20 側付き令嬢
ポーション用の薬草畑に向かっているところを、お父様に呼び出された。
回れ右をして入った執務室にはすでにお兄様方と、レオンハルトがいた。
お父様は、にやぁと笑った後、コホンと咳をして表情を引き締めた。
「マルグリットが身籠った」
皆が口々に祝いの言葉を述べる。
素晴らしいことである。
たぶん、お母様の年齢からいくと、最後の出産にだろう。
まぁ、知っていましたの。弟か妹ができることは。
だって、とーっても仲か良いのですもの!
私はお父様が何かをご説明してくれているのを右から左に流しつつ、うんうんと頷いた。
ただ、胸がちくちくしている。
五歳の私が心配して、祈っている。
生まれてくる子は、土魔法属性じゃありませんようにって。
だって、知らない人にも『伯爵家の癖に』って見下されるから。
とっても、悲しいから。
「――ということだ。いいね、セシル」
「……?」
お父様が私に話を向けた。
リヒャルトお兄様、エミールお兄様、従兄のユリウス、レオンハルトが一斉に私を見た。
やっば、考え事してましたわぁ!
私が笑顔で誤魔化すと、お父様が目元を緩めた。
年相応の娘であることを安心するかのように。
「一週間後に、魔法学園に入学するために、屋敷を出発するんだ」
「はい」
エミールお兄様、従兄のユリウス、レオンハルトが入学のために、屋敷を去るのだ。
私が入学すると同時に『悪役令嬢の取り巻き』としての人生が確定してしまう可能性が高いあそこに!
私は入学したくありませんので、どうにかこうにかしたいのです。
今からポーション作りと、フェイ・ドラゴンの卵関係の何かで、避けられませんでしょうか。
そんなことを考えながら頷いた。
「明後日には王家から迎えの馬車が到着するだろう。それから、殿下との婚約者候補の書類を取り交わす」
「は……い」
お父様の『候補』の口調の強さと声の大きさに、レオンハルトを除いた一同が白い目を向ける。
お母様がいないところだと、レオンハルトへの『娘はあげません』を隠さない。
正直、私のこの婚約者にまつわる設定がよくわからない。
モブの設定ってどこまでつくりこまれているのか……。
「落ち着いてください、父上。候補ですよ」
「そうです、候補です」
リヒャルトお兄様と、エミールお兄様がフォローにならないフォローを入れている。
そうか、候補か。
ちくちくと痛む胸に首を傾げていると、レオンハルトが微笑んできた。
「僕はセシルしか選ばないよ」
「それからぁ!」
私の頬がぽっと赤くなると、リヒャルトお兄様が微笑んだ。
けれど、お父様は大きな声でレオンハルトの言葉を隠そうとした。
大人げなくてちょっと恥ずかしい。
「お前も五歳だ。社交界に少しずつ慣れる必要がある。月に一度、王都へ行き一週間滞在しなさい。小さなお茶会でマナーを学ぶんだ」
「……」
無言になったのは、とーっても意地悪な目と口元を持った、あの悪役令嬢こと、クラリス・フォン=ヴァルシュタインを思い出したからだ。
あの人が第二王子の婚約者だったら、私は会わないという選択肢がないのでは。
「お前には試練となるかもしれない。けれど、魔法学園に通う前に、貴族同士で交流を深めるのは通例なのだ」
慣習を破ることで、お兄様方の立場を悪くしてはいけませんものね。
ただ……。
敵前逃亡は、脳内で敵を無限大に大きくするだけだと、三十歳の私が言っている。
「お父様、私、第二王子のパーティでも土魔法だと随分と馬鹿にされましたの」
「ああ」
お父様がビキィっとこめかみに血管を浮かび上がらせた。
膝の上の拳をブルブルさせながら、口を開いた。
「それがつらくて、王都帰りに粘土をこねたくなったのだな……」
なんかちょっと違う。
けれど、土魔法の肩身の狭さ、あれはいけませんわ。
「名前はわかるか? 貴族社会に居られないように……」
「土魔法を馬鹿にした方、その場でぎったんぎったんにやりこめますが、許可は頂けますでしょうか?」
お父様はきょとんとした後、豪快に笑いだした。
「かまわんかまわん。殺す以外なら、揉み消そう」
「父上」
リヒャルトがお父様の不穏な発言を窘めた。
けれど目はまだ見ぬ敵を痛めつけてやるという殺意でいっぱいだ。
「ここからが大事だ。お前には伯爵令嬢としての気品と礼儀を、学園入学前に身に着けてもらわねばならん」
貴族令嬢はぎったんぎったにするなんて言いませんわぁ。
やはりここは屋敷にこもってポーションつくりのプロになりたい。
「マナー等の指導役として、年長の側付きの令嬢を候補として挙げている。セシルが好む令嬢を一人、付けなさい」
「必要ですか? 自薦です? 他薦です?」
「他薦だ。……お前は、お転婆が過ぎるから、必要に決まっている」
他薦の候補者から、一応選ばせてくれるってことか。
「いつです?」
「今日の昼からだ。泊まれるように手配をしているから、しっかりその目で確認しなさい」
「……私、昼からポーションの薬草の選定と、運んでいただいた道具の洗浄と、手順の確認を…」
お父様が首を横に振る。ダメだという意味だ。
人の予定は、勝手に変えたり立ててはいけないのですよぉ!
まぁ、しょうがない……。衣食住をお世話になっている手前、従わねばいけません……。
でも私は転んでもただでは起きない伯爵令嬢。
うつむいたまま、表情を整えた。お父様が大好きな、私のうるるん顔を作る。
「お父様、それを呑む条件があります」
「む……、おねだりか」
私が飛び切りの『お願い☆』の表情を整えたのに、お父様が身構えた。
先日、褒章に欲しいものを「土地!」と言ったのが非常に響いている。
「何が条件だ」
「口座が欲しいです」
「……」
お父様が固まった。
「これから私はいくつもの事業を考えていきます。売上のほんの一部でもいいのです。私のお小遣いとして、欲しいのです」
「そんなもの、予算を組めば……」
「違いますの! 自分のアイデアで稼いだお金に! 意味が! ありますの!」
卵と、鶏肉と、土鍋と、ポーションと、フェイ・ドラゴンの鱗と。
少しずつでも項目を増やしていけば、塵も積もればなんとやら。
追放時の資金になりますわぁ!
固まったままのお父様を慰めることなく、リヒャルトお兄様は立ち上がった。
「書類を用意しよう」
「ありがとうございます。お兄様、ついでにもう一つ」
「なんだ」
腕を組んで、次は何を出すのかといった感じで待ってくれている。
「候補者の方を、屋敷に入れることなく、入り口で馬車を待たせてください。そして、お父様以外の男性の皆様方、お付き合いくださいませ」
皆、きょとんとした顔をしている。
正直、教育係を用意するといった配慮ははありがたいけれど、必要がない。自由に動けなくなるからだ。
アイデアは私にとってのライフラインだ。
誰が、どんな意図で送り込んだか、わかったものじゃない人を傍に置いて、情報を漏らされたらたまったものではない。
それに、と集まったイケメンたちを見渡した。
みんな違って、みんなイイ男。
自家発電しているのか、キラキラが見える。
一番発光しているのは、もちろんレオンハルトだけれど。
大半は、お兄様方の婚約者の座目当てのご令嬢だと、女の感が言っている。
お兄様方の操のために、屋敷に一歩も踏み入れさせることなく、帰さなければ。
そして、早くポーションにとりかかりたいのです。
――追放された時のためにも、しっかり稼がなければなりませんからね!




