24 旅立ち
アカデミーの入学を控え、エミールお兄様、ユリウス、レオンハルトが旅立つ日が明日となった。
もちろん準備は完璧で、王都から大きな馬車が既に到着している。
王家のご厚情でお兄様達は一緒の馬車で旅立つ。エミールお兄様もユリウスもどこか嬉しそうだ。
そんな中、身重のお母様の指揮の元で、ガーデンパーティが今日は催されている。
心配したお父様が、お母様の周りをうろうろして邪魔だと追い払われていた。
天候にも恵まれ、我が領地で採れた恵みをふんだんに使った料理がテーブルに所狭しと並べられている。
薄く塩を効かせて旨味を引き出して、しっとりと蒸し上げた鶏肉。
採れたての野菜は香草とともに軽く蒸され、素材の甘みにオイルを垂らしていただく。
卵を使ったオムレツはふわふわとして舌の上で蕩ける。
屋敷内で大量に採れた果物で作ったジャムは、ハムと一緒にパンと共に添えてある。
お母様最も熱を入れたのは、お菓子だ。卵を使ったプリン、蒸しケーキ……。
卵を使ったどれも飾り立てるのではなく、美味しい”とわかる料理ばかり。
私も鼻が高い!
レオンハルトは私にくっついてくるかと思いきや、男の子同士て楽しそうに話をしていた。
私の前では少し大人びた雰囲気なレオンハルトも、お兄様達と話すときは普通の少年のようだ。
ふむ。とても良いことだ。
そんな中、私にとっては、ちょっと嬉しい再会があった。
「セシルお嬢様」
「セバスチャン!」
そう、あの第二王子のガーデンパーティで会った、土魔法の私を見下すこともなく、いろいろ教えてくれたあの物知りイケオジセバスチャンがやってきたのだ。
レオンハルトが彼を連れていないことに疑問は抱いていたが、今回馬車と共にやってきた。
しかも、馬に乗ってだ。お父様より明らかに年上に見えるのに、何者なんだろう。
まるで孫と接するように、私とお話をしてくれている。
どうせならと食事に誘い、同じテーブルで食事をしていた。
「桜の肥料の件、ありがとうございました」
「セシルお嬢様のお心遣い、庭師にしかと届けております」
そう、このお礼を言いたかったのだ。
レオンハルトに言われて土を感じながら魔法を流すようになって強く感じること。
土魔法は、時に土を騙す。
彼らの持っている巡りや理を、強化することもできれば、捻じ曲げることもできる。
それが魔法だと言われればそうだが、生き物はそれで寿命が傷つくのだ。
第二王子とかに腹が立ったからとはいえ、桜の理を曲げてしまったことはよくない。
土鍋つくりに奔走しながらも、リヒャルトお兄様に連絡をして、領地で使っていた鶏糞をセバスチャン宛に送ってもらった。
陛下は恐れ多いし、他の知り合いはいないし。
連絡方法についてはリヒャルトお兄様に丸投げしたけれども。
受け取ってもらったとの返事を受けていた。
「フェイ・ドラゴンが卵を産んだ鶏舎の鶏糞を使った肥料。それはもう厳重に管理されておりますよ」
「……使っていないのですか」
そういうとらえ方をされてしまうとは、超誤算です。
そんな付加価値があるのなら、それも商機……ではなくて。
リヒャルトお兄様、そんなに大量に送ったのでしょうか。
セバスチャンはプリンを食べて、困ったように微笑した。
「多く使えば、土ごと、肥料を掘り起こそうとする輩も出てきますからね」
「……桜は、元気でしょうか」
王宮の治安が不安になってきました。
そして、桜が心配に。
来年も、再来年も、その先もずーっと、花を咲かせることはできるのか。
セバスチャンは優しい目をした。
「元気ですよ。ぜひ、王都にいらっしゃって、桜の様子を見てください」
「はい!」
王都に行くなら、桜の様子もちゃんと見よう。
目的があれば、行くのが楽しいというものだ。
「セシルお嬢様。レオンハルト殿下を、よろしくお願いいたします」
「よろしくも何も、私は……」
ご辞退したいと言おうと思ったが、セバスチャンが好々爺になっていて言葉を飲み込んだ。
その視線の先には、レオンハルトがいる。
「殿下の、あのように楽しそうな姿を見たのは初めてです。ノーテル家であれば、王太子殿下の身辺警護に問題はなしと判断し送り出しましたが、あんなに伸び伸びと」
「……」
「王宮は何かと肩身が狭いですから。おひとりでよく耐えられておりましたが、アカデミーに通われる前にご友人ができたようで……」
レオンハルトはよく『君といると楽しい』とは口にしますが……。
あれは、本当だったようです。
「アカデミーにはヨヒアムお兄様もおりますの。ヨヒアムお兄様も、きっと王太子殿下をかまいますわ。だって、エミールお兄様と従兄のユリウスが仲よくしているのですから」
セバスチャンがウルウルした目で私を見ている。
「きっと、賑やかな学園生活になりますわ。ヨヒアムお兄様は明るく元気な人気者ですもの」
「そうですか……。ありがとう、ございます」
セバスチャンが片眼鏡をくっと持ち上げながら、空を見上げた。
涙がこぼれないように、かもしれません。
なら見つめるのは野暮というもの。
私も空を見上げた。
「良い天気ですわね」
「はい」
「お嬢様が殿下の妃で良かった」
「気が早すぎますわ……」
あれ、今、にやりと私の頬が上がりました。
胸もぽかぽかするし、ちょっと誇り高いような……。
でも、この騒がしさも今日で終わり。
そう、賑やかさが無くなるので、きっと、私は寂しいのです。
ガーデンパーティの料理が大量に作られたのは、使用人にも振舞われるからだ。
夕方になれば子どもたちは休むように指示された。
私はベッドの上に大の字に寝そべっていた。
今日はベルを鳴らして使用人を呼ぶつもりは無い。
アカデミー組は、朝早くに出発する。
きっと私が目覚めたころには、屋敷は静まり返っているだろう。
「セシル」
コンコン、とバルコニーから扉が叩かれた。夜空を背景に、そこにレオンハルトが立っていた。
私は迷いなくベッドから飛び降りると、バルコニーの扉を開けた。
「殿下」
「昼間は話せなかったから」
レオンハルトはバルコニーから一歩も部屋に入ってこない。
首を傾げていると「レディの部屋だからね」と言った。
ならなぜにバルコニーからと思ったが、レオンハルトが考えていることはわからないので考えないことにした。
でも、手を握ってきた。それはいいんだ、と思った。
ずぅっと、無きものとして振舞って来た、右手の薬指にある指輪を撫でられる。
ちょちょちょちょ!
そして、はっとした。
レオンハルトはお父様とお母様の気も緩んだ、使用人たちもやってこないこの時間を選んだのだ。
さ、策士ですわ……。
「……明日、経つから」
「存じ上げております」
「王都で会えるのを、楽しみにしている。必ず、来て」
指輪を撫でられるので、落ち着かない。
「いや、いえ、はい。セバスチャンにも、桜にも、会いたいですから」
我ながら、変なことを言った。
レオンハルトは「うん」と言って、笑わない。
おっと、調子が狂いますけれども……。
「本当に、ノーテル家の皆には世話になった」
「はい」
外から風が吹いて、私の髪が乱れる。
レオンハルトが手を離すと、その髪を押さえるように、頭を手で包み込んできた。
自分を見つめる、澄んだ深い蒼色の目を見る。中に煌めく金色の花。
不思議な人だと思う。
「君は、僕の婚約者だから。それを忘れないで」
それから、レオンハルトの顔が近づいてきた。
額に、柔らかくて温かいものが触れる。
どっ、どっ、どっ、どっ、どっ?
「……離れがたい」
「わ、私……」
気づけば手が出ていた。レオンハルトの右頬を、私は思い切り叩いていた。
「五歳ですよ!!!!」
叫ぶと、レオンハルトが一拍置いて笑いだした。
私の叫び声を聞いて、お父様やお兄様達が部屋に駆け寄ってくる足音がする。
「君が、どんどん美しくなることを、僕は知っているよ。どんな君も、ずっと大好きだ」
夜空を背景に、不敵にレオンハルトが美しく、笑む。
人を魅了してやまない、不思議な人。
心臓がうるさい。顔が熱い。頭の中がぐるぐるする!
なのに。
こんなにも嬉しいのはなぜだろう。
お父様が叫んでいる。まだ子どもでいられる安心感からか、私は口を開いた。
「もちろん、私は美しくなりますわ!」
……。
あれ、私が悪役令嬢みたいじゃない?
「セシル!!!!」
お父様がドアを壊す勢いで開けて入ってきた。
ノートン家は、今日も平和だ。




