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1-6

 バスペスはシンカに、彼女のことをいずれ〈結社〉の幹部の誰かに相談して、そこで今後どうするかを決めよう、というようなことを言った。それまではしばらくここにいるとよい、とも。

 シンカにとって、ありがたい申し出だった。

「しばらく」というのが、どの程度の期間かはわからないが、目的を果たすには十分だろう。

 置いてもらっている間は、それなりのお金を払うという申し出に、バスペスはそういうわけにはいかない、と言ってそれをなかなか受け取ろうとしなかったが、シンカがあまりにしつこく言うので、とうとう彼の方が折れた。

 シンカとしても、一方的に相手を騙しているのには、後ろめたい気持ちもあって、これは本当に受け取ってほしかったのだ。

(こういうところ、ぼくはちょっとお人好しというか、偽善者なのかもしれないな)

 

 シンカは、身寄りを失ってここに身を寄せた哀れな少女などではない。

 いや、身寄りがないのはそのとおりだ。しかし、彼女の目的は、この寺院――あるいは〈結社〉に頼ってなんとか生きる術を見つけ出そう、というようなものではない。

 彼女は、盗賊である。

 それも特に「ある物」を専門に狙う盗賊だ。

 

「ところで、シンカ、たいへん聞きにくいのだが、君の魔法というのはいったいどういうものなのかね?」とバスペスが本当に聞きにくそうに尋ねた。

 旧魔法者の魔法は、それぞれたいへんユニークなものなので、なるべくであれば人に知られない方がなにかと有利だ。しかし、逆にいえば、それを教えあうことが互いをたいせつな仲間と思っていることを意味する。

「いや、失礼。こういうことは、自分の魔法から言うべきだな。わたしの力は……」と言いかけたバスペスをシンカがさえぎる。

「いえ、その先は言わないでください。ぼくが当ててみせますから」そう言って、シンカはバスペスの手をとる。

 突然手をつかまれてびっくりしているバスペスに向かってシンカは微笑んだ。

「あなたの魔法は……、遠くの物音を聴き取る力ですね。それもかなり遠くまで、だいたいそうですね、一キロ先くらいまででしょうか」

「驚いたな。そのとおりだ。君の能力はもしかして〈読心〉かな?」

「いえ、〈読心〉ではないです。バスペスさんはいま、ご自分の魔法の射程距離まで思い浮かべましたか? もしそうなら〈読心〉と思われるのもごもっともですけど」

 バスペスは、ちょっと考えて言った。

「いや、たしかにそこまでは思ってなかったな。すると、いったい……」

「はい。ぼくの魔法は、魔法者の力がわかるというものなのです。人を見ればそれがだいたい魔法者か否かはわかります。身体に触れたり、あるいは魔法が発動されるのを見たりすれば力がだいたいどのようなものなのかもわかります。そういう魔法なのです」

「なるほど。それは珍しい」バスペスはうなずいて言った。なるほどよくわかりました。けれども、そんな力が世の中に害を与えるとはとても思えない。それなのに、君のような若くて美しい女性にあんな仕打ちをするなんて学院は本当に……」


 しかし、もちろんシンカは自分の魔法の本当の力を、彼に教えたわけではない。 

 

 シンカが探しているものは、なかなか見つからなかった。

 文献や伝承を調べた限りでは、モノの形状は杖で、柄には古代魔法文字が刻まれているらしい。そもそも、〈魔導具〉であれば見ればわかる。しかし、いまのところそれらしいものは見つからない。

 この寺院にそれがある、シンカが判断したのは、さまざまな伝承や噂によるものだ。中でも、いまこの寺院で、それが結社の儀式用の道具として使われている、という情報があったので、話の信憑性は高い、と思っていた。

 魔導具は、本来、なんらかの儀礼用の道具などではない。けれども、それが持つきわめて強大な力があれば、一種の媒体として、旧魔法の発現や増進を促す効果があってもおかしくはない。

「ありそう」なのは、まず第一に本堂の祭壇だった。古い時代からこの寺院に伝わっている品であれば、そこにあるのがいちばん自然ではある。だが、そこにはそれらしいものが見当たらない。

 とすると、普段はどこかに大切にしまっておき、集会や儀式のときに取り出すのだろう。

 シンカは、寺院に身をおきながらも、機会を見つけては、それを探した。

 バスペスはほとんど外出というものをしない。おまけに彼の力は、〈遠聴〉だ。その力はゆうにこの寺院の敷地内をカバーする。

(ぼくみたいな仕事をしている人間にとって、ああいう能力は意外にやっかいなんだよね)

 仕事柄、音を立てずに動くことを得意とするシンカだったが、さすがに彼の〈耳〉を盗んであちこちを探し回るのは難しい。

 もちろん、バスペスには、普段の会話の中でそれとなく探りを入れている。ただし、これもあまり突っ込んで聞き出そうとして怪しまれてしまっては元も子もない。

(まあ、仕方がない。ここは慎重第一に行動するか)

 とシンカは判断する。

 いずれ集会か儀式か、その魔導具が使われる機会はあるのだ。まさかその集会などでいきなり強奪するわけにはいかないが――見知らぬ魔法者の中でそんな行動を起こすのはいくらシンカでも自殺行為だ――ともあれ、モノがどこから取り出されてどこにしまわれるのかなどは、そこでまた注意深く観察すればよい。

 この仕事をしていていちばん危険なのは「焦り」だ。そして、もっとも重要なのは「待つ」こと。

 そしてその機会は、思ったより早く来そうだった。

 この寺院に来て四日目、誰かが寺院に訪れてバスペスとなにか話しているようだった。

 訪問者が帰ってから、バスペスはシンカを呼んで言った。

「シンカ、君の今後についてだが」とバスペスは切り出す。「一週間後、ここで〈集会〉が行われる。集会について聞いたことは?」

「そういうものがあるとは知っていますが、具体的なことはほとんど……」とシンカは答える。

 実はある程度のことはシンカも知っているのだが、それをここで知らせることには得がない。それよりもバスペスにあれこれしゃべらせて、ここでの集会のやり方を聞いておく方がずっとよい。


 旧魔法の集会は、いろいろな形式があるため、どういうものが標準的なのかは一概にはいえない。

 ただ、多くの場合、ある人物が指導役となり、彼・彼女の主導のもとで瞑想らしきものに耽るのが一般的だ。それによって、素質のあるものが魔法者になるのを手助けし、また魔法者たちの能力も増進されるということが経験的に知られている。

 弾圧の対象になっているとはいえ、魔法者になりたがる人間というのがいなくなることはない。

 誰もが習得できることを標榜する近代魔術だが、実際上はすべての人にその門戸が開かれているわけではない。学んで習得が可能だということは、裏を返せば、学ばなくてはそれ相応の力を持てないということでもある。

 そして、教育には金と時間がかかる。

 したがって、近代魔術に志すものは、社会的な階層が高いか、ある程度富裕か、最低そのどちらかに属す者たちだった。両方を兼ね備えている者も多い。もちろん、身分が低く、貧しくとも際立った素質を見込まれた者は、特別に教育を受けられる場合もあったが、それはあくまでも例外だった。

 けれども、魔法――旧魔法――であれば事情は異なる。

 ちょっとしたきっかけで魔法者として発現し、異能の力を得た人間は多い。ほとんどの場合、発現する力とはいっても他愛のないものが多かったが、ときには近代魔術の偉大な術師たちも及ばないほどの大きな力を得ることもあるという。

 それは、世界を、そして自らの人生を、劇的に変えることだろう。

 魔法は、持たざる者の希望でもあるのだ。

 

 バスペスが説明してくれたここでの集会も、導師主導の瞑想タイプのもののようだった。「そこでは、わが寺院に伝わる〈転移の杖〉というものも見せることができるだろうな」とバスペスの説明がそこに差し掛かったところで、シンカはなるべくさりげなく聞き返す。

「〈転移の杖〉?」

「そういう名前で伝わっているが、なぜそんな名がついているのか、何のために作られたものだかもよくわからんのだが」とバスペスは言う。おそらく本当に知らないのだろう。

「ただ、これを瞑想の場においておくと、それに秘められた力となにか共振するというのか――実際に、魔法の力の発現や強化に効能があるのだ。いや、これは本当にあると思っているよ、気のせいと言われるかもしれんが」

「ええ、きっとそうでしょうね」とシンカ。その効能は気のせいではないだろう。「ちょっとどんなものだか、見せてもらいたい気がします」

「そうか。それでは集会を楽しみにしてくれ。いま見せてあげたい気もするんだが……」シンカはそこでちょっと期待したが、「うちの〈司教〉から、あれは集会のときと自分がそう言ったとき以外は絶対人に見せてはいけない。隠し場所も言ってはいけないと言われているのでな。そうそう、集会にはもちろん司教も来るから、そのときに君のことも紹介しよう」

 司教とは結社の中での責任者で、ある地域、ある集団を預かっている者のことだ。

「名前はタオ。本名は私も知らない。能力については、私の口からは言えない。彼が教えてくれるつもりがあれば、直接教えてくれるだろう。彼はめったにここに姿を現さないが、集会となればもちろん別だ。集会の後に、時間をとってもらってそこで君の今後について相談しよう」

「はい。集会の日がとても待ち遠しいです」とシンカは言った。

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