這い寄る狂気
「私が、殺した。」
悠の頭の中を、様々な想いが駆け抜けた。
ありとあらゆる考えが、若い心の縁を揺さぶった。
抱えきれない程の感情が、自我の中心から溢れて零れ落ちる。
「私のせいだ…」
私のせいで、私が要らない事をしたせいで、私が“神話の世界”なんかに首を突っ込んだせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで…
母親が取り込まれ、醜い化け物に成れ果てた。
そして…
「私が殺したんだ!」
…そう言葉を吐いて、血を流す自分の左腕に目を落とした。
「そう。君のせいなんだよ。」
先程まで蔵岡瑞羽の姿で語りかけていた、それ。
おぞましく蠢く、病変じみた触手と肉腫に覆われたそれは、その本性をあからさまに現して、悠に語り掛けた。
「渾沌…!」
怒気を含んだ強声。
紛れもない本物の蔵岡瑞羽が脅迫的な表情で、それを狙って拳銃を構え、同時に床に座り込む悠を見下ろしていた。
その隣ではメイド服姿のクイナが、鋭いダガーナイフを逆手に持ち、構えている。
「そんなモノで私を殺せると思っているのかい?」
這い寄る狂気、渾沌は言った。
「そうね。」
と瑞羽。
「少なくとも、痛い思いぐらいはするんじゃない?あなた、“本体”でしょ?損傷しちゃうのは不味いんじゃないの…?」
クツクツと不気味な笑い声が聞かれた。
そして渾沌は言う。
「…確かに、遊びもこれまで、と言う事だな。面白かったよ。小さい子供の、こう言う表情は堪らん。壊れる寸前の。僅かな救いを求めて、傷付いた手を伸ばす瞬間のこの顔が。君の、その顔が見たくて。」
そう言った後、化け物の姿は薄れ、やがて薄暗闇に消失した。
「……。」
「悠!」
クイナはしゃがみ込んで、自傷を続けようとする小さな少女に向かい合った。
「駄目よ…。」
冷酷かつ、無情な一声。
クイナは振り返る。
彼女と悠を冷たい目で見据えながら、瑞羽は言った。
「悠自身に選ばせましょう。生きたいのか、死にたいのか。手を差し伸べては駄目よ。」




