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23 婚約

 鶏舎には私を追いかけて転げさせた、すごい貫禄のある鶏が一羽いる。

 私は彼女と一度目を合わすのが、日々の日課だ。なんだそれって感じだけれど。


 一番高いところでふんぞり返っていはないが、高いところからすべてを見下ろしている彼女が一番卵をよく産む。

 だから私は考えた。

 寝床をジャンプしないといけない高いところに作ったらどうだろうか。

 餌もジャンプしなければ食べられないところに置いたらどうだろうか。


 結果。体力がついたのか、他の鶏も産むようになった。

 イエス! 成功!

 ……こんな話、面白くないでしょうー?

 ちょっとしょぼんとクラリスに言えば、彼女は大まじめに言った。


「我が領地で真似をしても良いでしょうか」


 え、素敵。クラリス、とっても素敵ですわ!

 でも、それはお兄様に許可を取ってくださいね。

 ここの責任者はリヒャルトお兄様で、鶏舎に顔を出さないとフェイ・ドラゴンから呪われる気がする! とお父様に真っ青な顔で泣きついて出入りしているのが私なので……。


 というわけで、今、クラリスはお兄様に相談中。

 とても真剣に相談しているので、邪魔するのは申し訳ない。

 クラリスの知性が溢れる横顔を、抱っこをせがんできた鶏を抱きながら見た。

 お姉さまがいたら、こういう感じなのかなぁと、ちょっと思ってしまった。


 クラリスは侯爵家令嬢だ。

 ノーテル家はお母様の血筋は高貴、お父様の国への貢献度は高い。

 けれど侯爵家の令嬢を側付きにできるまでかはわからない。

 そもそも、リヒャルトお兄様が住む許可を出すだろうか。

 でも、今日は泊まっていただくしかないけれど。

 もっと話を聞いてもらいたいという気持ちを押さえつつ、私はクラリスに声を掛けようとした。


「あら……」


 リヒャルトお兄様の撫で上げた赤い髪は今日もとても美しい。

 そして琥珀色の近い金色の目がクラリスを見つめている。

 クラリスの大きな青い目が、リヒャルトお兄様をまっすぐに、何の色気もなく見ていた。あのお兄様を、何の情欲もなく見つめることができるなんて、逸材!

 卵の話をしているのなら、さらに良い感じ!


「お似合いだよね」


 後ろから急に声を掛けてきたのは、レオンハルトだ。

 エミールお兄様とユリウスはもう屋敷に戻ってしまったのだ。

 ふふふ、あら、気が合いましたわね!

 自分もそう思っていただけに、にやりと笑んで頷いてしまった。


「同感ですわ」


 レオンハルトは微笑んで、私の後ろにそっと立つ。彼からお花みたいな良い香りが漂ってきた。

 わたくし、今日も土まみれでしたけれども……。

 くんくん、と自分の腕をつい匂ってしまった。

 悲しいことに、臭くても、今は鶏舎にいるのでよくわからない。

 とりあえず、抱いていた鶏を地面に放した。


 良い匂いがするこの方、鶏舎なんかに出入りしているけれど、王太子殿下なのですよね。

 で、さっきまで鶏を抱いていた私は王太子殿下の婚約者『候補』なわけでして。


「あと四日もすれば、僕はアカデミーに旅立つんだけれど」

「はい」


 ……あら、胸がちくちくします。何か悪いものを食べたでしょうか。

 ハッ、お母様に内緒で、ちょっと古い卵で作ったプリンを食べたから……!?


「今ごろかな。グランディエ伯爵、王家からの書状に婚約の印を押し終えてるはずだよ」

「あら、そうですの……って、え?」


 まぁた、人のいないところで、私の人生に関わる重要事項が決まってしまっていますわぁ!

 でも、これに関して、女で五歳の私に決定権が無いのは理解している。だから、騒ぐつもりはありません。

 気になるのは、やはり追放エンド。

 追放イベントが回避できたのか、それとも状況変えて新登場するのか。

 後者なら辛すぎる。


「王都に行けば、君はいろんな好奇の目を向けられるだろうけれど」

「失礼な方は張り倒していっていいと、お父様に言われましたので、そんなに心配はしておりませんわ」


 失礼な奴は、拳で黙らせろ。お父様は脳筋なのです。

 私が鼻息荒かったからか、レオンハルトは、ゆっくりと笑んだ。


「……クラリス嬢は、君の助けになると思う。彼女は、とても優秀なんだ」


 レオンハルトが眩しそうにクラリスを見上げた。

 ずきん、と胸が痛んだ。

 あら、あららら? やはり古い卵は体によくないのかしら。

 プリンはとてもおいしかったのに。


「君は僕の婚約者で」

「候補ですわ」

「王太子である僕が唯一選んだ、婚約者」


 ぽっ、と頬が赤くなる。日に焼けないためとはいえ、ちょっと厚着をしすぎているらしい。

 横のレオンハルトを見れば、とっても涼し気な顔をしている。

 こっちはもっさりした作業着を着ているというのに。

 この服は好きだ。でも、今はちょっとそわそわしている。


 リヒャルトお兄様とクラリスはお似合いだ。

 けれど、私たちはだいぶ違う。

 私は、悪役令嬢追放ルートに巻き込まれる、モブ令嬢だ。

 そうして彼は、ゲームの中に出てきたかもわからないが、王太子殿下。

 きっと、いつか、離れ離れになる運命のはずで。


「僕のせいで、セシルは王都で注目を浴びてしまう」

「……それ、殿下の自惚れではありませんの?」


 こっちは悩んでるのに、何を言っていやがりますのかしら、この王太子のボンボン殿下は。

 それは違うだろうと、つい、突っかかってしまった。


「わたし、フェイ・ドラゴンに卵を託されておりますの。鶏舎はほんの少ーし整えただけで、今は領地名物の卵が安定して出ていますわ。土鍋もわたくしの案で、父が料理人へ広げております。厚みを揃えれば火が素直に通る良い調理器具ですから。……ああ、それからポーションも作りはじめました。こちらは殿下の承認のお力添えのお陰ですけれども。米の育つ土地も頂く予定でして――これも、殿下をお助けしたからなので、こちらもお力添えのお陰ですわね……。米の件も技術者とのやりとりを始めることができそうなのは……殿下のお力添えが……あら……」


 うむ……。レオンハルトのお陰がたくさんある。うむむむ……。

 助けられているのは知っていたが、これほどとは。

 お米と醤油を譲ってくれたのも、レオンハルトなわけで……。

 私の技術革新は、殿下との関係の化学反応とともにある……?


「ですので、私は殿下のお陰でいろいろできておりますので、婚約者『候補』でなくても、注目されるのです!」


 言いたいことがよくわからなくなったまま、むん! と胸を張ると、レオンハルトが声を上げて笑った。

 どこが面白かったのか「あぁ、セシルといると、とても楽しい」とお腹を抱えて笑っている。


「さっき追い返した令嬢が社交界でちゃんと噂をしてくれるよ。僕を土魔法で救った、フェイ・ドラゴンの持ち主は、僕の寵愛を受けているってね」

「寵愛?」

「君のためになら、僕はどんな些細なことでも動くからね」


 どっきーん。心臓がばくばくしておりますわ。何でしょうか、これは。

 し、心臓が、痛い。

 やっぱり、レオンハルトは楽しそうだが、赤くなどなっていない。


「何でもしてくださる、と」

「うん。だからね、セシルが王都に滞在する間は王宮で過ごしてね。王妃教育もあるしね」

「嫌ですわ」

「どうして」


 レオンハルトが、まっさらな目で聞いてきた。

 知らない内に、唇を突き出してしまう。


「だって、他の方もいらっしゃるのでしょう?」

「セシルだけだよ。マルグリット様が使っていた部屋を調えさせているから」

「私、他の候補者の方に喧嘩を売られたら、買いますわよ?」

「嬉しいな。僕のために、喧嘩をしてくれるんだ」

「セシル!」


 急に、軽々とリヒャルトお兄様に抱き上げられた。

 お顔が、とても怖いです。お兄様あはその怖い顔で、レオンハルトを見た。


「私の目の前で、やめていただけますか」

「レオンハルト様、あまりに前のめりすぎると、嫌われますわよ」

「だってクラリス、セシルは可愛いんだ」


 レオンハルトとクラリスは親しいらしい。

 ちょっとムッとしたせいか、私はお兄様の首にぎゅっと抱き着いた。


「私、クラリス様が好きになりましたわ、お兄様」

「そうか。――クラリス嬢」


 お兄様がクラリスを見た。側付き令嬢になってもらえないかの交渉を始めてくださっている。

 レオンハルトに少しだけ悪いことをしたかと見下ろしたが、こちらを見上げて微笑んでいた。


「ねぇ、セシル。この国の貴族は法律上、結婚は六歳からできるけれど、来年どうかな」


 遠くの方からズゥドドドドドドドドとすごい音がやってきた。

 見てみると、お父様がすごい勢いで走ってきている。


「殿下ぁ! この国は六歳から結婚できる決まりがありますが、魔獣や戦で人が減った時に家族を守るために作られたもので、平時ではほとんど形骸化しており、認められないのをご存じでないはずがない!」


 脳筋だけでなくて、地獄耳らしい。リヒャルトお兄様が言った。


「あの耳の良さで、魔獣を狩りまくってた人だから」


 レオンハルトも負けていなかった。


「伯爵、セシルとの婚約を認めてくださりありがとうございます」

「それは、致し方ない……」

「僕にとっては、セシルだけなんです」

「あ……ああ。俺は、マルグリットしか愛せない」


 あ、お父様が言い含められている。

 私はお兄様にぎゅっと抱き着いた。

 胸の奥がむずむずして、落ち着かなかったからだ。

 レオンハルトが、いなくなるのが寂しいという気持ちがある。

 そして、私だけだと言われて、嬉しく思っている。

 お友達だからかわからない。

 けれど、やっぱり。

 私が少し寂しいらしいのは、確かなのだ。

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