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9 婚約者は、求めていません!

 案内された先は、庭園の奥にひっそりと設けられた東屋だった。

 え、ここに入っていいの? とイケオジを見上げた。


 白い天幕と蔦に囲まれたその中には、場違いなほど立派なテーブルセットが整えられている。磨き込まれた天板に、銀縁の食器、花をあしらった小さな飾り。

 明らかに、誰かを迎えるために用意された席だ。

 ちゃんと、私のお皿が乗せられている。

 それだけではない。立食の場にはなかったスープも、湯気を立てて用意されている。

 パンにバターまで、だ。


 そしてそのテーブルの向こうには、先客がいた。

 見覚えのない十歳くらいの男の子だ。


「……あの」

「どうぞ、こちらに」


 やたら整った顔立ちで、淡い茶色の髪は柔らかく光を弾き、澄んだ深い蒼の瞳が静かにこちらを見据えている。


「失礼いたします」

「ああ、こちらこそ。一人で食べたかったかい?」

「いえ、食事は誰かとする方が楽しいですから。私の方こそ、よろしいですか」

「もちろん。退屈していたからね」


 彼は微笑んだ。

 年齢に似合わぬ落ち着きをまとい、この場には少しだけ場違いなほど堂々としていた。

 イケオジに椅子を引かれたら、座るしかない。


 誰だろう、と尋ねる前に、彼が食事を勧めてきた。

 正直お腹はペコペコで、礼儀知らずでもいいやという気持ちで、食事を始める。

 きっと、名乗らないのが良い場面も、大人になれば増えるのだろう。


「君でしょう。フェイ・ドラゴンの卵を託された令嬢」

「はい」


 ローストビーフの柔らかさに感動していると、話しかけられた。

 王も噂を流したと言っていたし、どうして知っているのかと尋ねる必要もない。


「グランディエ伯爵領の土地は、随分と良い状態なのだね。フェイ・ドラゴンは普通は人が住む場所で卵を産むことはないものだとされているよ。穢れているからさ」

「でも、うちの鶏舎に入り込んで、卵を産んだのですよ」


 なんだかわからないが、うちの鶏舎の衛生管理は素晴らしいということだ。

 これは素直に鼻が高い。


「鶏舎に? フェイ・ドラゴンが?」


 彼が興味を持ったとばかりに、身を乗り出す。

 私はパンにバターをたっぷりつけて、頷いた。


「はい、私は半年前から鶏舎の衛生環境を整えました」

「面白いね。もっと詳しく聞かせてもらえるかな」

「嬉しいですわ、聞いてくださるのですね」


 私は嬉しくなった。

 おいしい食事と、私の鶏舎への熱意を聞いてくれる家族以外の人の存在に。

 食事は本当においしかった。

 イケオジはどこからともなく、お変わりのプレートを持ってきてくれるし、イケメンは話を聞くのが上手だ。

 だから、家族にも話していないことを話してしまった。


「そして、生卵を食べられるくらいに、衛生管理を徹底しましたの。いつか召し上がっていただきたいですわ。王都に運ぶには時間がかかりますし、輸送時にヒビが入れば食中毒の恐れがありますから何年先になるかはわかりませんが……」

「生の卵を食すというのは……東の国の民から聞いたことがあるな。彼らは米を食し、豆で調味料をつくる」

「そ、それは、なんという国ですの」


 震えた。我が祖国と同じ文化を持つような国が、あるというのか。

 米! 豆があるというのであればこれは味噌まで発展するのでは。

 国名を教えてもらうと、まったく知らない少数民族の国のようだった。


「ちょうど、コメとショウユいう調味料を献上されたところだったな」

「……わたくしが、まさに探しているものですわ……」

「ははは。そうなのかい?」


 彼は笑った。いやぁ、美しい少年だ、と思う。違う違う、そうじゃない。

 米と醤油があるのだ。衝撃的過ぎた。まず、その国言語をマスターしなくてはなるまい。

 モブキャラだけど、他国言語が扱えるチートだけは発動してくれないか。


「君、面白いね。本当に五歳?」

「よく言われますわ」


 五歳の胸が、ときめいているのがわかる。

 三十歳の私が彼に対して湧き上がるのは、保護欲だけれども。

 相殺された結果、ときめきで食欲は無くならず、もりもりと食べてしまうのはしょうがない。


「我が故郷のひとつは、食料自給率が低いんだ」

「それは……。補給路はいくつかおありで?」


 彼は白身魚を口に運び、首を横に振った。食事のマナーが洗練されている。

 いやいや、今はそういうことではなくて。

 食料自給率が低い領地の、少ない補給路を断たれたら、領民の命にかかわります。

 非常によろしくない。


「何を主食にされているのですか」

「魔獣の肉」

「おいしいのですか」

「…………魔獣の肉自体は高値で取引されるものだからね。ただ、命がけになる」

「確かに」


 変な間が落ちた。

 魔獣、と聞いたらキャーッて怯えるのが令嬢の嗜みだった。

 間違ったけれど、取り戻せない。


「えっと……。土地にあった、作物を育てるのが良いですよね。ただ、合うというのは難しいですわ。竜巻が起こる地域では地下に根を伸ばす穀物が良いでしょう。けれど土の中の石が多いとなかなか開墾も難しい。水田も水をどう引くかが問題になりますが、二毛作ができた方がいいですし……。水はけ、土壌汚染の程度……どのような土地なのですか」


 もぐもぐとおいしいケーキを食べながら尋ねる。

 卵が生でいけるようになれば、メレンゲのお菓子が作れるな作れるな……。


「……ねぇ。セシル・ノーテル=グランディエ伯爵令嬢」

「はい」


 やはり、私の名前は知っているか。だって、この有能そうなイケオジがいるのだもの。

 あ、そんなことよりも、プリンにメレンゲを乗せれば、もっとお茶会でお母様が鼻高々になれるかもしれない。


「僕の名前は、レオンハルト・セヴェリン・アウレリウスという。この国では、王太子となっている」

「……わ、わたくしの無知を、お許しいただけますと……」


 食事の味が無くなりましたわー。メレンゲとか考えている場合ではないですわー。

 レオンハルト王太子殿下、所作の高貴さは出自を聞けば納得するしかない。


 イケオジめ、なんというところに連れてきてくれましたか。

 ……いや。

 彼は自分が仕える主に見合う令嬢をあの場で探していたとしたら……。

 私は固まった。


「私は、君を婚約者として名指しさせてもらう」

「困ります」


 即答した。

 そういうルートは知らない。

 私が回避すべきは、巻き込まれ追放ルートで、これじゃない。


「セバス、殿下と、父上、伯爵に知らせを」

「御意」


 イケオジはセバスというらしい。

 セバスは手のひらに、三つの鳥を浮かび上がらせた。ひよこみたいでかわいい。

 そんな風に思っていると、可愛くない高速度でそれぞれどこかに飛び立った。

 ぶわっと風が起こり、私は乱れた髪を真顔で整えた。


「君を一生大事にして、君だけを愛すと誓うよ」

「いえ、そういうのは望んではおりません」

「証拠としてこれを渡しておこう」


 この人、人の話を聞かないな。

 レオンハルトは手の上に光を浮かび上がらせた。それを凝縮させると、指輪ができる。

 次の瞬間には、私の右手の薬指に指輪が嵌っていた。

 左手で指輪を取ろうとしても、びくともしない。


「ひぃ!」

「これで僕たちは婚約者となった。近いうちに、領地へ寄らせてもらうよ。僕は嫉妬深い方だから、よろしくね」


 よろしくね、じゃないわー。

 この展開は、まったく知らない。

 レオンハルトの澄んだ深い蒼の瞳が、鋭く私を見つめている。


「次に起こる魔獣災害の突破口は、君が持っている気がする」


 持っているわけがないでしょー!

 ていうか、そんな鬱展開知らない!

 こっちは、TKGたまごかけごはんのためだけに生きているのー!


 やっぱり、お腹を壊せば良かったー!

 東屋の下で、私は思い切り叫んでいた。

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