17 部屋に引きこもってます
暗い部屋の中、ソファの上で膝を抱いて座り、私は硬いパンを齧った。
部屋のドアがドンドンと外側から叩かれている。
「セシル!」
お母様が泣き叫んでいる。
私はドアを睨みつけもしない。ただ、パンを咀嚼して飲み込んだ。
そう、私は部屋に引きこもっていた。
五歳児は癇癪を起しても、許されるでしょう! って、思ってる。
お母様には申し訳ないけれど。
内開きのドアのドアノブにはつっかえ棒を通して開かないようにした。
バルコニー側のドアも同様だ。カーテンをぴったりと閉めて、灯りも付けていない。
でも。
本気になれば、お父様達が入ってこれないはずはない。
だから、私の気持ちの整理の時間をくれていると思っている。
だからこそ、つらい。
時は、今朝に遡る。
早朝から自分で支度をして鶏舎に向かおうとしていると、部屋にお父様がやってきた。
朝、早すぎじゃないですか。
それに、この時間のお父様は、お兄様だけでなくレオンハルトやその護衛騎士たちの鍛錬の時間のはずだ。
驚きながらも招き入れると、お父様は言った。
「鶏舎に行ってはならない」
「どうしてですか?」
青天の霹靂。
ほぇ?
そんな表情でお父様を見上げてしまった。
お父様は優しく説明してくれた。
そして、私のせいだとわかった。
私の「鶏舎衛生改革」が成功を収めた(はず)なので、鶏舎の増築をおねだりした結果、私の手から離れたのだ。
つまり、リヒャルトお兄様がこれから指揮をしていくことになった。
なんたること。
なんたることだ!!!
土魔法による土壌改良、清掃の徹底、水場の改善、飼料の乾燥化。
管理を徹底した結果、当初は一日一籠だった卵の収穫量が最近は三籠に迫る勢い。
余った卵を領地内でプレミアム卵として販売も成功。
なんといっても、伯爵家の社交としても受け入れが良い。
この間のTKGの振る舞いで、使用人も含め屋敷全体が好意的な視点を持った。
おまけに、フェイ・ドラゴンの卵まで伯爵家預かりだ。
つまり、今、伯爵家に卵ブームが来ている。
私はパンをまた齧った。
まぁ、順当に考えて、次期伯爵であるお兄様案件の規模だ。
お父様の判断は、間違っていない。
でも、ちっ、と舌打ちが出たのは、誰もいないので許してほしい。
きちんと予算を計上して事業計画として提出までしたのに!
藁や水、使用人の給金まで含めてちゃんと計算して。
卵一個の原価を出して。
売り上げから純利益までざっくり(本当にざっくり)試算して。
さらに鶏舎増築の費用回収まで簡単だけど見積もりも出したのに!
だからこそ、わかる。
これは立派な、お兄様案件規模ですよ。
私はパンを握ったまま、はぁとため息をついた。
土魔法の施しも、実はもう毎日はいらないのだ。
レオンハルトと一緒に、素手で土魔法を土に流すことをしていた。
彼曰く、私は手袋に依存した魔法の流し方をしていたらしい。
効率の悪い魔力の使い方だと言った。
手袋の消耗も激しいはずだと、納得したようだった。
まず、魔力を土に流して、その反応を見るそうだ。
その反応から、何が、必要かを感じる。
もともと自然には自浄作用がある。
それが弱まっていれば、それを助けるだけの魔力を流す。
自浄作用が完璧であるのに、魔力を流し続けると、それが今度は毒になる。
魔法という栄養が無いと、循環できない場になるというのだ。
セシル・ノーテルは五歳ということを、皆お忘れか。
……ということは、置いといて。
この伯爵の敷地内は、すでにかなり浄化が進んでいて、自浄作用があるようだと言った。
なんでそんなことがわかるのかと聞けば、フェイ・ドラゴンの卵がくすんでいないと言った。
どれだけ私が傍で抱えていても、どうしても触れる空気に作用するらしい。
知らんけど、王太子殿下がいうならそうなんだろう。
簡単に言えば、ここを私はパワースポットにしたのだ。
すごくない?
でも、一銭にもなっていない。
もう、私が毎日土魔法を施す必要性がないのだ。
ただ、私みたいに魔力量が多い人間は(測ったことないから知らんけども)、魔法を流さないと魔力過多で体調を崩す。
なので、いろんな形で発散を覚えた方が良いそうだ。
フリードリヒお兄様から馬や剣を習わないかと言われていた。
もちろん、お願いしたい。
お父様はそれを誘いに来たのかもしれない。
けれど、私はパニックになってしまった。
お父様を追い出して、部屋に引きこもってしまったのだ。
そもそも、よ?
TKG作戦は、モブ令嬢である私が、巻き込まれ追放される際の、潤沢な資金集めのため布石だった。
私は、無一文で追放されるかもしれないのだ。
卵を通して、卵御殿を建てるくらいのことを想像していたのに!
「追放されたら、どうしたらいいの」
ソファの横に置いている、フェイ・ドラゴンの卵に話しかけた。
「どうして、モブの情報は無いの?」
……いや、モブだから情報が無いのか。
もっと設定情報が降ってくればいいのに。
セシル・ノーテルは、悪役令嬢の取り巻きをしながら、王太子の婚約者(仮)だったのか。
追放されたらどうなるのか。
「ていうか、卵の私の功績を、もっと褒めたたえてくれてもいいじゃない!」
私は卵を指でつついた。
「ねぇ。君だけでもわかってくれるよね?」
みんな、当然のように思っているけれど、努力したんだからね。
その時だった。
部屋の中央が、ふっと光った。
最初は小さな光だったのに、それはあっという間に広がり、光の繭みたいな形になっていく。
暗い部屋が一瞬で照らされた。
するすると、光の糸がほどけて空に溶けていく。
次の瞬間、その光の中心に人影が浮かび上がった。
「セシル」
光の残滓の中から現れたのは、レオンハルトだった。
まるでずっと探していたものを見つけたみたいな声。
この人は確実に、モブじゃない。
私が知らないだけで主役級の人だなと、目を細くして私は眺めていた。




