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悪夢王・窮奇

「人、全然いないですね。」


公園の砂利道を踏みながら悠は言った。


「…そう。二人きりね。」


意味ありげに振り向いて、怜悧さを感じさせる鋭い視線を、肩越しに送る瑞羽。


「…超絶キショいです。」


飾り気のないゴムバンドでまとめられたポーニーテールが翻って、遊歩道を進んで行く。

ややムスッとしながらも悠は、黙ってついて行く。

自身に対する、あからさまなセクハラ行為が常態化していくのは恐怖そのものでしかなかったが、今この状況で頼れるのはこの、たぐい稀な美貌を誇る女子高生、蔵岡瑞羽しかいないのだ、と自分の心に言い聞かせた。

いつか、この“神々の戦い”の事について、十分に詳しくなり、力も身に着けたなら…

この変態と別れよう。

彼女はそう、考えた。

そんな思考を頭の中で、砂利道を踏みしだく音が鳴る中、廻らしているとやがて…


「居ないわね。」


瑞羽が声を上げた。

悠は首を傾げる。

二人はこの自然公園の出入り口に辿り着いていた。

周囲の静寂と同様に、誰もいない。

約束の通りであればこの時間、王洪健が待ち合わせて、立っている筈だった。


「…トイレ、かな?」


悠は口を開く。

内心、変な薬を飲んでお腹を壊したのでは、と心配になる。

始まりのあの日、ショックで気分が優れなかった悠に、洪健は薬をくれた。

漢方薬の様なその丸薬の効果は適面で、あっという間に気持ちの悪さが消えた。

あまりの効果の高さに、おかしな成分でも混ざっていたのでは?

と後から不安になる程だった。


戸惑う悠に、瑞羽は顎に手を寄せ、言う。


「トイレは公園の中にあるのよ。もしそうならすれ違っていても、おかしくないと思うけど…」


「確かに…」


瑞羽は注意深く周囲を観察しながら、門へと近づく。

彼女が着ている、明るい色調のワンピースが風になびく。

悠は親のお仕着せの、地味な上着の袖を握った。


「……!」


何かを発見した様だった。

門をくぐり、悠はその隣へ駆け寄る。


「……。」


瑞羽は思慮深そうに沈黙して見つめる。

二人の視線の先には、木製の門がある。

その表面に刻まれた無数のひっかき傷。

近所の悪童や、不良の悪戯とは考えられなかった。

発情期を迎えた野生の獣が、暴れ狂った跡。

その様にしか考えられなかった。

…更に奇妙なのはその周囲が水と見られる液体でずぶ濡れになっていた事だった。

近所一帯には川もなく、水道も、公園の中を少し行った中央付近にしかない筈だった。

悠がそんな風に考え込んでいると、瑞羽が出し抜けに叫ぶ。


「悠、上!」


「…またまたぁ…」


呑気にそう応じる悠の手を取り、駆け出した。


「!?」


悠はわけも分からず走りつつ、上空を見上げ、目を見張る。

そして絶叫した。

空全体を埋め尽くす程の、顔。

ニヤリと笑う巨大な一つの顔は、仮面舞踏会の仮装の様に、非人間的な冷徹さをもって二人をあざ笑い、見下していた。

不気味な道化師の顔。

悠はそう思った。


…手を引かれるままに無言で息を切らし、進む。

門の付近の水浸しになった場所。

そこから点々と、水がこぼれた跡が続いていた。

引きつった様に見える“顔”の下、二人はその跡を辿って進み、やがて茂みの陰の窪みに、水が溜まった場所を見いだした。

瑞羽は言った。


「入るわよ。」


「え?」


狼狽える間もない。

瑞羽は盛大にジャンプし、脚から飛び込んだ。

銀色に光る、肩幅の倍ほどの広さの水溜りへ。

後に残された悠はひたすら狼狽してたじろぐ。


「……!」


やがて意を決して一歩を踏み出した。

瑞羽が姿を消した奇妙な溜め池へと。

上空から奇怪な笑い声が聞かれた瞬間、鼻をつまんで息を止め、一気に縁より跳んだ。

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