第5話◆転生(誕生)
◇
「さて、今三年相当の時間が経過したよ。ここまでだ」
俺は少女から三年という約束で、魔法や転生先の世界について学んでいた。
死んでいるため食わず寝ず、おまけに昼夜も時計もカレンダーもない空間で過ごした三年という時間は途方もない永さに感じられた。
その甲斐あってか、充分な知見を得られたと思う。俺なりの仮説も立てられた。そしてなにより、時間が俺の心の傷を薄くしてくれた。
転生先の世界は貴族階級社会である。文明は少し遅れた科学+魔法で成り立っている。
魔法においては、魔力の多寡、錬成の精度とスピード、それが固有の魔法スキルの習得にも繋がり、魔法士としての実力となるいうのがあらましだ。
俺が今いる世界から過去に転生者が持ち込んだ知識によって、食事や芸術などの文化は共通している部分もあるという。日本食があるといいな────。
魔王もいれば魔獣もいる。それを討伐する者、ハンターと呼ばれる者もいるという。
「俺が得たいものは得られたのかな」
両手の間で魔力を錬成してみせる。
それに対して、少女は笑顔を見せる。
「充分だろう?
君は本当に優秀で、さよならするのが寂しいくらいさ……」
語尾に含みを持たせたことをこちらが問う前に、観測者の少女は言葉を続ける。
「……最後に転生先の希望を聞こうか。
王族とかはさすがに厳しいけれど、ある程度なら叶えてあげるよ」
「没落寸前の悪徳伯爵家、できれば三男以降を希望する」
「うん、その心は?」
「聞かなくても心は読めるだろ?
俺のしたいことは貴族の下の方が丁度良い。
悪徳で没落寸前なのは、俺のせいで滅んでも心が痛まないからさ。
三男以降というのは、くだらない跡目争いに巻き込まれないためだ」
「あと母親は若い美人がいいかな。乳飲子なんて気が滅入りそうだからな」
「ふふふ、最後は聞かなかったことにしておくよ」
「観測者さん────ありがとう。
君のおかげで来世に少し希望が持てるようになった。楽しかったよ」
「こちらこそ。
それじゃ達者で、良い魔王になりなよ!」
心なしか、彼女は寂しそうな笑みを見せて言った。
身体が光に包まれる。その刹那、思いついた最後の質問を投げかける。
「あ、最後に観測者さんの名前、教えてよ」
「うん、僕の名前は──────」
…………
◇
行ってしまった……。
夢のような時間だった。
これからは、また彼が為すことを観測することになる。僕はただ見ているだけ。もうあんな思いは、二度としたくないのにな……。
◇
気がついたのは胎内だった。
瞬間、魔力量を制御する。身体から魔力が溢れ出るのを感じたからだ。産まれるまでは、観測者との鍛錬で培った魔力錬成の続きを自分の体内で行うのだ。
産まれてからも数年は我慢だな。目を離してもらえるようになるまで、身体の中に魔力を隠しておかなければいけない。
「ああっ──────!」
「セラム様、何かございましたか!?」
「なんでもないわ、強い胎動を感じて驚いてしまっただけよ」
「お部屋から邪悪な魔力の気配を感じた気がします。念のためにお調べいたします」
母と私設兵だろうか。声が響いて聞こえる。危うく流れ出る魔力に気づかれてしまうところだった。
観測者曰く、魔王は人でないものから産まれると考えられているため、公に魔王として恐れられることは、そう無いとのことだった。
しかし、魔族が得意とする闇属性の魔法やその魔力量などで目立ってしまうと、出自に関わらず異端審問にかけられたり、調査されたりする可能性があるという。
特に幼少期は魔法の属性など考えることはできないため、闇属性の魔法を垂れ流しにして、目をつけられたり、事故に見せかけて葬られたりすることもあるという。
すなわち、転生した俺は実力を隠したまま実力を磨くという、ややこしいことをしなければならない。どこかでオープンにするとしてもそれはかなり先になってからだろう。
観測者をして「まずまずの強さ」は身につけたはずだからな。気をつけないと。
◇
観測者に頼んだ通り、俺は三男だった。
長男、長女、次男に続くソルティレージュ家の第四子。側室の子だ。
あまり期待されないだろうと高を括っていたが、この世界においては魔法士として優れていれば男女、出生順に関わらず家を継ぐこともあることを知った。
俺はハイディアと名付けられた。
出生時に測られたのは、身体に蓄積できる魔力総量、すなわち魔力の器の大きさであった。
器の大きさは生まれながらにして決まっており、努力による成長が見込めないため、当主である父親は特に重要視している様子だった。
家臣らしき男が、父親に神妙な面持ちで話す。
「残念ながら、ハイディア様の器は大きいとは言えません。
ご長男のベスギーザ様の半分ほどかと思われます。
ただしこの歳では考えられぬほど、身に纏う魔力循環が流麗です。まるで熟練の錬金術師を思わせます」
「我が血を受け継いでいながら、器が小さいとは残念な話だ。
だが、跡継ぎは嫡男のベスギーザと決めているため問題はない。ベスギーザは私の器の大きさをしっかりと受け継いでいるゆえな」
「承知しております」
「器なき者は、魔法騎士として三流であるというのが道理である。
しかしながらハイディアに希望が全くない訳ではないと、お前は申すのか」
「左様でございます。
聖教会での業務の中に魔力循環が欠かせない分野がございます。
魔法騎士としてはベスギーザ様に遠く及ばずとも、類稀なる才能であることは事実。
流石は旦那様の御子でございます」
「平民の生まれなら金の卵かも知れんが、魔法騎士の家系においては無用の長物だ。
それでも、いけ好かない聖教会内に子息を送り込めるなら御の字か。
家名に泥を塗らぬよう、徹底的に教育しろ」
「畏まりました」
言葉を理解していないと思って、血を分けた子どもに対して随分な物言いである。悪辣な家柄を指定しておいて何だが、父親にここまでストレートに言われると傷つくというものだ。
この日以来、俺は両親からの期待を感じることなく、聖教会に売られるための教育を受けた。今更な内容や鍛錬だったため、聞いているふりをして、体内に魔力を隠しながら魔力錬成に努めた。
期待されないことで、自由に動ける時間を得ることができたことはむしろ喜ばしいことだった。
五歳上のベスギーザは父親の寵愛を受け、魔法騎士としての教育を直々に受けていた。
彼が俺を無能と嘲るのを、悲しがり泣くふりをしてみせたらたいそう喜んでくれた。大した【器】の持ち主である。
親ガチャ兄弟ガチャは総ハズレだ。ここまで見事に外すとなかなか清々しいものである。




