番外編:とある長閑な日(リヒャルト視点)
リヒャルトお兄様視点の番外編です。
リヒャルト・ノーテルは自分充てに届いた手紙を、何の躊躇いもなく魔法で燃やした。
差出人は……はるか昔、婚約破棄を申し出てきた令嬢。
『だって……貴方の妹は……土属性だもの』
婚約者として大事にしようと覚悟を決めた女性。
お淑やかで従順だと言われていた女性が浮かべた蔑みの表情。
いまでも忘れられない。
ハラハラとカーペットに落ちた灰を見て、もっと一瞬で燃やせばよかったと思った。
生まれてきた子は漏れなく魔法の属性を調べられる。
五年前に生まれてきた待望の妹は「土魔法」と属性診断が出た。
瞬間、周りの目が変わった。
長男のリヒャルト・ノーテルは光と火の二属性持ち。
次男のフリードリヒ・ノーテルは火と風の二属性持ち。
三男のヨアヒム・ノーテルは風属性。
四男のエミール・ノーテルは水属性。
王家の血筋を持つ、魔獣討伐時の英雄の伯爵家。
誰もが羨む家に、やっとできた汚点。
人々は弱点を見つけたとばかりに、生まれたばかりの子を蔑んだ。
最後の娘がハズレか。
そんな声を隠すことなく、何かの腹いせのように大きく届いた。
だから、自分たちは誓ったのだ。
妹を守ろうと。命を懸けて守ろうと。
「セシルが僕をレオを呼べば、種をあげるよ」
「殿下、お戯れが過ぎます」
面白そうな会話が聞こえてきて、リヒャルトは窓から顔を出した。
下にはポーション作りに欠かせない薬草を作るために耕した畑がある。
最もセシルの安全が確保できる場所を畑としたので、真下だ。
ここ最近、侵入者が多い。この土地を奪おうとしてくる。
わざと泳がせて屋敷に忍び込ませて、すべて地下牢に放り込んでいた。
背後関係を洗い出して、元を脅せとアルフォンスからの厳命があるので、いろいろとしょうがない。
「僕が承認したから、種が手に入ったんだよ」
「わかっておりますわ。感謝しております」
窓枠に肘を置いて、その会話を眺める。
ポーションを作るには生成権限者の承認が必要だ。
そうすることで種が手に入り、申請した大きさの畑に種を蒔けるという流れだ。
ある日を境に、セシルは変わった。
蜂蜜色の金髪、ヘーゼルナッツ色の目、真っ白な肌に、愛くるしい顔立ちはそのままだ。
ただ、見知らぬ人々から向けられる嘲りに不安定だった小さな娘が、何かを振り払うかのように行動し始めた。
「殿下、種をお渡しください! 日が暮れますの!」
「ああ。なるほど。セシルと一緒にいる時間が増えるんだね」
「違います!」
ふむ、と身を乗り出す。
畑を耕した庭師や、使用人。母上、マルグリットまで椅子に座ってその様子をほほえましく眺めているのが見えた。
セシルの変わりようは、自分たちにとって嬉しいことだった。
鶏舎に入り浸ったと思えば、卵の生産を倍にした。
フェイ・ドラゴンの卵を託され、王太子から婚約者として選ばれ、土鍋を作った。
TKGというレシピを披露し、今度は鶏舎の増築計画を出した。
大人顔負けどころか、大人以上の成果。
さすがに父上、アルフォンスは懸念を口にした。
『あの子は、私の娘は、どこへ向かうのだろうか……』
レオンハルトが、手に持った種をセシルの目の前にぶら下げる。
もちろん、セシルが怒る。
好きな子に意地悪をしたい、そんな年相応の行動。
あの、大人さえも見下していた王太子が、ここに来たらただの子ども。
正直、微笑ましいと思う。
ただ、セシルは婚約者候補の一人にすぎない。
レオンハルトが十六歳になった時、誰か一人を選ぶ。
誰を選ぶかは知らないが、セシルが泣くことは許さない。
「殿下、そんな意地悪をしていると、セシルが魔法学園がある王都へ行かなくなりますよ」
自分の声掛けに、誰よりも早くセシルが顔を上げた。
花が咲くような笑顔をパッと浮かべてくれる。
我が妹は、本当に愛おしい。
「リヒャルトお兄様! レオがひどいのです! ポーションの種をくれないの……」
しん……と静かになる。
あれだけ嫌がっていたのに、あっさりと『レオ』と口にしてしまった。
「いやぁぁぁ!」
いやぁ、本当に可愛い。ほんわか、と眺めてしまう。
「お兄様ぁ!」
助けて、というように、階上にいる自分に向かって、セシルが両手を上げた。
気づけば下に飛び降りて、セシルを抱きかかえていた。
妹からはいつも良い香りがする。女の子とは、こんなにも良い匂いがするのかと。
ぎゅっと首に抱き着いて、顔を誰にも見せまいとするセシルの背中を宥めるように撫でる。
「殿下、意地悪も過ぎれば、嫌われてしまいますよ」
諭すように言うと、レオンハルトはむぅっと不機嫌そうな表情をした。
ギャラリーが微笑ましそうに見つめている。
「セシルも、殿下に嫌われてしまうよ。お名前を呼ぶことを許されたんだ。お呼びすることも、礼儀だよ」
セシルが「嫌われてしまう」というところで体をぴくりと振るわせた。
我が妹は、本当に可愛い。この子は、自分たちのお姫様なのだ。
手紙の内容を、ふと思い出した。
『あなたのことが忘れられませんの。もう一度、婚約者にしていただけませんか。あなたを愛していますの。ぜひ、あなたの小さなお姫様にも紹介してくださいな。あの頃は、まだ小さかったですわね……』
女でなければ、とっくに殴っていたのに。
セシルを撫でながら、女の厚顔を唾棄する。
「お兄様が、そう、仰るなら、そうしますわ。レオと、呼びますわ」
ああ、可愛い。
ふとレオンハルトを見ると、セシルを見て微笑んでいた。
彼女に安心できる避難場所があることを、喜んでいるような大人びた表情。
そういえば、娘を取られたとばかりに、アルフォンスは鍛錬という名を借りて、レオンハルトをしごいている。
「……殿下、我が父とばかりではなく、私ともお手合わせ願いますか」
「リヒャルト殿と……ですか」
魔法学園で最強と言われた、誰かに手合わせを願いでたことはない。
相手が怪我をするからだ。
「ええ。不足ですか?」
「とんでもありません。――貴殿とお手合わせできるなど……光栄です!」
レオンハルトは目を煌めかせた。
素直でかわいい子どもは好きだ。
しばらくは、この子たちの成長を見守るのも良いかもしれない。
セシルの髪に顔を埋めながら、幸せを嚙みしめた。




