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18 トゥクン…

 自らライト演出をして登場したレオンハルトは、ソファに座っている私を見てにっこりと笑んだ。

 暗いね、と独り言ちると、光の糸で編まれたこぶし大の球をいくつも部屋に浮かべる。


 幻想的な風景に、私は素直に感動した。

 チートですわぁ……、モブとは扱いが全然違いますわぁ……。

 私の中の負けん気が濃く渦巻くのはしょうがない。


 そんなレオンハルトの手のひらには、銀のトレイが軽々と乗せられている。

 その上には、ドーム型の蓋をかぶせた皿が一つ載っていた。


「こんにちは。料理人から伝言だよ」


 レオンハルトは私が膝を抱えて座っているソファの前のローテーブルにそれを置いた。


「卵たっぷりのケーキなんだそうだよ。セシルが限界までふわふわにして欲しいって注文を出したらしいじゃないか。ぜひ、味見をして欲しいそうだ」


 言いながら、ぱかんと蓋が開く。

 そこにはおいしそうなカステラ……みたいなケーキが乗っていた。

 黄色味が強くて、見るからにふわふわだ。

 見た瞬間に、お腹がぐぅぅぅ……っと鳴った。

 私はレオンハルトの澄んだ深いあおの瞳を見た。

 目の中に、金色の花が煌めいている。

 なんだか、強がるのが馬鹿みたいに、綺麗だ。


「……頂いても、よろしいの?」

「うん」


 レオンハルトは安心したような笑みを浮かべた。

 卵をたっぷり使ったケーキは、おいしすぎた。

 まず、口の中でとろけるように柔らかい。

 甘さが卵のうま味を引き立てている。

 シンプルだからこそ、素材のおいしさがわかる一品。 


「……とても、おいしいですわ。料理人に、お礼をいわなくては」

「うん」


 レオンハルトはどこからともなく茶器を出して、紅茶を入れてくれている。

 美しい所作も含めて、レオンハルトは完璧だ。


「ここからは僕の独り言なんだけれど」


 どんな宣言だ。

 でも、内緒話を聞くのはやぶさかではない。

 私はケーキと、淹れてもらったお茶に夢中なふりをした。


「君は、家族にとっては五歳のお姫様なんだよ。――僕にとっては年齢不詳なんだけれどね」


 なんか後半は失礼だな!

 でも中身に三十歳を飼っているのでその観察眼は間違っていない。


「卵の衛生管理を含めた生産についてなんだけど……。伯爵はリヒャルト殿や執事に助力を仰いでいたと思っていたようだ。そのリヒャルト殿は、伯爵や執事に。つまり、セシル自身が試行錯誤していたとは思っていなかった」


 ほ、ほぉぉぉぉぉ?


「だから、今回の増築計画が出た時に、リヒャルト殿が管理したらよい、と伯爵が結論付けた」


 あるあるすぎて、草ですわぁ……。

 期待されていない人がした仕事が、いつの間にかできる人の仕事として認識されているあるある。

 世界のたくさんある理不尽の中の一つ。


「今、セシルが一番優先すべきは、フェイ・ドラゴンの卵の孵化だしね」


 それは、違いない。

 孵化しなかったら、悪役令嬢モブとかの前に、まじガチで追放だと思う。

 取り巻きモブにすら入れないで追放ルートとか、怖すぎ。

 レオンハルトはさりげなく、私の横に座った。


「それに、この土地は随分と価値が上がってしまった。フェイ・ドラゴンが選んだ土地というだけで、誰もが住みたい領地になった。フェイ・ドラゴンの卵なんてコレクションとして欲しがる人がたくさんいるし、随分とこの屋敷はいろんな人に狙われている」

「んぐっ」


 さすがに喉にケーキが詰まった。

 すました顔でお茶を飲むと、レオンハルトは新しいお茶を淹れてくれる。

 し、知らなかったですわぁ……。

 でも今、強い人いっぱい屋敷にいるから、皆返り討ちに遭っていそうだ。


「リヒャルト殿が魔獣の襲われた件で調査に行っていたけれど、フェイ・ドラゴンの卵も狙っていたようだ。魔獣はドラゴンの卵を食べれば、力を得られるから。――伯爵は、いろいろお考えなんだよ。可愛い君を守るために、どうすればいいかを」


 お父様が私のことをとても大事に思ってくださるのはわかっている。

 けれど、やはり、一生懸命に育てた鶏舎おもちゃから離れろと言われるのは、納得がいかなかったのだ。

 そりゃぁ、おもちゃにしてはちょっとなんか違ったけれども……。


「セシルは、他にしたいことは無いのかな。何でもいいんだよ」


 レオンハルトの独り言は、とても有意義だった。

 まだ独り言が続いているのであれば、独り言で返さねばいけない。

 私はコホン、と咳ばらいをした。


「独り言ですけれども」


 くすり、とレオンハルトが笑う。


「まずいポーションをどうにかしたいですわ」


 ほんとうに、あれば生臭い水だった。

 しかし、ポーション生成には、権利保持者の承認が必要だ。

 粗悪なポーション流通を避けるため、ポーション生成権限というものが、結構厳格に定められている。

 一部の王族、神殿、魔塔所属の魔術師などが……権限保持者だ。

 というわけで、無理だけどさ。


「おいしいポーションを作りまして、煮出し終えた薬草は鶏の餌として再利用して、滋養強壮たっぷりの卵をまた売り出して……殻がするりと剝けるゆで卵として、ダンジョン前の販売所などに置いていただきたいのです。とにかく、とにかく、いろいろな卵料理を味わいたいですわ。鶏肉の流通も、もっと広げたいのです」

「うん」

「そして、お米も栽培してみたいのです。合鴨農法にすれば、合鴨の卵も手に入りますし……ため池が作れそうな土地を探して、お米の作り方も学びたいのですわ」

「うん」

「いろんなTKGを食べたいのですわ!」


 食べることは、生きること。生き残ること!

 追放されたとして、衣食住をどうにかする力は必要なのだよ。

 レオンハルトはさらりと言った。


「ポーションの生成権限なら僕が持っているから、申請書を提出してくれれば承認するよ。フェイ・ドラゴンが卵を産んだ土地での薬草栽培とポーションづくり。王族が絡んでいた方が良い」

「……ふぇ?」

「お米……に関しては、尋ねてみるよ。ちょっと待ってて」

「はぁ」


 いつのまにか、独り言が会話になっている。

 変な感じだ。

 レオンハルトが私の顔を覗き込んだ。

 すごく、すごく優しい笑顔だ。


「さぁ、仲直りの時間だね。経験から言って、意地を張る時間は短い方が良い。家族は、君にとって宝物でしょう?」


 光の玉が部屋をふわふわと舞っている。

 レオンハルトの淡い茶色の髪を、柔らかく艶やかに照らす。

 長い睫の中の、澄んだ深い蒼の瞳。

 あまりにも美しく、神々に愛されたのだろうなというくらいに、美しい。


 トゥクン……。


 胸がひとつ、高鳴った。

 なんですの、なんですのこれは。

 レオンハルトが柔らかく、そして真剣に言う。


「君と出会えて、本当に今が楽しいよ。ありがとう」


 その言葉は、まるで当たり前のことを言うみたいに優しかった。


 ドゥクン!


 心臓が、誰かに殴られたかのように痛い。

 ずっと誰かに叩かれている。

 顔も熱い、耳まで熱い。

 これは……。

 レオンハルトが私が食べ残したケーキの残りを食べている。

 そして私をみて悪戯っぽく笑った。


 心拍が上がって辛い。


 いやいやいやいや。

 私はまだTKGするんです!

 トゥクンとかは、まだ早いんですから~! と私は心の中で叫んだ。

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