第25話◆運命は月に導かれ
◇
日曜の夜、その日はギルドからの指名討伐依頼で、ストームヴァルチャーを探していた【誓いの夜明け】の一行。
ストームヴァルチャーは討伐難易度Aランクの猛禽類で、翼の長さは十五メートルにも及ぶ。全身は濃い鉛色の羽毛に覆われ、頭部から首にかけては古びた甲冑のような鱗でびっしりと覆われている。
鋭利な鉤爪と、岩をも砕くくちばしで、地上に一度降りればその巨体と筋力でその場を蹂躙すると言われる。
しかし平時は魔力を抑えて移動する特性のせいか、なかなか出会うことができず、すっかり日が沈んだ森を四人で探索していた。
ふと俺は、遠くから近づいてくる魔力に視線を送る。
「あれは──────」
「ムーンラビットの群れだね。
討伐ランクはC、器用な立ち回りをするモンスターだけど、取り立てて攻撃力は高くない。臆病で人間に危害を加えることも稀だし、放っておいていいだろう」
「可愛いわよね。でも警戒心が強く、人には懐かないらしいけど」
ネージュが興味なさそうに説明をして、イーナも疲れているのだろう、気の抜けた返事をする。
だが俺は一体のムーンラビットの色が気になっていた。
「あの一体、色が違う────。
まるで一体を追い詰めているように見えるな」
「俺には同じに見えるけどな。
ムーンラビットの内輪揉めなんぞに興味ねえよ。早くストームヴァルチャーを倒して早く帰るぞ」
俺の考察にアルヴァンも疲労からくる苛立ちをぶつけてくる。イーナも続ける。
「ハイディア、ムーンラビットは一旦置いておきましょう。
それよりも今はストームヴァルチャーだってば」
やり取りを聞いていたネージュが立ち止まる。
「もうすっかり暗い。皆の集中力もかなり散漫になってきた。明日は月曜だし、また後日出直すとしようか」
「くそっ、無駄足かよ……」
各々思うところはあるが、ネージュの決定に異論を唱えるものはいなかった。
森の入り口まで戻ったところで、俺は皆とは反対の道へ進む。
「ハイディア、どこへ行くの?」
「俺は少し散歩して帰るよ。少し一人になりたい気分なんだ」
「魔物に襲われるといけない。
索敵に長けた君なら大丈夫だとは思うが、一人で森に入ったりはしないほうがいい」
「わかっているよ」
「明日は授業よ、ほどほどにね」
◇
皆と別れたあと、程なくして森へと引き返す。
俺はたまにこうして自然の中を歩くことにしている。一人の時間が好きと言うのもあるが、かつてケルベロスと出会った日のように、何か運命的な出会いがあるのではないかと期待してしまうからだ。
魔王として転生してから十五年。人間としての友人はいるが、配下は偶然出会った幼いケルベロスだけだ。もちろん闇雲に手駒を増やせば良いという話ではないし、何より一人で動くことの方が性に合ってしまっている。
焦る訳ではないが、思い描く一般的な『魔王の軍勢』というものと自己の在り方との差に、少しだけ感傷的な気分にもなる。
ストームヴァルチャーとやらを、ネージュたちよりも先に見つけたら配下にできないかと考えたりもした。しかし価値観や考え方の合う人間や魔獣とは、そう都合よく出会えるものではない。結局、導く答えはいつも同じで、無用な焦燥感に身を焦がしているだけなのだ。
────夜の森の、闇と静寂が好きだ。
自然が奏でる音の重なりが、アンビエント・ミュージックを思わせる。
人間社会のつまらない柵や、囚われがちなくだらない感傷など、全てを忘れさせてくれる。
気を落ち着かせ、そこから小一時間ほど散歩と内省の時間を楽しんだ後、多数の魔獣の気配を感じる。
「やれやれ、せっかくの散歩が台無しだな」
一体が群れから魔法弾を撃ち込まれ、吹き飛ばされた衝撃で、俺を目掛けるように飛び込んできた。
思わず受け止めてしまった。
虹彩を帯びて煌々と輝く、まるで月を抱いたかのように錯覚する。
「────なんと美しい」
腕の中のムーンラビットと目が合う。
「勿体ない言葉だ。
迷惑をかけたな、強き人よ」
「────驚いた、言葉を解すのか」
「ふふ、知らずに話しかけたのか?」
三十体ほどのムーンラビットの群れが俺たちの周りを遠巻きに取り囲む。得体の知れぬ人間に警戒したのか、攻撃の手を止める。
「感嘆が漏れてしまっただけのことさ。
仲間割れか? 君は彼らの中では別格だが、一見すると多勢に無勢といった様子にも映る」
「我が、闇魔法を使っているところをうっかり見られてしまってな……。
光魔法に生きる我ら種族の中では、禁忌の対象ということで、総攻撃を喰らっているところじゃ」
「なるほど──────
他のムーンラビットと色がまるで違うのはそのせいか」
「なんと。今度はこちらが驚いた。
よもや我の色を識別できるとは」
「識別? まるで違うように見えるが────。
通常、ムーンラビットは灰色の毛に黄色の角と目を持つものだろう?」
「ふむ、我は何色に見える?」
「────漆黒だ。漆黒の身体に蒼の角と瞳が映える。まるで闇に輝く、蒼き宝石のようだ」
今夜はやけに饒舌になってしまう。
「ふふ、其方は相当な実力者のようだ。
色は認識阻害魔法を使っている。一度は親にさえ捨てられた存在ゆえな。
一目で敵視されぬように気をつけておる」
「そこまでしていて、闇魔法を使っているところを見られるとは、詰めが甘いな」
「ふふふ──────。
なかなかどうして、手厳しいではないか」
「隠して生きるところに、何か事情もあるんだろうが、深くは訊くまい。
しかし、ムーンラビットは群れて暮らす性質と聞いていたが、異端狩りのような真似もするんだな」
「────我はもとより群れて生きるのが性に合わぬタチでな。
闇魔法もバレてしまったことだし、こそっといなくなるつもりが、しっかりバレて追い討ちを食らってしまったという訳だ」
「はは、やはり詰めが甘いのさ────」
「ふふふ、返す言葉もない。
気の悪い奴らではないのじゃが、何分弱い種族だからな。つまらんことに拘る者が多い。
今夜は月が翳ってしまって、我も本来の力が出せない。闇夜に潜む作戦が、見つかってしまったことで裏目に出てしまった」
「俺も群れるのは嫌いだ。人間も弱く群れたがる。君の気持ちもなんとなくだが分かる────」
人間と会話をすることを怪訝そうに伺いながらも、少しずつ距離を詰めるムーンラビットの群れ。退路は絶たれている。
「────手を貸そうか?」
錬成した魔力で、人差し指の先に月に似せた光源を作る。
漆黒のムーンラビットの色彩の蒼がはっきりと際立つ。
「手助けなど要らぬと思ったが、これほどに芳醇な魔力の加護を賜ることなどそうあるまい。有り難いものだ」
力を得たムーンラビットは月の光を受け、美しくも夥しい魔力を全身から纏った。
闇を割く、蒼き閃光────────
それを見たムーンラビットの集団は、勝ち目なしと悟ったか、一目散に逃げ出した。
「ふふ、群れたところで、個々の弱さを紛らせた気になるだけ────本質的な弱さは変わらない。
実に下らないとは思わんかのう」
「全くだ。君は弱くて追い詰められた訳ではない。
君からは彼らを殲滅しようという意思を感じなかった────」
「こそこそと群れて生きる同胞は、どこか陰鬱で、哀れな存在にも思えてね。攻撃ひとつするのも躊躇われる」
「────人間も似たようなものさ」
「せっかくの縁じゃ。其方は誰で、何をしに森に来たかを聞かせてくれ」
「散歩をしていた。配下……いや、パートナーとなれるような存在との出会いを期待してね。
────こう言うと下心があって君に手を貸したようで気が引けるが」
「ふふ、そんな下卑た勘ぐりはしないさ。
其方が呟いた、美しいと言う言葉に嘘はないと信じている。嬉しいことよ」
「あと────俺は魔王だ、名もなきな。
前世で弟に殺されてこの世界に転生した。
哀れなものさ」
「────ほう、なるほど」
「驚かないのか?
転生の話は誰にも話していない、とっておきの秘密なんだけど────ちょっとショックだな」
俺は思わず笑ってしまう。
「ふふふ、あの魔力を見せられてはな。見事なほど密に練られた魔力だった。
魔力は量ではなく質、それを裏付ける存在に他ならない」
「そんな崇高なものではないさ。
美しい君に話すには薄汚れた話で恐縮だが、俺は契約魔法を使う──────。
────他人を縛り上げては力を奪っているのさ。
勇者とか聖女とか、世の中には色々な奴がいるが、俺は生きているだけでそいつらにつけ狙われる宿命を背負っているらしい。
その対抗手段として魔力と魔法を奪いながら力を蓄えている」
「それは穏やかでないな。其方の行いには何か目的があるのか」
「────心穏やかな日々を過ごすためさ。せめて目の届く範囲に在るものくらい護れる力が欲しい。もう何も奪わせない。
そのために、狡賢く、醜い者たちから全てを奪い、糧とする。
最後に得られるものは、晴れやかな気分で昼寝ができるくらいのことかも知れないがね。
そして死んだ後────前世と現世の狭間で会った、俺の観測をしているという少女と、また話がしたい。俺は何かを為せたのか────と問いたいな」
「ふむ、言わんとすることは分かった」
「こんな戯言、理解してくれるのか?」
「────なんとなくな」
不思議なやり取りで、思わず互いに笑い合う。
「其方は自身を魔王と名乗ったが、魔王というのは属性や肩書きのようなもので、それ自体が何を決める訳ではない。
────其方は悪として生きているというのか?」
「────どの世界も綺麗事で出来ているわけではない。
善悪は見方を変えれば簡単に翻ることを、件の少女から教えてもらった。
だからこそ、俺は名もなき魔王なのさ。見方を変えれば善にも悪にもなる────」
蒼い瞳で静かに見つめるムーンラビットに、俺は続ける。
「────俺の前世では弟が勇者でね。自分では何もせず、思い通りにいかないことの全てを他人のせいにして生きていた愚図の癖に、くだらない逆恨みで俺や家族を殺したのさ。聖女である母親とともにね」
「それは随分と壮絶な話だ」
「弟もこの世界に転生したことは知っている。勇者と魔王の因縁だ────生きていればまた逢うこともあるだろう」
「復讐するのか?」
「わからない──────だが、まずは問いたい。
現世において、勇者として何を為すのか。
前世で殺した罪なき人のことをどう思い、現世をどう生きるのかをな」
「ふむ……」
「さて、俺は往くよ──────。
君ともまた逢うこともあるだろう。君の蒼い角と瞳は見ていて心地よかった」
「────口説かんのか?」
「え?」
「我は其方に興味深々じゃぞ。
この後、どんな言葉で口説いてくれるのか、楽しみにしておったと言うのに。それとも我ではお眼鏡にかなわんのか?」
「────出来過ぎていて気に入らない。
気まぐれに歩いた夜の森で、運命の相手と本当に出会ったなどと────」
「────つまりはどういうことじゃ?」
俺は息を深く吸い、蒼い瞳を見据える。
「俺についてこい。森で腐っているよりも遥かに面白いものを見せてやる。
お前の名は『ルナ』──────
闇よりも暗く、月よりも煌々と輝くが良い。
────この俺の、傍でな」
「見事じゃ。
『パートナー』などと甘っちょろいことを言うから、配下になるにも我からお膳立てせんといかんかと思ったぞ」
「もう手遅れだぞ。真名を付けてしまったからな。お前の美は永遠に、主である俺のものだ」
「気に入った──────。
謹んで名誉を賜ろう。我が主よ」
「出来過ぎなんだよ、まったく────」
眩い光が森の闇を照らし、ルナが擬人化をする。ムーンラビットの可愛らしさはそのままに、美しくも可憐で小柄な少女。重めの前髪が踊る黒髪のショートカットに、青の瞳と水色のメッシュが目を惹く。
次の瞬間、上空からストームヴァルチャーが飛来する。気づいていたルナと俺はひらりと躱す。今日の【誓いの夜明け】のお目当てが、まさかこのタイミングで向こうからやってきてくれるとはな。
ストームヴァルチャーがけたたましい咆哮を上げる。身体が震えるほどの強大な魔力。
自身の五倍はあろうストームヴァルチャーの猛攻に、怯むことなく鮮やかに掻い潜ったルナは、魔力で蒼い刃を形取ると、小柄な体を捻ってその首を斬り落とした。
その刹那、雲間から顔を出した月が、まるで祝福するかのように俺たちを照らし、ストームヴァルチャーの血で染まった足元の影が、長く大きく伸びる。
「つくづく出来過ぎだな──────」
──────運命か。
俺は静寂を取り戻した森の中を、ルナと共に帰路につく。
「いつか、本当にそうだったと思える日が来ると良いな」
道中、ルナがくれた答えを、
その日が来るまで、俺は大切にしまっておこうと思った────。
◆御礼
読了ありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、ぜひぜひブックマーク、リアクション、評価、感想/レビューをいただけたら、ものすごく励みになります。よろしくお願いいたします。
◆告知
『夜の王と契約魔法』はカクヨムコンテスト11にエントリーしています。(他プラットフォームにて失礼します)
https://kakuyomu.jp/works/822139839656378427
おかげさまで、新人作家の処女作であるにも関わらず、現在競合ひしめく「異世界冒険部門」で、100〜200位/1800作品と大健闘しております。
あなたの一票で、大きな支えを得られます。ログイン、フォロー/評価というお手間をかけてしまいますが、是非あなたの手で作品を育てていただけると、嬉しいです。何卒、よろしくお願いいたします!
◆告知②
本作で活躍する『ルナ』を主人公として、
完全独立スピンオフ短編
『最強魔王の筆頭配下、古書を探して『美少女探偵ムーブ』ひとり旅』を公開しました。
前後編で完結、10,000文字ぴったりでお送りする【あやかしキャラ文芸×短編ミステリー】として、カクヨムコンテスト11 短編部門に挑戦しています。
作品は作者ページにございます。
https://kakuyomu.jp/users/itka
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