夢幻の向こうへ
「えぇ…アレに、近寄るんですか…?」
悠が愕然と立ち尽くしたまま言う。
瑞羽はゆっくりと彼女の方を向き、尋ねる。
「悠、いい加減にしないと、殺すわよ。」
…湿気を含んだ雪礫を、ギュッと握り固めたかの様な冷たい声。
悠は一瞬で凍りつく。
瑞羽は何処からか愛銃を取り出して言う。
「…一体貴方は何をどうしたいの?“逃げない”事を選んだんじゃないの?闘う力と、知識が欲しいのでしょう?こうも弱気を立て続けに聞かされたんじゃ、こっちのメンタルが保たないわ。」
ガチャ
重々しい、安全装置が外される音がした。
「やっぱり殺そうか?」
「……!」
悠は慄然として、背筋をピンと伸ばす。
そして言った。
「…行かせて、下さい…。」
消え入るような声。
しかし瑞羽はハッとした様に瞬きして、そして安全装置を戻した。
「行きましょうか…。」
洪健とクイナが無言で近づいてくる。
瑞羽は愛銃を何処かにかき消し、右腕を彼らへと差し出した。
「……。」
三人が合わせて右手を差し出すと瑞羽は、少し寂しく微笑んで頷いた。
「…行くわよ。」
一瞬の後、悠はあの不思議な落下感へ、自身の身体が包まれていくのを感じた…
…目の前に伸縮する皮膚が現れた。
擦りむいた傷口が塞がり、カサブタが剥げ落ちた跡の様な、テラテラと妖しく光る表面。
一瞬で広がり、また収縮する。
伸縮を繰り返す各中央に鱗めいた一片が、置き忘れられたかの如くに埋め込まれている。
悠はしばし、視覚と立体感のスケールの落差に呆然となった。
瞬時に、クイナの鋭い声が赤い空間に響いた。
「祝原悠、落ちない様に気を付けな。」
慌てて周囲を見回す。
荒涼とした大地を上から見下ろす形となって、悠は叫びを上げた。
「危ない!」
洪健が彼女の手を取る。
ゴシック・ロリータ服の胸を押さえて、悠は激しい動悸を制した。
灰色の雲の上に乗り、四人は宙に浮いていた。
「気を付けて、この高さじゃあ助からないよ、子猫ちゃん?」
クイナはそう言い、ブーツに仕込んだサバイバル・ナイフを、身体を捻って取り出す。
人差し指と親指で柄を挟み込み、眼前の巨怪な化け物、蜃の頭部めがけて狙いを定める。
投擲の瞬間、彼女は一言を発した。
「雷光一閃!」
世界の時が止まったかの様な一瞬が訪れた。




