第30話◆オークキング
◇
「はあっ……はあっ……何だ、彼奴は……。
【夜の王】など……聞いたことも……」
腹心のジェネラルは殺されたことだろう────確信に近い予感にオークキングは身震いする。しかし一刻も早くここを離れねばいけない。立ち止まれば死ぬ、振り返れば死ぬ、オークキングは強迫的な死への恐怖から、生存本能のみで敗走した。
「くそっ……くそっ……。
せっかくジェネラルと出会い……頂を獲れると……魔王になれると思ったのに……
あんなもの……厄災ではないか……完全に……見誤った……」
足音が大きい。オークキングの視界はぼんやりと前方のみに狭まり、木の葉が夜風に揺れる音にさえも恐怖し、足を早める。
「終わる……終わってしまう……せっかく、せっかく耐えてきたのに……嫌だ嫌だ嫌だ。
転移は……転移はできないものか……」
詠唱を試みるが、喉が引き攣り、声が震えて言葉が滑る。それよりも立ち止まって息を整えること、この場に留まることがもはやできない……。
「ほっ……おっ……押し潰されそうだ……」
────ガサッ
「ガアアアアアアアアッッッ────!」
物音に思わず振り返り、半狂乱で腕を振り回すが、そこには誰もいない。月夜の静寂のみが森に広がっていた。
「嫌だ……死にたくない……嫌だ……終わりは嫌だ……ひやだぁああああああああああ」
オークキングは再び駆け出す。脚がもつれるたびに威厳が砕け、転ぶたびに野心が零れ落ちる。それでも生き残るため、種の本能で前へと進む。
息が上がり、これ以上は進めないと、草むらへと身を潜めて僅かに息が整う頃。頭は平常時よりも冴え、ある種の冷静さを取り戻す。
「ハアッ……ハアッ……ハアッ……彼奴の目────何処かで……何処かでっ……見たことがっ……」
「────何じゃ、空間転移はせんのか。
召喚できるなら、自らを転移させるくらいはできるものかと思っておった。
お主の肩に掴み掛かったままの我の左手から、糸のように靄を繋げれば、異空間か、或いは転移先から引き摺り戻せるか、仮説を検証しようと思ったのにのう」
目の前にはルナがいる。息を荒く乱して飛び上がるオークキングに対し、ルナは息一つ上がっていない。その眼差しは──深淵。
「こっ……殺さないでっ…………」
「────随分と可愛いらしい命乞いじゃのう。
我のような可憐な見た目なら絵になったかも知れん」
ルナが目を細めて微笑むが、瞳の奥は暗く、底が見えない。ルナの真意が読めず佇むオークキングに、ルナは、静かに問いを投げかける。
「では尋ねるが、あの時──ジェネラルが、我の四肢を切り落としたとして、お主が我を凌辱せんと見下したその瞬間、同じような台詞を我が云ったとしよう。お主はそれに耳を貸したと思うか?」
ルナの瞳の奥が蒼く、深く、沈む。
瞬間、オークキングの背筋が凍てつく。
「それが答えじゃ──────」
「あ……ああ……あっ…………
わああああああああああ──────」
オークキングは再びルナに背を向けて駆け出す。
「おいおい、そこは王の威厳で覚醒して、我をギリギリまで追い詰めるところじゃろう────」
◇
オークキングは走りながら、肩についたルナの左手を振り払おうとする。しかし、掴まれている感覚はなく、振り払う手も、靄のように透過しており、すり抜けてしまう。
「味方に……私めを貴女の……【夜の王】の配下に……。
ダメだっ……そんな幕引きを聞き入れる相手ではない……死にたく……ない……終わりたくない……」
走りながら独り言を呟くオークキングの脚を、何かが掬う。
ドザァッ──────
オークキングの脚を払ったのは、ルナの放った右手だった。悠々と歩みを進めるルナが、オークキングへと近づく。森の静寂に響くのは、迫り来る死の足音────。
「────王の弱さは大罪じゃな。
こんなゴミ、ハイディアとは別物と理解していながら────王を騙る紛い物が、配下を捨て敗走した挙げ句、惨めな姿を晒すなど、見ていて不快極まりない」
「ガラアアアアアアアアアアアッッッッ!」
オークキングが鼻血を出して地に膝をつく。その場に二十体ほどのオークが召喚される。纏う魔力は通常のオークとは比較にならない。オークキングの血を分つ子息を転移召喚したのだ。
「行けっ……我が子たちよ……奴の首を討ち取れっ……」
「召喚に命を賭したか────。ようやく腹を括ってくれたようで何よりじゃ。
少々遅かったが、その心意気や良し。我も全力を以って殲滅してくれよう────」
ルナがオークキングの子息を千切っては投げ、千切っては投げ、蹂躙していく。オークキングは隠蔽魔法を使い、もう一体、オークキングに似た赤黒い異形のオークの少年を召喚する。
「はぁ……はぁ……もう余は動けん…………
『ガロ』……お前は我が子の中で、一番余を慕い、高い知性と才を持つ……。
誰でもいい……なるべく強い者に……応……援を……っ。
奴は……奴らは……夜の王……ハイディア……本物の魔王……。
頼む……余を……救っ……て……」
ガロは、息も絶え絶えのオークキングを案じるが、強く背中を押され、駆け出す。その気配を悟られるまいと、オークキングは残りの魔力を振り絞り、魔弾をルナに放つ。
◇
………………
「のう────。貴様が王の器だとは、我には到底思えなんだ。……最後に召喚したのは貴様の実の子たちだったんじゃろう。あの場で召喚したのはどういう思惑じゃ?
血を分けた子なら我を倒せるという安い見積りか、死なば諸共という破滅願望か、はたまた藁をも縋る時間稼ぎか────。果たしてあの場で犬死にさせる必要があったのか、王を騙る貴様の真意を教えてくれんか?」
────腹を貫かれたオークキングは語らない。
「後味は思っていたものと違ったのう。
しかし、我はこれから貴様のような屍を、このほろ苦い感情を、数えきれぬほど踏み越えていかねばならぬ。
王に仕えるという意味を、肝に銘じないとな────」
ルナはオークキング、オークの子息たちの遺体をハイディアから借りた【どこでもポケット】にポイポイと収納していく。
「お主の魔核は我がずっと持っておくことにする。ゆっくり眠れ──────」
◆御礼
読了ありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、ぜひぜひブックマーク、リアクション、評価、感想/レビューをいただけたら、ものすごく励みになります。よろしくお願いいたします。
◆告知
『夜の王と契約魔法』はカクヨムコンテスト11にエントリーしています。(他プラットフォームにて失礼します)
https://kakuyomu.jp/works/822139839656378427
おかげさまで、新人作家の処女作であるにも関わらず、現在競合ひしめく「異世界冒険部門」で、100〜200位/1800作品と大健闘しております。
あなたの一票で、大きな支えを得られます。ログイン、フォロー/評価というお手間をかけてしまいますが、是非あなたの手で作品を育てていただけると、嬉しいです。何卒、よろしくお願いいたします!
◆告知②
本作で活躍する『ルナ』を主人公として、
完全独立スピンオフ短編
『最強魔王の筆頭配下、古書を探して『美少女探偵ムーブ』ひとり旅』を公開しました。
前後編で完結、10,000文字ぴったりでお送りする【あやかしキャラ文芸×短編ミステリー】として、カクヨムコンテスト11 短編部門に挑戦しています。
作品は作者ページにございます。
https://kakuyomu.jp/users/itka
気に入っていただけたら、こちらも是非、フォロー、★評価で応援してください!




