第9話◆裏切り
◇
意識を取り戻したマダガルは、腹の虫がおさまらなかった。
『生意気な口はせめて一人前になってから言えよ、お坊ちゃん。リベンジはいつでも受けてやるぜ、おむつが取れたらな────』
「くそっ! この俺様を舐め腐りやがってあの下民が! 首を斬り落としてやる! ぶっ殺してやるっ!!」
マダガルは七人いる取り巻きのうち、側近である二人、ニューロとベモを呼び出す。
「アルヴァン・クルーガーに女がいるか調べろ。いたら今すぐ攫ってこい!!」
マダガルは執念深い。
どうしたら相手が最も嫌がるか、どうしたら相手が最も悲しみ苦しむか、どうしたら相手の感情を逆撫でできるかを、常に考える卑劣漢である。
取り巻きはマダガルの人望に集まっている訳ではなく、侯爵家という家柄や、英才教育を受けたが故の好成績に依るところが大きい。
「マダガルさん、それが……気になる情報がありまして」
「なんだ、ベモ?」
「俺は、アルヴァンと親しい奴とミドルスクールで一緒でした。そいつから話を聞いたんですが……」
「何なんだ? 要件だけ言え」
「アルヴァンの固有スキルは、ハイディア・ソルティレージュという奴が考えたものらしいです」
「そういえば確かあの時……」
『────しかし、まさか俺がここまで来れるとはなぁ、本当にハイディア様々だぜ』
「……その同級生とやら、懐柔できそうか?」
「大丈夫だと思います。最悪、金でも握らせればこちらに靡くかと」
「そいつを連れてこい、奴の女は後だ。アルヴァン・クルーガーの強さの秘密から探ってやる」
◇
エドワードがベモに連れられ、マダガルの元に渋々やってきた。アルヴァン絡みのことだとは思ったが、スクールカーストトップ層をそうそう無視する訳にもいかない。
恐る恐る、マダガルに問いかける。
「あの……マダガルさん。アルヴァンの秘密を探っていらっしゃるとか……」
「おやおや、話が違うな。
大会のお礼参りに、あいつの仲の良い奴を片っ端から袋叩きにしているところだ。
お前も覚悟すると良い……」
「ひいっっ、僕はただのクラスメイトで、アルヴァンとは特別仲良い訳じゃないです!
勘弁してください!!」
怯えるエドワードを睨みつけていたマダガルの顔が一瞬にして和らぐ。
「おやおや……そうかそうか!
それなら俺様が友達になってやろう。
友達を殴るなんて酷いこと、俺にはできない。なあ、みんな?」
取り巻きたちは大きく頷く。
「ベモ、彼の名前は?」
「エドワードです」
「そうかそうか、よろしくエドワード。
これは少ないけれどお近づきの印だ。
さっき怖がらせてしまった詫びでもある。受け取ってくれたまえ」
マダガルはエドワードの手に丸めた紙幣の束を握らせる。
「こ、こんなに……」
「俺様はね、卑怯な手で大会を勝ち進んだアルヴァンに、制裁を加えたいと思っている。
友達として、エドワードも協力してくれるよな?な?」
「わ、わかりました。僕の知っていることをマダガルさんにお伝えします!」
「ありがとう、君もこれから俺様のグループの一員だ。皆で仲良くやっていこう」
「はい!」
飴と鞭を使い分ける狡猾なマダガルは、スクールカーストの上位に位置する。
芯のない者はマダガルに逆らえず、うまく利用されながらも、マダガルの後ろ盾で甘い蜜を吸うことができる。
エドワードもその一員となることを選んだ。
「僕とアルヴァンのいるクラスに、ハイディア・ソルティレージュという生徒がいます」
「ふむふむ」
「ハイディアは固有スキルを習得しているらしいのですが、それがかなり特殊で、他人に固有スキルを習得させられるという内容みたいなんです」
「やはりアルヴァンの能力はハイディアが授けたと、そういうことか?」
「間違いないです。僕が見ただけでもすごい数の固有スキルがノートにびっしりと書かれていました。
その中で盾の魔法について、使い方や細かいことをハイディアがアルヴァンに説明していました」
「随分とお人好しな固有スキルもあったものだな。
エドワードはハイディアから固有スキルを教えてもらえたのか?」
「いいえ……アルヴァンから、お前はまだ早いと言われました。
固有スキルを授けることはハイディアにもリスクがあるからと」
「ひどい話じゃないか、友達なら皆で共有するだろう。
ハイディアとやらも、アルヴァンには教えてエドワードには教えない。
これは有るまじき差別ではないか」
「……たしかにその通りですね。言われてみれば、なんだか腹が立ってきました!」
「そうだろう、そうだろう。友達がこんなひどい扱いを受けて俺様は悲しい。
是非ハイディアとやらにも話を聞いて、場合によってはこのグループに迎えてやろう」
◇
次の日の放課後のこと。アルヴァンは大会の疲れを理由に休みをとっている。
「おい、ハイディア」
「やあ、エドワード。どうした?
今日は朝から様子がおかしいぞ」
「アルヴァンに固有スキルを教えた件だ。
俺にはまだ早いと教えてくれなかった。
アルヴァンは大会で準優勝して、俺とお前は一回戦落ちだ」
「そのことか────
エドワード、すまない。君に教えなかったのには理由がある。
少し場所を変えてもいいか?」
「望むところだ」
エドワードは俺を先導し、一見、人気のない中庭のベンチに座る。俺は話を続ける。
「仰る通り、俺の固有スキルは、俺の考えた固有スキルを他人に習得させるものだ。
しかも属性や指向性を無視して、習得させることができるのだから、俺の魔力の負担が大きい。その反面、俺自身に旨みはない。
恐らく、昔からたくさんの固有スキルを思いついては、ノートにまとめるのが趣味だったからな。そんなところから開花した能力なんだと思う」
こうとでも言っておけばいいだろう。誰しもが聞いて納得できる、もっともらしい理由を説明する。
「そして、この能力のリスクを話すよ。他言無用で頼む」
「……わかった」
「俺のスキルは契約魔法だ。
固有スキルの習得と引き換えに、魔力の貸与契約を結ぶことになる。
これは契約の条件として欠かせない『縛り』なんだ。
エドワード、俺が君に炎を放つ固有スキルを習得させる契約をするとしよう。
もちろん固有スキルは君のものになる。
だが君が炎を放つときは、俺の魔力が消費されるんだ」
「自分の魔力消費なしで魔法が使えるってことか?」
「そう、ただし魔力の方はあくまで貸与する形になる。魔力は返してもらわないといけない。
借金と一緒だな、決められた割合で俺はちびちびと利息をもらうことができるが、きちんと返してもらえないと、最悪、俺の魔力は枯渇してしまうんだ」
「どうしてそんな縛りがある能力を身につけた?」
「気がついたら身についていた、としか。
もしかすると、たくさん思いついた固有スキルを、無駄にしたくなくて身についた能力かも知れない。
『ひらめき型』の習得ではないかと誰かに言われたな」
固有スキルの習得は、狙って習得する方法の他に、『ひらめき型』と呼ばれるある日突然習得するものがある。
無論そんな訳はなく、相手の都合の良いように話しているだけだが、エドワードは全く疑っていない様子だ。
「なるほど……」
「能力は渡したっきりで、魔力の返済もしてくれない奴だっている。
そうすると俺は渡し損で貸し損だろ」
「返さなくても大丈夫なのか?」
「強制的に取り立てようにも、相手の方が力が強かったりしたらな────。
俺の実力はフレッシャーズカップ一回戦敗退レベルだぞ」
もちろん力の強さは関係ない。
肝心な部分に嘘はついていないが、都合良く虚実を織り交ぜて話す、詐欺師のような話法をエドワードは真剣に聞いている。
「アルヴァンは返してくれたのか?」
「────いや、まだだ」
「なるほどな……」
「わかってくれたか。
エドワード、君が望むならいずれ君ともきちんと契約するつもりだ。今は俺の魔力にも限度がある。だから────」
「────その話、俺様にもじっくり聞かせてくれ賜えよ、ハイディア・ソルティレージュくん」
背後からマダガルとその取り巻きが現れる。
下手な隠蔽魔法で気配を消していたつもりのようだ。気づかないフリをするのも一苦労だな。あえて大袈裟に驚いてやることにする。
「誰だっ──────」
「君がアルヴァン・クルーガーに肩入れしていたのか、ハイディアくん?」
「盗み聞きか────マダガル?」
「お前、マダガルさんを呼び捨てだと!!」
「まあまあ……やめておけ、ベモ。
ハイディアくんもそんなに邪険にしないでくれよ」
マダガルは薄気味悪い笑みを俺に向けると、取り巻きを諌める。
「今の話を偶然聞かせてもらったがね、ちょっとエドワードが可哀想だな」
「────どういう意味だ?」
「君はアルヴァンとエドワードを差別している。
能力を授けたアルヴァンが先の大会で準優勝、エドワードは箸にも棒にもかからなかったと聞いた。
二人の友達を天秤にかけて差をつけるなんて、感心しないねぇ」
「ぐうの音も出ないな。
だが、俺の固有スキルのことなんだ。お前たちに何か指図されることではあるまい」
「まあまあ、そう言うなって。
ハイディアくんとは、俺様も友達になりたいと思っているんだ」
「なに?」
「どうだい? ここは一つ、君にも俺様のグループに入って仲良くするとして、固有スキルの習得の手助けをしてくれるというのは」
「遠慮させてもらおう。
俺の魔力量にも限界はある。この人数に一度に貸し付けて、すっからかんにでもなったら学院にも居られなくなるどころか、魔法士として廃業だ」
「ほうほう、すっからかんになるとどうなるんだね?」
「────まず新規の固有スキル貸与はできなくなる。というか、俺は魔力を自分では使えなくなるだろうな」
すっからかんになることがあれば、だがな。
「渡した固有スキルも使えなくなってしまうのか?」
「いや、その場合はその者自身の魔法が使われる」
「ふむ、つまり元の鞘に収まるということだね」
「ああ、そんな訳で俺はむやみに固有スキルを人に渡すわけにはいかないんだ。これで失礼する」
「待て。ここまで聞いて君を素直に返す訳がないだろう?」
「────俺をどうする気だ?」
「俺様が今住んでいる屋敷、我が家の別荘なんだがね。
そちらに招待しよう、友達としてね」
連中が俺を取り囲む。
「拒否権はないみたいだな」
返答はない。
俺は黙って従うことにする。
さて、ここから11話で「プロローグ」で描いた、主人公がトイチで魔力を貸して────のストーリーをじっくりと描いていきます。
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