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転移。くるま。ヴィンキュラム王国。

転移。くるま。ヴィンキュラム王国。





「・・・緊張してるか?」

「か、かなり」

普段なら学校へ行っている刻限、私は正座状態で硬直していた。

魔法の国へ行くことなんてこれから一生に一度起こるかどうか。というか普通起こらない。

服装も持ち物も何も言われてないのだから気にする必要ないんだよね?

私は制服に手ぶら状態でその時を待っている。

「ヴィンキュラムに着いたら、フィンルグ家のご当主とその奥方を紹介するよ」

「ぅえ?!」

驚きすぎて変な声が出てしまった。ザイも何だよ、その反応。と言いたげな顔をしている。

だって、意外だ。以前クフミナによって落とされた爆弾発言で一度喧嘩別れしかけたのはまだ記憶に新しい。

クフミナとザイは異母兄弟。父親は国王、ドミナントゥス3世。

あの騒動以降、詳しくは聞けていないけれど、やっぱり気になるもので。

気になりつつ言いたくないことなんだろうなと思い結局聞けずじまいだった。

それなのに自分から家族を紹介してくれるなんて意外すぎる。

「もしかして私に気を遣ってくれてる?」

異母兄弟の件でザイが教えてくれなかったことを怒ったから。

「・・・別に、そういうわけじゃない。多分言わないでいれば向こうから紹介しろと言ってくると思うから。どこでどんな素養審査があるか知らんが、会場には必ず来てるはずだ。律儀な人たちなんだ、そういうところ」

ザイの目には何の感情も浮かんでいなかったが、どこか口調は疲れたようにぐったりしていた。

「フィンルグ王家頭首、オルドヴェナ・フィンルグ様とその奥方エール・フィンルグ様。12歳の頃に入った養子だから今更父母とも呼べなくてな。向こうも構わないと言うから様付けでそのまま呼んでる」

名前から察っしてきっと国王との親子の縁は切れているのだろうと思っていたけれど。でなければ彼もザイなんとかトゥスを名乗っていると思うのだ。

ザイは養子のことを淡々と他人事のように言う。冷たさは感じられないけれど、そこには家族の温かみもなかった。

「・・・嫌いなの?その人達のこと・・・」

私は思わず聞いてしまった。ザイは意外そうに私を見る。

「嫌い・・・?いや、嫌っちゃいない。俺を拾って後見人になってくれた人達だ。感謝してるし恩も感じてる。だから俺は王宮での候補者召集にも応じてあんな堅苦しい所に住んでたんだし、この企画だって・・・・・・」

ザイは台本を読むように途中までスラスラと答えて、そのことに自分で違和感を感じたように言いよどんだ。

「・・・花梨には俺が嫌ってるように見えるのか?」

「嫌ってるっていうか・・・温度がないよ。その人たちのこと話してるザイってクフミナのことしゃべるよりよっぽど無感情っていうか・・・」

ザイは少し目を見張って、そのまま物思いに沈んでしまったのかぼんやりしてしまった。

不自然に沈黙が降りる。

「おっまたせしましたーーーー!!」

「うわぁあ」

そんな空間に相変わらず空気を読まない妖精さん、いや、今のはどちらかというと空気を読めたタイミングで声も煙も盛大にアインがヴィンキュラムの花から飛び出してきた。

「ヴィンキュラム王国、第一回素養審査が始まりますよーーー!!!さぁ、行きましょう!!!」



異世界に行くのはあまりに呆気なく一瞬だった。

ヴィンキュラムの花の傍に立ってくれと言われたのでその通りにして、ボンっと特大の煙が立ったと思ったら。

もうそこは別世界だった。

「く、雲の上?!」

そう、別世界というか雲の上だった。

もくもくと紫煙色の雲が遥か彼方まで続いている。

そして私の足はその雲を地面のように踏みしめているのだ。硬い綿のような。弾力はなく比較的歩きやすい。

さっきまでいた私の部屋は昼ごろだった。

今、天上は奈落の底のような暗闇が広がっている。

けれど暗くはない。世界そのものが薄く発光しているようにほの明るかった。

「・・・花梨・・・?」

私がポカンと辺りを見回していると後ろで不安げなザイの声がした。

不安そうな声につられて反射的に振り返った私は目も口も最大に開いた状態で固まった。赤毛短髪の長身の人物が同じような顔で私を見ている。

お互いに向き合って無言になった。

「・・・ザイ・・・が、巨大化してる・・・・・・」

眉を吊り上げたザイが私を見下ろす。

「・・・こっちが本来のサイズだっつーの」

そうか。そうだった。

彼は本来おやゆび姫サイズではないのだ。

ミニマム化は私の世界での制限事項。世界が変わった今、彼のミニマム化も解かれたらしかった。

リアルサイズのザイは158cmの私の身長から30cmくらい高かった。

肩が広くてがっちりした、男性らしい体つき。

男性だと分かっていたのに今更のように男の子だなあと思う。

いつも見下ろしていた赤毛の頭。

今はガーネットのような瞳が私を見下ろしている。

「・・・こんな小さかったんだな花梨は」

そう言うザイの目が優しい。柔らかく慈しむような。

何故か気恥ずかしくなった私はその目を見ていられなくて俯いてしまったけれど。

私も感じ方が変わったように、ザイも私が小さくなったように見えて何か心持が違うのだろうか。

私たちはどこか初対面のようにそわそわと落ち着かない様子で立ち尽くしていた。


「アインたちが一番乗りですぅ!!ここ、狭間の世界で一度集合してそれからヴィンキュラムに向かいまぁす!!!」

アインが元気に飛び回って言った。

「え、ここはヴィンキュラムじゃないんだ」

そりゃそうか。いくらなんでも一面雲なんてね。

「空間と空間の隙間には必ずこんな何もないような世界があるんだ。俺達は狭間の世界とか呼んでる。ヴィンキュラムの花の魔力には不思議な効力があってさ。狭間の世界と空間の境を曖昧にしちまうんだ。俺たちの国は元から空間の狭間が曖昧で転移しやすいんだが、花梨の世界の空間は安定してるから転移しにくい。だからヴィンキュラムの花を育ててもらって空間に曖昧なところを作ってもらう。そうすることで初めて転移できるようになるんだよ」

「ふ、ふーん・・・?」

分かったような分からないような。相変わらず魔法のお話はついていけない。

その時、すぐ近くでボボンっと盛大な魔法煙が発生した。

しかも一度で終わらない。ボボボボンッと連続してあちこちで魔法煙が発生し出した。

何かと思ったら煙の中から他の候補者らしい人と私と同じ世界出身であろう人々がぞろぞろ出てきた。

出勤ラッシュならぬ転移ラッシュだ。

静かだった狭間の世界は一気に騒がしくなった。

「きゃ、きゃーー!お、落ちる?!クフミナ様っ雲の上なんて聞いてないよぉーーーー!!」

・・・・・・。

見知った声が聞こえた気がしたが・・・。

うん。気が付かなかったことにしよう。

「え、えええええっ!いやーんクフミナ様のノロイが解けてるーーーー!!!」

・・・お花畑でアレの人にはミニマム化は呪いと思われていたらしい。

はあ。何故おばあ様の方が来てくれなかったのだ。



がやがや。ざわざわ。

候補者84人プラス各1名、さらにプラスアルファ妖精。総勢252人分のしゃべり声が雲しかない世界にこだまする。

「お迎えの乗り物がもうすぐ着くですぅ!!私たち妖精は素養審査のお手伝いがあるので先に行かせて貰うですよぉ!」

そう言うとアインは空中で一回転するとポンっと軽快な音を立てて消えた。

それを皮切りに周りからもポンっポポンっとまるでポップコーンが弾けるようにあちこちで破裂音がする。妖精たちはあっという間に消えてしまった。

「お迎えの乗り物・・・?」

私が呟くと、応えるように遠くからプァン!という音がした。

車のクラクションだ。姿もなく雲の上で無数の車のエンジン音がこちらに近づいてくる。

音が近づくにつれて目の前の空気がゆらゆらと陽炎のように揺らぎ始めた。

その揺らぎからにょきっと現れた物体に私たちは騒然となる。

飛び出して来たのはタクシーを模したものだと思われる車みたいなものだった。

「車だ・・・」

「あれ車なの・・・?」

「タクシーみたいな・・・」

私たちの世界の住人は不審気にその車みたいなものを見た。

色や形は似ているが、タクシーとは決定的に何か違う。まず素材が違いそうだ。

表面が綿菓子のようにふわふわしている。運転手席には人が乗っていてハンドルらしきものもあるが、動かしていない。

運転手さんはしきりに何か呟いていて、そのたび両手が発光していた。おそらく運転手さんが魔法で綿あめ車を制御しているのだろう。

84台のタクシーもどきがズラリと姿を現して停止した。

その中心から激しい魔法煙が上がってタクシー集団の責任者らしきおじいさんが姿を現した。

「ようこそ皆様。そして王子たちはお帰りなさいませ。こちらは国王のご提案で皆さんの世界の乗り物『たくすぃー』を真似たものです」

・・・たくすぃー。発音はこの際突っ込むまい。

「ヴィンキュラム王国は皆様の世界とは違うものばかりで戸惑われる方も多いでしょう。空間が隣である我が国にぜひ親近感を持っていただきたいとの国王からの心尽くしの品ですのでどうぞお使い下さいませ」

生真面目そうなおじいさんはテキパキしゃべる。

「それでは皆様、一組ずつお乗りになってください」

車もどきが1台リアルなエンジン音を立てて進み出た。

ざわざわと好奇で騒いでいた人々もテキパキしたおじいさんに感化されたのかみんなテキパキと乗り込んでいく。


車。くるま。クルマ。


一度私は大きく深呼吸をした。

違う。車みたいなものだけど車じゃない。今回はきっと大丈夫だ。

きっと、乗れる。


「・・・花梨?」

もう辺りには数組しか残っていない。いつまでも車に近づかない私をザイが覗き込んだ。

「・・・う、うん。今、行くよ」

小刻みに震える指先をぎゅっと握ることで誤魔化して私は足を踏み出した。

車みたいな車じゃないもの。

本物のタクシーのように自動でドアが開く。

クルマ。

色は本当にリアルだ。黒塗りの後部座席が私の前に姿を現した。

大丈夫だ。きっと乗れる。

踏み出しかけた私の腕を誰かが掴んで強く後ろに引いた。

ハッと顔を上げるとザイが険しい顔で私のことを見ていた。

「・・・何を我慢してる?」

「何も我慢なんて・・・」

言い掛けて掴まれた手を見る。手の震えは掴まれた腕を伝って完全にザイにまで届いていた。

最後の一組となっていた私たちの元におじいさんが近づいてくる。

ザイの顔を見ておじいさんの顔にほんの束の間怯えが走った。

「あのぉ~、ザイ様?開会式もありますゆえここはテキパキと・・・」

「・・・いい。行け」

手をこすり合わせるおじいさんにザイは冷ややかに言う。

「しかしあの~国王陛下の心尽くしの品ですので・・・」

「いいから行け!」

おじいさんは赤みを増したザイの目と怒声に恐れおののいて後退った。

「で、で、では失礼いたします」

おじいさんはその場で何か魔法を唱えるとボフっと魔法煙を撒いて消えた。おじいさんが消えると車の運転手は慌てて発進して陽炎の向こうに走り去った。

私はその間何も言えずにザイに腕を掴まれたままぼんやりしていた。


「花梨、平気か・・・?」

「・・・うん、平気。ごめん」

そう言っても私の手は震えたままだった。

ザイは私の震える手を温めるように握り締める。

私は少しびっくりしてザイを見上げた。

ザイは今にも倒れるものを見るように切迫した顔をしていた。

「へ、平気だよ。ちょっと急だったから心の準備ができてなくて・・・」

「・・・わかってないのか?さっきから顔が真っ青なんだよあんた・・・」

心配そうに怒ったように言われて私は俯く。すると足まで震えているのが見えた。手の震えに気を取られていたけれど全身小刻みに震えていたらしい。

情けない。大丈夫だと思ったのにな。

全然駄目だった。

「・・・前に言ったよね。親を事故で亡くしたって。あれ、車の事故なんだ」

ザイの握りしめる手に力がこもった。

「走ってる車を見るのも、近くに寄るのも平気なの。・・・でも乗ろうとするとダメなんだ」

家族三人で乗ったごく普通の自家用車。

普段は仲の良い両親と娘はその日ひどい大喧嘩をしていた。だだをこねた幼い娘は運転中の父親の腕を叩いた。油断していたのか、その反動で父親は運転を誤って三人の乗った車がゆらりと対向車線に乗り出した。

そこに偶然、大型のトラックが突っ込む。車は大破、奇跡的に当時5歳の女の子がかすり傷一つで生き延びた。

私、一人が。

「花梨・・・!!」

肩を掴まれて我に返る。ザイの顔が苦しそうに歪んでいる。

私はどんな顔をしてしまっていたのだろう。ザイがこんな表情になるなんて。

今考えていたことをすべて記憶の箱にしまって厳重にロックを掛ける。

漏れ出すのはほんの一瞬。

私は10年掛けて笑顔の取り戻し方を覚えた。

「平気だったら!そうだ、ザイ。開会式があるっておじいさんが言ってたじゃない!早く行かないと・・・。って私が車乗れないせいでこうなっちゃったんだけどさ」

情けないことにまだガクガクしている足を見る。

「何なら先に行ってよ。ここ真っ直ぐ行けばいいんでしょ?」

「おぶってく」

そう言ったザイの行動は早かった。え、とも、あ、とも言う間もなく、気が付けば私はザイの背中の上だった。

一気に視点が高くなったことに呆然として我に返る。

「ちょ・・・!」

「いいから大人しく乗ってろ!」

怒鳴られる。すごい剣幕に思わず「ハイ!」と良い返事をしていた。

スタスタとザイは歩き出す。怒り気味で歩調が荒いのかゆっさゆっさと視界が揺れる。

背中の上で揺られながら私は急ぐ様子のない彼をハラハラして見下ろした。

開会式に間に合わなかったらペナルティーはあるのだろうか。

私のせいなのだから弁解したら許してもらえるかな。

「ねぇ、さっきのおじいさんみたいに魔法で瞬間移動みたいなことできないの?」

「無理だな・・・試したが魔法禁止は解かれてないみたいだ」

「そっか・・・」

こんなことなら無理せずおじいさんに言ってザイだけ乗せてしまえば良かった。そこまで考えて、さっきのおじいさんとザイのやり取りを思い出した。あの時はそれ所じゃなかったので口出し出来なかったけれど、ずいぶんひどい対応をしていた気がする。

「ねぇザイ・・・あんな言い方ないよ。あのおじいさんは何も悪くないんだから・・・。あんな態度とって損するのザイなんだよ」

私が心配させたのが悪いけれど、ザイの態度もひどい。おじいさんとザイは知り合いだったようだしそれなりの地位のある人なのだろう。ザイへの悪感情が増してしまったらと思うとどんな影響があるのか不安だ。

「いいんだよ。あのじいさんは王宮の執事長でさ。俺みたいな乱暴者を扱うのは苦手らしくてな。前から俺とあのじいさんのやり取りはあんな感じだ。これ位のことで今更俺の扱いに変化ねぇよ」

ザイはどうでも良さそうに言う。

私のことではこんなに優しくしてくれるのに。

王宮のこととなるとザイはまるきり別人のように冷たくなるようだった。

「・・・駄目だよ」

「・・・・・・?」

ザイは分かっているのだろうか。そんなことでは周りに誰もいなくなってしまう。

そうなって傷つくのはザイなのに。

私はその辛さを身を持って知っているのだ。

「後であのおじいさんに謝りに行こう。ザイも一緒に」

ザイはしばらくの沈黙の後呟いた。

「・・・気が向いたら」



ゆらゆらした陽炎を通り抜けると、周りに音があふれかえった。

さっきまで雲の世界だったのが一変して明るいカラフルな光に目を焼かれて、私は目を白黒させる。

「ここからはもう、ヴィンキュラムだ」

ザイの声が周りのざわめきでほぼかき消された。

魔法の国、ヴィンキュラム。

私はついに魔法の国に来てしまったのだ。


そこは大きな通りだった。

ごった返した人の波。不思議な装飾のローブを身にまとった人々。周りには不可思議な看板が沢山プカプカと浮いていて、都内のネオンなんて目じゃないほど光っている。

「ねぇー、これ何?」

大きい声で聞く。でないと声が届かない。

「店の看板だ。触るなよ。店内に飛ばされちまうぞ」

すぐ傍にふよふよしていた看板を触りかけていた私は慌てて手を引っ込めた。

「こ、これ全部お店の看板なの?」

「ああ。ここは首都で一番大きい商店通りだからな。星の数ほど店がある。・・・しかし今日はすげぇ人だな。素養審査のせいか・・・」

ブツブツ言っているザイを尻目に私は開いた口を塞がないままキョロキョロしまくっていた。

さっき車を構成していたふわふわの物質はこの国では基本的なものらしい。不思議な形をした建造物から先ほど言った看板。果てには地面までふわふわの素材でできている。

「ねぇ、ザイ!ちょ、ちょっとだけあれ触らせて」

「え?ああ」

ザイの背中の上で赤毛の髪をつんつん引っ張る。私は開会式が迫ってることも忘れて建造物らしきものに近寄ってもらう。

興味津々で建物の壁にペタペタ触ると見た目に反して硬い感触が返ってきた。

不思議だー。見た目にはふわふわしてるように見えるのに。

吹き出して笑い始めたザイの声が聞こえて私は赤毛頭を振り返った。

「子供みたいだな花梨」

むむ。そんなこと言ったらザイだってこっちに来た当初はこんな感じだったくせに・・・。ふくれっ面を作ってザイを睨むとますます子供みたいだと笑われた。


その時パパーンと遠くの空で花火に似た光の束が炸裂音と共に走り抜けた。

周りから歓声が上がる。

「わー・・・綺麗。ザイ、あの花火みたいなのは?」

事も無げにザイが言う。

「始光針。大きい催し物なんかの始まりの合図に使う。多分、開会式の始まりの合図だろ?」

「えええ?!」

私は慌ててザイの背中から無理やり降りた。

そしてのんびりやる気のない赤頭を光の束が飛んだ方向に力いっぱい引っ張るのだった。



暗い。。主人公の過去暗い・・・!(自分で書いたくせに)

何かうまく区切りのいい感じで書けません^^;

でも長くなりそうだったのでとりあえずここまで。

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