2 五歳、オーナーになる
TKGが食べたい!
よし、それならまず鶏舎の卵を生で食べてみよう!
……という気には全くならない。
目の前の屋敷が管理する鶏舎は、小学校の鶏小屋より不衛生だ。
まず、屋根は壊れている。そりゃ、雨漏りしますわ。
おまけに、鶏舎内の澄んでいるとは言い難い水場の縁には、糞と羽が混ざって溜まっている。
不衛生な水とか、え、大丈夫なの? て衛生管理が令和の私が動揺している。
何よりも、鼻に刺さる臭い。
湿った土、腐りかけの藁と、糞が混ざった、近づきたくない臭い。
「衛生管理不足ってこういうことか」
私は腕を組んで頷いた。
これが小学校の校庭の隅っこにある鶏小屋だったら……。
こんな臭いさせてたら、超やばい。
窓を開けたら即アウト。
そういえば、掃除当番あったもんな。
夏休みもあったもんな。
サルモネラ菌、という名前がこの世界にあるかわからない。
けれど、お腹を壊す系の菌は確実にいるはず。
生で食べようとはしていないのだから、ま、しょうがないか。
へらっ、と私は笑った。
「お嬢様、なにか……」
鶏舎の世話人が、麦わら帽子をお腹の前で揉んだり開いたりしながら、おろおろしている。
私が派手にこけたことを、世話人のせいだとでも言うと、心配しているのだろう。
「私、ここに通うから」
「ひぃっ」
そんなに怯えなくても。
まぁ、我儘に甘やかされたお嬢様がやってくるなんて、恐怖でしかないか。
でもTKGのためにはがんばるわけで。
やることは、土壌改良、排水改善、飼料の質向上、鶏舎の衛生設計ってところか。
ふむ。お父様の許可がいることが多い。
とはいえ、ここは魔法のある世界。
私はモブだけど、土魔法が使える。
魔法ってどう使うのか。
私は両手を広げて眺めて、首を傾げた。
それからとりあえず、膝をつく形でしゃがんだ。
鶏舎のそばの地面に両手をつける。
まずは、形からと思ったのだ。
しかし、現実は厳しかった。
「……」
控えめに言って、超ぬかるんでいる。臭いし。
乳母と鶏舎世話人が声にならない声を上げた。
ひぃぃぃとか、きぃぃぃぃとか、なぁぁっぁあああとか。
ここで怯んだら、絶望ルートに入るかもしれない。
彼らの叫びを無視して、私は体の奥に魔力を集める。
それを、ぎゅっと手のひらから土へ流した。
流した魔力が、また手のひらから戻ってくる。
(あ、これ、ダメな感じがする)
これは直感。
エビデンス? 知らんがな。
魔力を流す。帰ってくる。これを繰り返す。
(無理に変えるでのはなくて……)
土の中の声が聞こえる、気がする。
土の中にはたくさんの息吹がある、気がする。
調子の乗って流して、流して、流して。
そして、私は倒れた。
臭いと汚いが優勝したみたいな鶏舎のそばで、ばたん、と。
目が覚めると、屋敷の自分の部屋だった。
体はきれいになっていた。
医師は魔力の放出過多だと、五歳がすることじゃないと、言い残して帰ったらしい。
まず、乳母に泣かれた。
ドレスを汚したこと、鶏に追いかけられこけたこと、素手であの汚い土に触ったこと。
そうだよね、ごめん。
「セシル!!!!!」
「ひぃっ」
次に現れたのは裏ボス、お母様。
マルグリット・ノーテル、現国王を兄に持つ、先々代王の末の王女様。
十三歳の時に二十歳のお父様に一目惚れし、婚約者の座に納まった強者。
十六歳で降嫁してから、お父様との間に四人の男子と、一人の女子、五人の子をもうけた。
なので、うちには王族の血が流れているというわけだ。
お父様に当時婚約者がいたが、あまり誰もそこには触れない。
……我が伯爵家の最近の(黒い)歴史は、だいたいこんな感じである。
深くは考えない。
「あなたは、婚約者も決まっていないのにも関わらず、額に傷をつくりましたね」
「ひぃ……っ」
「返事は『はい、お母様』」
「はい、お母様……」
私が横になっているベッド脇に立って、コンコンとお話を続けてくださる。
額に小さい見えない傷があるくらいで、婚約者が探せないこの世界は、まぁまぁやばい。
これはますます経済的自立が大事である。
「しかも、魔力を倒れるまで放出するなんて危険なこと……命に関わるのですよ」
「ひぃ……ん?」
王家の宝玉とまで言われたお母様の美貌のお顔が、悲しそうに歪む。
五歳の私の心が痛んだ。
あれ? 心配されている?
追放予定モブキャラなのに?
もしかして、ちゃんと愛されてる?
「セシル、大丈夫か」
次に部屋に現れたのはお父様、アルフォンス・ノーテル。
現当主であり、伯爵家の嫡男でありながら、魔獣の討伐で武功を立てた先王のお気に入りであった体育会系。
燃えるような赤い髪に、金色と碧のオッドアイ。
世間知らずの王女を一目ぼれさせたチート設定。
「あなた」
「あぁ、マルグリット。私たちのお姫様が何かをしたんだね」
「そうなのです。実は……」
お母様が目をキラキラさせて、すぐにお父様に状況報告をする。
ラブラブな雰囲気なのに、的確で無駄のない報告をしていて怖い。
「お転婆で我儘だとか、婚約者が決まらないじゃないか」
お父様の後ろから現れたのは、一番目のお兄様、リヒャルト・ノーテル。
跡取り長男で、王族でもあるまいし光の魔法と火の魔法の二属性を扱う。
後に現れるヒロインの取り巻きの一人になる、妹(私)を売ったやばい兄。
ガルルル……と睨んでしまう。
「お前、頭を打ったのだな……」
リヒャルトお兄様に同情の目で見られてしまった。
知らない罪で恨まれているんだから、しょうがないか。
この屋敷の権力構図の頂点三人が現れ、あーだこーだと話しているのを見ていて、きらーんと閃いた。
ふふ。何事を為すにも、政治が必要なのだよ。
三十歳の私が顔を出す。
「お父様!」
私はベッドから降りた。
末っ子、お母様譲りの蜂蜜色をうんと薄くした金髪。
控えめな印象を与えるヘーゼルナッツ色の瞳。
真っ白な頬を気合で赤く染めて、お父様を見上げた。
もちろん、愛くるしい顔立ちだ。
竜をも視線で殺すといわれるお父様の目じりが、だらーんと下がる。
「お父様、私、土魔法で遊びたいのです」
「ああ、流石伯爵家の末姫だ。心意気が素晴らしいな。だが……」
お父様が愛おしくてたまらないと言った風に、私を抱き上げる。
だから、私はぎゅっとお父様の首に抱き着いた。
悪だくみを考えた、悪い目を隠すために。
「だから、鶏舎小屋を私にください」
「……ん?」
お父様が固まった。お母様も、リヒャルトお兄様も、乳母もだ。
「何かをしてみたいのです。私、遊びたいのです」
「……あ、ああ。鶏舎くらいなら……。だが、なぜ、鶏舎……え? 鶏……」
「お父様、大好きですわ、お父様」
もう考えさせないために思い切りお父様を抱きしめた。
「ははは。そんなに嬉しいか。ははは」
お父様は、私を抱きしめ返しながら笑っている。
ちょろいな、父。
しかし、してやった。
最高権力を押さえたのだ。
「け、鶏舎?」
「お前、何を……」
お母様もリヒャルトお兄様も何やら言っているがもう聞こえない。
もう鶏舎は私のものである。
そしてふと疑問に思った。
私は降嫁した王女の娘で、おまけに可愛い。
両親だけでなく、兄にも愛されている。
……なんで悪役令嬢の取り巻きとかしていたのだ?
………………。
うーん。
まったく意味わからん。
まぁ、とりあえず鶏舎のオーナーになりました。
なので、TKGをみんなにご馳走できるようにがんばります!




