第8.5話◆相棒
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俺が自室で、毛糸の玉を投げると、一つ頭のただの犬となったケルベロスが、一生懸命追いかけていき、咥えて戻ってくる。
「よしよし、良い子だ────ケルベロス」
「ワンッ!!」
仔犬ほどの大きさのケルベロスを抱き抱えて、顔を擦り付けると、モフモフとした身体から香ばしい匂いがする。昨日は風呂を嫌がっていたが、入れてやって正解だったな。
俺は、前世で幼い頃に飼っていた犬を思い出していた。名前は────なんだったか。
父親が、突然「相棒が欲しい」と言って連れて帰ってきた……のだったかな。前世の幼少期の記憶は、もうすっかり曖昧になったものだ。
あの頃の父は、事業が軌道に乗らず苦労をして、何処か孤独だったのかもな。そんなことをぼんやりと考える。
「でも『相棒』はないよな────ふふふっ」
「クゥン……?」
毛糸玉を投げる手を止めて、思い出し笑いをする俺を、何も分かってなさそうな、あどけない表情でケルベロスが覗き込む。
俺はまた毛糸玉を投げると、ケルベロスは夢中で追いかけて、拾って得意げに咥えてくる。そんなことを何度も繰り返す。
そういえば、おばあちゃんも可愛がっていたな。一緒に散歩に出掛けて────
そうだ、近くのスーパーのキッチンカーで、たこ焼きを買ってくれてベンチで食べたんだっけ。
あれは秋頃か。暖かくて美味しかったな、懐かしいな────。
「会いたいな──────」
急に感情が込み上げてくる。転生してからというもの、そうそう思い出すこともなかった前世の記憶が蘇り、気がつけば涙が溢れていた。
不思議そうにこちらを見るケルベロスを抱き抱えると、ケルベロスが涙を舐めてくれた。
「『相棒』か…………」
「ワンッ──────」
「ふふ、可愛いな。お前も──────」
寂しかったんじゃないか────?
胸に閊える何かが邪魔をして、言葉にできなかった感傷を、悟ってくれたかのように、ケルベロスは俺の胸に飛び込んできた。
父さんも、こんな気持ちだったのか────?
もはや答えを知るべくもない問いは、行く宛もなく、ケルベロスと俺しかいない部屋に、静かに溶けていった。




