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2-3

〈学院〉側としては、そのあと特に問題はなかった。

 

 いさぎよく降参したシンカを見ると――もっとも、その直前なぜ攻撃をためらってアーニアの魔術波をくらうようなハメになったのかは少し不審だったが――テテロサは、そのダメージと態度からこれ以上の攻撃を加える必要はないと考えた。

 自分とアーニアが注意して監視しておけば十分だろう。

 

 オルゴは、ディスタがダメージを負ったのを目撃し、また、中で何か問題があったこともたしかだったから、すぐに本堂の方へ急いだ。

 彼が駆け寄ったときには、ディスタはすでに意識を回復しており、オルゴには、「中のニッケスを診てくれ」と言っただけだった。

 本堂の半ば、真っ赤な血だまりの中にべったりをうつぶせになっているニッケスを見ると、とても生きているとは思えなかったが、オルゴは彼に近寄ってその命が完全に身体から抜け出しているのを確認した。

 死者を生き返らせる魔術などは存在しない。そんな魔法も存在したためしはない。

 

 ウルトスは、本堂にとどまっている信者をひととおり眺めわたしてみたが、その中にもはや戦おうとする意欲を持ったものはいそうになかった。

 そもそも彼らの多くは、突如こんな風に踏み込まれて、こんな凄惨な場面を目撃するなどとは思っていなかったのだ。

 ほとんどの者の顔面は真っ白になっていたし、腰が抜けたり、あるいは気を失っている女性などもいるようだ。

 まだほんの少女もいた。これがヤポンナだろうか。しかし、〈反射〉の力はこの娘ではなく、あのステルス使い、この支部の司教が使っていたようだ。それはどういうことだったのだろう、とウルトスは思った。だが、まあいい。詳しくは学院の魔術師たちが調べることだ。

 

 怯えているばかりの信者たちの中で、さすがにバスペスは相応の態度を保っていた。

 あらためてオルゴに軽い治癒魔法をかけてもらったディスタは、外で発光魔術を使って待機部隊に合図を送る。その後、再び本堂に入ってバスペスから降伏を受けた。

「ほかに脅威になるような能力の持ち主はいないだろうな」とディスタが聞く。

「いない」とバスペスが答える。

 その答えを信用しないわけではなかったが、ディスタは、念のため、信者たちひとりひとりにもその能力を申告させた。

「正直に言ってくれ。嘘を言ったところで、いずれ学院で専門の人間に取り調べさせればすべてわかることだ。もし、虚偽の申告をしたのがわかったら、その罪状は一段重くなるのだからな」

 ヤポンナという少女の能力は、やはり〈反射〉だったことがわかった。〈反射〉対象は魔力限定。では、なぜ司教がその力を使ったのか、その点についてもディスタはいろいろ聞きただしたかったが、彼女はひどく怯えていて、ただ「貸してあげた」というような意味のことをいうだけだった。こんな小さい娘をこれ以上、怯えさせても仕方がない、と判断したディスタはそこで質問をうち切った。あとは、専門家にまかせよう。

 ほかの信者についても、結果として脅威になるような能力は申告されなかったことが確認できたあたりで、待機部隊が到着した。

 

 戦士が十人、魔術師が五人ほどの舞台で、四台ほどの馬車をともなっている。

 この馬車は、対魔術師魔法者護送用のもので、対魔術用の刻印がほどこされている。この中に入れられてしまえば、旧魔法であっても、あるいは近代魔術であっても、その発動はほとんど不可能となる。

 死者を運ぶための布と担架が、馬車の中から運び出されるのを、アーニアは見た。用意がいいんだな、と彼女はぼんやり思った。

 こちらの側で死んだのは、ニッケスらしかった。

 アーニアは、本堂には踏み入らなかったから、彼の死体は見ていない。

 ほんの数分前、勢い良く突入して行ったと思ったら、次には布にくるまれた姿となって出てきたのを見ることになったのだ。

 現実感がなかった。ちょっと友達になれたかな、と思った相手がもうこの世にはいないのだ。実感はわかなかった。

 もうひとり、結社側の人間もひとり死んだらしく運ばれてくる死体はふたつだったが、アーニアにはどちらの布につつまれているのがニッケスなのかわからなかった。

 信者たちは、ただ呆然して粛々と馬車に積み込まれていった。

 小さな女の子がもまた護送車に乗せられた。

 念動力者のラジーは、懐に忍ばせていた十数本のナイフを取り上げられたあと、簡易な治癒魔術を施され、自分の足で立って歩けるようにされてから、やはり護送者の中に入れられた。その目にはさすがに憎悪がこもっているように見えた。

 アーニアは、そういう光景をずっとぼんやりと眺めていた。

 シンカの方は見ないようにしていた。

 ぐるぐると疑問が渦巻いていた。

 なぜ、彼女がここにいたのだろう。

 魔法者だったのか。――この集会に参加していたのだからそうだろう。

 昨日助けてもらった恩人を撃ったということも、アーニアの気持ちをさらに混乱させていた。

(でも、それは仕方がない。だって、わたしは魔術師で、魔法者の集会を取り締まる立場の人間で、それに彼女が、シンカがこんなところにいるなんて思わなかったんだもの!)

 アーニアの思っていることは、どんな魔術師でも正論と認めてくれるだろう。そのとおりだからだ。けれども、アーニア自身は、その自分の言い訳に満足できなかった。

(それに……それに、急だった。いきなりだったから)

 そのとおりだ。

 けれども、このことによって、アーニアはシンカと友達になる可能性が、永遠になくなったように思えた。

 おかしな話だ、と自分でも思った。

 そもそも、シンカとアーニアの間には、なんの接点もない。ただ、何かの偶然で出会っただけだ。そのあとも、会う機会と言うものはほとんどありえなかった。会ったところで、魔法者と魔術師では、住む世界がまったくちがっている。

 友達になるとかならないとかいう以前の問題だ。

 しかし、アーニアは彼女を見てから、彼女の姿をこれからずっと忘れることはないということがわかった。

 そして、この再会は、ずっと痛ましいものとして、自分自身の記憶に残り続けるだろうと思った。

 

 一方のシンカは、アーニアを見て何か声をかけようとしたが、やめた。

 なにかを確認するようにアーニアを一度しっかりと見ると(アーニアはシンカの方を見なかったので、それにも気付かなかった)、それきり彼女の方に目を向けようとはせず、ウルトスとテテロサの厳重な監視のもとに、手枷をはめられてから護送車へと乗り込んだ。

 シンカが武器として使った杖は、テテロサが拾い上げて、とても普通の杖とは思えないその強固さを不思議に思いながらも、それを別働隊のリーダーに手渡した。

 そのあとテテロサは、どちらがニッケスの死体かを尋ねてそちらへと行き、布をはぐって彼の死に顔を見た。

 

 これがアーニアの初任務だった。

 達成感はなかった。

 シンカのことを抜きにしても、重苦しい気持ちと後味の悪さが残った。

 旧魔法は危険きわまりない存在だということはわかっている。

 それを弾圧するのは、必要で正しい。悪いのは、こんなことを学院にさせる〈結社〉の側で、また、そんなことすらもわからないで、こんな集まりにのうのうと参加する信者たちは救いがたい愚か者だ。自業自得だ。

 しかし、今晩、この任務に参加して、アーニアは自分が作戦前に期待していたような、心の決着をつけることはできなかった。

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