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8 土魔法も魔法です

 意地悪を言った奴らの顔は覚えた。

 知っているか。

 復讐というのは、最も効果を発揮するときにするものである。


 正直に言おう。

 私は、王子の婚約者決めガーデンパーティに参加する気は最初からなかった。

 生卵チャレンジするくらいには、なかった。


 だから、これは逃げではない。戦略的撤退だ。

 そう自分に言い聞かせながら、私は静かに人の輪から外れた。


 そして私は食事が並ぶテーブルの前に立った。

 ガーデンパーティは立食だ。

 銀の皿に並ぶ色とりどりの料理から、立ち上る香り。

 薄く切られたロースト肉に、香草を効かせたソース。

 白身魚のポワレは皮目だけを香ばしく焼き、彩り野菜が添えられている。

 小ぶりの豚ひき肉のパイ包み。

 冷やされた前菜の盛り合わせ。

 果実とナッツを使った軽やかな一皿。

 ……などなど。


 しかしながら、卵料理はないらしい。

 ぜひ、いつか王に我が伯爵領の卵を食べていただき、こういった場の料理に加えてもらいたいものだ。


 普通は、使用人が皿に料理を盛り付けてテーブルに持ってくる。

 ただ私には座るテーブルもなければ、盛り付けてくれる使用人もいなければ、本来その役目をするはずの兄は令嬢にもみくちゃにされている。

 横目で見れば、兄が一生懸命こちらに来ようとしている努力は見て取れた。

 ちょっとぶつかったら、よろけてしまいそうな令嬢をどう扱えばいいかわらかないのだろう。

 だから、まぁ、しょうがないかと思う。

 がんばれ、兄。


 私が自ら手に皿を持つと、傍に控えていた上級使用人と思しき人物が話しかけてきた。

 白髪を後ろに撫で上げ、片眼鏡をかけた、ただの使用人ではない雰囲気の男性。

 体も細くなく、なんだか鍛えている気がしなくもない。

 誰かのボディガードでも兼ねているのだろうか。


「お嬢様、お取りいたしましょうか」

「お気遣いありがとう。でも……自分で選んで盛り付けたいの。はしたないかしら」

「とんでもないことでございます」


 上級使用人は優しく微笑んで、料理の説明をしてくれた。

 各素材の産地や、簡単な料理の仕方だ。

 私はふむふむと真剣に聞きながら尋ねた。


「このお魚は海から運んできているのですね。輸送方法と時間、鮮度を保つ技術はどのような工夫があるのですか」

「……」

「お肉も同様ですわ。ローストビーフの温度管理はどのようにされているのでしょうか」

「……」

「豚のひき肉も傷みやすいでしょう。ひき肉用の良いミンサーがあるのでしょうか」

「……」


 お皿の中に世界を作るぞ、という意気込みできれいに盛り付けながら、私は尋ね続けた。


「卵料理が無いのはなぜでしょうか。新鮮な卵が手に入らないのでしょうか」

「……」


 はっ、五歳児の癖に難しいことを尋ねすぎた。

 難癖だと思われてはかなわない。

 恐る恐る上級使用人を見上げると、にこやかに微笑んでいた。

 ドン引いてはいないらしい。


「お嬢様、テーブルまでお皿を運びましょう。お席はどちらで?」

「恥ずかしながら、私と座りたい方はいらっしゃらないのですわ。どこか、食べられる場所を教えていただけると助かるのですが」

「それならよい場所があります。少々お待ちいただけますか」


 上級使用人は私の手からひょいとお皿を取り上げた。

 そして、少し時間をくださいといって行ってしまった。

 私のごはん! と追いかけようとしたが、それはできなかった。


「さぁ! 魔法の時間です!」


 高らかに宣言された、よくわからない余興タイムが始まったからだ。

 すると、令嬢たちが各々の魔法を繰り出し始めた。

 小さな炎が出たり、水がぴゅーっと出たり、風がふわ?くらい吹いたり。

 ああやって、自分の価値を高めているんだろうな。

 興味なさげに見ていると、突然見知らぬ同じく同じ歳くらいの令嬢に名指しされた。


「セシル様も、ぜひ!」


 意地悪な、とーっても意地悪な目と口元を持った令嬢である。

 私を貶めたいのは一目瞭然。

 私は狼狽えず、冷たい目で見返したものだから、口元を引きつらせている。


 私はざっと会場を見回した。

 うつむいて、ふるえて、存在を消している令嬢が一名。

 きっと、土魔法の子だ。同じ香りがする。

 というか、この会場にひとりとか、土魔法って実は稀少じゃない?

 私がその子に足を向けると、会場は静まり返った。


「セシル!」


 さすがにフリードリヒお兄様が、令嬢たちを振り払って傍に来てくれた。

 彼が周りを見渡すと、名指ししてきた令嬢は怯み、にやにやとこちらを見ていた人たちは目を逸らした。


「僕が代わりに」


 妹を辱めたとばかりに、怒りに目をメラメラさせたお兄様が、盛大に魔法を放とうとした手をそっと握る。

 ヘーゼルナッツ色の瞳を潤ませ、お兄様達をめろめろにする、ちょっと弱い感じの笑顔を浮かべた。


「大丈夫ですわ、お兄様」

「だが!」

「――ねぇ、そこのあなた」


 スタスタと歩き続け、私は震えている令嬢の前に立った。

 ブルネットに黒い目の、この国では珍しい見た目だ。

 うん、間違いない、同じ土魔法の匂いがする。

 令嬢は明らかに動揺していた。


「私はグランディエ伯爵家の、セシル・ノーテルと申します。せっかくだから、一緒にしましょう」

「わ、私は……リュシエール子爵家の、エレナ・ブルナンデ、と申します……」

「同じ土魔法同士。お友達になりましょう」


 とび切りの笑顔で話しかけると、エレナがほわっと見惚れた顔をする。

 ほう、私の笑顔は同性にも通用するらしいぞ。

 私がエレナに話しかけたことで、会場がざわつき始めた。

 土魔法ができることなんて、泥人形をつくることくらいだろう、とか聞こえる。

 言ったそこの男児、顔を覚えましたからねぇ!


 私は桜の木の下に立った。

 春になれば素晴らしく咲き誇るのだろう。

 心の中で理を歪めて、ごめんなさい。

 後でちゃんと戻しますから。と伝える。

 エレナの身体に土魔法を通して、自分の中で大きく循環させていく。

 魔力量にも、調整の感じも問題なし。

 ついこの間、魔力枯渇で倒れていましたが、育てた卵を生で食べて元気になりました。

 本当に、販路を拡大させたい。


 桜の幹に触れた。

 中に、魔力を通す。

 木の幹や枝に魔力の道ができたことを感じ取ってから、桜にお願いして、土の気を吸い取ってもらう。


「ま、まぁ!」


 エレナが涙で震えた声を出した。

 みるみるうちに桜が咲き誇る。

 やりましたわよ! 全国で日陰な思いをしている土魔法の皆様!

 蕾が膨らみ、あっという間に花を咲かせた、その光景は実に美しかった。

 フリードリヒお兄様が気を利かせ、風をびゅうっと吹かせてくれた。

 花吹雪が舞い、パーティ会場が美しい桜色に染まり、歓声が沸き上がる。


「素晴らしい!」


 どちらからでもなく、歓声が上がった。

 私たちの周りに人が集まるのを、フリードリヒお兄様とエレナに任せて私は抜け出した。

 だって、食事をしていませんから!

 さっきの上級使用人、略してイケオジを探す。

 こちらです、とこっそり手招きしてくれた上級使用人を見つけて早足で近寄る。


「お嬢様、テーブルの用意ができました。素晴らしい土魔法でしたね」

「ありがとうございます。あの、あの令息の名前をご存じでしょうか」


 視線で『土魔法ができることなんて、泥人形をつくることくらいだろう』と言った男児を視線で教える。

 あいつ、許さんよ。


「ああ」


 知らないのですか、とても不思議そうな表情をされた。


「アレクシス・ルシオン王子殿下でございます」

「……」


 彼の婚約者探しパーティですものね。知らないって変ですよね。

 てか、近づかないの、大正解ではないですか。

 追放とか断罪とかをされそうな要素が今からありますよ。


「なら、あのご令嬢は?」


 私を名指ししてきた令嬢の名を行くと、こともなげに彼は答えた。


「クラリス・フォン=ヴァルシュタイン侯爵令嬢でございますね」

「……」


 私が取り巻く悪役令嬢の名前じゃないですか。

 ……まぁ、いいか。

 やっぱりかかわってはいけない、要注意人物だということが分かったし。


 さて、お待ちかねのごはんですよ!

 私は、いばらの壁を越えた先にある、プライベート空間のような場所へと上級使用人に誘われていった。

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