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3-3

 ルイドの街に監獄はふたつある。

 ひとつは通常の犯罪者を収める通常の監獄だが、もうひとつは魔術魔法関連の人間を収容する対魔力用の監獄だ。後者の管理と運営は、ほぼ学院にまかされている。その取り調べや裁判についても、学院は広範な権限を国から得ている。

 したがって、その建物自体も学院からそう遠くにあるわけではない。管理のしやすさと、また有事の際の対応のしやすさを考えてのことだ。

 久しぶりにみる監獄は、アーニアの目には、思っていたものよりはるかに冷たくよそよそしいものに思えた。

 どうするあてもなく来たが、シンカに会ってみたかった。

 出入りはもちろん厳重に管理されていたが、アーニアのことはこの監獄の人間にもよく知られていたし、昨晩ここに収容された人間は、彼女たちの作戦活動で捕らえられた者だということもあったから、アーニアが「父のミルドに言いつかって、昨日捕えた囚人に面会の用があって来た」と言えば、難なく中に入ることができる。

 監獄は地上三階地下二階建てで、牢のほとんどは独房だった。

 清潔にしてはいるが、どことなくかび臭く、飾り気のない無愛想で堅固なだけの作りはやはりあまり気分のいいものではない。

 対魔力用の結界が施されているのは、基本的には各牢中だけのはずだが、その不快な力は少しずつ外に漏れ出して、建物内をうっすらと覆っているようにアーニアは思った。

 シンカの独房は、二階のいちばん奥にあった。

 独房には明り取り用の窓と、頑丈な扉、それと廊下側にいる人間と話をしたり、食事などを出し入れするための小さな窓らしきものがある。

 アーニアは、ここは自分ひとりで話すべきことがあるから、といって案内者にはこの場を離れてもらった。この独房の左右向かい側には誰も入っていないから、小さな声で会話すれば話は誰にも聞かれることがない、と案内者は言っていた。

 シンカは、誰かが近づいてくるのを察知していたのか、すでにその窓のところに立って待っていた。

「キミか」

 シンカの方から声をかけたが、アーニアは何も言えなかった。

 しばらく沈黙があった。

「……何か用があってきたんじゃないの?」

 そうだ。来たはいいが、用事などなかった。

 いや、ないというわけではない。

「もしかして、「恩人」に対してひどい仕打ちした、って気に病んでる?」

 それもあった。

「それなら気にしなくていい。まあ、そういう仕事なんだから、それは仕方がない。もちろん、見逃してくれればさらによかったけどね」

 シンカは苦笑混じりに言った。

「……刻印」

 アーニアがやっとのことでつぶやいた。

「ん?」

「あなた、刻印持ちなんでしょ?」

「耳が早いね。そうだ」

「刻印持ちの人間がどうなるのか、知ってる?」

「もちろん、知らないわけがない」

 またしばらくの沈黙。

「助けてあげるわ」

 アーニアは自分の口から出た言葉が信じられなかった。しかし、それを口に出してみると、自分はこのためにここに来たのだと思った。

「それ、何の冗談?」

「本気よ」

「近代魔術師のキミが、刻印持ちのぼくを? なんで?」

「ひとつはお返しよ。一昨日は助けてくれてどうもありがとう」

「あれはお礼を言われるほどの話でもないけどね。ほかには?」

「取り引きよ。あなたをここから出してあげたら、わたしのお願いをひとつ、聞いてもらうわ」

「どんなお願い?」

「あなたの力をある人に使ってほしい」

「ぼくの力ももうすでに知っているわけか」

「学院の対処は素早いの」

 シンカはちょっと考えて答えた。

「わかった。助けてもらえるなら、それくらいはしよう。で、どうやって助けてくれる?」

 そう聞かれて、アーニアは、自分が彼女をどのように助けるのか、具体的な手段をまったく考えてないことに気づいた。そもそもそういうことを考える以前に、「助ける」と言ってしまったのだ。

「まさか、考えてないとか……」

「考えてるわよ!」

 思わず声が大きくなって、あわてて口を抑えた。

 またしばらくの沈黙。

 お父様に頼む? さっきの様子では絶対無理。脱獄? 無理? どこかに移送されるときを狙って奪う? いや、それもきちんと護衛がつくだろうし、第一、わたしが乗り込んでいくわけにはいかない。もちろん、こんなことほかの誰にも協力してもらうわけにはいかない。それ以前に相談することもできない――。

 シンカが口を開いた。

「実はぼくに案がある」

「? どんな案?」

 思考が完全に行き詰まっていたアーニアは、間抜けな口調で聞き返す。

「ちょうどいい偶然があった。アーニア、キミは〈魔導具〉って知っているかい?」

 魔導具――名前だけは聞いたことがあった。古代魔法である〈魔導〉によって生み出されたおそるべき能力を秘めた道具の総称だ。しかし、その話も「伝説」に近いものだった。アーニア自身はそれを見たこともなければ、見たという人にも会ったことはない。

「当然、知ってます」

 少し見栄を張ってきっぱり答えた。

「それなら話は早い。実はぼくが、昨日あそこにいたのは、というか、この街に来たのは、ある魔道具を手に入れるためだった。その魔導具というのは、〈転移の杖〉。昨晩ぼくが振り回していたあの古ぼけた杖だ」

 あれが魔導具? アーニアには信じられなかったが、思い返してみれば、あの杖はオルゴやアーニアの魔術によく耐えていた。あのときは、単に〈硬化〉の魔法がかけられているものだと(自分もそしておそらくオルゴも)思っていたのだが。

 また、それを手に入れるのがシンカの目的だと知って、それにも驚いた。しかし、これについて問いただすのは、ひとまずあと回しだ。

「魔導具は、魔法者の魔法と同様にそれぞれ特殊な能力を持っている。転移の杖というのは、その名前から推測されるように、人や物を〈転移〉させる力を持つ」

「転移? 聞いたことがないタイプの力ね……」

 シンカはうなずく。

「珍しいものだろう。ぼくもその力を持つ魔法者の存在は知らない。ともあれ、それが生み出す現象は簡単だ。対象とした人や物を、瞬時に他の場所に移動させることができる。間にどんな障害があってもね」

「そんな……! 近代魔術ではとてもそんな無茶苦茶な力の道具なんて作れない! それは旧魔法でもめったに見ないほどの――!」アーニアの声が思わず高くなる。

「声が大きいよ! アーニア。いまぼくたちは危険な相談をしてるんだよ? ……でまあ、それが強力な旧魔法に似ているというのはそのとおり。これは偶然じゃないが、その話はいまはしない。ただ、この能力、どう思う? いまのぼくの状況をなんとかするのにうってつけの力じゃないか?」

 たしかにうってつけだ。

「で、その杖は」とシンカは言葉を続けた。「ぼくが昨晩最後に見たときは、女の戦士の強くない方――いや、べつに彼女も弱くはなかったけど、比較していうとね――が拾って、で、あとから来た戦士と魔術師の集団のリーダーらしき人に手渡されていた。あとは護送車に入れられてここに至るわけだから、知らない。もし、あれが魔導具ということに誰も気づいていなければ、なんとか手に入るかもしれない」

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