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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第1章  若き勇者の序奏~イントロダクション~
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第9話  ~コブレ廃坑④ 二つの戦い~



 鋼鉄製のユースの騎士剣は、ミスリル製のシリカの騎士剣ほど優秀とはいえない。しかしゴブリンの肉体を真っ二つにできるほどの優秀な切れ味は、目の前のワータイガーにとどめを刺すことが出来るだけの武器であると証明されている。


 初めて戦う目の前の巨大な魔物を前にして、ユースは自分にそう言い聞かせてその剣を振るう。勝てないかもしれない、などと考えるのは、雑念以外の何者でもない。


 左肩を狙った斬撃を、ワータイガーは右に身をひねってかわす。それとほぼ同じタイミング、カウンターのワータイガーの右拳がユース目がけて飛んできた。


 右拳が飛んできた場所に盾を構え、当たったと同時にユースは後方に体重を逃がす。最大限想定したよりも重い一撃に、左腕が軋む。衝撃を後ろに逃がさずまともに受けていたら、間違いなく骨までやられていただろうと思わずにいられない。


 素早く体勢を整えたユースだったが、ワータイガーが攻撃に移ったのが一瞬早い。すぐさま地を蹴ったワータイガーが距離を詰め、その太い左腕をユースの脳天目がけて振り下ろす。拳での突きでさえあの威力なのだから、振り下ろされるこの攻撃を盾でまともに受けたら、間違いなく腕の芯がへし折られる。


 それでもユースは盾を構えてその拳を受けた。ただし、その場で止めることに尽力するわけではなく、受けた瞬間に腕を下げ、衝撃は下に逃がす。しかし当然、衝撃によってユースの体は沈み、かがんだ体勢にならざるを得ない。


 ワータイガーがその右脚でユースを蹴飛ばそうと足を振りかぶった瞬間、洞窟内に大きな銃声が響き渡る。アルミナの放った銃弾が、かがんだ形になったユースの頭上を勢いよくかすめ、的確にワータイガーの左目を貫いた。


 ユースに意識を集めていたワータイガーは、視界の外から飛んできた銃弾をかわせず、左目の前が一瞬にして真っ暗になったことに衝撃を受けた。ここまでは二人の連携の狙いどおりだ。だが、振りかぶられたワータイガーの右脚は止まらず、低い姿勢だったユースを半ば全力のまま蹴飛ばした。


 染みついた反射神経で盾を前に出したユースだったが、ワータイガーの脚が盾に直撃した瞬間には一瞬時間が止まったかと思った。一瞬にして腕を伝わった鈍い衝撃とともに、ユースは肉体ごとワータイガーの脚力で吹き飛ばされ、低い軌道を描いて地面に叩きつけられた。


 衝撃は逃がしきれたのか。左手の指先まで動かせることを無意識に確かめたユースの導き出した答えは、まだ腕は折れていないという事実。しかしその直後、背中から地面に叩きつけられた衝撃が肺と心臓を圧迫し、息が詰まってユースの動きが止まる。遠くでユースの名を叫んだアルミナの声が、耳に入ったものの頭で認識できなかった。


 左目を撃ち抜かれたワータイガーは痛みに全身をよじっていたが、すぐさまその凶悪な残った右目を、我が目を奪った人間に向けてぎらつかせる。凄まじいまでの殺意のこもった赤い瞳にアルミナは身をすくませたが、それとほぼ同時にアルミナは引き金を引いていた。


 2発目の弾丸は右目を狙ったはずだったが、ワータイガーの放つ威圧感に一瞬怯んだか、弾丸は狙いをはずれ、ワータイガーの右肩を打ち抜いた。ダメージが無いわけでは決してない。しかしその右肩の痛みで完全に怒りに火のついたワータイガーは、アルミナ目がけて恐ろしい形相で突っ込んでくる。


 アルミナの脳裏に、かつて魔物達に無残に引き裂かれて無残な亡骸と化した父親の姿が一瞬よぎったのは、自らの死を鮮明に思い描いたからだ。怒り狂ったワータイガーの片腕にでも掴まれれば、自分が同じ形になる未来が一瞬で想像できる。それは刹那の白昼夢だったが、戦う力をその身に刻みつけた今のアルミナは、すぐさま引き金を引いた。


 胸元を狙った弾丸を、ワータイガーは横に跳んで回避する。前方に進もうとする勢いは決して殺されていないため、僅か速度が落ちただけで接近するスピードは殆ど変わらない。即座に次の弾丸を放つアルミナだが、この弾丸も同じくかわされる。


 アルミナを射程距離に捕えたワータイガーが、その左腕でアルミナの顎を殴り飛ばすべくその拳を突き上げた。決死の想いで全力で後ろに跳んだアルミナの眼前を、ワータイガーの爪先がかすめ、アルミナの鼻の先まで爪が切り裂いた風が届いた。


 身を逸らして勢いよく後ろに跳んだアルミナは、そのおかげでワータイガーの一撃を受けずに済んだものの、着地と同時にバランスを崩して尻もちをつく。腰から背骨まで痛みが貫いたが、ほぼ同時にアルミナは銃を眼前に構え指先に力を込める。


 完全に体勢の崩れたアルミナに追撃しようとしていたワータイガーの胸元を、決死の想いで放たれた銃弾が貫く。意識していなかった反撃に一瞬怯んだワータイガーの隙をついて、アルミナは立ち上がり動ける姿勢を取る。そしてアルミナが2歩後ろに下がった瞬間、復讐に燃えるワータイガーがアルミナに向けて大足の一歩を踏み出しかけた。


 そのワータイガーの隙を突く一撃。立ち上がったユースがその剣をかざし、左目を失ったワータイガーの死角から、鋭い斬撃を振り下ろす。一瞬でその気配だけは感じ取れたのか、ワータイガーは裏拳を放つ動きでユース目がけて左腕を振りかぶった。


 当初ワータイガーの肩口を狙ったユースの騎士剣は、ワータイガーの二の腕に食い込み、一気にその腕を切断するに至った。同時にワータイガーの肉体を離れた腕が、剣を振り下ろした勢いで頭を下げたユースの頭上をかすめて、岩壁に向かって勢いよく飛んでいく。


 怒りで我を忘れて痛みが頭まで届いていないのか、ワータイガーの追撃は止まらない。右腕でユースを叩き潰そうと右拳に力を込めるが、それとほぼ同時にアルミナの放った銃弾がワータイガーの側頭部を撃ち抜いた。


 衝撃でワータイガーの体がぐらつき、その右腕の筋肉に力を込められたままでワータイガーの動きが一瞬停止する。次の瞬間、体勢を整えたユースの騎士剣がワータイガーの首元に食らいつき、直後胴体を離れたワータイガーの頭部が宙を舞った。


「っが……うぐ、ぇ゛……!」


 ワータイガーに致命傷を与えた瞬間、ユースの胃の奥からもの凄い勢いで何かがせり上がってくる。本能的にこれはいけないとそれを飲みこんで腹に返すユースだったが、それに伴う吐き気と肺へのダメージで、胸が苦しくなってユースは思わず前のめりになる。


 戦場に身を置いている限り、緊張を解ききっていい状況ではない。自分にそう言い聞かせ、ぼやけた視界でワータイガーの肉体が崩れ落ちるのを見届けると、勝利を確信したユースはようやくアルミナの方に目線を送った。


「あ、アルミナ……大丈夫だったか……?」


「な、何とか……死ぬかと思ったけど……」


 息の詰まった声でなんとか声をかけるユースに、震えた声でアルミナは答えた。その表情は今の霞んだ視界でもはっきりとわかるぐらいに引きつったままで、ほんの数秒前に殺意に満ちたワータイガーの目に睨まれた恐怖が、未だ彼女の瞳に焼き付いているように見えた。


 それでも、アルミナは頭を切り替えて次の行動に移る。


「シリカさんは……!?」


 振り返ったアルミナと、それに続いたユースの目に飛び込んできた光景。


 シリカは戦い続けていた。たった一人で、あの巨大な怪物サイクロプスとだ。ワータイガーより遙かに強敵であることは想像に難くない相手と戦い続ける彼女の背中を見て、二人が最初に取った行動は、まずシリカのもとへ駆け寄ろうとすることだった。


「来るな!」


 1歩目を踏み出すよりも早く響いたその声によって、二人の足が止まる。しかしほぼ同時に、サイクロプスの目が光り、その目から光弾が放たれる。


 だが、その目の向く先はシリカではない。憔悴した表情のユースを見据えていた。


 一瞬それに気付くのが遅れたものの、ユースは自身の頭めがけて飛んできた光弾に反応し、思わず後ろに跳ねてかわそうとする。しかし光弾は、ユースの頭のそばをかすめていくことも、まして彼に当たるようなこともしなかった。


 光弾がユースのそばに届くよりも早く、シリカの持つミスリルソードによって切断されたからだ。空中で2つに切られた光弾はやがて火花のようにはじけ、どこにも着弾することなく煙に変わる。


 サイクロプスの単眼から放たれる光弾は、魔力の凝縮弾丸だ。ただの剣や武器で切断することは本来できないはずのエネルギーだが、シリカの手にした騎士剣はミスリル製であり、事情が違う。魔法学に準じた理論に基づき、ミスリル製の武器は魔力を両断することが出来得る特性を持つのだ。


 細かい魔法学の理屈は今はさておき、肉体と精神に覚え込んだ一連の動きで光弾を切り払ったシリカは、ふっと後ろを振り返る。そこにあったのは、光弾に反応してしっかり回避の動きをとったユースと、ワータイガーの亡骸を背にして立ちすくむアルミナの姿。


 二人の勝利をその目で確かめたシリカは、ふっと笑う。


「――二人とも、来るんじゃないぞ。今、片付ける」


 その表情からがアルミナが感じ取ったのは自信、ユースが感じ取ったのは安堵。そしてそれは、どちらも正解だった。


 シリカはまっすぐにサイクロプスを見据えると、勢いよく駆けだす。シリカを見下ろす巨人の単眼が何度も光り、雨あられのように光弾が連射される。走りながら自らに向かって降り注ぐ光弾の数々をシリカは回避し、はずれた光弾の数々が次々と火柱をあげて洞窟内が照らされる。


 距離を詰めたところで減速したシリカに向かって、サイクロプスの巨大な右腕が彼女を叩き潰さんと振り下ろされる。大きく横っ跳びしたシリカがそれをかわすと、冷たい岩石で構築された地面が、サイクロプスの腕の力に耐えきれずに砕ける。人間があの一撃をまともに受ければ原型を留めていられるはずがない事実に、遠目で見守るアルミナは肝を縮ませた。


 シリカは地面に置かれたサイクロプスの手に飛び乗って、道幅ほどもあるサイクロプスの太い腕を駆け上がっていく。それに気付いたサイクロプスは、その腕を横に振ってシリカを払い落そうとしたが、腕が大きく動く直前、シリカはサイクロプスの右肩めがけて跳躍した。


 サイクロプスの右肩にシリカが降り立った瞬間、サイクロプスの左拳がそこを目がけて巨大な鉄槌を下す。しかしシリカはさらにそこから上空に舞い、拳をかわしてそのサイクロプスの左腕の半ば、例えるなら肘のあたりに着地する。


 シリカの眼前にあるのはサイクロプスの単眼。その眼が危機感に染まると同時に、突然単眼はシリカから目をそらし、光弾を多数発射した。つまり狙いはシリカではない。アルミナだ。


 ワータイガーを討伐し、距離も充分にあるアルミナは、慌てながらも光弾をかわす。思わず悲鳴をあげながらの立ち回りぶりだが、ともかく直撃は免れている。シリカは勝利を確信した強い眼差しでサイクロプスの単眼を見据えると、足もとのサイクロプスの肉体を蹴って、その単眼めがけてまっすぐ飛来する。そしてシリカのミスリル製の剣先で以って放つ力強い突きが、サイクロプスの単眼を深く貫いた。


 ガラス玉をアイスピックで粉々に砕いたかのような実感を手にして、シリカは単眼のすぐ下の、サイクロプスの鼻とでも呼べそうな場所を蹴飛ばして後方に跳び、地面に降り立つ。一瞬遅れてサイクロプスは悶絶するかのようにその頭を振り回し、両手で単眼を抑えてぐらりと傾く。


 やがてサイクロプスの全身を構築していた岩石の所々にヒビが入る。柔軟にその肉体を動かしていた関節部分の接合が崩れ、サイクロプスの手足が轟音を立てて地面に落ちていく。時間が経つにつれてその肉体はバラバラになり、ついにはもの言わぬ瓦礫の山よろしく、大小様々の岩の集合体となって動かなくなった。


 シリカが剣を鞘に収めたことを見受けて、ユースとアルミナはようやく戦いが終わったことを理解した。気が抜けてへたり込んだアルミナの元に、振り返ったシリカが歩み寄り、ふうと一息ついた後にその手を差し伸べてきた。


 はっとなってアルミナは、慌てて自分の力で立ち上がる。自分で立てるのに上官の手を借りて立ち上がることなんか出来ない、という部下としての姿勢だったが、一度へたり込んだ上でそれを実践しても格好がつかず、シリカにくすっと笑われてしまう。自分よりも背の高い上官の顔を見上げることも出来ず、うつむいたままアルミナは顔を真っ赤に染めた。


「ユースは大丈夫か? ワータイガーに蹴飛ばされていたようだが」


「え、あ……はい、何とか……」


 一言目に対して、大丈夫だと返答する準備が出来ていたユースは、その後に続いた言葉に虚を突かれて戸惑った声を返した。サイクロプスとずっと交戦していたはずの彼女が、自分がワータイガーに蹴飛ばされていたことを視認していたというその事実に、驚きを隠せない。


「二人とも、ちょっとそこで待っていろ。後ろから魔物が襲ってきたら、私を追って来い」


 そう言ってシリカは、さっきまでサイクロプスが立っていた方向に向けて歩きだす。少し前まで岩の巨人だった岩の積み山の横を通り抜けて、シリカは洞窟の奥に向けて姿を消した。


 さほど時間が経たないうちに、シリカが戻ってきた。その表情からは緊張感はあまり感じられず、平静時の無表情に近いものだった。洞窟の奥を見て、予想外の何かを目にした顔色ではなさそうだ。


「引き揚げるか。この先は行き止まりだったし、これ以上の深入りは必要なさそうだ」


 ユース達に声をかけ、シリカは洞窟の出口に向かって――コブレ廃坑の坑道に向けて歩きだす。いつもと変わらぬ速さで歩くシリカが、ユースやアルミナには妙に足早に見えたのは、死線を越え脱力した二人に、いつもと同じ速さで普通に歩く気力と体力が削がれていたからだ。


 二人は慌ててシリカの後を追っていく。小走りになったつもりでもあまり速さが出ず、隊長に並ぶまでに思った以上の時間がかかったのだった。






 単眼の岩石巨人サイクロプスは、その単眼が命の源だと言われている。肉体に血の流れる命の多くは、人間や魔物を問わず、肉体への斬撃や損傷は命の危機に直結するが、サイクロプスの岩石の肉体はそうではない。例えば岩石の四肢をすべて切断されることがあっても、単眼と接点を持つ岩石の肉体部分は活動を終えることはなく、つまりは死なないのだ。サイクロプスの生命活動を完全に停止させようと思うのならば、その眼を破壊するのが唯一の方法とされている。


 そしてサイクロプスは、肉体部分と呼べる岩石を自ら集めて構築する。まるで粘土遊びのように周囲に転がる岩石をかき集め、つなげ、肥大していくことが出来る生物なのだ。サイクロプスはそうして自身を大きくするために岩石を集め、自らの肉体の一部とする習性がある。先ほどシリカが討伐したサイクロプスは、岩壁を自らの手で掘削し、肉体とすべく岩石を集めていたのだと、シリカは推測して結論付けていた。


 このコズニック山脈のどこか深くに棲んでいたサイクロプスは、岩壁を削り、例えるならば肉体にとっての食糧となる岩石を集めながら、山を掘り進んでいた。その結果、やがてコブレ廃坑に穴を開ける結果になったのだろう。そのまま人のいる廃坑の方向に進まずにいてくれたのはその実、人間にとって幸運だったのだが、引き返す方向に進んだサイクロプスは、先ほど交戦したあの場所に向かって掘り進み、その途中でシリカ達に背中を見せる結果になったというのが、シリカの導き出した結論だ。実際、後から見てみれば洞窟内の岸壁は不自然にデコボコしていて、通りがかりにサイクロプスがほじくる程度に岩を集めていたことも、想像できる形状だった。


 となると、坑道から進んだシリカ達目線の話。不審な横穴をまっすぐ進んでいった結果、その後見つかったもう一つの分かれ道。この分かれ道を真っ直ぐ進んだ方にサイクロプスがいたわけだが、選ばなかった方の横道の奥には何があったのか。恐らくこれが、サイクロプスが向こうから山を掘り進んできた道だったと推察できるのだ。こちらがどこに通じているのかは知らないが、その先やがて山の奥地のいずこかに通じているのなら、そこからワータイガーやゴブリンのような魔物が入りこんで、この洞窟に棲み込んでいてもおかしくない。サイクロプスの掘り進んだ道がまるでトンネルのように、人里のコブレ廃坑と魔物が生存する未開の地を、繋いでしまった。それが諸々の事情からシリカの推測した答えだ。


「私達の任務は、あくまで鉱山の調査だ。コブレ廃坑を管轄するエクネイスに今回の調査でわかったことを報告して任務完了だ。騎士団への報告は、後日でいいだろう」


 自分なりに今回の出来事の顛末をユースとアルミナに説明した後、シリカはそう言って話を締め括った。






 翌日、エクネイスの城に赴いたシリカは、鉱山を管轄する部署に足を運び、今回の件の顛末を口頭で説明する。元々コブレ廃坑の調査はエクネイスがエレム王国に依頼したことであり、その騎士団の一員が来たとなれば話は実にスムーズに進んだ。何より、シリカが持っている法騎士の肩書きが持つ信用の重さも、その遠因になっているだろう。


 エクネイスが下した判断は、シリカの予想どおり、横穴の封鎖だった。あの洞窟をさらに進んでいけば魔物の巣があるかもしれないし、魔物討伐の好機としてエレム王国に依頼してもいいが、補強されていない洞窟の道は単に落盤の危険もあるし、サイクロプスのような危険な存在も報告されている以上、うかつに魔物のテリトリーに踏み込むのは得策ではないとの判断だ。ユースやアルミナは実感が至ってない部分もあるのだが、サイクロプスは魔物達の中でも討伐の難しい実力を持つ魔物であり、予期せぬ遭遇でもない限りは、触らぬ神に祟りなしなのだ。実際のところシリカも、当初は気付かれぬよう撤退することを一度選んでいたのだから。


 エクネイスの要人達は、3人がかりでサイクロプスを討伐したと思っており、それを称賛する。法騎士シリカ様の小隊は部下も精鋭揃いなのですねと、ユースやアルミナまでエクネイスの要人の中では評価を高めた。まさかシリカが一人でサイクロプスを討伐したなどとは、一般人は露にも思えないものなのだ。


 討伐の事実が伝わればそれでいいシリカはそんなことまで話しはしなかったのだが、とにかくコブレ廃坑の異変とその原因、その一旦の解決を為せた事実を聞いてエクネイスは強く感謝した。エクネイスの要人とシリカが固い握手をしたところで、この任務は予定よりも1日早い形で、完遂されたと言っていい形になったのだった。






「シリカさん、どうでした?」


「ああ、問題ない。任務完了、といったところだな」


 エクネイスの政府の要人との会談となれば、さすがに少騎士や傭兵が気安く入れる場ではない。待合室で待っていたアルミナがシリカに尋ね、シリカは笑ってそう答えた。


 一方、アルミナの隣に座るユースは少し不安げな表情をしていた。別にシリカの判断にけちをつけるつもりは無いのだが、ちょっとした懸念があったからだ。


「でも、シリカさん。騎士団への報告を挟まずに話をつけちゃって、よかったんですか?」


「コブレ廃坑はエクネイスの管轄だ。その解決にエレム王国騎士団が動いたからといって、その後のことにまで我々が口を挟む余地はないだろう。不要なことだ」


 シリカは淡々とそう答えた。理屈は通っている。ただ、それを聞いてアルミナも首をもたげる。


「間違ってないとは思いますが……お役所仕事だって言われようとも、一度騎士団に話を通した方がよかったかも、とも……だって、どんな難癖つけられるかわかったものじゃないし」


 アルミナとユースの頭に浮かんだのは、とある聖騎士の顔だ。二人の目線から見れば、シリカを妙に目の敵にしているとしか思えない、シリカの上司。


 ナトーム聖騎士の顔を思い出すと、二人の表情がなお曇る。両者の想いが一応わかるだけに、シリカは少し息をついて答えを返す。


「エクネイスも、異変の正体を一日でも早く知りたいはずだろう。こちらの都合で、わかった事実の報告を、最も知りたがっている方に報せるのを遅らせることは不義というものだ。だから、これでいい。騎士団に報告するよりも、ここが先決なんだよ」


 正しいことをすることが大切なんだ、と一言つけ加えて、エクネイスの城を後にする。ユースやアルミナに、その言葉の意図が伝わったかどうかはわからない。それはきっと、今でなくともあるいは、いつか二人がその言葉の真意を想う日がくればいいと、彼女は考えているのだろう。


 先人は容易く全てを語ってくれるとは限らない。簡潔な言葉で締め括られた彼女の想いを追い、ユースとアルミナの歩く道が今ここからまた始まっていくのだ。






「さて、今日明日は少しエクネイスに滞在するとしようか。せっかく来たんだ、少しは日頃立たない地を見て回るのもいい経験になるだろう」


 それを聞いて、アルミナがぱっと目を輝かせた。ウォードから聞いていた、この町にあるという美味しい郷土料理の店に興味があって仕方なかったからだ。その目のきらめきようと言ったらもう、暗い洞窟内で一際明るく光ったサイクロプスの単眼の如く。それが2つだ。


 ユースも彼女ほどではないにせよ、それを聞いて嬉しそうな顔を見せてしまう。傭兵で比較的自由に動けるアルミナに反し、少騎士であるユースはシリカから離れる機会が少ない。こうして見知らぬ地に来られる機会なんて、自らの意思では殆ど作れなかったのだ。


「シリカさん、どこ行きます!? やっぱり最初は、ウォードさんに聞いたお店ですよね!」


「俺もそれがいいな。やっぱり旅行の楽しみって言ったら、それだもん」


 子供のように無邪気にはしゃぐアルミナと、仮にも任務中なのに旅行という単語を使ってしまうユース。騎士や傭兵と言ってもまだまだ垢抜けない二人を微笑ましく見て、シリカは言葉を繋ぐ。


「とりあえず、手近な公園を探そうか」


 3秒ほど遅れて、空気が凍った。言外に示された隊長の意図がわかった瞬間、夢が崩壊する。


「お前達は休日気分でいるのかもしれないが、仮にも任務の責を預かってる身で、ただ遊ぶだけなんて考えていないだろうな? 昨日の二人の戦いぶりは悪くなかったが、課題も多かったんだぞ」


 この人はどうやら、剣を振るえる広い場所が欲しいらしい。つまりはそういうことだ。そして上官と部下二人が剣を振るえる場所でやることと言えば、一つしかない。


「なに、めいっぱい体を動かした後の夕食は格別に美味しいよ。前向きに考えろ」


 くすくすと笑うシリカの表情に悪意がなさそうなのが、もう。この人は本気でこう考えて稽古や戦いに乗り出せるあたり、根っからの戦人なんだろうなと、今さらながら二人は実感してしまう。実感したくもないのに。


「そう引きつった顔をするな。私とサイクロプスとの戦いをお前達も見ていたことだし、明日の朝には魔法学についての講義もしてやるから」


 流石にハードスケジュールなのはシリカもわかっているようで、彼女なりに二人に対して後のご褒美も提示している。魔法学は、ユースもアルミナも非常に興味があったのだけど、わけあってシリカはなかなか教えてくれなかったのだ。それが明日とうとう封切られるというのは、実際のところ二人にとってはすごく、すごく楽しみなことではあるのだ。


 でも、今からやります戦闘訓練をやめるつもりはないそうで。ここはブレない我が隊長。


「……頑張ります」


「……約束ですよ?」


「ああ」


 日暮れまで、恐らく4,5時間はある。その時間のうちどれだけが、ユースとアルミナの体に傷とあざとトラウマを刻みつけるために費やされるのだろうか。


 意気揚々と二人の部下に教えるべきことを頭の中に思い描き、顎に指をあててエクネイスの街路地を歩く法騎士が一人。その後ろをもの哀しげな無表情で歩く少年少女の表情を、太陽が気の毒そうに照らしていた。

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