表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第7章  勇士達への子守唄~ララバイ~
108/300

第101話  ~法騎士様も未完成~



 騎士団は今、山場を迎えている。魔王マーディスの遺産が潜むであろう、コズニック山脈深部の潜伏拠点を叩き潰すべく、多数の騎士達がそのために動いているのだ。


 かつて魔王マーディスの居城ありしコズニック山脈は、魔王マーディスの遺産にとっては、長年庭としてきた場所である。親玉三匹は各地を転々としている印象があるが、本拠地を作るとしたら、必ずコズニック山脈のどこかに作るはず。山脈は広く、深浅部問わず魔物は群生しているし、配下の魔物達を集わせる場所を作っても、そう簡単にその場所は露呈しないからだ。


 昨年秋のプラタ鉱山戦役など、数多くのコズニック山脈攻略を経て、騎士団も昨今における、魔王マーディスの遺産が潜むであろう場所を絞り込めている。現在そのうちで有力とされる場所は二つに絞られ、それが山脈奥地のゴルト盆地と、アルム廃坑とされている。


 ゴルト盆地は魔王マーディス存命の時代には、切り立った崖と乱雑な地形が入り組んだ場所で、点在する洞窟などを利用して数多くの魔物の棲み処となっていた場所だ。当時も山脈攻略の足がかりとすべく何度も進軍した場所だが、ここに再び遺産達が舞い戻っている可能性は高い。遺産達はここの地の利を熟知しているし、ここを砦とされる可能性はいつまでも低くならない。


 アルム廃坑は、かなり古い時代のうちから閉鎖されてしまった場所だが、昔は貴金属含めて数多くの鉱石が採れた場所。もはや長年の中で、鉱山として活きていた時代は忘却されつつあるが、人が切り拓き道を得たその大鉱山は、魔物達が巣食うには絶好の空間である。特にここは、山脈の中でも奥地にあるため、進軍以外の目的で人類が足を運ぶことがまずあり得ない。潜伏場所としては有力だ。


 いずれ二箇所とも、今でも凶悪な魔物が出没する場所だ。問題は、魔王マーディスの遺産がいるかどうか。騎士団にとって討伐を急ぐ怪物達への道は、ややゴールを手近な所に迎えていた。











 ゴルト盆地へ向かう山道の攻略の一環に、エレム王国第14小隊は関わっていた。この日は聖騎士クロードを総指揮官とする、千人超の連隊の一員となり、目指すゴルト盆地への進軍を試みていた。法騎士であるシリカも、300人前後の大隊の隊長を務めている。


 第14小隊の面々はシリカのそばを離れることは基本的にないが、シリカも第14小隊のメンバーばかりに構っている暇はなく、それぞれが自身の判断で動かなくてはならない。こういう時にクロムがいれば、第14小隊を纏める役目は彼に任せておけばいいのだが、現在療養中なのでそうもいかない。


「アルミナ、第14小隊から絶対に目を離すなよ。明らかに魔物がこっちに集まってやがる」


「わかってます……!」


 第14小隊で前衛を担うのは、シリカ、ユース、ガンマ。シリカは縦横無尽に戦場を忙しく駆け回っているが、ユースとガンマはそうでもない。手堅く近くの魔物を、近付いてくる魔物を討伐することに意識を傾けているため、無数の魔物ひしめくここでは大きな動きを見せない。


 見せない、というか、見せられないのだ。明らかに、ユース達のいる立ち位置に、魔物達がわんさか寄ってくるのだから。そうした状況をしっかり見定めたマグニスも、アルミナにユースとガンマのサポートに徹するよう、しっかり指示している。


「しつけー!! なんでこっちばっか来るんだよっ!! しかもヤバいのばっか!!」


 ミノタウロスに、ケンタウルスに、オーガに、ヘルハウンドに、キングコブラ。次々と自分達の周りに凶悪な魔物達が近付いてくることに、ガンマがとうとう不満を大声であげた。アルミナやキャル、チータのサポートあって、なんとか凌げているものの、流石にこの絵図は恐ろしい。


「開門、火炎障壁(フレイムウォール)


 チータが呼び出した炎の壁に、突進してくる魔物達が足を止めたり、身を焼かれたり。その隙を突くアルミナの銃弾、キャルの矢が魔物に致命傷を与え、あるいは弱らせて。そうした魔物に一気に距離を詰めたガンマが、その大斧で一撃必殺を加える。これの繰り返しで概ね凌げているが、積もる疲労が動きを鈍らせてくる。油断が出来ない。


 特に恐ろしいのはやはりミノタウロスとケンタウルスで、騎士団の狙撃手や第14小隊の後衛の援護射撃を受けても、ダメージあれど即死には至らせられない。この戦場にいるのは上騎士や名うての騎士もいるだけに、彼らも奮戦して後衛を守っているが、それと直接対決するというのも骨が折れる。


 ユースに向かって斧を振り下ろす、巨大な化け物ミノタウロス。この上位種を、シリカ達と力を合わせて討伐したこともあるユースだが、単身これと戦うとなればそう簡単にはいかない。体を横に逃がして回避に成功するも、蹴り足を繰り出すミノタウロスの(ひづめ)が、目の前まで迫ってくる光景は、何度見ても血が凍る。


 顔面を打ち抜かんとするその足をかがんで回避すると同時、騎士剣を振り上げたユースの一撃が、ミノタウロスのアキレス腱近くを断裁する。片足を使い物にするほどの深い傷ではないようで、表情を歪めたミノタウロスは、軸足を蹴って後方に跳ね退き、攻撃を仕切り直そうとする。


 恐れずユースが前進したのは、傍から見れば無鉄砲な光景だっただろう。一撃くらわせたとはいえ、ダメージの少ないミノタウロスに、一撃返されれば終わりの脆弱な人間が追撃する姿は、調子に乗って返り討ちにされる若い騎士の姿そのものだ。実際このユースの行動を目にして、一番ぞっとしたのはアルミナとキャル、彼と親しい仲間達だ。


 カウンター気味の回し蹴りを放つミノタウロスの攻撃は、かがんでかわすには低いスイングで、横にかわすには大きすぎる極太のスイング。それに対してユースがとった行動というのは、跳躍してミノタウロスに前進する動き。だが、それしか敵が回避する道がないことを知っているミノタウロスの、恐ろしく巨大な裏拳が、回る全身の回転力そのままにしてユースに迫り来る。空中で、自身の軌道を今更変えられないユースへだ。


 盾を拳に対して構えるユースの行動は、本来ならば力負けして吹き飛ばされるだけの悪手。しかしユースにとって唯一の切り札、盾を介して我が身を貫く致命的なダメージを緩衝する魔法、英雄の双腕(アルスヴィズ)の魔力を得た盾が、ミノタウロスの裏拳と衝突する。本来ならばユースを体ごと遠方に叩き飛ばしていたであろうミノタウロスの拳が、盾を装着したユースの腕に押し返されてはじかれるという、異質の結果をそこに残す。


 落ち様に騎士剣を振り下ろしたユースの騎士剣が、拳の痺れに気をとられたミノタウロスの頭頂部から首元までを、一気にかっさばく。一撃にして致命傷を得たミノタウロスの手前、着地してすぐ跳び退き距離を取るユースの前、ミノタウロスがその巨体を地面に横たわらせた。どの好機でミノタウロスを撃ち抜くべきか全力で思索していたアルミナだったが、終わってみればユースの一人勝ち。


「やるじゃん、負けてられないわ……!」


 昔からユースと並んで戦うことの多かったアルミナにとって、ユースの善戦は何よりの発奮材料だ。彼と同じことは出来ないけれど、自分には自分の出来ることがある。少し離れた所でリザードマンを相手に苦戦する騎士の方向へ素早く銃口を向けると、迷い無く引き金を引く。


 すぐそばで味方の騎士が戦っている中、魔物だけを撃ち抜くのは、腕前以上に度胸がいる。それでもアルミナの放った実弾は、リザードマンの側頭部を的確に捕らえ、あと数秒粘られていたら苦しかった騎士が、容易に敵を討つことへ繋がる一手を導いた。


 そんなアルミナに向かって、上空から迫る一羽の魔物。死角とも言える角度から迫るコカトリスの急降下だが、それを遮るべくキャルが矢を放つ。コカトリスは空中で旋回し、キャルの放った矢を回避するが、その動きがアルミナの銃口にとっては狙い目だ。


「ありがと、キャル……!」


 追撃のアルミナの銃弾が、コカトリスの額を撃ち抜くのとほぼ同時、騒がしい戦場内でもよく通る銃士の声が響いた。親友の無事に、キャルもほっとしたような表情だが、すぐに表情を切り替えて次の対象に向けて矢を構える。アルミナも同様だ。


「チータ、サポートくれー! しんどい!」


「わかってる。開門、岩石弾雨(ストーンシャワー)


 ケンタウルスと交戦するガンマに呼応するチータが、戦場広くに岩石の雨を降らせる。それらの一部はケンタウルスにも直撃し、その隙を突いたガンマの巨大な斧のスイングが、一気にケンタウルスの胴体を真っ二つに切り裂くのだ。


 地を這うキングコブラや、遠方からユース達を狙うジェスターやヘルハウンド、それらを射手達がことごとく牽制し、あるいは討ち取り、追いつかぬ場所はマグニスが接近して、そのナイフで切り刻む。必要最低限の仕事しかしたくないマグニスも、少々その腰を動かさざるを得ないが、それは敵の数が多すぎるからであって、状況が状況ならたいした仕事もせずに済むレベルだ。


 ともかく、ユースとガンマが魔物達にとっての脅威として大きかった。弱い魔物ではすぐに一掃してしまうし、だからミノタウロスのような上位の魔物がそこに集まってくる。そのせいでユース達は死ぬほどきつい役目を背負わされているが、おかげで周囲の未熟な騎士達が、危険に晒される頻度が一気に低くなる。


 ミノタウロスやケンタウルスよりも脅威の魔物は多数いるこの乱戦地帯、それらまでユース達の方に進軍していれば、恐らくそろそろ限度を超えるだろう。しかしそうした魔物達も、彼らの師にあたる人物の活躍によって、殆どその役目を果たせぬまま亡骸へと変わっていく。


「見てるか。ここ最近のあいつら、マジで目覚ましいわ」


「見てるからわざわざ報告しなくていい……!」


 7匹目のガーゴイルを討伐した直後のシリカに近寄り、くひひと笑いながら話しかけるマグニスを、気の立ったシリカは怒号に近い声で追い返す。少し離れた場所からヒルギガースが接近してくる光景に、後ろの部下達を守る使命を背負った法騎士の神経が研ぎ澄まされているからだ。


 勢いよくそのヒルギガースに、単身突撃するシリカ。難敵と名高いそれにシリカが立ち向かう光景に、勝利以外の結末を予想できないマグニスは、肩をすくめてゆるゆるユース達の方に近付いていく。


「後輩の大成は、何よりもの眼福だな」


 背後から忍び寄り、自らに飛びかかろうとしていたキングコブラに、後ろ手でナイフを投げて仕留めたマグニスが、そう呟いて嘆息を漏らすのだった。


 結局この数時間後、聖騎士クロードによる撤退命令が下されるまで、第14小隊の中に負傷した者は一人もいなかった。疲れてきたところにリザードマンの不意打ちに遭い、反射的に盾を構えたユースの左腕が軋んだ程度だろうか。撤退する間、ずっとユースは痛む左腕を揺すっていたが、本人も周りも気にも留めないような次元だった。


 やがてはゴルト盆地に迫るための、山脈浅きの進軍。もはやこうした程度の任務においては、第14小隊が遅れを取る予感など、当人達以外は誰も抱かぬようになっていた。











「くはーっ!! 勝利の後の酒は格別じゃのう!!」


 聖騎士クロードはこの上なく上機嫌だった。山脈攻略の任務を終え、エクネイスの町の酒場で乾杯した席に招かれたシリカの前、ロックグラスいっぱいの蒸留酒をかっくらっている。ミルクでも飲んでいる方が似合いそうな幼い外見だというのに、50歳超えの酒豪だというのだから不可思議だ。


 上機嫌なのにはわけがあり、この日は死傷者もなく戦役を終えられたのが一番大きい。低リスクで確実な攻略が出来るように隊を組んだ、軍師たちの手腕もその要因のひとつだが、現場で戦う騎士達も命がけの世界でよく頑張ったものだと、クロードは身内を誇っている。


「最近ダイアンあたりがよう自慢してくるんじゃが、第14小隊は本当に活躍目覚ましいのう。正直まったく気を配る必要がないから、総指揮官としても楽々じゃわ」


「いいえ、そんな。私たちこそ、最前線をクロード様が駆けて下さるから後ろで身軽なだけで」


「身軽に動いて結果出せるんじゃから、そりゃ実力じゃろ?」


 この日、クロードが葬った魔物の数は計り知れない。ミノタウロスの上位種ギガビーストや、数匹のガーゴイル、その上位種のネビロスも二匹討伐している。彼のそばにいた法騎士達の活躍も含めれば、トロル数匹やオーガキングの討伐も果たされているのだ。はっきり言って魔物達の格付けで言えば、中位にあたる強力な魔物達を、相当な数撃破していることになる。


 加えてシリカ率いる大隊が討伐した、ミノタウロスやケンタウルス、ヒルギガース含めた多数の魔物。今回の戦役で討伐し、削ぎ落とせた魔物陣営の兵力は著しい数だ。それを犠牲者なく果たせたというのだから、クロードのみならず、騎士団そのものが心底満足のいく結果だと言えよう。


「ナトームあたりによう言われるんじゃ。第14小隊は自分のそばに置かず、適当に泳がせろとな。あやつの性格をよく知るおぬしなら、その真意もわかるのではないか?」


 聖騎士クロードのそばで戦うというのは、戦場において比較的安全な立ち位置だ。それだけクロードの実力がもたらす、周囲への安寧の影響力は大きい。聖騎士ナトームがそうした身分に第14小隊を置きたがらないのは、第14小隊を危険な場所にわざわざ置くことには違いない。


 逆に言えば、それでも戦い抜けることを見込んでの発想でもあるのだ。事実として、シリカ達は自分たちの力で戦場を凌ぎ、その名を高めていく一方。それは少なくとも、成熟しつつある部下達が正当な評価を受けることを望むシリカにとって、望ましい結果に違いない。


 敢えて危険な場所に置かれることを、良しとするか悪しきとするかは捉えよう次第だ。ナトーム聖騎士の性格をよく知るシリカの答えは、はじめから決まっている。


「……わかるつもりです。あの方は、悪意で人を動かす方ではありません」


「性格の悪さは折り紙つきじゃがのう。ま、仕事において私情を持ち込んでこないあたりは、わしもあやつを信用しておる部分じゃよ」


 それ以外はまったく信用しておらんけどな! と吐き捨てて笑うクロード。どうやら照れ隠しというわけでもなく、ナトーム聖騎士との不仲は確固たるものらしい。それでも同じ志を持って戦う以上、その根幹さえ通じ合えるならば信頼し合えるというのが、男の世界である。


「あやつは、出来ん仕事を任せるようなことは絶対にせんからのう。聖騎士不在、法騎士一人が率いる大隊が戦場を制圧できる見込みがなければ、そんな無茶は言わん。それだけおぬしらは、あやつに見込まれておるということじゃて」


 長く、聖騎士ナトームに尖った言葉ばかり投げつけられてきたシリカにとって、その言葉はあまりにも胸に突き刺さった。あの人は、自分のことを心の底から恨んでいると、ずっと思っていたからだ。それだけのことを、過去にした自覚がある。


「…………? そんな顔するほど嬉しかったかの?」


 はっとしてシリカは首を振る。視界が滲みかけていたことを自覚して、とんでもなく恥ずかしい顔を見せてしまったものだと、すぐに慌てて顔を伏せたものだ。クロードは大声で笑うでもなく、小さく優しい笑顔でシリカを見上げていた。体が小さいから、見下ろすことは出来ないのだが。


「まあ、そうは言うても、おぬしだけの力ではないぞ? 周りの仲間達あってのことじゃ。おぬしは見込めるだけの力もあるが、あまり己の力を過信し過ぎぬようには心がけることじゃぞ」


「はい」


 説教臭い自覚はあるが、騎士団は志同じくした者達が力を合わせることに、その集団の強さがあると信じるクロードは、こうした箴言を欠かさない。未熟な少騎士も、自らより高みにいる勇騎士も、誰もが等しく全力を尽くして命を懸けているのだ。導き出せる功績に差はあれど、確かにゼロではない力を生み出せる仲間の存在を、決してクロードは軽視してはいけないと常に言う。


 そしてそれは、シリカだって日々実感していることだ。クロムやマグニスには昔から本当に助けられているし、今では見守りつつも、指示も下さぬうちに率先して動く5人もそうだ。今日に限らず最近は、ずっと動きやすくなったものだという実感はある。


「あの生意気な赤毛のペーペーは好かんがの~。でもまあ、あれがぬしの隊の中では一番の手練のようじゃし、あんまり文句は言わんがの~」


「え、あ、はい……その節は、本当に……」


 プラタ鉱山戦役任務の時、マグニスがクロードに失言をかましていたことを思い出す。根に持っているあたり、クロードもいい性格をしているものだ。酔っているせいもあるかもしれないが。


「一方であの若い衆どもは、どれも素晴らしい原石じゃな。今現在でも充分なはたらきを見せとるが、それでもなお先を感じさせてくれるのが素晴らしい」


 シリカは何と言えばいいかわからず、黙って手元の酒を口に運ぶ。上官の前、笑顔を絶やさぬよう習慣づいていた顔に、感情込みの笑顔が上乗せされたことには、まだ無自覚だ。


「あやつら、日頃はどう鍛えておるんじゃ? よければ詳しく教えてくれんかの?」


「私は特に……彼らは、自分の力で身を伸ばしてきたに過ぎません」


「そう言うな。良き師おらずしてあそこまで力を形に出来るなら、それは単なる天才じゃ。おぬしの隊は、指の数だけ天才が揃った超幸運の隊じゃとでもいうのか?」


 指導の秘訣を語れ、とクロードが詰め寄る。愛想笑いも途絶え、困った顔を隠しきれないシリカの前に、童顔のクロードの顔が接近する形だ。


「ええと……それは……」


 何か言おうとして、結局言葉が見つからず、観念するようにうなだれるシリカ。良き指導者であると持ち上げてやろうとしたクロードにとって、この反応はやや意外。


「……本当に私は、たいしたことはしてないんです。あの子達は、自分たちの力であれだけの力を身につけてきました。それを、評価してあげてくれませんか」


 謙遜でもなく本音であることは、"彼ら"ではなく"あの子達"と思わず言ってしまったことからも明らかだ。謙遜も過ぎれば嫌味になるという言葉があるが、あまりにも、密かな自信を胸中に抱いているとは思えないシリカの顔に、クロードも酔いの覚めた顔に戻る。


「おぬしはそんなに、自分に自信が持てぬか? わしもこう見えて聖騎士、おぬしよりは3倍近くの戦場を駆けてきたつもりじゃ。そのわしが、おぬしの指導が彼らの大成を早めとると言うておるんじゃがな」


「あ、いや……すみま……」


「パワーハラスメントしとるわけではないぞ? まがりなりにも、先人がおぬしを客観的に評価しておるのが事実なのじゃ。それでもなお、おぬしが自信を持てぬという所以はどこにある?」


 目上の人物に褒められて、謙遜して浮き足立たないようにするのは大事なことだ。それでも内心では、多少なりとも喜んでいいものだ。シリカにそういった気配がないのが、普通の出来事ではない。


 伏せがちな目が上を向かない。目線の低いクロードを見下ろすよりもさらに下しか見れないシリカ、その本音を聞くためにクロードは沈黙する。素面かつ真剣な眼差し、しかし威圧するそれではなく、若い騎士を心から案じる目を携えてだ。


「……言えません。法騎士たる私が、口にしていいことではありません」


 精一杯のメッセージ。騎士を、上騎士を、高騎士を導く立場にある法騎士。そんな自分が弱音を吐くことに、シリカは潔しとは出来ない。


「わしは聖騎士じゃ。わしの前では、齢24の本音を吐いてもいいんじゃぞ」


「……口にしたら、折れそうなんです」


 痛いほどクロードにもわかることだ。自分が25の時、ラエルカンの中隊を率いる立場に引き立てられた時、どれだけ不安でいっぱいだったことか。手前の実力に確固たる自信も持てぬまま、評価されているらしい自分の実力を妄信し、上官として振舞うことが、どれだけ重圧であったか。その上で、自分を慕ってついてくる部下達に不安を覚えさせぬよう、強がりの仮面をかぶって奔走した毎日が、まるで昨日のことのように思い出せるものだ。


 24歳で法騎士という地位に立つ彼女が、自分に自信が持てないことなど当たり前だ。いくら人前で強い法騎士の姿を演じていたって、心の底では導く誰かを誤った方向に引っ張っていないかと、不安を覚えることもあるだろう。まして彼女にとって、部下であるはずの5人を"あの子達"と呼ぶぐらい、第14小隊の仲間達に愛着があるのは明らかなのだ。


 大好きな誰かの命運を握る責。それはつらいほどに重い。楽観視できる性格をしていなければ、毎日でも心に圧し掛かる重圧だ。


「誰もが一度は通る道じゃ。じゃがな、わしから言うことがあるとするならば」


 気持ちはわかる。だけど、塞ぎ込むことは迷走につながる。クロードは、若き卵が己の心に蝕まれ、誤った道に進むことを見過ごしたくはない。


「おぬしの信じる誰かが、おぬしを信じておることを忘れんでくれ。自分を信じることは容易に出来ずとも、他者を信じることは不可能ではないじゃろう?」


 自分自身を信じることが出来ないのは、誰しも往々にしてあり得ることだ。それはもう仕方が無い。自分の信じる自分を信じろ、という言葉があるが、そうした言葉で解決できない迷いもある。


「信頼できる人物の言葉を、今一度見返して欲しい。おぬしと付き合いの浅いわしの、表面だけを見た言葉など、無理に信頼せんでよい。おぬしにとって、心から信頼できる人物とは誰じゃ?」


 シリカの脳裏を駆ける影。クロムが、マグニスが、ダイアンが、ナトームが、ラヴォアスが、次々と頭の中に浮かんでくる。その末席には、あの子達の姿も確かにあるのだ。


「そうした者達が、おぬしをどう見ておるか。今一度、よく考えてみればいいのではないかな」


 自分のことを自分で見限ってしまうのは、簡単なことだ。自分自身を客観視するというのは、そういうことではない。持つべき自信を捨て去ることは、驕ることの次に良くないことだとクロードは言う。


 はい、の一言すら消えそうなぐらい小さく漏らすシリカの迷いは、たった一日の教えで容易に解消できるものではないだろう。クロードだってそれはわかっている。ラエルカンの戦士として生きたあの頃、先輩達に何を言われても、胸を張って士官として生きることは難しかったのだ。そしてそれは、当人の心で以ってしか解決できない、超えるべき壁であることもよく知っている。他人が手を差し伸べるにもどこか限界がある。たとえどれだけ真に迫って案じていたとしてもだ。


 決して明るい酒席ではなかった。こんな日もある。シリカは店を去る時、上官の手前こんな空気を作ったことに何度も頭を下げていたが、クロードは全く気にしていなかった。30年以上も酒の席を繰り返してきた戦士が、この程度のことで何を気分を害することがあろうというものだ。


 上っ面だけの明るい空気など要らない。どれだけ重い空気になろうが、腹を割って話せるならばそれが一番なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ