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3-2

 よほど疲れていたのか、翌日アーニアが目を覚ましたのは、もうお昼近かった。

 父のミルドも、眠っているアーニアを起こすことをせず、すでに学院へと出ていた。

 メイドから、「お目覚めになったら、お食事をとってから学院のお父様の部屋まで来るように、とのことです」という言伝を聞いたアーニアは、食事を手早くすませると――とはいえ、とてもお腹がすいていたので、パンを二回もおかわりした――早速父の部屋へと向かった。

 

 仕事を終えた晩、テテロサはあまりよく睡眠をとれない。死人が出た場合は特にそうだ。

 戦士稼業は昨日今日はじめたわけではないのだから、いちいちそんなに興奮してしまうのはどうか、とも思っていたのだが、最近はもうあきらめていて、「そういうもの」ということにしている。

 翌朝早く受け取るべきものを受け取りにディスタのところへおもむく。

「昨日はご苦労だった」とディスタがねぎらいの言葉をかけながら、報酬と証明書をテテロサに手渡す。「それぞれ、確認してくれ」

 報酬は二千イェン。銀貨での支払いだ。相場よりかなり高い。満足のいく額だ。

 証明書というのは、戦士がある作戦に従事し、役割をしっかりこなしたことを示すもので、これがあれば、新しい仕事を探すのにも役に立つ。

 今回は、かなり大きめの学院支部の依頼による、旧魔法襲撃の仕事だ。とても、筋がいいところのものだったから、いい経歴になるだろう。

 総じて今回は、いい仕事だった、と言える。

 死者が出なければ、もっとよかった。

「報酬も、証明書も、問題なし」とテテロサ。

「では、今回の任務はすべて終了だ。ありがとう。おかげで助かった」

 こういうときちゃんと礼を言える魔術師は好きだ、とテテロサは思う。

「どういたしまして。ところで、ディスタさんって、独身?」

「……突然何を言っている」

「独身なの?」

「独身だ」

「決まった相手はいるの?」

「いない。いないが……」

「じゃあ、あたしと付き合ったりはしない?」

「しないな。身分がちがうだろう」

 即答。失恋だ。まあ、たしかに身分がちがう。

「残念。あとこれはさ、ついでで聞いてみるんだけど、ディスタさん、アーニアのこと好きでしょ」

 沈黙。これでは「はい」って言ったようなもんだね、とテテロサは思う。

「優秀な、いい生徒だとは思っている」


 報酬を受け取った後、学院の中で、アーニアと出会った。

「アーニアか。おはよー」

「あ、テテロサさん。おはようございます」

 声は小さく、暗かった。顔色も悪い。

「おー、アーニア、昨晩はおつかれさま」

「……はい。テテロサさんこそ……」

 やはり元気がない。

「……あー、あのさアーニア、このあとお父さんや、ほかの誰かにも言われるかもしれないけど、そして自分でもそのうちわかることだろうけど。これはこういうもんだ」

「あ、はい……」

 何がこういうものかはわからなかったが、アーニアは返事をした。

「人が死んだり、困ったことやったりするやつが捕まったりする。これはこういうもんなんだ。無理にあまり考えるのはよくない。いいね」

「あ、はい」

「じゃあ、また、どこかで会おう」と言って去っていこうとしたテテロサは、最後に、思いついたように付け足す。「ところでアーニア、これは全然関係ないんだけど、あんた、ディスタさんのこと、どう思ってる?」

 

 学院を出たテテロサは、いつもどおり、市場に行って装身具を見て回る。

 いろいろ見た中では、銀細工の腕輪が気に入った。

 値段は、と聞くと八百イェンだという。交渉でそれを五百にまで値切って買う。

 テテロサは、大きめの仕事で報酬を得ると、その一部でそれなりの装身具を買っておくことにしていた。

 いざというときの蓄えのつもりでもあるし、ささやかな思い出の品にもなる。そのかわり、そのおかげで初対面の人間には多少軽薄に見られてしまうこともあるけれども。

 今回のはいい買い物だった、と思って、テテロサは身に付けた腕輪を満足そうに眺める。

 こうして蓄えを身に付けておけば、防犯の面からも安心だ。

 もっとも、そのことによってかえって不埒な輩の標的になる、ということも考えられないではなかったが、それをどうにかするくらいの自信は、テテロサにはある。

(しかし、あたしも将来どうしよっかなー)

 戦士稼業は嫌いではない。

 むかしから、強くなりたい、と思っていた。この仕事を選ぶことによって、実際に強くなれたとも思う。その自分自身の強さで、メシを食う、ということにも誇らしさを感じている。

 しかし、自分と同程度の強さを持っていた、と見ていた、あのニッケスという男は死んだ。

 いままでも何度かこういうことはあった。高い技量を持つものが、単に運やめぐり合わせによって命を落とすことは、めずらしいことでもなんでもない。

 尊敬するウルトスも昨日は少し危なかった、と聞く。

(だけど、あたしにはこれしかないんだよなあ)

 ともあれ、食べていくためには、また次の仕事を探さなくてはならないのだ。

  

 ミルドはすでに学術長室、何か古い書物を読んでいたが、アーニアを見ると、笑顔になった。

「おはよう、アーニア、昨日はご苦労だった。今日はよく眠っていたようだね」

「おはようございます、学術長。ちょっと寝坊してしまいました。あれだけのことでお恥ずかしいことです」

「いやいや、「あれだけのこと」ではないよ、アーニア。ディスタやオルゴからおまえの活躍は聞いた。あのウルトスとディスタ、そしてテテロサをうち払って逃げだそうとした手練の女を見事に捉えたのは、なんとおまえの手柄だそうじゃないか。そんな相手と渡り合ったのかと思うと、正直冷や汗が出る思いだが、それにしても見事だ。わたしも誇らしいよ」

「ありがとうございます。過分なお褒めの言葉とは思いますが、光栄です」

 しかし、アーニアはこのとき、ふだん褒められたとき感じるいつものような誇らしい気持ちにはなれなかった。

 死体。

 呆けたような表情で連行される旧魔法の人々。

 そのイメージが頭の中に思い出された。

 それに、わたしは、シンカと戦って勝ったわけではない。

 彼女がなぜかわたしに対する攻撃を躊躇したのだ。こちらは恩人にもかかわらず、攻撃したというのに。手柄も手柄と言えるのかどうか、わからなかった。

「まあ、そこに腰掛けてくれ」ミルドは娘にそううながすと、話を続けた。

「さて、昨日の作戦の後、わかったことのあれこれと、また旧魔法者の彼らをどうするかについて、話しておこうと思う。おまえもいずれはこの学院の要職につくことになるだろう。おまえにはそれだけの素質があり、それにふさわしい努力もしている。だから、現場の作戦行動だけでなく、その後始末――ある意味こちらの方が重要なのだ――についてもいまからきちんと知っておく必要がある」

 アーニアはうなずいた。ミルドの言うことはもっともであり、アーニアはそれを知ることは当然自分の義務だと思ったが、義務感以上にその後始末について知りたい気持ちがあった。特にシンカがどうなったのかについては――。

「全体の流れはもうすでに知っていることも多いと思うが、いちおう順を追って確認していこう。旧魔法と魔法者たちの適切な管理は、学院の大切な仕事だ。だから、旧魔法により違法行為に対しては厳正に対処していく必要がある。今回の作戦も、結社のような時代錯誤の、愚かしい組織をこれ以上のさばらせないためにやっていることだ。われわれは魔法者を憎んでいるわけでも、嫌っているわけでもない。旧魔法というのは、たいへん危険な代物だ。その脅威を未然に取り除くことは近代魔術にとってだけでなくこの世界に住むすべての人の幸福と安全にかかわる問題なんだ。もう何度も言っていることだが、ここであらためて言っておく。いいね」

「はい。わかっています」とアーニア。

 それはもちろんわかっている。心の中で何度も何度も確認している。

「よろしい。したがって捕らえられた魔法者たちは、全員〈検査〉を受ける。検査を受けるのは、かなりの苦痛をともなうものだが、これも仕方がないことだ。今回、その様子は見せなかったが、そのうち機会を作って見ておいてもらわなくてはならないだろうな。夜を徹して行われた検査は先ほど終わって、私の元にも報告が届いたが、その結果、非常に興味深い能力の持ち主がふたりいた。ひとりは、ヤポンナというまだ幼い少女で、彼女の能力は〈反射〉だ。そこまでは作戦行動前から知られてはいたが、彼女はその力を自身だけではなく、一時的に人やモノに分け与えることができるらしい。とても珍しいものだ。さて、もうひとり、さらに珍しい力の持ち主がおまえが捕えた少女――名前はシンカというらしい――のものだ。実はこの力は以前から〈学院〉上層部にも知られていたもので、〈旧魔法の消去〉というべき能力らしい」

〈旧魔法の消去〉という言葉を聞いてアーニアは、胸がドキン、と脈打ったのを意識する。

「かなり奇妙な能力なので、検査しても細かい条件などについてはよくわからないところも多いが、本人に聞いたこともあわせていえば、魔法者が持つ旧魔法の能力を消し去ってしまう力らしい。発動された魔力を打ち消したりするようなものではなく、魔法者を魔力を持たないただの一般人にするという力だ。われわれにとっても、活用できる力かも知れないので、たとえば今回魔法者たちを解放するにあたってその能力を使わせてみようという話もでている。しかし、それは難しいだろう。とにかく、このようにして検査を行うことによって、われわれの旧魔法に対しての知識が深まっていくし、それによって世界の平和と秩序が保たれるというわけだ」

「その、シンカという女の力を使わせるのが難しいというのはどういうことですか?」とアーニアは、気になっていることを確かめる。

「残念なことに彼女は〈刻印〉持ちなのだ。知ってのとおり、旧魔法関係で一度捕らえられた者は刻印を打たれる。――彼女の能力が上層部には知られていたというのはそのときの記録があるかららしい。そして刻印を持ちながらもう一度罪を犯したものは厳罰に処さなくてはいけない。であれば、刻印持ちに対してわれわれがあれこれの頼み事をするのはおかしいということになるだろう」

「彼女が……刻印、持ち?」

 アーニアは、身体から力が抜けるような、世界がぐらっと揺れたような感覚を覚える。

「そうだ。まだ若いのだが、事実だ」

「だってあの娘はまだ私と同じくらいの年ですよ。刻印を持っているからといって。でも、それって彼女自身の意思でそうなったわけじゃないかもしれないじゃないですか。なにか事情があって、一度捕まって、そしてまた今回も、たまたまそういうところにめぐりあわせて……」

「おまえの言いたいことはわかる。何かしらの事情はあるかもしれない。けれども、刻印持ちの再犯は極刑というのは、学院が決定した原則なのだ。これを曲げるわけにはいかない」

 ミルドはそう言って複雑な表情をした。

「かつて、何度が「これは特例でもよいのでは」というケースがあった。だが、学院の権威と世の中の秩序を保つために、結局それらを特別扱いにはしなかった。だから、今回もたぶん無理だろう。それまでの「特例」を受けられなかった者たちに対しても不公平だ、という話になるだろうしな」

「でも、なんとか方法が。たとえば……」

「たとえば」と言いかけたが、アーニアには何も思いつかない。

「いや、この話について議論するのはやめておこう。おまえも大人になれば、このあたりの事情については、もっとよくわかってくれるだろう。いま、わたしに言えるのは、それが学院の原則だということだ。わかってくれ。検査の結果などについては以上だ。他には――」

 ほか、〈集会〉襲撃以外の活動について、これからのアーニアの留学などについて、いくつか話が出たが、アーニアはすべて上の空で、それらの話はほとんど耳に入ってこなかった。

 だから最後にミルドが、「ところでアーニア、支部長から聞かれたのだが、あの寺院でこうなんか奇妙な字が刻まれた杖のようなものを見なかったか? 見てないというならそれでいいんだが……」と問いかけたのにも「いいえ。特には……」と生返事を返しただけだった。

 その日の午後も休みにしてよい、と言われたアーニアは、家に帰って自分の部屋でしばしぼんやりしていたが、やがて身支度をはじめた。

 監獄へはまだ子供のころ、何度か見学に行ったことがある。行ってどうするのかわからなかったが、とてもこのままではいられなかった。

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