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ルイドの街の歴史は古い。
しかし、ここが交通の要所として本格的に栄え始めたのは、帝国が成立し、交易その他が安定してからのことだ。
いまでは、街の中心はすっかり新市街に移ってしまってはいるが、旧市街が完全に寂れきっているわけではない。
バスペスが預かる古い寺院は、その旧市街の外れの方にあった。
さまざまな神々を奉じる古い宗派で、昨今は信者の数は減る一方で、ルイドのような歴史ある街で、ほそぼそと活動しているくらいのものだ。
バスペスにとっても、また、〈結社〉にとっても、ちょうどよい隠れ蓑ではある。
寺院の在り処は、遠くからでもわかる。
ここにはほかではあまり見られないタイプの奇妙な塔があるのだが、これは高い建物が比較的少ない旧市街の中ではよく目立つ。
建物には塔の他に本堂があり、また、管理人であるバスペスが住んでいる小さな離れがある。
全体は、高い壁でぐるりと取り巻かれており、外の者はその壁の内側に独特の神秘性を感じるようことだろう。
もっとも、出入口である門は、ほとんど常に開いており、その敷地内には誰もが立ち入ることができる。
万人の救済をその理念としている以上、それはある意味当然のことではあった。
ある少女が、その門をくぐってやってきたのは、冬の寒さもようやく緩んできたころのことだった。
門をあけるかすかな物音を聞きつけたバスペスが、離れから外に出てみると、そこにその少女がいた。
美しい少女だった。
年の頃は十代の後半だろうか。
背はやや高め、どちらかといえば、すっきりした身体つきだが、よく均整がとれている。
髪は長くつややかで、少し青みがかっている。
肌は白く、なにか生き物っぽさにかけているようななめらかさだ。
しかし、まずなによりバスペスの注意を引きつけたのは、彼女の目だった。
切れ長のその瞳は、一見冷ややかに、けれども力強い凛とした意思の力を感じさせながら輝いている。
「どちらさまですかな?」
バスペスは尋ねる。
「シンカ・エルエメスと申します」少女は頭を下げて、答える。「こちらの寺院を頼ってまいりました」
「ほう。まあ、とりあえずこちらに上がりなさい」
バスペスは、シンカという少女を離れに案内した。
「まずは茶でも淹れようか」
ちょうど沸かしてあった湯で、なにか得体の知れない葉っぱを煎じた飲み物を出すと、バスペスは、事情を聞き出すことにした。
「どんな事情がありましたかな」
「身寄りを失いました。最後にここに頼ってくるように言われたのです」
「それは、お気の毒に。しかし、なぜわが宗に?」
「はい。それは……」
シンカは、少し言いよどんだ後で、言葉を継いだ。
「こちらの表向きの宗派にではないのです」
バスペスは、もちろん、動揺した素振りなどはまったく見せなかった。
「……表向きのでは、ない? それはいったい……」
「〈結社〉の方に、ということです」
シンカは、その強い眼で、バスペスの眼を見据えた。
「結社。というと、あれですかな、いまだに旧魔法などというものに固執しているというあの変わり者の……」
「そうです。この街で結社の支部があるのは、この寺院だと聞いてきました。ぼくは〈魔法者〉です。魔法者として生きていく覚悟もあります。どうか、しばらくの間、こちらでお世話になることはできませんでしょうか」
「……君はなにか勘違いしているのではないですか」
バスペスは、あくまでも慎重に言葉を選ぶ。
「ご警戒されているのも、もっともだと思います。ですから、これを見ていただくのがいちばん早いと思います」
シンカは、袖をまくって、左腕の肘と手首の間あたりにある、あるものを見せた。
それは、彼女の滑らかな白い肌の上にあって、ほとんど美しいといえるほどの鮮やかな緑の印を刻んでいた。
「これは……」
バスペスも、さすがにこれを見ては、言葉がなかった。
「いや、たしかに君がどういう人物であるかはわかった。けれども、この上でここに身を寄せるというのは、どういうことだか、おわかりですな?」
「わかっています」
シンカはきっぱりとうなずいた。
「単なる理解の話ではなく、覚悟の話です。ほかに道があるのでしたら、そちらを選びなさい」
「すべて覚悟の上です」
強い意思のこもった目でそう言われると、バスペスにはそれを拒み通すことができなかった。