狐の窓
「瑞羽さん、私に任せて下さい。こいつ多分、銃とか効かないよ。」
砂鉄を溶かしたスライムの如き、奇怪な粘液状の怪物を前にして、洪健が声を軋ませる。
チラリと横目を走らせた後、瑞羽は銃を構え直して言う。
「うるさいわね、分かってるわよ。まさか銃だけで、肉裂き怪物共と闘っているわけないじゃない。」
彼女は右手に持った拳銃と、左手の親指と人差し指を組み合わせ、四角い“窓”を形どった。
食い入る様に洪健と悠がその光景を見つめている。
「……。」
“狐の窓”だ。
悠はそれを見て思った。
小学校中学年だった頃、学級のクラスでそれが流行ったのだ。
“目に見えない妖怪”の姿が見える、との触れ込みで、またたく間に児童の間に流行して、そしてすぐに廃れた。
結局“妖怪”の姿を見たものは一人もいなかった…。
痛々しく沈黙だけが過ぎる中、粘液状のそれが一気に動き出した。
捻れ、渦を巻く様に突出し、多数の触手と目玉模様をブルブルと震わせて、その先端は瑞羽達に伸びて迫る…
「息壌…!」
悲痛な声が、瑞羽の口の端から漏れた。
悠は彼女の横顔を垣間見た。
蔵岡瑞羽の美しい、整った容姿の横顔を。
泣いていた。
遠い過去のトラウマが蘇ったかの様に肩をひくつかせ、涙を流して、彼女は泣いていた。
「!」
意を決したかの様に、彼女は両手で形作った“窓”をほんの少し、前へと突きだした。
架空の“窓”越しに、怪物の姿をしっかりと見据える。
スライム状の化け物の中央部が四角い窓の形に、ごっそりと削られて、空間から消失した。
抜け落ちた虚空の縁より、おびただしい量のヘドロじみた液体が、あふれ出して床に流れ広がっていく…。
「あぁ!」
洪健は叫んだ。
悠は、握り締めた自分の両手の平が汗ばんでいくのを感じた。
状況が掴めず、ひたすら狼狽えている様子の透子をよそに、二人は身を寄せ合った。
三人を庇うように背後に匿いながら、瑞羽は少しづつ後退する。
「王君、“掃除”をお願い!」
彼女は叫んだ。
「あっ、はい!」
洪健は驚いた様に答え、そして両手を前へ突き出した。
「ミーミルよ!」
彼がそのままの姿勢で唱えると、その両手から清水が湧き出す。
悪夢の如く汚染された店内が、銀色の輝きを放つ清流によって清められていった。
中央部を失った不定形の怪物は、力を失ったかの様に萎び、縮んで、やがて見えなくなった…。
「何ですか?どうしたんですか?水?」
「……。」
透子が矢継ぎ早に尋ねる。
その頭上から、黒光りする粘液の塊が降ってきて、彼女の頭に覆い被さった。




