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エピローグ

 支部長室で報告を受けたタンカイは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「それで、魔導具を回収しそこなっただけでなく、囚人をひとり脱獄させ、さらにはアーニアをも失った、と」

「申し訳ありません」

「いや、これは大失態だな、ミルド……」

「どんな処分でも甘んじて受けます」

「魔導具のことは内密の話だが、脱獄とアーニアの話は、いずれどこからか漏れ出てしまうだろう。残念ながら、君をいまの地位につけておくままにはしておけないな」

「そのとおりだと思います」

 しばしの静寂。

「後任は誰がいい?」

「ディスタが優れています。普通であれば若すぎますし、少し頭のかたいところ、エリート意識が強すぎるきらいもありますが、逆よりはいいでしょう。このルイドでは最高の技量の持ち主のひとりでもあり、いずれ私の後を襲わせるつもりでした」

 本来であれば、アーニアとくっつけてから、地位を譲るつもりだったのだが……、とミルドは心中で苦笑した。

「わかった。わたしも、彼ならばよくやってくれると思う。君については、中央と相談した上でまた追って処分を下すが、ここ、ルイドに留まってもらうのは、難しいと思う。君にとってもその方がよいだろう? それに昨今は、各地方、あるいは帝国外でも優秀な近代魔術師の指導者をほしがる声が大きくなっていると聞く。そういう仕事も悪いものではない、と思うが」

「いろいろとご配慮いただきまして、ありがたく思います」


 ミルドが去った後、タンカイは、魔力を失った〈杖〉を手にとって眺めた。

 報告にあった魔法者の道具化とは信じられなかったが、いずれにせよ、学院の本部に知らせなくてはならない話であるのはたしかだ。

 本部の研究者たちは、いったい何を考えているのだろうか。

 しかし、その手の話に対する好奇心はほどほどにしておくのが、出世と長生きのコツだ、というのがタンカイの人生哲学ではあった。

 それにしても、アーニアが去ったのは惜しかった。近代魔術史上に名を残す大魔術師が、このルイドから生まれたかもしれないのに。


「左遷されるんだってなあ、ミルド」

 学術長室で、オルゴがつとめて明るく声をかけた。

「まあな。意外とすっきりした気分だよ」

「うん、おれはだいたい地位や出世には興味ないからな、それは別につらそうにも思わないんだが……。アーニアのことは、気の毒だったな」

「いや、別に死に別れたわけじゃないんだ。子供なんていつかは巣立つもんだ」と言ったものの、ミルドの表情はさすがに気を落としているように見えた。「それに、立ち会ってみて、いや、あいつはもう十分にたくましく生きていける子だと思ったよ。魔術の腕だけでなく、駆け引きもすばらしく達者だ。それにしても、まさか、私が不覚をとるとは思わなかったけどな」

「それには同感だ」とオルゴが笑った。「しかし、ディスタはかなり落ち込んでたな、失恋というやつかな」

「それもまあ、仕方ないさ。アーニアは、もしかしたら、男にはあまり興味がないのかもしれないしな」

「ん。それは女の方が好きってことか?」

「そこまでは知らんよ。だが、あのシンカっていう女に惚れてるんじゃないか、とは思ったな。こんなところで駆け落ちされた父親の気分を味わわされるとは思ってもみなかったよ」

「へええ」

「ま、私は私で精進するさ。再会するときにまた不覚をとったりしないようにな」

 ミルドはそう言って、小さく寂しそうに笑った。

 

 しばらくしてから、テテロサは、街でアーニアが旧魔法者の少女と連れ立って、どこかへと去っていったことを聞いた。

(あちゃー、ちょっと、うぶな女の子にいろいろ適当なこと吹き込んじゃったかな)

と思わないでもない。

(でもまあ、若いんだしいいさ。それに……)

とテテロサはちょっと妄想を膨らます。

(これでもしかして、あたしにもあのディスタとどうこうするチャンスがめぐってきたかもしれないしさ)


 ニッケスの墓を訪れるものは、誰もいない。

 

   *

 

 曙光が、差し込んでこようとしている。

 夜を徹して歩き続けていたふたりの少女は、いま黙々と丘を登っている。

 アーニアが口を開いた。

「ところで、「わたしの魔法の力消して」っていう話はなしになったんだから、別のお願いをする権利、わたしにはあるよね」

 シンカが答える。

「そういうもんかな?」

「そういうものよ」

 またしばらく丘を登る。

「どんな願いか、言ってみてよ」

 少し黙って歩き続ける。

「友達になって」

「うん」シンカが答える。「アーニア、ぼくたちはもう友達だ」

「ありがとう……シンカ」

 丘の上についた。かなりの高さだ。ふたりは、そこでしばし足をとめて、朝の光のもとで新しく生まれた新しい世界を眺めている。

 彼女たちのいるところからは、眼下の広大な眺めが一望できる。

 美しい、とアーニアは思った。

 きれいだ、とシンカは思った。

 ルイドの街は、もう遠くに、遠くに小さく見えるだけだ。

(あれ、ルイドはあっち側じゃないんだ、とアーニアは思った)

 しばらくの沈黙のあと、アーニアが口を開いた。

「さて、これからどこへ行くの?」

「そうだな」とシンカ。「まずはぼくの友人に会ってもらいたいな。ぼくにとっていちばん大切な人だ。ぼくの運命を決めた人でもある」

 アーニアは、その言葉にかすかな嫉妬を感じたが、それをなるべく声や表情に出さないように努めた。

「そのあとは、どうしよう」

「そのあと?」シンカが言う。「世界は広いし、やることもまだまだあるんだ。キミはどこに行きたい? 何をしたい?」

 どこに? 何を?

 アーニアは自らに問いかける。

 私は世界を全然知らない。何をしたいのかも、まだよくわかっていない。

 けれども、その広い世界で、自分が何をやるのかについて、知りたい。

 そして、そのとき、自分の隣にずっとシンカが居てくれたらいいな、と願った。

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