エクレシア
「…タバコ、吸って良いかな?」
さほど長くない髪を紫色に染めたその女はそう言って、悠達の答えも待たず、エプロンドレスのポケットから、ライターと煙草の箱を取り出した。
「どうした、少年?モジモジしてるな。」
着火した紙巻煙草を咥え、紫煙を吹きながら薬師丸クイナは問うた。
「いや…」
王洪健は、キョロキョロと室内を見回す。
そこは彼らが住む地方都市には似つかわしくない場所。
真新しい雑居ビルの中に構えるコンセプト・カフェ、「金枝篇」。
水銀燈を模したランプが照らす店内には、様々な品々が繊細な感性で配置され、展示されている。
謎めいた実験器具、球状関節ドール、ビクトリア朝時代の骨董品のレプリカ。
金属の部品や、鉱物標本。
ゴシック・ロリータ、スチーム・パンク、錬金術、オカルト。
ありとあらゆる“黒い”美学で埋め尽くされている。
重厚な黒壇風のテーブルを挟んで、クイナと瑞羽、そして悠と洪健はソファーに身をうずめている。
洪健はためらいがちに、しかし興奮を抑えた上ずった声で言う。
「…良いと思います、この雰囲気!」
「おっ、嬉しいねぇ。」
店主、薬師丸クイナはカチューシャを着けた、不健康そうな青白い顔を傾げて微笑んだ。
「それで、私がまたこの格好させられてるのってどういう意味なんです…?」
漆黒のゴシック・ロリータ服を押し着せられている悠が怒気を孕んだ声で言った。
「いいじゃない。似合ってるわよ、可愛い。」
瑞羽が愛しい人形を“愛でる”様な目付きで見て、そう言う。
「キショ杉!」
「薬師丸さん。」
洪健が目の前のカップに注がれた、コーヒーの液面に目を落としつつ尋ねる。
「こんな昼間にお邪魔して、良いんでしょうか?ここってカフェですよね?」
「あー、それね。」
ガラス製灰皿に煙草の先を押し付けながらクイナは答える。
「良いのよ。ウチは深夜帯にしか営業しないからね。そう言うコンセプトなの。夜っていうのはね、“悪夢”の時間。そんな時を、皆で寄り集まってやり過ごそうって言う、そう言うお店。」
「悪夢…?」
悠が呟く。
「そう。悠、“悪夢”はこちらに感づいているわ。」
意味ありげに、クイナに目配せをした瑞羽。
程々に冷めたコーヒーを一口すすって言う。
「この子達に悪夢の狩り方を教えてあげて貰える?」
「良いねえ。」
立ち上がって、今までの気だるさが嘘のように、軽快なステップを伴って歩いて行くクイナ。
やがて一つの、旅行鞄の様なアタッシュケースを持って戻って来た。
「悪夢を狩るにはいい季節だよ。秋の収穫を“狩り”に行こうじゃないか…?」
剣呑な瞳で見上げられて、二人はたじろぐ。
ケースの中身が、目の前いっぱいに広げられる。
サバイバル・ナイフやボウガン、トマホーク。
ありとあらゆる物騒な凶器が入っているのを見て、悠はゾクリとした感覚を味わった。




