち上げる。両腕でチータを担ぐ形を作ったガンマは、非力な魔導士の少年の抵抗をものともせず、彼を波打ち際まで担いだまま駆けていく。


「ふんぬりゃっ!!」


 背中を沖に向けて、担いだままのチータを後方にぶん投げた。それはもう綺麗な放物線を描いて、チータが海に食われていく。芸術的な俵投げだ。


「……このやろう」


 特に海ではしゃぐつもりもなかったチータは、下は水着でも上はまだシャツを着ていた。そのまんま海に放り出されたチータは、海面から顔を出すと、大変恨めしそうな顔でガンマを睨む。が、日頃クールな彼が面白おかしく飛ばされた姿は、ユースとアルミナにとっては楽しい光景で、その二人の笑い声のせいでチータの怒気も薄れてしまう。


「開門、水噴柱(ウォーターピラー)


 浅瀬に立つガンマの足元から、勢い良く噴き出す水を召喚するチータ。その水の勢いにやられて、ガンマの体が水面の上高くまで吹っ飛ばされる。


 そのまま高い水柱を巻き上げて着水するガンマ。飛ばす方向が陸向けではなく海向けである辺り、流石その辺りはチータも上手く調整している。


「いてーっ!! 背中からいった!!」


 水面に背中から叩きつけられると痛い。習慣から受身を取っていたガンマだが、それでも痛い。体の奥までダメージはなくても、背中がひりひりする。


「よくもやったなー! もう一回投げてやるっ!」


「開も……」


 そうはさせるかと詠唱しようとしたチータを、後ろから忍び寄ったユースが組み付く。ついでにチータの口を押さえ、詠唱を遮断して。ユースの手にまとわりつく海水が、チータの口にしょっぱい味を届けつつ。


「――ぶはっ! ゆ、ユース……!?」


「まあまあ、付き合ってやれよ」


 首を振って頭を逃がしたチータが抗議しようとした直後、ガンマがチータに組み付いた。こうなると、力の差でチータに抵抗するすべはない。片腕をチータの首に巻きつけ、左脇にチータのうなじを収める形でロック、右腕でチータの水着の腰の部分をぐっと握る。


 ガンマが右腕を勢い良く振り上げると、チータの体が頭を下にして海面と垂直になる。そのまま静止。美しいバーティカル・スープレックスの形に捕らえられたチータが、上でどう足掻いたところで、強靭なガンマの足腰は、体勢を全く崩さない。見事なバランス感覚で芸術的光景を作り上げたガンマを、そばでユースとアルミナが手を叩いて賞賛する。


 足を抜いて勢いよく後ろに倒れるガンマの動きに伴って、チータはけっこうな勢いで背中から海面に叩きつけられていった。当分背中が痛みそうである。











「平和すぎる」


「いいことじゃないか」


 浜でパラソルの下でくつろぐクロムとシリカは、遠巻きにユース達を眺めていた。日頃遊ぶ機会を与えてやれないシリカにとって、あんなに楽しそうに遊ぶ4人の姿は、輪の中にいずともこの上なく幸せな光景だ。そんなシリカを横目で見ていると、クロムもこの休日の尊さにつくづく満足する。


「平和っすねぇ~……マジ平和……」


 全然違う方向を見て、他の誰より幸せそうな顔のマグニス。リゾート地は、水着姿の女性を眺められる一等地だ。右を見ても左を見ても、ショーケースのようによりどりみどりの光景が、マグニスの性欲をたまらなく満たしている。身内になど目もくれずに浜景色を眺める姿は、流石ブレていない。


「ナンパしに行かなくていいのかよ? お前なら真っ先にそうすると思ってたが」


「いや~、結構ですわ……ナンパなんかしたらその女しか見られなくなるでしょ~……」


 別に王都に帰っても女に不自由しないので、ここでは多種多様の女の子を眺めることに全神経を注いで楽しむ心積もりのようだ。案外、方向性はその日その日で明確に決めるのがマグニスのスタンスである。


「……シリカさん、飲み物買ってきましょうか?」


「ん、キャル? みんなと遊ばなくていいのか?」


 浜に座ったシリカに、両膝に手をついて後ろから語りかけるキャル。どうしても腰周りを晒すことに耐えられなかったのか、一度旅館に戻っていたらしく、今は旅館の売店で買ってきたパレオを腰に巻いている。


「……すぐ、行きます。でも、その前に買ってこようかなって」


「そうか――それじゃあ、お願いしようかな」


 財布を持ってきていないシリカの隣、クロムが自分の財布を差し出してきたのを見て、シリカもキャルの申し出を快諾する。泳ぐつもりのなかったクロムは、代わりにこの辺りの準備がいい。


「何にしますか?」


「私はオレンジソーダ」


「俺はブルーカクテル」


「俺ハッピー」


 目の前の光景にご満悦のマグニス。たぶん今は人の話を聞けていない。


「俺も行くわ。よくよく考えたら、3人ぶんの飲み物を一人で持つのも億劫だろ」


「あ、そういえば……ありがとうございます」


 よっと腰を上げたクロムが、キャルと一緒に浜の出店へ歩いていった。残ったシリカとマグニスだが、そんな折にマグニスも一度、シリカの方を向く。


「まー正味、どの女眺めてるよりも、お前の体見てる方が目の保養になるけどね」


「お前に見せるためにこんな格好してるわけじゃないっ」


「あ、そう。そんじゃ誰に見せるための格好なんだ?」


 ひっひっと笑うマグニス。あしらうのもめんどくさい顔だ。


「……知るかっ」


 目を合わせずに逃げたシリカの返答。つくづくからかうと面白い奴だと、マグニスは心中お楽しみが止まらなかった。

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