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5 魔力はタダではありません

 鶏舎が見えた瞬間、胸の奥がひやりとした。

 静かすぎるのだ。

 いつもなら、近づくだけで羽音や鳴き声が聞こえる。

 私は泣きそうになった。

 毎日話しかけながら世話をした鶏が、もし全て……。

 自分だって食べる癖に、ぞっとした。


「……に、鶏!」


 鶏舎は壊れていない。柵も、屋根も、そのままだ。

 それなのに、空気が違う。

 私はそっと、鶏舎の中を覗き込んだ。

 鶏たちは、きちんといる。

 騒いでもいない。怯えてもいない。

 ただ、揃って、静かに同じ方向を見ているという、不思議な光景が広がっていた。

 鶏舎の奥。

 藁を敷いた土の上に、それはいた。


「!」


 牛ほどの大きさだが、小柄。薄い妖精の羽のような翼を畳んで、丸くなっている。

 鱗は緑の淡い色で、光を受けて微かにきらめいていた。

 尻尾のような尾は、白と碧が入り混じった美しい毛並み。

 爪も牙も、思ったよりずっと控えめだった。

 エメラルドの宝石のような美しい目が、私をとらえた。


(……竜)


 兄達はここには来ていない。

 彼らは攻撃的な気配から、ドラゴンを探そうとしているのだろう。

 このドラゴンはただ佇んでいるだけだから、きっとここに来るのは遅くなる。

  

 なんというか、私が想像するものとだいぶ違う。

 山のように大きくて牙がすごくて火を噴いて……そんな竜とは違う。

 暴れない。吼えてこない。

 こちらを威嚇する気配もない。

 ただ、静かに呼吸して、私を見ている。

 何かを訴えられている気がして、私は一歩、前に出た。

 ドラゴンが、自分のお腹に視線を落とした。

 私に見ろと言うように。


「……お腹?」


 お腹のあたりが不自然に大きかった。何かがいるのだ。

 どんどん近づいても何も言わない。

 それどころか、招き入れられているような気もした。

 近づくと鱗が美しいのがわかる。

 きっとこれ一枚で王都で家が持てる価値があるだろう。

 欲しい、と思ったが、剥がすのは絶対にやめておいた方が良いのはわかる。


 そばによると、私は吸い寄せられるように竜のお腹に触れた。

 鱗は固くてぬめぬめしていると思ったが、なんとも柔らかくて暖かくて弾力がある。

 その瞬間だった。

 魔力が竜に吸い取られていく。

 すごい勢いで、魔力が自分から抜けていくのがわかった。


(……ちょっ)


 こういう攻撃があるのかと、自分の浅はかさが情けない。

 ケルピー、という魔獣を思い出した。

 美しい馬の姿で人をおびき寄せ、水に引きずりこむ魔獣。

 それと同じようなものかもしれない。

 自分から放出するのと、吸い取られる違いがある気がする。

 血の気が引いて、気分が悪い。

 魔力が枯渇するのは、危険だと母が言った。

 今はあの手袋をつけていない。意識が遠ざかる。

 

(……死ぬ)


 それを覚悟した瞬間、コロンと視界の隅に白いものが転がった。

 ドラゴンの腹の横に、淡い光を帯びた、ラグビーボールほどの楕円の塊がある。

 まさか、産んだ?

 私の鶏舎で? オーナーの私の許可も得ず?


 ドラゴンの美しい瞳が、ゆっくりと私を見る。

 魔力が吸い取られるのが止んだ。

 薄皮一枚で、命が繋がった感覚がある。

 この卵を孵化させるために、命を、魔法を最後まで奪われなかった。

 それを悟った瞬間、背後で足音が重なった。


「セシル!」


 兄たちの声。振り返らなくてもわかる。

 火の熱さ、光の眩しさ、風の強さ、水の圧、すべてを感じたから。

 兄たちが抜刀し、魔法を纏わせているのだ。

 華やかな魔法への湧き上がる嫉妬、自己卑下、恨み。

 五歳の私が泣いて、叫んでいる。


(私だけ、どうして私だけ、土魔法なの!)


 私は、振り返らずに言った。


「……大丈夫です」


 自分でも驚くほど、落ち着いた声だった。


「卵を、産みに来ただけのようです」


 私は竜の喉元を撫でながら、振り返った。

 グル……と竜が心地よさそうに、喉を鳴らす。

 でしょうよ、私の魔法はおいしかったでしょうよ!


「セシル……」


 アルフォンスお父様が、最初に魔法を収めた。

 リヒャルトお兄様が次にゆっくりと魔法を収め、フリードリヒお兄様、ヨアヒムお兄様、エミールお兄様が続いた。

 兄たちが息を呑む気配が伝わる中、竜は体を震わせた。

 美しい鱗が数枚、キラキラと藁が敷かれた土の上に落ちる。

 それから私の目をもう一度見て、立ち上がった。

 鶏舎の出入り口へと、体重を感じさせない動きで移動する。

 お兄様たちは自然と場所を開けた。


「ちょっと! あの! 卵は……」


 竜は鶏舎を出てから私を一度見て、羽を音もなく広げ、飛び立った。


「セシル! ああ、大丈夫だな。怪我などは無いな……」


 私を最初に抱き締め、安否を確認してくれたのはリヒャルトお兄様だった。

 後に悪役令嬢に入れ込むあなたも、一応妹思いなのですね……。

 それにしても魔力を吸い取られすぎたのか、吐きそうだし、瞼が重い。


「……竜が産んだ卵ならば、王に報告せねばならん」

「今から向かえば、どうしても、第二王子の婚約者候補を決めるパーティと時期が被ります。王都に居て、セシルが参加しないということはできません」


 お父様の苦渋の発言に、フリードリヒお兄様が重い口調で答えている。

 ……ちょっと、それのパーティに悪役令嬢来るでしょ!

 第二王子と悪役令嬢に接触するでしょ……。

 マジ、詰みルートじゃないですか、それ!

 嫌だ嫌だと言いたいが、瞼は重く口も開かない。

 うーんうーんと眉間に皺を寄せて唸ると、エミールお兄様が冷たい水の塊を出して額に乗せてくれる。


「セシル、大丈夫か。部屋へ戻ろう」


 大丈夫だけど、大丈夫じゃありません!


「第二王子とは従兄妹になる。だから婚約者候補にはなりえないが、王都にいる以上、参加しないということもできないか……」

「竜の鱗も高額で取引されるものです。セシルに渡されたものとしても、臣下として、まずは王にお伺いを立てないと……」


 竜の鱗は、私の資金にさせてくださいぃ。

 私の魔力が吸い取って、竜が卵を産んだのよぉ!

 絶対に対価だから!


「王都でなら、縁談もまとまりやすいやもしれません」


 いらーん!!

 ここ大事なのに、私、なんで動かないのぉ!

 ふと、閃いた。

 生卵の毒見、今が機会じゃないですか?

 お腹を壊したら、馬車の旅どころじゃないですから!

 食べる、食べます! 生卵!

 私は心の中で、超叫んだ。

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