硝煙の向こう側
少女の手に握られ、高々と掲げられた手榴弾。
悠が見つめる中、それは忽然と消えた。
瞬きする間もない、ごく短い一瞬の間に、それは消失した。
少女は両腕で頭部を覆っている。
悠が戸惑い、彼女の様子を伺おうと、少しだけ回り込みかけた瞬間。
凄まじい破裂音が響いた。
ギョッとして悠は耳を押さえ、尻餅をついた。
「…立って。逃げるわよ。」
冷酷無情な響きで、ポニーテールの少女は言う。
へたり込む悠に対し、手を貸すでもなく、超然とした眼差しで彼女を見下ろしている。
「あ、あわわ…」
まるで小説の登場人物の様に、悠は口をパクパクさせた。
すぐ先の光景を目の当たりにして、愕然としてただ震えている。
奇怪な顔の無い怪物。
“舌”の様な、べとついてヌラヌラ光る、妖しげな器官を伸ばしていた頭部が、もう無い。
内側から破裂したかの如くに、そこにはもはやグチャグチャに波打つ断面しか無い。
ぶよぶよとした灰色のゼリーを思わせる塊や、分散して尚、ウニョウニョと芋虫の様に蠢き続ける触手の群体が、そこら中にばら撒かれていた。
「うぅ…」
キーンという高い音が、頭の中で鳴り続けている。
悠はへたり込んだまま、口を押さえた。
胃袋を下から突き上げる様な嫌悪感。
吐き気と目眩が同時に、彼女の精神を根本から揺さぶった。
「…助かりたくないのなら、このまま置いて行くわ。」
悠は、超然とした態度で尚も彼女を見下ろす、少女の顔を見上げた。
「……。」
言葉が出ない。
美しくも、苛烈な顔だった。
それは西部劇のガンマンの様な…
何度もヒトが生き死にする様を見てきた者の面持ちだった。
彼女は冷徹な口振りで続ける。
「貴方が“死にたい”と願うなら、それは否定しないわ。だって生きていれば良い事も悪い事も両方あって、悪い事の方を重く見るなら、死ぬのが正解なんだって、私そう思うもの。」
人形の様に整った顔を傾けて少女は言う。
「…どうするの?私こういう事には慣れているから、直ぐに決断して。死にたいならこの場で殺してあげる。貴方みたいなのを何人も見てきた。限界を超えた恐怖を垣間見た者はね、時折“壊れる”の。」
悠はただひたすら、恐れおののいて地べたに座り込んだ。
雄弁に語る少女の言葉の一つひとつを聞き、それでも尚、指先一本すら動かなかった。
やがて少女の顔が、心がない人形を見る様な目付きに変わった。
いつの間にやら、重厚な造りの拳銃を手にしている。
ガチンと硬質な音を響かせて、安全装置が外された。
「………!」
モデルガンではない。
実銃だ。
悠はそう直感した。
汗がたらりと一雫、頬を伝って流れ落ちるのを皮膚の感覚でもって感じる。
少女はゆっくりと銃口を悠に向け、狙いを定める。
声も音も無いまま、彼女は少女の、虚無の孔の様な、漆黒の瞳を見つめた。
「…せめて安らかに逝くが良い…!」
引き金に指がかけられ、力が込められようとした瞬間。
「住手!」
少女に組み付く、一人の影があった。




