22 同名?
クラリス……ヴァルシュタイン……。
忘れもしないですわ。
第二王子の婚約者決めガーデンパーティでお会いした令嬢。
意地悪な目で土魔法属性の私を貶めようとした方。
同じ名前……。
私は首を傾げた。
けれども、私を好意的な目で見つめる方はリヒャルトお兄様と同じ年か、少し年下くらい。
どういうことでしょう?
私の疑問を感じ取ったのか、クラリスは困ったように微笑んだ。
「『クラリス』という名前は、ヴァルシュタイン家の女傑と言われた先祖の名前です。本家は女児が生まれたら、その名前を付けるのです」
「……そうですか」
本家は二つあるものなのか……卵の黄身ならラッキー……違うか。
そして、私は思った。
ま、いっか。
このゲームのバグかなんかで、悪役令嬢が大きくなって再登場とかじゃないなら、ま、いっか!
難しいことを考えることを放棄したわけではない。
私は! ポーション畑に! 行かなければ! いけないので!
私がキリキリしている間にも、クラリスはリヒャルトお兄様と、レオンハルトに、とても美しく礼儀正しく、礼をした。
質素なドレスなのに、今日追い返したどの令嬢よりも気高く美しかった。
お母様がどんな場所にいても、光が差したみたいになるのに似ている。
茶色の髪をきっちりと結い上げたその姿は、どこか凛としていて隙がない。
けれど、くりくりとした青の瞳はやわらかく、光を受けてきらりと揺れていた。
頬には、うっすらとそばかすが散っている。
日に焼けたような健康的な肌が、むしろ彼女の生命力を表しているようだった。
「セシル様は、今からお忙しいのでしょう?」
礼儀正しい時間が終わると、クラリスはドレスが汚れるのも気にせず、しゃがんで視線を合わせてきた。
意志の強さを感じる唇。でもやさしさ詰まった口調は、私に興味があると言ってくれている。
好きだな、この人。そう思って、はっとした。
私は、だ、騙されませんわよ!
表情と腹の中が違う人間の巣窟が、貴族社会。
……いや、社会ってそんなもんか。
三十歳の私が冷静な突っ込みをしてきた。
とにかく、騙されてはいけないのです!
クラリスは辛抱強く、私の返事を待ってくれている。
まるで妹や弟を見る目だ。
私はコホンと咳ばらいをした。
「……あの、その」
「はい」
「私の側付になっていただくというのは、フェイ・ドラゴンが選んだ土地と王都の行き来しつつ、社交界で評判のお菓子を食べながら、私の淑女教育をすればいいというわけではないのです」
「はい」
「私は鶏舎に出入りします。畑仕事もします」
「存じ上げております。ノーテル領の卵は有名ですし、この土地の収穫量の上がり方は実利を重んじる貴族の間では話題となっておりますから」
「あ、あら、そうなのですか」
え、卵はやっぱり有名なのですね!
にへらぁと顔がにやけると、クラリスはにこにこと笑んだ。
う……なんだか調子が狂う。
「フェイ・ドラゴンの卵は、見せることはできません」
「はい。権力構図が変わるような稀少な品です。他人に簡単に見せてはいけませんわ」
「……」
日ごろはスリングで持ち歩いているとかとても言えない。
私は苦し紛れに叫んだ。
「と、とにかく、一緒に鶏に世話や、畑仕事をしてもらうのですよ!?」
「はい、喜んで」
クラリスは大真面目に頷いた。
帰らされた他の令嬢から情報を仕入れて、こういう対応にしているのか。
疑いのまなざしで警戒していると、クラリスは言った。
「でも、セシル様。大丈夫でしょうか」
「何がでしょうか」
言いづらそうに一拍置いた。
「お手伝いをして、その手法を私が知ってしまったら、私、持ち帰って実践するかと思います」
なるほど。そういう考え方もありますわね。
私はもっさりドレスのまま、腰に手を当てる。
――そんなことで止まるような方法はしていない。
「良いのではないでしょうか」
焦ったのはクラリスだ。
「ノーテル家の知的な財産になるのでは。伯爵様の許可は……」
「ただの衛生管理であり、手法です。それが他の土地でも通用するか、知りたいところですわね……。鶏舎の責任者はリヒャルトお兄様ですし、ポーション畑は私が責任者ですので。いいですよね、お兄様」
私は馬上にいるお兄様を見上げた。
笑いを堪えながら、頷いている。
この緊迫感しかない状況で何を笑っているのでしょうか。
ぷりぷりしながらもう少し後ろに首を捻れば、レオンハルトも笑っている。
なぜでしょうか。
「……とりあえず」
私は空を見上げた。太陽がだいぶ西に沈んできている。
「クラリス様、このまま畑に向かいますが、見学なさいますか? 汚れますけれど」
「もとより、旅のドレスですわ」
「では、ぜひ、私の畑へ! その後、鶏舎にご案内しますわ!」
私は拳を天に突き上げた。
第二王子のパーティであったクラリスは嫌いだ。
でも、このクラリスは違う。
「その後、ノーテル家の卵を食していただきますわ」
「こ、高級品でしてよ……?」
クラリスが慌てながらも、口の中に溢れた唾液を飲み込んだのが分かった。
うむ。卵と聞いておいしそうと連想したはずのこのクラリスは好きだ。
「……それから、私の側付きになっていただけるか、決めてくださいましね」
ここからは公平にいかないと。
私がにっこりと微笑みかけると、クラリスは一瞬固まった。
それから目を潤ませて、大きく頷いてくれる。
「ありがとうございます」
これが、私と長い付き合いになるクラリスの出会いとなった。
***
魔獣災害の最中の大汚職事件。
先王の時代、当時の宰相ヴァルシュタインが、貴族から徴収した莫大な資産を私的に流用したとされる事件だ。
国家の資金は底をつき、軍も民も、崩壊寸前だった。
ヴァルシュタインは、貴族たちの蓄えを強制的に徴収し、戦線の維持と復興に回した。
国家を救うための、強引な資金調達。
先王が去り、平和になった際、その行為だけが切り取られ、“汚職”とされた。
貴族たちは、自らの資産を奪われた恨みをはらすことを忘れなかった。
即位したばかりの王に、貴族の反発を抑える力は無かった。
できたことは、『時が来るまで、本家の名を残したまま、爵位の継承だけを分家に移す』という形を取ることだけ。
その事件のことを、五歳の私が知るのはもう少し後のこと。




