悪夢への道
「どういう事?」
瑞羽は風呂上がりの、しっとりとしたロングの黒髪を傾げて言った。
洪健は言いづらそうに言葉を詰まらせながら続ける。
「…私は世界を行き来する術を身に着けた…しかし…その“道”を閉じる術を知らない…彼らはその残された“道”を辿って、こちら側に入って来るかも知れない…」
「…あんな化け物が…!?」
驚愕して、悠はおののく。
彼女はあちら側で見た“顔”を思い出した。
空を覆い尽くす程の、巨大なそれ。
視覚が狂ったのではと思いたくなるくらい、遠近感が桁違いで、グロテスクだった。
怯える悠をいなす様に、瑞羽は答える。
「…その点は問題ないと思うわ。」
程々に冷めた紅茶を、注意深くゆっくりと口に含んで言う。
「彼らダエーヴァは、物質的な肉体のない霊的な存在よ。神話領域にしか存在できない彼らが、こちらの世界に侵入して来る事は、まず不可能だわ。」
「……。」
尚も浮かない表情でいる洪健をよそに、瑞羽は悠に告げる。
「さて、本当なら私が拠点にしている“組織”を紹介する手筈だったんだけど…今日は身体も濡れて負担になったし、風邪を引いてしまうのも不味いわね。明日にしましょう。悠、今日は泊まって行きなさい。」
「嫌です!!」
…結局、瑞羽が引き留めるのも構わずに悠は、濡れた自分の服を紙袋に入れ、ゴシック・ロリータ衣装のまま帰宅した。
身の丈に合わない目立つ格好のせいで、近所中の注目の的になってしまった。
「あらぁ、悠ちゃん、その格好どうしたの。ハロウィン近いからなの?」
お隣のオバサンと鉢合わせしてしまった…
「いや、そういう訳ではないんですが…」
「隣の彼はボーイフレンド?良いねぇ。」
ニヤリと笑っておばさんは、買い物袋を引っ提げたまま歩き去った。
「……。」
家まで送ると申し出て、ついてきた王洪健の隣で、悠は何故かしょんぼりした様子で佇んだ…
「もうここまでで良いわ…。家まであとちょっとだし。」
「そう。」
洪健は若干名残惜しそうに、足でアスファルトの地べたを搔き回して言う。
「ねぇ、最近良く寝てる?」
「まぁ…多少はね。」
「…そう。じゃ、また明日。」
意味ありげな微笑みを浮かべた後、洪健は立ち去った。
「……。」
一瞬の後、悠は半歩踏み出して叫んだ。
「職務質問されるなよー!」
後ろ手に手が振られた。
「……。」
悠は、トボトボと見慣れた道を歩き、自宅に辿り着いた。
真新しい、白い壁の一軒家。
祝原、と書かれた年季の入った表札だけが、この家が歩んできた年数を物語っている。
「ただいま…」
ドアを開けると、掃除機を持った母親と目が合って、お互いに固まってしまう。
うぃぃぃん……
スイッチを切って彼女は言う。
「悠。何か、悩んでる事でもあるの…?」




