7 悪意
「もうすぐ王宮に着く」
お父様は馬車の窓から見える街の景色を見て言った。
結論から言うと、私はお腹を壊さなかった。
それだけではない、驚異的な早さで回復した。
皮肉なことに、そのせいで第二王子の婚約者決めパーティに本当に間に合ってしまった。
猛烈に舌打ちしたい。
パーティには王立騎士団のフリードリヒお兄様が同行してくれることになった。
ていうか、四人の兄にまだ婚約者がいないのに、一番最初に私とかおかしくない?
フェイ・ドラゴンの卵と鱗の件は、先に魔法で王宮に伝達されていた。
魔法伝書鳩みたいなのがあるらしい。
ドラゴンの卵を傷つければ、先の戦争よりひどいことが起こるかもしれない。
責任重大過ぎて草生えますわ……。
お母様の口添えもあり、滞在は短期間で良くなった。
にもかかわらず、第二王子の婚約者決めパーティの日と被るとは、ゲーム補正やばい。
王宮は、想像していたよりも静かだった。
馬車がいくつもの門をくぐり、エントランス前に着いたとき、衛兵たちが一斉に動き、私たちは丁重に出迎えられた。
馬車をお父様のエスコートで降りる。
私が腕に大事に抱えている緑の布にくるまれた卵を、皆が見て見ぬふりをするのがわかった。
お父様が名前を告げるまでもなく、待っていたかのように案内がつき、ほとんど足を止めることもなく王宮の奥へ進む。
長い回廊を抜け、そのまま謁見の間へ。
逃げ場はないらしい。
お母様の兄であるとはいえ、私が王に会うのは初めてだった。
表を上げよと言われて顔を上げれば、お母様をイケオジにしたかのような人物が、階の王座に座っている。
「フェイ・ドラゴンの卵と、鱗でございます」
お父様が鱗が入った宝石箱を、直接王ではなく侍従に渡す。
私も卵も渡そうとしたが、異変が起こった。
「お、重い……」
私が軽々と持つ卵だから、その感じで受け取ろうとした侍従が重さに尻もちをついたのだ。
とんでもない重苦しい沈黙が落ちる。
「……セシルよ、そのまま我のところまで持ってこれるか」
王に請われても、駄々をこねれただろう。
なぜなら五歳児だから。
けれど、この卵が傷つけば伯爵領の危機。
それどころか国の危機かもしれない。
従うことにした。
王は優しそうなまなざしを持つ人だった。
母方の伯父に当たる人になる。
王は鱗と卵を検分し、頷いた。
「アルフォンスよ。孵化をさせ竜の元へ帰すように」
「はっ」
「さて、セシルよ、この鱗はどうする」
お父様のハラハラする視線を感じながら、私は考えた。
鱗は計五枚。
一枚で、本当に王都にタウンハウスが持てる額になる。
中身は三十歳だが、一国を治める首長とは話したことはない。
さすがに怯んだが、口は動いた。
「父より、とても珍しいものだと伺いました。一枚は王家に献上したく思います。しかしながら、恐れ多くも申し上げます。後の四枚は、伯爵領にて保管をさせていただければと。私が孵化を失敗させたときの、伯爵領復興のための資金になりうるもの。竜とのつながりにもなりますゆえ……」
父がひどく安堵したのが伝わってきた。
私が言った一拍の間の後、王の笑い声が謁見の間に響いた。
失敗したかと不安になったがそうでもなかった。
「ふむ。許そう。だが条件があるぞ。必ず、第二王子のパーティに出るように。今ならまだ始まる前だ。準備をしても、少し遅れるだけで済むだろう」
くっ……。旅の疲れは通じないようだ。
えぇ、嫌だなぁ。とーっても嫌だなぁ。
なぁんでお腹を壊さなかったかなぁ。
そんな表情が出ていたのだろう。王がにやりと笑った。
「お前には針の筵になるやもしれんが、その度胸があれば大丈夫だろう。セシルよ」
「はい」
王よ、五歳児にあるのは度胸ではなくて、世間知らずからくる怖いもの知らずかと思われます。
「フェイ・ドラゴンの噂は流している。お前に無体な口をきく輩がいれば、ドラゴンをけしかけると、この鱗を見せながら伝えるがいい」
攻撃的だな。
ていうか、私が性格破綻者になるじゃないか。
王は私を悪者にするようなことを言ったが、侍従がペンダントを持ってこさせた。
自ら開けて、親指ほどの大きさの鱗を自ら入れてくれた。
その後、何らかの魔法を施してくれる。
つまりは、これをつけてパーティに出ろということだ。
ただし、卵とセシルをあまり長い時間離さない方が良いと判断され、パーティは短時間で切り上げて良いとなった。
お父様はまだ王と話があるということで、さっさと私は身支度の部屋へと通された。
用意されていたのは、王家が準備したドレスだった。
色味は控えめ。装飾も最小限。
さすがに手伝ってくれる侍女も困惑している。
なぜなら婚約者選びのパーティ、しかも元王女の娘なのに、と思っているだろう。
「目立たないのが一番ですから、気にしないでください」
「……それが一番難しいのですが」
侍女たちはお互いに顔を見合わせた。
鏡に映った私は、いつもの私とほとんど変わらない。
ただ、場所だけが違う。
どういう意味だろうと思ったが、聞かないことにした。
婚約者探しのパーティはガーデンパーティだ。
既に廊下の向こうにある庭から、他の令嬢たちの声が聞こえてくる。
行きたくない、帰りたい。それでも、扉は開く。
こうして私は、第二王子の婚約者にもなれないのに、パーティという名の戦場に、放り込まれることになった。
ガーデンパーティはさすがに豪華だった。
高い空から陽光が降り注ぎ、白い天幕越しに柔らかく拡散されていた。噴水の水面はきらきらと輝き、手入れの行き届いた花々が季節を誇るように咲き並び、爽やかな香りが風に乗って流れてくる。
銀の盆に乗せられたグラスが軽やかに行き交い、弦楽の音が昼の庭に溶け込んでいた。ここが戦場だなんて、誰が思うだろう。
そしてその中心で――
まず、私をエスコートしてくれていたフリードリヒお兄様が、あっという間に令嬢たちに囲まれた。
私は見事に弾き飛ばされ、花壇の縁で一人、取り残されている。
「……しょうがないか」
私はすぐにあきらめた。
王族の血を引いた、伯爵家次男とはいえ王立騎士団所属の美男子だ。
火と風の二属性の魔法を使える上に、その攻撃力から騎士団に所属していて、この若さで王都に居を構えている。
第二王子の婚約者パーティとはいえ、エスコートをしてくるのは良家の兄や弟。
それらを狙っている人もいるわけで。
あれだ、これはつまるところ出会いパーティだ。
皆が皆、王子の婚約者候補を狙っているわけではないと知る。
けれど、漏れ聞こえてくる、私への攻撃。
あの王女の娘、土魔法しか使えない、頭が空っぽそう、フェイ・ドラゴンの話だって作り物。
高貴な血を引いてなお、土魔法しか使えない落ちこぼれ。
正直、隠さない悪意に驚いた。
聞こえてくるがな。ぜーんぶ、聞こえてくるがな。
そこでまた五歳の私が悲鳴を上げた。
どうして、ひどい、悲しい、つらい、逃げ出したい。
土魔法だなんて目立たない魔法、恥ずかしい。
私がお母様の罪を被ったというの。
私が、何をしたというの。
そうか、と思う。
こやってセシルは美しいのに卑屈になり、モブキャラになったのだ。
主役の要素を持ちながらも、自らを罰し続けた。
三十歳の私でも、聞こえるヒソヒソはつらいよ。
こういうのは、よくないなぁ。本当に。




