第20.5話◆スピリチュアル・タトゥーイスト〜キャットの物語〜
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マダガルたちとの奴隷契約を結ぶ、三ヶ月前。禁忌とされる隷属紋を操るドラァグクイーン、キャットという男の物語である────。
キャット────本名、キャスパー・スナイデルは、とある資産家の次男として生まれた。
キャスパーは幼少時代から絵や彫刻など、鋭いセンスを遺憾無く発揮していた。作品の出来もさながら、憂いを帯びたモデル顔負けのルックスと長身も相まって、メディアは大きくキャスパーを取り上げた。
「キャスパーくん、こっち目線ちょうだい」
「素晴らしい作品だわ。貴方の繊細さがよく現れている」
キャスパーは、いわゆる大衆向けのアートを担う繊細な美少年アーティストとして、一世を風靡した。雑誌は芸術誌よりも大衆紙、特集では作品よりも彼の顔の方が前面に出る露出に、彼は戸惑っていた。
しかし、彼にとってこの露出は悪いものばかりではなかった。彼の文化的活動にノーを唱えていた母親が、初めて彼の活動を褒め称えたからだ。
母親はかねてより芸術への理解はなく、学力が上がらない彼をずっと否定し続けていた。ただ一点、彼の見た目の良さは『私譲りの美点』として常に絶賛した。裏を返すと、彼の見た目の良さばかりを評価して、内面を評価しないことに他ならなかった。キャスパーは親の過干渉ゆえの、無気力さに苛まれる中で、衝動や自身の芸術への欲求を隠せなかった。
それだけに彼が芸術面で評価されたこと、彼の見た目も相まって美しき芸術家と呼ばれることを、母親は初めて手放しで喜んだ。キャスパーはそれを自身の生きる道と『錯覚』した。両親の望む絵を描き、両親の望むような異性と付き合う、それこそが自分の生きる道なのだと、真剣に思い込んでいた。
「ねぇ、キャスパーって二人きりになると、自分が無いっていうか、なんかつまらないのよねぇ」
「それ! 何考えてるか分からないよね」
異性から人気があったこともあり、交友する人数こそ多かったが、皆、深い仲になる前にフェードアウトしていった。一番長く続いたのは母親の友人の娘だった。母親が彼女を褒めるため長く付き合ったが、ある日母親が友人と喧嘩して立場を豹変させこき下ろすようになり、会いづらくなくなってそのまま破局した。
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彼にとっての転機が訪れたのは、彼が十九歳のときだった。実家から独立して、芸術家としての稼ぎだけで食い始め、その年初めての個展を開催した春のことだった。
「今回の彩りも素敵ね。キャスパーくんの澄んだ瞳のよう」
「ああ、彼の繊細さゆえの苦悩が、キャンバスに滲み出ているようだ」
寄せられる賞賛とは裏腹に、どこかルーチンワークをこなすような得も言われぬ虚しさが日に日に強くなっていた。今日この後、個展をクローズしたら、来場者の集計と銭勘定をしてくれるスタッフからの報告を税理士に送り、部屋で待っている彼女を抱けば、また明日が来るのだ。
「はぁ……くだらない……」
思わず漏れた言葉が、客として来館した目の前の老婆と一言一句重なったことにキャスパーは驚いた。
「おや、気が合うじゃないか。若いの。
この作者はダメだね。見てくればっかり、小手先で描くようになっちまった。昔、拾った雑誌で見たときは目を見張るものがあったんだがねぇ。
アタシん家の近くに来たっていうから、個展に来てやったってのに、とんだ肩透かしさ。金返せってんだ」
「僕が誰だか知ってる────?」
「知らないね。悪いけど芸術以外にまったく興味ないよ、ごめんね。
小綺麗な顔してタレントモデルかい?」
「いや、そんなんじゃ……
この作者さ────昔見たときはどんなところが良かったの?」
「一言で言えば鬱憤と絶望さ。
キラキラした誌面の特集とは裏腹に、若い癖にこの世の全てを悲観しているような鬱々とした内面が滲み出てた。一見して明るい色で描いているようで、描きたいのは内面の満たされなさ──いわば乾きさね」
「へえー」
「つまんない一般人になっちまったんだろうね。悲しいことさ。でもこんなことは長く生きてたらよくあること。あんたも若いうちからこんな絵見てると目が曇るよ」
「────お婆さんは何してる人なの?」
老婆はゆったりとした袖を捲ると、色めく刺青が顔を出す。
「彫り師さ。もとよりこれはアタシの師匠が彫ってくれたものだけどね」
「へぇー。かっこいいじゃん。
ついていってもいい? 僕にも彫って欲しいな。彫り方も教えてほしい」
「ふん、勝手にしな。施術するなら金は貰うよ。
だけど別にこいつは金になる商売じゃない。それでもよければついといで」
その日、新進気鋭の若手アーティスト・キャスパーが、個展から突如失踪したとニュースになる。失踪はその後半年にも及んだ。
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キャスパーは自身を『キャット』と呼ぶ老婆の元でタトゥーの修行をした。老婆の元を訪れるのは皆、素性に闇を抱える者が多く、キャスパーはその生き様をスポンジのようにインスピレーションに変えた。特に老婆のファンだという、ドラァグクイーンの二人組からも影響を受けた。
ある日、デッサンをしているところを老婆に見つかる。
「あ、これは────」
「ふん、随分マシになったじゃないか。昔の頃とやっと地続きの絵が見れたね」
老婆はにっかと笑う。
「────気付いてたの?」
「年寄りを甘く見るんじゃないよ。それにニュースにもなってたしね。アンタはやっぱ彫り師に留まる人間じゃない。絵描きに戻りな。
ただ、アンタの居場所はアングラに近い。また迷ったらいつでも帰っておいで────キャット」
キャスパーは老婆に泣きつく。老婆はよしよしとキャスパーを宥め、決心が鈍らないようにと、そのままキャスパーを追い出した。
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アトリエに戻ったキャスパーには鬼が宿っていた。そこから半年、燃えたぎる情熱と鬱憤の全てをキャンバスにぶつける。見た目はときに淡く美しく、ときにドラァグクイーンのように華麗に着飾ったが、泣きながら描いたすべての作品の本質は、醜く、満たされない乾きだった。自身の人生の全てを作品に刻んだ。
そして、失踪の話題性から次の個展は大盛況となり、キャットは絶望することになる。
「やはりキャスパーくんの才能は本物だ。変わらない作風に加えて、失踪という箔がついた。実にアーティストらしい。上手いことやるじゃないか」
「変わらない繊細さの中に深みが出たわね。内面の美しさが垣間見えるかのよう」
彼らは、キャスパー・スナイデルの作品の表層的な美しさしか見ていない。その奥に込められたメッセージや、内面の葛藤など、何も理解していないのだ。
「はは、くだらないや────」
もう足を洗おう────。そんな報告をしに老婆の元を訪れたキャスパーを待ち受けていたのは、吐血し、仕事場のベッドにもたれた老婆の姿だった。駆け寄るキャスパーに老婆はしゃがれた声で語りかける。
「おや……最期にまたアンタに会えるなんて思ってもみなかったよ……。悪いね、アンタの個展に行くつもりだったけど、しくじっちまった。
タチの悪い病でね、もうアタシは助からない。アタシのことはもう忘れな……」
「違う、やめて、もうあんな偽物の世界には戻らない! タトゥーイストとして生きたいの! だからっ……助からないとか言わないで……」
泣き崩れるキャスパーの耳元で老婆が囁く。
「運命とかね、アタシゃ信じるタチじゃないんだけどさ……でも、死を待つだけの今際でアンタにまた会えたのは、何かしらの意味があるのかも知れないね……。
キャット、アンタに奥義を授けるよ。これを使うかどうかはアンタ次第。一子相伝の秘術さね」
老婆は震える手で仕事道具のニードルを手にして、詠唱を唱える。キャットの左の二の腕に、呪術紋が刻まれる。
「アンタがこれを使うかどうかは、アンタに任せる。どう使うかまで教えられないのが口惜しいね……。詳しくはドラァグクイーンの二人に聞きな。
アンタがここに来てくれたから、アタシの人生、最期に少しだけ報われたかも知れない。あ、ありがと…………」
キャスパーの腕の中で、老婆は一筋の涙を流して微笑み、息を引き取った。キャスパーは生まれて初めて叫び、喚き、感情を解き放つように嗚咽した。
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老婆の葬儀は親しくしていた仲間内でしめやかに営まれた。その翌々日、腕の紋様の下に、老婆の名と共にR.I.Pの文字を自身で彫り、ドラァグクイーンの二人にメイクをしてもらったキャットは、自身もドラァグクイーンの姿で、故郷の両親の元を訪れた。
かつて『キャスパーの美しい顔立ち』を誇りにしていた母親は、変わり果てた息子の姿を見て、発狂し悲鳴を上げた。
「お前はっ! 一体っ! 何者になったんだっ! それに刺青かそれはっ! 親に貰った身体を何だと思ってるんだい! 恥ずかしい! 情けない! みっともない!」
父親も、変わり果てた息子の姿に激昂した。
「こんな醜い格好をして……恥を知れ! お前は、どれだけ俺たちの期待を裏切れば気が済むんだ!」
キャットは、冷たい眼差しで両親を見つめ返した。
「期待? アンタたちが私に押し付けたのは、体裁のいいハリボテだけだったじゃない? 私は、もうアンタたちの操り人形じゃない。今日は許可をもらいに来たんじゃない、サヨナラを言いにきたの。
産んでくれてありがとう────さようなら」
キャットは、老婆との出会いをきっかけに、衝動に従い、ありのままの姿で生きることを告げた。両親は最後は激しく抵抗をしたが、キャットの決意は揺るがなかった。
彼は、自分を否定し続けた両親に毅然と別れを告げ、二度と彼らの元へ戻ることはなかった。
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一週間とはいえ、再びの失踪とドラァグクイーンと化したキャットの個展に訪れる者は日に日に減っていった。画廊にも三行半を突きつけられ、閑古鳥が鳴く最終日、老婆のことを思い出して感傷に浸っていたキャットは、がらんとしたギャラリーを見て、誰も理解してくれない現実を自虐的に呟く。
「素晴らしい────」
思わず漏れた言葉が、背後にいた男と一言一句重なったことにキャットは驚いた。老婆との出会いと重なり、男を振り返る。
「噂に聞いてきてみたが、前評判と随分違うじゃないか。この絵の真髄は見てくれではない。その裏側──いや、裏ではなく中身だな。根本に渦巻く人間の満たされない渇望、絶望、諦め──その全てを内省的な筆致で描いている。
紛い物ではない、すべて作者の心理描写だ。ここまでの作品はそうそうお目にかかれるものではない。あなたが作者か?」
「そう……私が作者の……キャスパーよ。
残念ね。せっかく作品の本質を理解してくれる人と出会えたのに、スポンサーが離れたから次回作は未定。あと、この名前名乗るたびに自分をぶっ殺したくなるしね────」
「……?
よくわからんが、俺とくるか────?
スポンサーがいないなら、俺がスポンサーになろう」
「冗談でしょ? アンタみたいなお子ちゃま。
────でも真に迫ってるわ。アンタの佇まい、半端じゃないから」
「そんなに嫌なら名前────俺がつけてやろうか?」
「へぇ、面白いこと言うわね。もしその名前を気に入ったらアンタについていってあげるわ」
「ふっ……お前の内面は醜く、汚く、何よりも高尚だ。
────もう隠さなくていいぞ『キャット』。
お前の好きなように着飾り、好きなように振る舞え。理解されないなら、まずは目の前の俺のために、お前だけのアートを追求しろ。
世界に美しさを教えてやれ────」
「……やーだ、アンタかっこいいじゃん♡
『キャット』は……まあ、そこそこね。
でも及第点。アートとセンスの何たるかは、アタシが教えてあげる。アンタと一緒に往くとするわ♡」
半年後、キャットは自身のアトリエをハイディアの【ハイドアウト・ドア】の中に構えることとなる。アーティストとしての開花はそう先の話ではない──のかもしれない。
◆御礼
読了ありがとうございます!
これにて、幕間も含めて第1章完となります。
第0章と地続きで、12万文字近くになりました。
孤高のアーティスト、キャットの背景情報はキャラクターメイク時から構想していて、描くタイミングはここしかないかなと、掲載2日前に書き下ろしました。
本作では、登場人物全員にそれぞれのドラマがあり、論理があります。それらが重なり合うときに生まれる衝突とドラマを────
明日からの第2章【夜の王 編】で描いていきます。既にほぼ執筆済みだったのですが、ライブ感を味わいたいと思い、半分ほど新エピソードに書き直しています。
【夜の王 編】では、同級生の勇者ネージュとの対峙、新ヒロインとのボーイミーツガール、そして叙述トリックを私なりに再解釈した、複数話にまたがるミステリーの手法も使い、ハイディアが夜の王として戴冠をする、非常にお薦めの章となります。
引き続きお付き合いのほど、また面白いと思っていただけたら、ぜひぜひブックマーク、リアクション、評価、感想/レビューをいただけたら、ものすごく励みになります。よろしくお願いいたします。
◆告知
『夜の王と契約魔法』はカクヨムコンテスト11にエントリーしています。(他プラットフォームにて失礼します)
https://kakuyomu.jp/works/822139839656378427
おかげさまで、新人作家の処女作であるにも関わらず、現在競合ひしめく「異世界冒険部門」で、100〜200位/1800作品と大健闘しております。
あなたの一票で、大きな支えを得られます。ログイン、フォロー/評価というお手間をかけてしまいますが、是非あなたの手で作品を育てていただけると、嬉しいです。何卒、よろしくお願いいたします!




