21 お出迎え
時間が無かった。
私はもっさりとした作業着のままだ。
これが終わり次第、ポーションのための薬草の生育状況確認に向かわないといけない。
そもそも、薬草がないとポーションが作れない。
ポーションが作れないと、出がらし薬草が出ない。
出がらし薬草がでないと、鶏のエサに混ぜることができない。
……のである。
土魔法を流すべきか否かの判断の精度も磨かないといけませんし。
そのためには特定の畑に魔力を流すのは有意義な時間なわけで。
本当は走ってでも薬草畑に行きたい。
あぁ、おいしい卵を食べたい。
滋養強壮プラスな卵を、早く食べさせてほしい。
ドレスに着替えないのは、子どもっぽい私の反抗心でもある。
そんな私に、リヒャルトお兄様は何も言わなかった。
お兄様の許可を得ました!
……と決めつけて、私は側付きの候補の令嬢の方々を出迎えることにした。
正門から屋敷までは馬車で五分ほどかかる。
歩いていこうとするのを止められ、馬車に乗せられた。
すると、外にいたレオンハルトが私を見上げてきた。
「セシル、できることはある?」
澄んだ深い蒼の目で、真っすぐに聞いてくれる。
「護衛騎士の皆様と、馬でお越しください。お兄様方も馬でどうぞ。降りないでくださいましね」
レオンハルトは私の悪だくみがわかったかのように、悪戯っぽく微笑んだ。
他薦の候補者は、絞り込んで五名らしい。
本来なら屋敷の応接室に通すべき身分の方々だろうけれども。
ちゃんと、確認をしたいことがある。
というわけで、正門を入ったところで、待つことにした。
私は馬車からぴょんと飛び降りて、ヨヒアムから怒られつつ、彼には私の後ろに立ってもらった。
リヒャルトお兄様は私の後ろに、護衛騎士を従えたレオンハルトは一番屋敷に近い正門から一番奥にいてもらった。
やがて、馬車が正門をくぐり、門番がそれを止める。
磨き上げられた車体に、家紋を掲げた馬車。
御者が出迎えた面々に驚いた。
やがて、最初の馬車の扉が開いた。
従者がタラップを下ろし、地面に音もなく据えられる。
十八歳くらいに見える令嬢はわずかに裾を持ち上げ降りてきた。
彼女の視線がまず、リヒャルトお兄様、エミールお兄様に。
ついで、レオンハルト、しっかり王家の紋章を付けたマントをした護衛騎士三人に。
ヨヒアムは一瞥。良い仕立ての服を着ていますもんね。
それから私にはまるで空気のように目もくれず。
当然だと思います。
ドレスなど着ていないのだから。しょうがない。
令嬢は、迷いなくリヒャルトお兄様に礼を取る。
艶やかな笑顔で、まるで自分が選ばれし者のように。
「エレオノーラ・フォン=グランツェルンにございます。本日はお招きいただき、感謝申し上げます」
続けて、令嬢はわずかに身体の向きを変えた。
今度は、レオンハルトへ。
先ほどよりも深く、より丁寧に膝を折る。
「殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます。お目通りの栄を賜り、光栄に存じます」
声の調子も、礼の角度も、表情作りも完璧だった。
令嬢が顔を上げると、リヒャルトお兄様は静かにうなずいた。
「遠路、よく来てくれました。まずは、正門での出迎えとなった非礼は、先にお詫びします」
低く落ち着いた声に、確かな敬意と労いが込められている。
令嬢の目がハートになった、気がした。
でしょうよ、でしょうよ!
うちの、お兄様はかっこいいんですからね!
「紹介しよう」
リヒャルトお兄様が、短く告げる。
令嬢の視線が、自然と導かれるように動いて、ようやく私へと向けられる。
「セシル・ノーテル、妹だ」
令嬢の目の中に、信じられないという侮蔑の色と、何かを納得するような見下しの表情と。
一瞬の間に行われた、私への評価が、胸に刺さった。
セシルは、物心がついた頃から、こんな視線をずっと浴び続けたのだろう。
性格が歪になるのもしょうがない。
「失礼いたしました」
「いえ。このような格好でお出迎えし、申し訳ありません」
「いえ、……しょうがありませんわね」
なーにが、しょうがない、だ。
おバカにしやがりましたね、今!
令嬢が、再び私を見た。
上から下まで。
もう一度。
何かを探しているようにも見えた。
……やっぱり、フェイ・ドラゴンの卵を探すのですねぇ。
わかりやすくて嬉しいですわぁ。
「フェイ・ドラゴンの卵ならここにはありませんよ」
「……え?」
令嬢の頬が引き攣る。
まぁ、気持ちはわからないでもない。
この土地にすごい価値が生まれたことは、レオンハルトから聞いた。
その価値は、何も知らない人からすれば、収穫量爆上げになった土地の肥沃さ、ではない。
フェイ・ドラゴンが卵を産むのに選んだ、という土地の付加価値だ。
幸福の竜が卵を産んだ、パワースポット。
鱗だけではない、その殻にもとんでもない値が付くという。
「卵見物にいらっしゃったのなら、お引き取りください」
「いえ、セシル様に礼儀や作法をお伝えするために」
私はとっても無垢な表情で首を傾げてみた。
絶対にこの角度かわいい! 同情引ける! みたいな角度で。
「人を上から下までしっかり何度見ることが、王都の礼儀作法ですか?」
令嬢が、真っ青になった。
ごめんね、ちょっとこれはトラップが過ぎたとは思うけれど。
見たい気持ちをぐっとこらえるのが、社交界ではないでしょうか。
唇を震わせながら、令嬢が言葉を紡ぐ。
「いえ、その、お召し物が、あまりにも」
「私は鶏舎に出入ります。畑仕事もします。貴方はその覚悟がおありでしょうか」
「……え?」
「フェイ・ドラゴンが選んだ土地と王都の行き来しつつ、社交界で評判のお菓子を食べながら、私の教育をすればいいと思いましたか?」
「……」
当たらずとも遠からず、といったところなのだろう。
「土魔法は、恐れるに足らず、と思われました?」
「……っ」
土魔法は、攻撃魔法にならず。
魔力量を必要とするため効率が悪い。
だから土魔法は、役立たずだ。
そんなことで、初めて会う人にも見下される。
私は唇を噛んだ。
セシルの、五歳のセシルの無念が胸に渦巻いて、涙が出そうになったからだ。
私はそれでも顔を上げ、最後の一撃をくらわそうとした。
この根性は金メダル級。褒めて!
でも、レオンハルトが割って入ってきた。
「土魔法は、守護魔法です。私は魔獣に襲われたところを、セシル嬢の魔法で助けていただいた。彼女が、褒章を貰った話を知らない?」
「でも、あれは、ただの噂で!」
「僕が、嘘を吐いたと? 婚約者の令嬢のために……陛下に?」
後ろにいるレオンハルトを振り返れないけれど、令嬢の真っ青をみたらわかる。
たぶん、とんでもなく冷たい顔をしているのだろう。
おおお……。これの一撃は、ちょっと同情する。
項垂れた令嬢は馬車に乗り、帰っていった。
馬車は順に到着し、似たやり取りが三回あり、やさぐれていた。
土魔法で、申し訳ありませんでしたねーっ! みたいなやさぐれ。
ただ、最後の五人目の令嬢は違った。
飾り気のない馬車に、質素なドレス。
降りてくると、その黒い目が私をまっすぐに見た。
そして、微笑む。
お?
クラリス・ヴァルシュタイン。
大汚職事件の宰相の孫です、と名乗った。




