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第11話

朝霧が晴れゆく中、村の入り口には見渡す限りの長い列ができていた。


王国から正式に自治領として認められたという事実は、行商人たちの口を通じて瞬く間に周辺地域へと広まった。過酷な労働環境に喘ぎ、理不尽な搾取に耐えかねていた職人や農民たちが、一縷の望みを託してこの辺境の地を目指してきたのだ。


彼らの衣服は泥と汗にまみれ、その顔には長旅の疲労と、いつ追っ手が現れるかもしれないという恐怖が色濃く刻まれている。中には、栄養失調で足元がおぼつかない子供を抱えた母親の姿もあった。


レオンは急造の受付デスクに座り、一人ひとりの経歴や得意な作業を聞き取っていた。彼は前世の知識を活かし、難民たちの健康状態を素早く見極め、緊急度の高い者から優先的に休息所へと案内する仕組みを整えていた。


「俺は石工をやってました。でも、前の現場じゃあ一日十六時間も石を削らされて、仲間が次々と倒れていって……」


擦り切れた服を着た壮年の男が、震える声で語る。その手には、長年の過酷な労働でできた無数の傷跡があった。


「わかった。うちでは一日の作業は八時間までだ。まずは食堂で温かいものを食べて、ゆっくり休んでくれ」


レオンが静かに告げると、石工の男は信じられないものを見るような顔をして、何度も深く頭を下げて村の中へ入っていった。


続いて現れた若い機織り職人の女性も、怯えながら小さな声で訴えた。


「私たちは、王都に近い大貴族の領地から逃げてきました。あそこでは、作ったものを全て不当な税として奪われ、逆らえば鞭で打たれるんです。人は使い潰すものだと言われて……どうか、私たちをここに置いてください」


「安心しろ。ここでは、働いた分は正当に評価される。理不尽な暴力も、不当な税もない」


レオンは彼女たちに温かいスープと毛布を手配するよう、近くにいた村人に指示を出した。


次々と押し寄せる難民たちの数は、レオンの予想をはるかに超えていた。彼らを受け入れ、村の規模を拡大していくためには、厳格な管理体制と新たな居住区の建設が急務だった。さらに、村の境界線が外側へと広がるにつれ、辺境特有の魔物の脅威に対する防衛網の再構築も必要になってくる。


夜。村人たちが深い眠りについている時間帯、レオンは自室のランプを灯し、机に広げた羊皮紙に向かっていた。


新住民のスキルに応じた人員配置表の作成。新たな居住区の設計図の修正。食料と資材の配分計画。そして、魔物の侵入を防ぐための見張り台の配置案。


誰も無理をしない環境を維持するためには、緻密な計算と準備が不可欠だ。前世で過労死した経験から、レオンは仲間に絶対に無理をさせないようルールを徹底していた。


だが、そのしわ寄せは無意識のうちにレオン自身の肩にのしかかっていた。


「あと少し、この区画の割り当てだけ終わらせておかないと」


目をこすりながらペンを走らせる。かつての悪習を、自分にだけ適用している状態だった。自分が倒れれば元も子もないと頭ではわかっていても、皆の生活を背負う責任感が彼を机に向かわせ続けていた。冷たいオフィスの床で孤独に息絶えた記憶がフラッシュバックするが、今は守るべき仲間がいるという事実が彼を突き動かしている。


窓の外から、その漏れ出るランプの光をじっと見つめている影があった。アリアだ。


彼女は自分の部屋に戻る途中、レオンの部屋の明かりがまだ点いていることに気づき、足を止めていた。


(私がもっと実務をこなせれば、あの人の負担を減らせるのに)


アリアは手にした布を強く握りしめる。自分はまだ一人前とは言えない。彼に庇われ、守られているだけの存在だという劣等感が、胸の奥をチクチクと刺す。


自分が未熟なせいで、彼がすべての負担を背負い込み、かつてのように心身をすり減らして倒れてしまうのではないか。その恐れが、彼女の足を前へと突き動かした。


翌日の昼下がり。アリアは新しい工房の建設現場へと向かった。


そこでは、ダグラスが若手職人たちを率いて、防衛用の柵と見張り台の建設を指導していた。


「いいか、ここの接合部は遊びを持たせろ。ガチガチに固めると、魔物が体当たりしてきた時に一発で折れちまう。しなりを利用して衝撃を逃がすんだ」


ダグラスのぶっきらぼうだが的確な指示に、若手職人たちが真剣な顔で頷き、木槌を振るう。かつては理不尽な環境に諦めを抱き、ただ言われるがままに粗悪品を作っていた男の姿はそこにはない。彼は今、純粋にモノづくりを楽しみ、次世代を育てる喜びに満ちていた。


アリアは意を決して、現場の隅で図面を確認しているダグラスに近づいた。


「ダグラスさん。私に、建築の基礎と資材管理のやり方を教えてくれませんか」


ダグラスは手を止め、太い眉を寄せた。


「お嬢ちゃんが? そりゃあ構わねえが、楽な作業じゃないぜ。現場の数字を合わせるのは、体力以上に頭を使うからな」


「構いません。私、もっと役に立ちたいんです。彼にばかり、全部を背負わせたくないから」


アリアの真剣な眼差しに、ダグラスは短く息を吐いた。彼女の手には、昨夜遅くまで図面を模写していたせいか、インクの染みと小さなマメができていた。


「……わかった。俺が長年培ってきた技術、叩き込んでやる。昔の俺なら、こんな面倒なことはやらなかっただろうがな」


ダグラスは自嘲気味に笑い、図面を広げた。


「ただし、定時内限定だ。無理をして倒れられたら、俺が怒られるからな」


「はい!」


それから数日、アリアはダグラスの指導のもと、驚くべき早さで実務を吸収していった。


手先の器用さと細やかな気配りは、資材の在庫管理や人員配置の調整において大いに役立った。


「木材の乾燥具合はどうだ? 水分が抜けきってない材を使うと、後で歪みが出るぞ」


「確認しました。東の倉庫にある材は基準を満たしています。西の倉庫のものは、あと三日は乾燥が必要です」


アリアが即座に答えると、ダグラスは満足げに頷いた。


「上出来だ。お嬢ちゃん、数字の扱いにも慣れてきたな」


「ありがとうございます。でも、まだまだです」


アリアは額の汗を拭いながら、手元の羊皮紙に視線を落とす。彼女の目標は、レオンが抱え込んでいる管理業務の一部を完全に引き継ぐことだった。


ある日の夕刻。アリアはレオンの執務室を訪れ、整理された資材の在庫表と人員配置の草案を机の上に置いた。


「新しい居住区の基礎工事と、北側の防衛柵の増設について、こちらで人員の割り振りを考えてみました。確認をお願いできますか」


レオンは目を見開いて羊皮紙を受け取った。そこには、各職人の適性を考慮した無駄のない配置と、資材の消費予測が緻密に記されていた。


「すごいな。これならすぐにでも現場を動かせる。でも、お前、自分の作業の合間にこんなことまでやってたのか?」


「ダグラスさんに教わりながらですから、大した手間じゃありません」


アリアは胸を張ったが、レオンは少し険しい顔になった。


「無理は禁物だぞ。お前が倒れたら元も子もない。こういう管理業務は俺がやるから、お前は自分のペースで……」


「私だって、この村の運営を担う一人です。どうか、私にも背負わせてください」


アリアの強い言葉に、レオンは一瞬言葉を詰まらせた。


前世で潰れてしまった部下の姿が脳裏をよぎる。しかし、目の前のアリアの瞳は、決して無理をしているわけではない、確かな意志の光を宿していた。


「……わかった。じゃあ、この区画の管理は任せる。ただし、少しでもきついと思ったらすぐに言うこと。約束できるか?」


「はい、約束します」


アリアの顔にパッと明るい笑みが広がる。小さな前進の手応えを感じた瞬間だった。


だが、その和やかな空気を切り裂くように、執務室のドアが乱暴に開かれた。


「おい、坊主! ちょっと厄介なことになったぞ」


ダグラスが血相を変えて飛び込んできた。その手には、泥にまみれた測量用の板が握られている。


「どうした、ダグラス」


「難民の数が予想をはるかに超えてる。このままのペースで居住区を広げようにも、手持ちの木材と石材が底をつきそうだ」


レオンは立ち上がり、壁に掛けられた村の地図を見た。


「周辺の森からの伐採だけじゃ追いつかないのか」


「ああ。環境を壊さねえように計画伐採をしてるからな。今の倍のペースで家を建てるとなると、完全に資材不足だ。それに、魔物対策の防衛柵にも大量の木材を持っていかれてる」


アリアが手元の在庫表を確認し、青ざめた顔を上げる。


「このままでは、明日到着する予定の難民たちの寝床すら確保できなくなります。防衛網の構築も途中でストップしてしまいます」


インフラ整備が完全にストップする危機。


「何か、外部から大量に資材を調達するルートを開拓しないと……」


レオンは顎に手を当て、思考を巡らせる。


アリアは在庫表を握りしめ、レオンの横顔を見つめた。


(ここで私が、解決策を見つけ出せれば)


彼女の頭の中に、ダグラスから教わった近隣の地形図と、以前商会と交わした取引の記憶が結びつき始める。


「……あの、一つ提案があるんですが」


アリアの言葉に、レオンとダグラスが同時に彼女を見た。


物資不足という新たな壁。だが、彼らの目には諦めの色はなく、次なる一歩を踏み出すための熱が宿っていた。

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