第98話 ~緑の裁判~
「よかったのか?」
「ええ。結果さえわかれば、それでいいですから」
ルオス三大名家、サルファード家。その当主が、被告人として法廷に狩り出されるなど、前代未聞の出来事だ。そんな歴史的な大事変のこの日、シリカ達はルオス帝都を訪ねていた。
さすがにこの日ばかりはチータの境遇も配慮され、第14小隊には任務が与えられなかった。その慮りに甘え、シリカとユースが付き添う形でチータをこの帝都に赴かせ、父の行く末を最速で知られる形を取ったというわけだ。意外だったのは、チータの立場なら法廷に傍聴人として入ることも容易に許されたであろうに、チータ自身がそれを拒否したことだ。
そうなってしまうと、何のために近くもないわざわざ帝都まで来たのか、一般的には疑問が残る所。それでもシリカがそれを良しとするのは、ルオスに来たいと言ったのはチータであり、その上で法廷に足を踏み入れたくないと言ったのもチータだからだ。状況と境遇を吟味すれば、安直単純な心境であるはずがない。複雑な立場にある少年の意志を最も尊重するスタンスは、シリカにとって自然なこと。
「……見たくないんですよ。あんまり」
小さく、意図の端を漏らすチータ。シリカもユースも、封じられたチータの真意は推測するほか無かったが、チータ自身も今の心境を、何と言えばいいのかわからない。父が裁かれるのは望ましく、姉が父の弁護をするのは嘆かわしく、場合によっては死ぬのは実父なのだ。それを見届けることは、ある意味では勇気のいることである。どんな想いでそこに立つことになるかわからない。
そういう自分を臆病だと思う部分もあり、チータも溜め息つきかけた顔を浮かべている。当人にも計りきれぬ心中を憶測するのはやめにして、シリカがチータに語りかけることは唯一つ。
「正しい結末を迎えることを、祈ろうか」
「はい。それが僕の最も望む終わりです」
望みは何か、簡潔に。心がもやついた時は、それでいいのだ。迷いと苦悩深き頭では、本当はわかっているはずのことも見失いがち。頭の中身を掃除することと、単なる思考放棄は別物だ。
運命は委ねられた。あとは神のみぞ知る未来である。
「――以上のことから、サルファード家当主、グレゴリー=フォン=サルファードにかけられた容疑は、証拠不充分な事柄の数々から邪推されることばかりであり、極めて不名誉な悪名を不当に被せられているものだと私は申し上げます」
法廷はざわめいていた。傍聴人から、僅かながら罵声に近いどよめきも沸いている。サルファード家当主、グレゴリーを弁護する立場のミュラーが、堂々とグレゴリーの罪科の数々を否定したからだ。グレゴリーの実娘であるミュラーはルオスでも評の良い女性であったが、悪名高いグレゴリーの弁護に走っていることは、傍聴人の多くを失望させ、その想いが今、静かなブーイングとして現れている。
一方でそれは、ミュラーの弁舌がそれなりの結果を出しているということでもある。傍聴人の多くは、サルファード家当主の有罪、ならびに没落を願う者ばかりだ。グレゴリーの悪事を告発した貴族や資産家も混ざっている。それが文句を言いたくなるぐらい不満を抱くということは、ミュラーの弁護がある程度筋の通ったものであり、下手をすればグレゴリーに対する判決に影響が出そうに感じるからだ。ミュラーの弁護が拙くて、そんな弁護では悪評は覆らないよ、という語りであるなら、傍聴人達も鼻で笑って聞き流している。それだけ、ミュラーはよくやっているということだ。
ここまでの語りに、ミュラーはある程度自信を持っていた。原告側の数名も理論武装はしてきているが、とどのつまりは私怨からサルファード家の没落を望む連中であるのは透けて見えている。告発内容も、そこに悪意がありますよと言い返すのは極めて自然に出来ることであり、それ自体には罪悪感も感じないので、堂々としていられる。悪人である父を弁護する立場の自分にこそ、そもそも疑問を抱く部分はあっても、ここまで来た以上は迷わない。掴み集めた情報から、父を陥れようとする輩に抗うことにためらいはない。屍肉狩りにいそしむハイエナのような貴族どもも、好きにはなれないとうのが、正直な話。
風向きはさほど悪くない。判断するのは裁判官達だ。事実と理論に基づく客観者に判断を任せるのだから、弁さえしっかりしていれば勝機はある。恨みがましい貴族や資本家にも、ここまでの語りで負ける予感はしていなかった。覚悟が違う自負もある。
そんなミュラーにとって、最大の難関がまだ現れていない。現在の優勢に反し、ミュラーの心中は、強い警戒心と緊張感に満ちている。
「原告人、弁護人の主張は聞き受けた。それでは――」
ミュラーに言いくるめられた証言者が悔しげに退出するのと入れ替わりに現れた人物。その姿を見たミュラーの目には、ついに来たかという緊張が宿る。
「待ちくたびれたわ」
第一声で、仕事と全く関係のない不平を漏らす少女。風貌は幼きそれだが、ぶかぶかの紫色のローブに藍色のナイトキャップは、噂に聞くその風体そのままだ。ミュラーにとって彼女と顔を合わせるのは初めてだが、出来ることなら敵対しない形で初対面を迎えたかった相手。
「後ろもつかえているからさくさくいくわよ。裁判官、こちら受け取って頂戴」
雨雲の賢者エルアーティの名で知られる彼女が、重い法廷の空気を蹴散らし、法の番人の一人を招く。幼き少女らしき高い声が、ここまで低くどすの利いた声を出す光景は、普通なら生意気な響きを感じさせるものだが、誰もそうした感情を抱かないのは彼女の風格のせいだろうか。
「四年前某日、サルファード家とラッフルズファミリーの間にあったと言われる通商記録の中から抜粋。そこに、行方不明の金の流れがあることは確認して貰えたかしら? もっとも、その一件のおかげで一人の女性が断罪された過去があるだけに、司法人のあなた達なら見覚えもあるでしょうけど」
傍聴人が揃って、何の話をしだすのかと疑問を抱く顔。ミュラーや、被告人グレゴリーにとっては、実によく思い当たりのある話だ。ただし、この日こんな時にそんな話を持ち込まれることになろうとは、当然予想外のことである。
「かつてその一件で、サルファード家とラッフルズファミリーの通商間に改竄を設け、金銭を横領した罪でルオス司法に裁かれた人物がいる。その名は、ティルマ=ハイン=リクラプト。しかし私はそれはサルファード家の陰謀であり、ティルマ氏は無実の罪を、サルファード家に着せられたものだとここに主張する」
弟と同じことを、明確な声で預言者が放つ。問題はここが法廷であるということ。師であるティルマを信頼する想いから、彼女の潔白を唱え続けるだけの弟とは違うのだ。賢者とも呼ばれた者が法廷の場で、根拠や確信もなしに、こんなことを言い出すはずがない。ミュラーは即座に全力で頭を巡らせ、エルアーティの言葉を迎え撃つ心積もりを作る。
「そもそもの始まりは、当時ラエルカン支部にあったラッフルズファミリーとの、香辛料の輸送を巡る取り引き。そこに宝石や親和性物質の交易を連ね、金銭の引渡しそのものは月末締めとし、帳簿の上で取り引きが為されていた体制が敷かれていた。これが月末、帳尻が合わなくて発覚したというのがかつての案件」
遠方の支社に物資がある場合、近くにある本社との話をつけることで、経済的なやりとりをすべて書面の上で済ませ、実金の移動をどこかで決済するというやり方は、どこでもやり得ることだ。特に取り引きの多い商売人同士であればあるほど、諸々の手間を省くためにそうした手段を取りやすい。
そして決済の日、サルファード家に支払われるはずだった金銭が不足していたことから、問題が発生したというわけだ。最終的な形だけ見れば、何者かがサルファード家の得るはずだった金銭の一部を横領したという結果になる。その犯人と言われたのがティルマだったのだが――
「当時資金繰りを担当していたミュラー氏はご存知でしょうけど、月末前のやりとりの書面の数字が一致しなかった。そうだったわよね?」
「……それが何か?」
「その金銭移送の際に雇った運び手が、現在はアユイ商団の働き手になっていることはご存知?」
エルアーティが裁判官に、さらに一枚の書類を渡す。アユイ商団元締め、ジュスターブ=アユイ=ヴォークランの実印が押された、商団の長がその書面上に書いてあることを、真実であると保証する重要な一枚だ。
「個人営業でもそうなんだけど、ちゃんとしてる所はちゃんとしてるものね。4年前、今より遥かに仕事が少なかった頃の商売記録も、しっかり取ってあるんだから」
ラッフルズファミリーからサルファード家に現金を届けた運び手は、当時の記録をしっかり残していた。駆け出しの商人は人脈も無く、とかく毎日が手探りで、少しでも生き延びるための足がかりになるものであれば、二束三文の紙切れだろうと捨てない。当時、サルファード家とラッフルズファミリーの間で動いた金の記録が第三者から発表され、それをアユイ商団というとてつもなく大きな団体の長が、それが事実であったと証明しているのだ。
「この時点で、ミュラー氏の手元にある金銭計算と、ラッフルズファミリーから支払われるべき金の金額は一致している。つまりこれは、当時ルオスに滞在していたティルマ氏が、そこに介入する余地はなかったことの現れでもある」
ラエルカンの時点で、決済額はミュラーの書類と一緒だったという話。ティルマが資金繰りをどこかで改竄したというのであれば、ルオスに入ってからでなければ難しい。遠き地の、誰も知らぬような商売人に息をかけ、その時点で金を動かすなんて、ティルマに出来るはずがない。そもそもその商売人を輸送者に選んだのは、ティルマではなくラッフルズファミリーだったのだ。たまたまラッフルズファミリーの選んだ輸送商人が、ティルマの息がかかった結託者だなんて、天文学的確率である。
「要するにこの資金の不一致は、ティルマ氏に介入できるものではなく、ラッフルズファミリーとサルファード家という、書面を触ることの出来る者同士間でしか、発生させられなかったという話よ」
ラッフルズファミリーが自社の輸送人を使わずに一介の商売人を使ったのが、仇になった形だ。もっとも、一介の商売人を使った方が、手元にある輸送記録を晒さずに済むし、4年前の裁判の時点ではその辺りを煙に撒いて、裁判に嘘をつき通したのだ。過去の司法の場でも、輸送に関わったよその商売人の懐まで探りを入れるのは難しかった。なにせ国外かつ無関係、旅人に近い商人だったのだから、その証言も寄せることが出来ない。取り引き金の不一致の件を、発生から一年遅らせたのも、関わった人間の数を風化させ触れさせないための配慮だった。
一度乗り切ってしまえば、遡って商売記録を漁るものなどいないのだ。その当時の輸送に関わったどこにいるかも知らない人間を見つけてきて、しかも商売記録まで提示してくるなど、夢にも思うまい。だが、出来る商人という奴は、それをしっかり押さえているのである。
「さて、反論はあるかしら?」
「……まずは提示されたものの信憑性から確かめていかねばなりませんね」
「閉廷後、お好きなだけどうぞ。調べれば調べるだけ、事実だと示されてあなた達が危ういわよ?」
ミュラーだってわかっている。捏造情報を持ってきて、その場凌ぎするような賢者様ではないはず。あれが真なる事実を描いたものであるなら、サルファード家とラッフルズファミリーはすでに追い詰められている。周りをつつけば、他にも山ほどほころびが出てくるのだろう。
「問題は、どうしてそんな汚名を着せてまで、サルファード家はティルマ氏を罪人としたのか。4年前にもそれは議論の種になったでしょうけど、明るみに出ればこれもまあ、単純な話」
エルアーティが、顔の前に人差し指を立てる。その指先に魔力が集まり、小さな光を放ったかと思えば、その指先の上に、タンポポの種のような綿が浮かぶのだ。
その光景は多くの者にとって、まさかという想いを抱かせる。その指先を、ふいっと前方に振ったエルアーティの動きに従うごとく、指先の上の綿が法廷の真ん中まで飛ぶ。そして目の前に起こったのは、当たらぬ方が良いと思っていた予感を現実にする光景。綿の先についた種が、法廷の床に着地したその瞬間、突如急成長を始め、絨毯を突き破り固い床までもを貫き、一瞬で根を張ってしまう。
ものの数秒で、盆栽のような小さな木をその場に顕現した、エルアーティの生成した綿の種。それはまさしく、それが多量に降り注げば生物災害、あの恐ろしき"アルボルの火"を思わせるものだ。
「これが、緑色の狐火。ライフェン=マイン=サルファード、ならびに彼に従いし緑の教団の連中の用いた、人為的に綿の雨を降らせる魔法のお手本よ」
そう語ると同時にエルアーティが、またも一枚の書類に突き出す。エルアーティの魔法を目の前にして息を呑んでいた裁判官だが、彼女から受け取った書面の表を見た瞬間、そこには驚くべき実印があった。その書面の曰くは、これからエルアーティが語るはず。
「手紙越しながら、ティルマ氏に話を聞いてみた。彼女から聞き出せたのは、緑色の狐火の練成組成式の一部。もっとも、すべてを聞いたわけではなく、残りの部分は私達が補って完成させたのだけどね」
ティルマと文通の中であるルーネの力を借り、エルアーティはその言質をティルマから拾っていた。今現在は罪人扱いされた人物の証言など、本来ならば司法の場がどこまで受け入れてくれるか怪しいものだが、エルアーティにとってはその程度、織り込み済み。
「なぜそんなものを彼女が知っているのか? 彼女はその組成式を、使用人としてサルファード家長男、ライフェンの部屋を掃除していた際、書きかけの一枚のメモから推察し、形に起こしたそうよ」
それを聞いたグレゴリーの脳裏に、凄まじい怒りが横たわる。とうとうこの事実が露呈したことは、数年前の馬鹿息子の失策に端を発することだ。ライフェンの残した綿の雨の練成組成式を、ティルマが目にしてしまった"かもしれない"と聞いたから、大事をとって奴を嵌めたのに、これでは台無しだ。
もっともライフェンも、相当な危険な情報を扱っていた自覚はあっただろうし、書いて覚えるにせよ暗号めいた筆先に無意識にもなっていただろう。だからティルマもそれを見たところで、その全容を把握することは出来なかったし、そういう意味ではライフェンの保険は利いていた。ティルマの推察力と好奇心が、今になっても生きていなければ。
「要するにこれ、ティルマ氏がライフェンの知る、綿の雨を降らせる極意を知ってしまったことの示唆。綿の雨を降らせるという大罪を犯していたサルファード家にとって、ティルマ氏を消したいという動機は、実に納得のいくものじゃないかしらねぇ」
「異議があります」
ミュラーは反撃に出る。隙を見つければすかさずだ。
「サルファード家を恨んでいると思しきティルマ氏の証言など、信頼に値しないでしょう。その極意をサルファード家から見つけたとティルマ氏は申されているようですが、果たしてそれがどれほどの信憑性を持っているのか、甚だ疑問ですね」
鼻で笑い返すエルアーティ。その程度かと、顔に出さずにいられない。
「私が今練成した緑色の狐火、悪いけどピルツの村に降り注いだ人為的なキノコを生み出した魔法と、完全に一致するものよ? あれが緑の教団、ならびにライフェン率いる連中の産物であることは事実とされているじゃない。つまり私が今使った魔法は、ライフェン達が唱えた緑色の狐火と、完全に一致するものなの」
エルアーティは、先程書類を渡した裁判官に目配せする。神妙な顔でうなずく裁判官だが、その所以を語る役目は、エルアーティも人に譲らない。
「ティルマ氏の証言が、サルファード家を陥れるように聞こえるのであれば、勝手にすればいい。ただ一つ揺らがぬのは、ティルマ氏はピルツの村を滅ぼした綿の雨の練成方法を知っていた。ライフェンが用いたものと同じ魔法でね」
サルファード家から、その極意を見つけたかどうかは、もはやたいした問題ではないのだ。ティルマの知った綿の種の生み出し方と、ライフェンの魔法が一致しているというだけで充分。ここから導き出される結論からエルアーティが言いたいのはそもそも、サルファード家の者達が、ティルマを陥れる動機が充分にあるということなのだ。
「……あなたは、本当にそれを証明できているんでしょうか?」
「何が?」
ミュラーの反撃だ。ここはつけ入る隙がある。
緑色の狐火は、術者によっては町一つ滅ぼせる、極めて危険な魔法。その魔法の使い方を広く公開すれば、必ず悪用する者が現れるだろう。ミュラーは、そんな魔法の練成組成式を、こんな小事のためにエルアーティが、公開するはずがないと踏んでいる。
エルアーティの使った緑色の狐火と、ライフェンの用いた緑色の狐火が完全に同じであると主張するには、その練成組成式の一致が必要条件となる。アルアーティがその組成式を黙秘しているなら、証明は絶対に不可能なはず。突き崩せる。
「あなたは自身の魔法が、ライフェン=マイン=サルファードの行使した魔法と完全に同じものであると主張している。そう仰るのであれば、その練成魔法式もちゃんと公開したんですよね?」
何を考えているのかわからぬ賢者様だけに、もしかしたら、しでかしてくれているかもしれない。だが、彼女にとって他国の裁判、その事実究明のために、人類が罪行に走るきっかけになり得るような情報を、広く振りまくことはあるまい。ミュラーは祈るような想いで、そう読んでいた。
エルアーティは肩をすくめて笑う。それに対する反撃は、先程裁判官に渡した一枚の書面で既に終えている。
「ルオス皇帝様にだけ教えたわ。あの人とて、今は退陣しているとはいえ練達の魔導士。魔法論をはっきりと理解できるその人物が、組成式が一致していると仰ってるんだけど、何か異論でもあるかしら?」
裁判官の受け取った一枚は、あまりにも重かった。ルオス皇帝の実印つきで、エルアーティの緑色の狐火の練成組成式が、ライフェン達の緑色の狐火のそれと一致すると書いてあったからだ。綿の雨を降らせる手段を教えても、その力を悪用しないと信頼でき、口が堅く、その人物一人にしか話さずとも絶大な影響力を以って司法に証言してくれる人物。ルオスの皇帝を除いて、それに勝る者はいない。
エルアーティは、ドラージュのことをよく知っている。野心にかまけて綿の雨を降らせる力を振るう人間でもなければ、何を盾に脅されても、綿の雨の練成方法を他者に語ることは無いと、絶対に確信できる相手だ。練成組成式を、ダニームのアカデミー学長に話すかルオス皇帝に話すかは少々考えたのだが、得た知識を他者に公開したくなる、学者の性というものを考慮して、エルアーティはこちらを選んだ。アカデミー学長も同様に信頼できる人物だが、彼にとっては知って黙ることは少々気苦労になるであろうから、同じ学者として気遣うのである。
反論を一切許さず、他方面から自身がライフェンの緑色の狐火を再現できたことを証言するエルアーティ。同時に、それはティルマから得た情報に基づいて作ったものという事。サルファード家が、ティルマを嵌める動機として、これはあまりにも説得力がある。
「さらにだけど、サルファード家がこの綿の雨による魔力で、ひとつの人里を滅ぼしたケースもある。7年前、カルルクスの里が滅んだ日のことを、知らない人はいないわよね?」
次々話題が転がって、伏せられていた罪科が明らかになっていく。けちな悪行を告発してきただけの傍聴人貴族達も、己の知らぬところでサルファード家というやつは想像以上に――と、そろそろ頭も冷めた見方を始めている。
「結論から申し上げましょう。アマゾネス族の住まっていたその里は、サルファード家と縁の深い緑の教団の一部によって、綿の雨を降らされて滅んだ。今からするのは、そういう話」
エルアーティが裁判官に目配せし、参考人を招くことを求める。小さくうなずいた裁判官の手前、エルアーティは自分の入ってきた法廷の入り口に歩いていき、その扉を叩く。
「いらっしゃい。積年の恨みを晴らす時よ」
扉を開いて奥から現れたのは、エルアーティより少し背が大きい程度の少女。見た目は幼くも実年齢はシリカやクロムの倍以上生きているエルアーティとは違い、その参考人は見た目どおりの少女だ。
「彼女はアマゾネス族の生き残り。まずは、彼女のお話に耳を傾けて貰いましょう」
証言台にその少女を案内し、立たせるエルアーティ。自身の持ち場に戻ったエルアーティに伴い、一人で証言台に立つ形になった少女は、やはり少し緊張気味。初めての法廷、証言台、しかも自分の発言が、他者の命運を握るとなれば、言い知れぬプレッシャーがかかるのは極めて自然なことだ。
少女が場全体に対して小さく頭を下げた直後、顔を上げたところで、被告人グレゴリーと目が合う。自らの行く末を暗いものにし得る少女、こんな子供が生意気にも法廷でそんな立場を担っていることに、グレゴリーの眼差しはどす黒い怒りに満ちている。根の臆病な少女には、それだけで動悸を促す、恐怖の光景でしかない。
それでも、ここへ来た。すべて覚悟してきたことだ。小さく深呼吸してから、少女は背筋を正す。
「……よろしくお願いします」
今は多くが死に絶えた、盟友たちの無念を晴らす時。数少なく生き残ったアマゾネス族の使命を背負うキャルは、顔を上げて毅然とした眼差しを、この法廷の場にいるすべての者に見せ示した。




