内側への崩壊
振り返った母親の顔。
…内側へ、潰れている。
まるで、真っ二つに割られた、イチジクの断面。
外側からぶよぶよと、コードじみた繊維が中心を目指して集まる。
奇怪な、生々しい肉の色をした正体不明の組織の塊。
真ん中に、密集して集まるジャガイモの芽の様な数多の突起が、腐肉に涌いて蠢く蛆虫の群れを思わせた。
「ーーーっ!」
悠は叫んだ後、口を押さえた。
ゴシック・ロリータ衣装の、首に巻かれた黒いチョーカー・リボンが、突然息苦しく感じられた。
真後ろに後退る。
乾いた靴下の擦れる音が、微かにする。
がちゃん!
母親が左手を振るった。
耳障りな金属音を響かせて、食器や調理器具が床に落ちて散乱した。
「ふしゅっ」
滅茶苦茶に塗り潰されたかの様な、血肉を思わせる色の組織に侵食された顔から、生臭さを想起させる、吐息めいた空気が噴出する。
「…!」
夕暮れと呼ぶにはまだ早い。
薄明るく、寒々しい光が窓の外から忍び込んで、その惨状と、怪異な変貌を遂げた母親の顔におぞましい陰を落とす。
かつての優しい面影を残すどころか、人間らしさも、生物らしさもなく、ただひたすらにグロテスクの精神を体現した造形に悠は、暗黒の深淵を見た。
…そして、振り上げられた右手。
包丁を握り締めた指の一本一本に、タコの吸盤の様な粒がビッシリとこびりついているのを確認して、悠は堪えきれずに、今際の際の様な一息を漏らした。
…目無くしてその顔は視線を飛ばす。
中心に向かって蠢く肉腫の塊と化した母親は、その手を見えない程の速さで振った。
鋭利な凶器が風を切り裂いて飛んだ。
一瞬の間に、硬く鋭い刃先が、悠の足元の床に突き刺さった。
…ほんの少しの、放心状態。
数秒後、彼女は見下ろす。
熱く濡れた感触が指先を伝わり、床へとボトボト落ちている。
左手の小指が、根元から切断寸前に至るまで、抉られていた。
「……!」
フッと意識が遠くなった…。
「!」
誰かがいた。
何かが、彼女を立たせた。
静寂の中、聞こえ続ける耳鳴りの様に。
見知らぬ何者かが、彼女の傍らに立ち、囁いた。
「 …!」
悠は気を持ち直した。
右手を握り締めて、“母”に向き直る。
彼女は言った。
「悪よ、退き給え。道理よ、聞き給え。」
舌が踊り、流れる様に、言葉があふれ出た。
彼女は言った。
「北の暗黒の極致へ、至る極北の死の地へ。悪よ、退け。」
「私の心がうねり、嵐の怒りを招く。」
…床にこぼれ落ちた、悠の血液が発火して、爆ぜた。




