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1 TKGを知っているか

 私はセシル・ノーテル、五歳。

 グランディエ伯爵家の令嬢。

 ついでに言えば王族の血筋も持つ。


 つい先ほど、随分と好戦的な鶏に追いかけられて、豪快にこけた。

 額から地面にヒットした拍子に、どうやら私は『前世』を思い出したらしい。


 そう判断した理由は簡単だ。


(詰み確定では?)

 

 ……という言葉が、滑らかに脳に浮かんだからである。

 自然に出てくるはずない。


 ここは、たぶんプレイした乙女系ゲームの世界。

 沢山プレイしすぎて、タイトル覚えていなくてつらい。

 私はヒロインでもないし、悪役令嬢でもない。

 第二王子の婚約者である悪役令嬢の、取り巻きその一。

 しかも、物語の終盤で見事に断罪される悪役令嬢の巻き添えを食らう、取り巻きその一。


 前世が三十歳会社員だった私からすると、「連帯責任」がろくな結果を生まないことは知っている。

 だが、ヒロインを集団でいじめたのは(ゲーム上では)事実。


 突き飛ばして怪我をさせたり、教室に閉じ込めたり、悪評を広めたり、教科書を破いたり。

 そうした行為を複数名でやったのだから、犯罪だ。これはダメだ。


 恐ろしいのは、モブキャラなもので、追放されたその後の展開とか総スルー。

 つまり、生死不明。

 詰み、完全に詰み。


「お嬢様! 頭を打たれたのですね!」


 乳母が叫んでいる。

 こけた私が泣きもせず、そのまま仰向けになって空を見つめているものだから騒ぎ立てている。


「額を打ちました」

「き、傷がぁ! 婚約者も決まっていないのにぃ!」

「……」


 乳母が私の土がついた額を凝視しながら叫んでいる。

 大げさなと思ったが、確かに傷なんてあったら、良い縁談に恵まれなくなる。

 そんな強い思いが私の涙腺を刺激した。


 けれど、思い出した三十歳の私が顔を出す。

 良い縁に恵まれても恵まれなくても、断罪・追放されるんですよ、私。

 婚約者がいたかどうかもわからないくらい、モブなんですよ。

 なんだろう、すべての脇役に愛を送りたくなるこの気持ち。


 気を取り直して……。


 せっかく大枠のシナリオは知っているのだ。

 わざわざ詰む道を進む必要もないだろう。


 簡単に言うと、詰まないルートに入りたい。

 であれば……。

 王族と、悪役令嬢。

 この二者には関わらないと決めた方がいい。

 私は王族の血を引いているから難しいとしても。

 そ れ で も!

 できるだけ距離を取った方が良いのは確かだ。


 さらに……。


 現実的に考えると、自立できる将来設計が必要。

 つまり、自分でお金を稼ぐのだ。


 私は空に流れる雲を眺めた。

 女性にとって結婚がすべてのこの世界では破天荒な考え方だとは思う。

 だけどもだけど。

 断罪追放されても、生き残る術は自立である。


 このゲームは、魔法世界が舞台という設定だった。

 好感度を上げるために魔力を上げるミニゲームなどがあった気がする。

 全エンディングをコンプリして、追加シナリオをゲットするようなやり込み系ではないので、よく覚えていないけれど……。


 希望的観測を言えば「魔法無双」とか欲しいけど、私はモブ。

 しかも属性はストーリー的に残念とされた土魔法。

 雷や光など、カッコいい系では当然ない。

 火でもなければ、水でもない。

 属性二つも三つもある展開?

 もちろんない。モブだからね!

 戦闘向きではない地味属性で何が悪い。

 残念過ぎてつらいんだと、五歳の私が言っている。


 気を取り直して、整理しよう。


 モブとはいえ、私はある程度のストーリーを知っている。

 未来予測は簡単だ。

 十歳になったと同時に貴族が入学する魔法学園へ通えば、悪役令嬢の後ろをついて回る人生が確定。


 対策は、目立たず、生きていける道を作る。

 つまり、精神的・経済的な自立である。

 これしかないのである。


 私はスカートに付いた土ぼこりを払いながら立ち上がった。


 目の前には私を追いかけていた鶏がいて、こちらを睨んでいる。

 私に何の恨みがあるのかと聞きたい。


「お嬢様の美しい蜂蜜色の髪に土が!」


 私は鶏から目をそらさないまま、額や髪に付いた土に触れる。

 ざらざらして、乾燥している。

 踏み固められた道の土だから、ダイレクトに脳に衝撃が走ったのだろう。

 私はしくしく泣いているだけの乳母を見上げた。


「ねぇ、メリーアン。魔法の勉強は何歳からするのかしら」

「え? 魔法でございますか? 六歳からですが、勉強なんてしたくないと、今も逃げ出し……」

「……」


 妙な沈黙が落ちる。

 そうだった。

 座学が嫌いすぎて逃げ出して、買ってもらったポニーに会いに行こうとして、鶏に追いかけられたのだった。


 セシル・ノーテルは四人の兄を持つ、末っ子。

 随分と甘やかされて育った五歳。

 このままでは、悪役令嬢取り巻きへまっしぐら。


「……勉強に、戻りましょう」

「おいたわしや、お嬢様! 頭を打ったのですね!!!」

「……」


 前世の私はアラサー会社員だったが「地味な改善」がどれだけ仕事を変えるかを知っている。

 評価に反映しない、見えない努力だけどね!


 まずは、畑かから始めようかなぁ、と思う。

 土魔法にも応用の幅がある、はずだから。

 土壌改良。排水。保存。あと、建材……。

 そんな適正がありそうだ。

 土を少しずつ改良し、水はけを良くし、根腐れを防ぎ、作物の出来を安定させる。

 これって、農作物の収穫量が増える可能性があるのでは。

 商機がここにあるのでは!?


 ニマニマと笑っていると、鶏とまた目が合った。

 立派な雌鶏だ。

 厩への通り道に鶏舎がある。

 その横を通ったら、放たれていた鶏に追いかけられたというわけで。


 こいつは攻撃的とはいえ、奴が産んだ卵は屋敷に新鮮な食材として届く。

 オムレツ、キッシュ、ポーチドエッグ。

 あ、あれが無い。

 炊き立てご飯と、お醤油でいただく、あれ。


「……たまごかけごはん……」

「たまごかけごはん……?」


 乳母が額にいっぱい皺を寄せて、私を心配そうに見ている。

 この世界には、TKGたまごかけごはんがない。


 ふむ。


 私は考えた。


 まずは、鶏舎改革はどうだろう。

 この世界では、卵は生で食べないものだ。

 衛生的に問題があるから、とかではなく食べる習慣がない。

 この判断は、正しい。危険だからね。


 だったら生で食べられる環境を作ったら普通に強い。

 鶏の飼育環境。

 飼料。

 水。

 糞尿処理。

 害虫。

 温度と湿度。

 土魔法で一つずつ最適化していく。


 正直、地味だ。派手さは一切ない。

 できるかもわからない。


 だけれども、誰かの取り巻きになって、善悪の判断が付かないようなことをしでかすよりもいい。

 地味、万歳。


 私はセシル・ノーテル、五歳。王族に連なる血統を持つ伯爵家の令嬢だが、モブである。

 食を制せば、生き残れる。

 追放モブから、キャラ変します!

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