無明
「瑞羽さん、見てて下さい。」
自室のベッドの上に腰掛けながら悠は、左腕の長袖をまくり上げてそう告げた。
消失した小指の跡地に治癒中の、ピンク色の肉の盛り上がりが痛々しく被さっている。
「……。」
瑞羽は床の上で黙ったまま、彼女の姿を見つめている。
…悠の左腕には肘から手首にかけてきつく、白い包帯が巻かれている。
瑞羽の目の前で彼女は工作用のカッターナイフを、枕元の道具箱から取り出し、そして包帯越しに腕をさすって言う。
「ここから血を流すのが一番安定するんです。良く火が燃えます。しかも、私が“燃えろ!”と念じたモノしか燃えないんですよー!」
そう語ると同時に、包帯を留める金具が外されて、赤い血を吸った包帯がぱらり、とフローリングの床に落ちる。
「……。」
覆いを解かれた彼女の左腕が、瑞羽の目を引いた。
その表面にはまるでバーコードの様に、刻んだ跡がある。
完全に治って塞がった傷は一本も存在しない。
全ての傷が、受傷した直後であるかの様に湿気を含んだ生命そのものの色を露出させて、咲いていた。
生々しく刻まれた縞模様が視覚を通じて、痛みという信号を直接、精神のうちに伝えてくる。
それを一瞬だけ眺めた後、ゆっくりと立ち上がって悠の右隣に座った。
少し身を乗り出して、痛々しい傷が並ぶ左腕に触れる。
「悠、駄目よ。そんな力の求め方をしては。親から貰った身体を、大事になさい。」
目をパチパチして、悠は瑞羽を見つめ返す。
一番意外な人から、一番意外な言葉を投げかけられたかの様に。
差し伸べられた彼女の手に、悠自身の右手が重ねられる。
「…瑞羽さんは、どうやって“影”の使い方を覚えたんですか?強くなる為にはどうすれば…?」
「流れ込んでくるのよ、神様の方から。必要な時に、必要なだけ。」
「それはどんな感じなんですか…?」
「そうね。」
蔵岡瑞羽は聡明そうな瞳で悠の顔を見つめて、そして小さな身体を全身で抱きしめる。
「…可愛いわね、悠。本当に可愛い。」
耳元で囁く。
「小さくて可愛い悠。危険を恐れないで。それが大切。危険を恐れるのではなくて、危険を知るの。」
「勇敢さは最も尊い美徳よ。臆病では何も出来ない。家を諦めて、道を知るの。私達の死ぬ日も、死に方も、全て運命を司る女神によって決められているのだから。」
「瑞羽さん…。」
「その時が来たら、神様を、受け入れるの…。」
密着した体勢のままで二人は、絵画の中の人物の如く、身動ぎもしなかった。
そして…
コンコン、とノックの音がした。
ハッとした様に彼女らは離れる。
間髪を入れずに子供部屋のドアが開かれ、悠の母親が現れた。
「悠、友達。」
げっそりした、やつれた顔で、彼女は告げる。




