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法騎士シリカと第14小隊  作者: ざくろべぇ
第1章  若き勇者の序奏~イントロダクション~
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 プロローグ



 少年は、自分が平凡以下の騎士だと長く信じて疑わなかった。


 騎士団に入隊して、もう3年になる。故郷で騎士を夢見て、自分なりに剣の扱いを練習し、王都の門を親に付き添われて叩いたのが12歳の時。緊張して臨んだ、入隊試験を通過して、騎士団入りしたあの日のことは今でも思い出せた。


 思えば一度目の入隊試験で一発合格した時が、自身のピークだったのかとも何度も考えた。あの時は、筋がいいとか、その年でそれなら、と、試験官を務める騎士様にも褒められた。調子に乗っちゃいけないと自分に何度も言い聞かせながらも、本心では嬉しくて仕方なかった。


 1年も経った頃、希望に満ち溢れていた少年の心に徐々に暗雲が立ち込める。年若い未熟な少年騎士達を集めた小隊に所属する彼のそばには、何人もの騎士がいた。剣の腕で競い合うことがあれば、小隊の仲間達に負けることも多く、挫折を味わう日々が重ねられていく。自分よりも早くに騎士団入りしたとはいえ、1つ年下の少年騎士に、対人戦闘訓練で打ち負かされることもあった。27人で構成される小隊の中にあって、剣士としての格付けをするならば、少年は常に下から1番目か2番目の位置にいると、周りからも評ぜられるようになる。


 2年目の冬を迎える頃には、少年の心を守る希望という名のメッキは、色褪せて朽ち果てていた。上官率いる魔物討伐の任務に足を運ぶたび、1匹の魔物さえもろくにとどめを刺せず、反撃を受けて窮地に立たされることばかり。そのたびそばにいる仲間に助けて貰って、命からがら戦場で息を切らし、足を引っ張っている自分を痛感する。仲間達は自分の力で魔物達を討伐し、自分よりも後からこの小隊に入ってきた年下の少年騎士ですら、戦場で成果を上げているというのにだ。


 任務となれば仲間の足を引っ張り、訓練となれば木剣を打ち込む案山子代わりにしかなれない。小隊一番の才気溢れる騎士の青年が、後輩と切磋琢磨して剣を打ち鳴らす姿を訓練場で見るたびに、その背中が遠のいていくのがわかるのだ。自分と剣を打ち合わせる相手が、張り合いがないとばかりに途中から緊張感を薄めていく訓練場での悪夢は、意地を振り絞って抗っても、やがて自分が訓練場の床に叩き伏せられる結果で色を増す。


 自分には、才能がないんだとしか思えないようになっていた。同期の仲間達、1年遅れで入った後輩達は自分をとうに追い越して、任務でも訓練でも結果を出している。2年遅れで小隊入りした後輩も、やがてはそうなっていくのだろうか。そう思うたび、騎士という生き方に自分は向いていなかったのかなと思ってしまい、王都を去って里帰りすることも、何度も考えた。






 誰もが寝静まった真夜中、騎士団の本拠地である騎士館の訓練場で、騎士剣を振るう一人の少年。


 自分に才覚がなかろうとも、諦めることが出来なかった。独り身で自分を育ててくれた母は、立派な騎士を目指して頑張ってね、と笑顔で自分を見送ってくれた。学所に通うためのお金も、故郷の剣術道場に通うためのお金も、決して裕福でない暮らしから捻出し続けてくれたのだ。


 つらくなったら帰っておいで、という、故郷を旅立つ前夜の優しい言葉を思い出すたび、そんな事が出来るもんかと胸を締め付けられる。自分は独りでここまで来たわけじゃないのだ。頑張っていれば、いつかはきっと報われる日が来るはずだっていう信念も、遙か昔に打ち砕かれて、真っ暗な現実が目の前に居座っている。それでも少年は、何かしなければ耐えられなかった。


 夜の訓練場で黙々と剣の素振りを繰り返しながら、毎日これを繰り返す自分が結局何の功績も上げられずにいて、落ちこぼれの立ち位置にいる現実を味わわされる。この日は妙にそんな胸の痛みが強くて、たった50回目の素振りを終えた頃、涙が溢れそうになって騎士剣を下げてしまう。


 潮時なのかもしれない。新しい生き方を見つけて、違った形で母さんに恩返し出来るように頑張っていくことも、悪い生き方じゃないのかもしれない。そう心の中で強く思った時に、ずっと胸の内に秘めていた想いが、次々と目からこぼれ落ちそうになって、ぐしぐしと目をこする。




「……誰かいるのか?」




 はっとして少年が、涙目のまま、声のした方を振り返る。訓練場の入口の扉を開けてそこにあったのは、自分と同じような背の高さの細いシルエットだった。


 慌てて少年は汗を拭うふりをして、目尻に溜まっていた雫を取り払う。声の主は怪訝そうな表情でこちらに歩いてくるが、相手を見るより自分の恥ずかしい表情を隠すのに精いっぱいの少年は、相手のことをよく見ていなかった。


 窓から差し込む月の光に照らされた影の正体を見て、少年は息を呑んだ。騎士達が剣の腕を極めるために足を運ぶこの場所に、こんな時間に訪れた者の正体が、思わずその顔から目を離せなくなるような、凛とした顔立ちをした女性だったからだ。


「自主鍛練していたのか。邪魔をして、申し訳なかったな」


 改めて聞いたその声も、よく通る声で、耳をすっと通り過ぎるような澄んだ色だった。言葉を失う少年に、その声の主は警戒されたかとでも思ったか、表情を柔和に崩す。


「いや、悪かった。私も時々、こういう時間にここに来るんだよ。先客に会ったのは初めてだけどな」


「あ、いや……別に謝られることじゃ……」


 ふと、女性の手に騎士剣が握られていることに気付く。ということは、目の前の女性も騎士なのか。女騎士などこのご時世珍しいことでもないが、こんな時間にこんな場所に訪れるような女騎士なんて、今まで例を見たことも聞いたこともなかったから、やはり不思議なものを見るような目を隠しきれない。


 女騎士は狼狽する少年を見受けて、ひとつの提案を切り出す。


「ここで出会ったのも何かの縁だ。一度剣を交えてみないか」


 訓練場の壁には、騎士剣を模した木剣がいくつも備えられている。それらのうち2本を手に取ると、女騎士は少年に歩み寄って、1本を差し出してきた。


「……いいですよ」


 これからをどうするか、という選択肢に苦しめられていた少年は、二つ返事で承諾する。何かに打ち込んで、悪魔の囁きのような迷いを打ち払いたかった。


 木剣を構える少年の目が語った意志は、目の前にいる女騎士の瞳にもはっきりと伝わる。たとえ相手が女だからと言って、手合わせする以上は手など抜かないという確固たる意志。もっとも、顔に打ち込んで怪我をさせるようなしまいという配慮は無意識にあるが、そんなものは些細なことだ。


「いい目をしているな。楽しみだ」


 口の端を上げて目に闘志を宿らせた女騎士に、少年は勢いよく突き進み、その木剣を振り下ろした。









 少年は今も、あの日のことははっきりと覚えている。騎士団入隊から3年遅れてようやく始まった、信じる自身の未来に向けてまっすぐ歩いていける勇気が沸いた日。そのきっかけをくれた彼女に、少年が初めて出会えた日のことだ。


 少年騎士ユーステットと、今の法騎士シリカが出会った、今から4年も前の出来事である。

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