3 地道さが成功への近道です
お父様に鶏舎の権限をもらってから、ちょうど半年が経った。
魔法でバーン! で ドーン! 展開になる……わけではなかった。
結構地道な作業を続けていた。
鶏舎世話人を増やし、毎日の掃除は欠かさないようにした。
土を入れ替えて、水はけを良くした。
飲み水の位置を変えて、もちろん毎日水を変える。
餌も湿り気のあるものから乾燥した麦や雑穀に変えた。
不思議と、鶏は目に見えて落ち着いた。
私を追いかけてきた鶏も、のんびりとしている。
そして、毎日土地に土魔法を施した。
土を「いい感じ」にする、そんな祈りを込めた魔力だけ。
五歳なので、魔法の勉強はまだできない。
けれど魔法って『魔力をいかに操るか』だったりするので、練習だと思うことにした。
でも、たぶん、その路線は間違ってなかった。
結果、毎日籠一つだった卵の収穫が、籠二つになった。
鶏もよく育つようになり、鶏舎世話人を忙しくしてしまっている。
ただ……。
まだ、TKGを食べる勇気はない。
怖いよね……、生卵でお腹を壊すの……。
「セシル、ちょっと太ったかい?」
ハラスメントな声かけに、私は振り返った。
お父様譲りの真っ赤の短髪に、緑の目。
四番目の兄、エミール・ノーテル、十歳。
少年特有のほっそりとした体形、長い手足に、小さな顔。
もちろん、映画俳優かのような美しいお顔立ち。
剣の稽古帰りらしい兄は、汗だくのまま立ち止まり、私を見ていた。
使えるのは水魔法一つ。
ただエミールお兄様は魔法調律が得意。
この年で水の性質を細かく分析し、「水を抜く」「霧にする」「凍結」まで使いこなす天才なのだ。
実は飼料の水を抜いてくれているのは、エミールお兄様の魔法。
物質の中にある水分を「外へ引き出す」ので、餌が傷みにくい。
きっと、構造が壊れないのだと思う。
お兄様は鶏舎衛生改革に興味を持ってくれており、協力的でありがたい。
魔法学校の寮に半年もしたら入ってしまうので、継続的な乾燥飼料の入手が目下の課題だ。
「はい、太りました」
「お母様、怒っていないか」
裏ボスお母様の顔がぽわんと浮かんだ。
微笑んでいる。
「怒られていません」
「うん。それなら良かった。セシルの婚約者探しが今の生きがいだからね……」
エミールお兄様も私の縁談を気にしてくれている。
追放予定のモブ令嬢に婚約者なんていらないと思うが、そうはいかない。
私は王女を母に持つ伯爵令嬢だ。
婚約者が決まらないことがあってはならない。
伯爵家だしね……。
「だがお前は誰よりもかわいい。良い縁談がある」
「ありがとうございます」
ここで「婚約者なんていらなくてよ!」なんて余計なことは言わない。
ていうか、私は太っていない。
普通の五歳児の健康体型だ。
貴族令嬢が細いの良いという風潮のせいで、相対的にふくよかに見えるだけなわけで。
細い上にコルセット締めて、挙句に気絶とか、まったくもって望んではいない。
健康が一番なのだよ。
エミールお兄様は鶏舎のそばにある、たわわに柑橘の実がなった果樹を見上げた。
「ここ最近、屋敷内の果実がよく実るらしい。練習場そばの桃の木も素晴らしいよ」
「はい。良い香りがしますね」
屋敷内には林檎や柑橘類の木が多かったが、この半年、よく実がなるようになった。
おまけに、虫も付かない。
土を感じながら土魔法を施すと、いろいろと活性化されるらしい。
私が健康体型を維持している理由は、ここにある。
卵と果実が揃えば、そう、お菓子である。
毎日籠二つの卵がとれるのだ。
厨房に出入りし、料理人にお菓子のレシピ考案もしているので、試食も増える。
体重に結び付くわけで……。
お母様はお茶会で目新しいお菓子を出せることで機嫌がいい。
この間は果物ををふんだんに乗せたプリンが大好評だったようだ。
お菓子を制する者は、社交を制す。
そんなに使っても卵が余る。
使用人の食事に付け加えても余る。
リヒャルトお兄様に相談をして、最近は領地内で売るようにもなった。
腐らせるのはもったいない。
臭みもなく黄身の色の美しく味が濃い、伯爵家でとれた新鮮卵!
……とプレミアムがついているそうだ。
これは、輝かしい商売への一歩である。
「リヒャルト兄上はセシルの成長を喜んでいる。フリードリヒ兄上も、ヨアヒム兄上も、今のセシルに会えば驚くだろう」
エミールお兄様は微笑んだ。
フリードリヒお兄様は火と風の二属性の魔法を使える。
その攻撃力から騎士団に所属していて、王都に居を構えていた。
武勲が誇りのお父様も鼻が高いようだ。
ヨアヒムお兄様は魔法学園に通っている。
風魔法の使い手で、社交性がとんでもなく高い。
男女問わず人気者。明るく元気な一軍の人だ。
商売をするならヨヒアムお兄様のコミュ力の力を借りたいと思っている。
エミールお兄様ももうすぐ魔法学園に入学する。
そうなれば、屋敷も随分と寂しくなるだろう。
「再来週、皆が揃う。皆、セシルに会いたがっている」
「お戻りになる……?」
エミールお兄様は頷いた。四人の兄が揃う……?
まだTKGが実用化していないのに!
私はくらっとした。
毒味をするには、まだ勇気が無い自分のチキンさが悲しい。
「セシルの婚約者を決めるんだ」
「……私まだ五歳ですよ」
「六歳には決めないといけないよ」
婚約者って、本気だったのか。
私は伯爵家がかなり真面目に婚約者探しをしているのをやっと知る。
「セシルを大事にしない男は、絶対に選ばないから大丈夫」
五歳の私の胸に広がる、モヤァとした気持ち。
お兄様が、誰にともなく怒っているような感じに見えて、ふと、思った。
もしかして、土魔法(地味)しか使えないって縁談来ない系?
だから取り巻きになった?
辻褄が合わんでもない。
でも、なんだか腹が立つぞ。
持っているツールは、どう使うかだぞ。
ツールを持つことが価値を決めるんじゃないんだぞ。
それでも私は微笑んだ。
「家族が優しくて、心強いです」
やっぱり、経済的自立はマストらしい。
TKGの毒見……いやいや味見の時期を、そろそろ見極めねばなるまいて!




