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19 土地をください

 レオンハルトの仲立ちもあり、私は部屋を出た。

 廊下には両親だけでなく、リヒャルトお兄様もいた。

 レオンハルトに、私の説得をお願いしたのだとわかった。

 お父様に腰を抱かれて、お母様は立っていた。泣きはらしたのか、目が腫れている。

 ……ぐぅ、罪悪感。


「レオンハルト殿下より、お話いただきました。一度、ちゃんと話しましょう」


 お母様が、王女様に見えた。覚悟を決めたような、そんな一人の女性。

 家族の談話室を選んだのは、きっと堅苦しい話になるのを見越したからだろう。

 お父様は鍛え上げられた逞しい体躯をソファに沈ませることなく座ると、私が提出した事業計画書をローテーブルの上に置いた。

 お母様はお父様の横に座り、リヒャルトお兄様は座るお父様の後ろに立っている。

 私に激甘なお父様にしては、とても怜悧な目つきで私を見た。


「まず、セシル。お前があんなに美しく字を書けるとは知らなかったんだ。計算ができるとも、ましてやこんな事業計画を出せるとは、知らなかった」


 ドッキーン。私の心臓が口から飛び出しそうになった。

 そうだった。私は五歳だった。

 ついつい、三十歳の頃の記憶で作成していた。

 それは勘違いしますわー。ごめんなさいー!


「お前は家庭教師の勉強には身を入れず、いつも鶏舎の方向ばかりを向いていると報告を受けている。何が起こったのか、まるでわからない。執事も、リヒャルトも、マルグリットも、何も助言していないという。これが、どういうことか……ただ、お前が作成したのだな?」


 ……日ごろの行いが、仇になっていますわー。

 ぷしゅーっと倒れそうになったが、横に立っているレオンハルトに寄り掛かるわけにはいかないので踏ん張った。

 確かに、家庭教師の勉強から逃げ出さなくなったとはいえ、卵とか鶏とか米とか、考えることがたくさんありすぎて、勉強に身が入っていなかったのは事実。

 そんな中、字を書き、言葉を使いこなして、数字で納得させる事業計画なんぞを出しているのだから、疑われて当然。


「……私が、作成いたしました」


 嘘ではないので、はっきりと答えた。

 お父様の視線がレオンハルトに移り、何か言いかけた口を噤んだ。


「……そうか。どうする、セシル。お前自身で、計画を進めるか」

「いえ。これはリヒャルトお兄様に、伯爵家の事業として大きくしていただきたいです」


 お父様とリヒャルトお兄様が視線を合わせた。


「そうか。リヒャルトはどうする」

「……セシルの土魔法との因果関係を鑑みつつ、展開の価値はあるかと」

「そうか。ならば、お前に任せよう」


 お父様が指を絡ませて、天井を仰いだ。脳筋なはずのお父様が悩んでいる。

 そんなお父様の手に手を重ねたのはお母様だ。

 凛とした表情を浮かべ、まるで私を一人の淑女を見るような目で見つめた。


「あなたを、一人の令嬢として扱いましょう。陛下より褒章の話が来ています。レオンハルト殿下を助けた、その褒章です。一つ欲しいものを下さるそうです。何が欲しいですか」


 大方、話は来ていたが五歳の娘が考えられることではないと、保留していたのだろう。

 私は考えた。でも、答えは出ている。


「土地が欲しいです」


 きっぱりと言い切った。


「「「土地」」」


 両親とリヒャルトお兄様が同時に言葉を失った。

 宝石やお菓子や犬ではなく、土地。三人ともさすがに引いている。

 くすくすと笑うレオンハルトが、助け舟を出してくれた。


「セシル、その土地で何がしたいのかを説明しないと」


 柔らかく諭す声に、あ、そうかと思った。

 その土地で今度は何をするんだこの娘はという心配をされているのだ。

 これは、誤解を解かないといけない。

 私はすぅっと息を吸った。


「米の栽培に適した土地を所望いたします。年間を通して温暖な期間が長く、冬は小麦や大麦、夏は水稲といった二毛作が可能な気候の地が理想です」

「二毛作」


 お母様が首を傾げたので、私は力強く頷いた。


「気候の変動が比較的穏やかで、水を安定して確保できることも条件。加えて、灌漑が成り立つ地形。谷状で粘土質の地盤を持ち、水を蓄えやすい集水域が望ましいです」

「ああ……」


 お父様が苦笑したので、私は身振り手振りを大きくした。


「ため池を設け、小さな谷を区切って貯水池として整備すれば、魔法に頼らない安定した水供給が一定期間見込めますので」

「魔法に頼らない、安定した水供給……」


 リヒャルトお兄様が顎に手をやって考え込む素振りを見せたので、私は人差し指を天に向けた。


「農法の技術はこれから学びます。まずは基盤となる土地。土地をお与えいただきたく存じます」


 決まった! と私は思ったのに、しん……と静まり返った部屋。

 やばい、やってしまった。完全に、やりすぎた。

 米作りの夢まで奪われたら、部屋に押し込まれたらどうしよう!

 そんな私の不安を、変な空気を変えてくれたのは、レオンハルトだった。


「セシルはかの国から献上された米をいたく気に入ったようです。それで自ら栽培したいと思った。どのような土地がいいかは、土魔法で感じ取ったようですよ。類まれな才能かと」


 へ? と私はレオンハルトを見た。話を合わせてと、目が言っている。

 ――僕に任せて、というように。

 確かにそうだ。五歳児が詳しいの変だし、そういう話にした方がいいかも。


「そ、そうです。土地が、大地が、教えてくれるのです」


 ちょっと変な思想みたいになったので、私の声はだんだん小さくなる。


「セシルの土魔法は、魔法の次の可能性を秘めているな」


 リヒャルトお兄様が感心してくれたので、ま、いっか。

 でも、いや、なんかちょっと、罪悪感。

 ご当地ブランド米というものがあって、しばらく米のお取り寄せをしていた時期がある。

 その時に知識として吸収した米知識を披露しただけだ。

 オタク気質はいつでもどこでも発揮するものらしい。

 レオンハルトは胸に手を当てると、マルグリットをまっすぐに見た。


「マルグリット様、セシル嬢はポーション作りもされたいようです」

「ポーション?」


 レオンハルトの話に、お母様が目を丸くした。

 けれど、驚きよりも、どこか嬉しそうだった。

 たぶん、私の方が驚いた表情をしている。

 どうしてお母様にその話をするのだろうか。


「申請書を作っていただければ、権限保持者の僕が承認します。私の名の元に王家の管轄としてこの屋敷内でポーションを作る。セシルの師になってはいただけませんか」

「まぁ。セシルがポーションに興味を。……喜んでお受けしますわ」


 お母様が考える間もないくらいに早く返事をした。

 心なしか、声色が弾んでいる。

 話が見えない。きょとん、としていると、お父様が「ああ」と言った。


「マルグリットはポーションつくりの名人と言われていたんだ。降嫁した時に、その権限も失ったが……。栽培から瓶詰までする、ちょっと変わった王女様だったよ」


 お父様が熱っぽい目でお母様を見た。絶対に、弟か妹ができそうな熱さ。

 本当に、らぶらぶなので困るこの二人。


 なんだか話が立て込んできたので、話は後日。

 まずは私は食事と睡眠をとることになった。部屋に何かを運ばせるという。

 こんな時間にメイドをこき使ったら、追放イベント時に何が起こるかわからない。

 料理長に会えたらお礼も言いたいし、自ら厨房へ出向くことにした。

 私が厨房に行くといいっても、家族の誰一人として止めないのは、諦められているからか、信用されているからか。

 もちろん、当然のようにエスコートをするといって、レオンハルトが横にいる。


 その美しい横顔を、仰ぎ見た。

 なんか、いろいろ助けられた。


「あの、ありがとう」

「セシルのためだからね」


 お礼を言うと、レオンハルトは嬉しそうに表情を緩めた。

 あのまま部屋に籠っていたら、家族がバラバラになったかもしれない。

 良いタイミングで、部屋に(無断だけど)来てくれた。


「……その、本当に、ありがとう」


 レオンハルトは笑んだまま、私の頭を撫でた。いいんだよ、というように。

 鼓動が早くなる。頬が熱を持つ。

 ちょっと、このキャラは反則だと、私は唇を突き出した。

 厨房までの廊下が、もう少し長ければいいのに。

 私は窓から見えたお月様に、こっそり祈った。

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