第19話◆謝罪の雨
◇
ニュートウルフの討伐から帰った朝。
「ハイディア様……?
朝から湯浴みをされていたんですか?
声をかけてもお返事がなかったから探しましたよ────」
「ごめん、ガーベラ。
寝汗をかいてしまったんだ────」
「わかりました、ベッドメイクをしておきますね」
出会ったばかりの女の家から、朝帰りしたとは言えないよな──────。
しかしこんなこともあるんだな……。
実に異世界だ────けしからん。
ハイドの中身はエレメンタリーに通う十二歳だぞ。しかし【モンタージュ・カタログ】の効果はすごいな……。
今日の放課後はまたギルドだ。
昨日のこともあって少し気まずいが、グラスフィアは来るのだろうか。胸が妙に疼く。
◇
「ハイド!」
ギルドに入るなり、ギルドマスターであるオールムが駆け寄る。グラスフィアを探す暇もない。
「討伐の件、バリーから聞いた。
百を超える大群だったこと、敵が未発見の混血種だったこと、甘い認識で危険な案件を指名依頼してしまった。
本当にすまなかった……」
「場所を変えましょう、人の目もあります。
余計なお節介かもしれませんが、ギルドマスターの立場で、いちハンターに対して、あまり人前で頭を下げない方がいい────」
「わかった。ご配慮、痛み入るよ……」
移動した応接室には、既にグラスフィアとバリーが起立して待っていた。
「改めて今回の討伐、ギルドの不手際は到底看過できないものだと思っている。
本当にすまなかった」
オールム、グラスフィア、バリーが揃って頭を下げる。正直……気まずい。
「まずは頭を上げてください。
結果として無事に討伐できたんだから良しとしましょう。
確かに、他のハンターやパーティに対して同じことが起きたとき、取り返しのつかない事態になりかねない。
とはいえ、不測の事態に臨機応変に対応するのが、私の考えるハンター像です。そこまで気になさることではありません。
どうしてもというなら、ギルドとして、原因究明をして、改善策を練れば良いと思います。
────私は怒ってなどいませんし、むしろ昨日の討伐は、一対多の戦略が実践できたので、実りの大きいものでした。
あとは討伐数に応じて、追加報酬さえ貰えれば言うことなしです」
「心遣い、重ね重ね痛み入るよ。
これは借りにしておく。何かの機会に必ず返す」
「あ、それなら素材と魔核の回収、お願いしてしまっても良いですか?
正直、これが一番気が重くて」
「もちろん、こちらで全てやらせてもらう。
魔物を解体できる施設がある。
この後、そこに魔物の遺体を持ち込もう。
ニュートウルフの肉は、食用にはならないが、薬の材料としての需要がある。
なるべく高く買い取るようにしよう」
「これで綺麗さっぱり、貸し借りなしですね。ありがとうございます」
「あの…………
私は監督官としても、有事にハイドを守る者としても、何もできなかった。
こんなにも自分を不甲斐なく思ったのは初めてだ……。
本当に、本当にごめんなさい…………」
泣きながらグラスフィアが謝罪する。
バリーも続ける。
「それを言うのは俺の方さ……。
二重監視をあっという間にハイドに看破されちまった。
それにニュートウルフの群れを前にして、グラスフィアも崩れて、当初の計画が瓦解しているにも関わらず、前線にも立たず、隠れてだけいた。
何処がAランクハンターなのかと思うぜ。
本当に申し訳ない……」
「うーん。
せっかく討伐が成功したんです。謝る感じの流れはここまでにしましょう」
「グラスフィアさんは、挫折という大きな経験をできました。それも、誰も何も犠牲にせずにです。
A級ハンターとして成長する良い機会ではないですか。
バリーさんは、もともと戦力としての役割はなかった筈です。
戦局が敗色濃厚なら尚のこと、破れかぶれで前線に立つよりも、いざ敗走するときに備える役目、私とグラスフィアさんがやられたときに、ギルドに報告する役目があったのでしょう。
罪悪感を抱えながらも、逸る気持ちを抑えて、戦局を見守る役割をきちんと果たしていたじゃないですか。
お二人とも、的外れに落ち込むのはやめてください。
討伐も成功した、全員生きて帰れた、気づきもあった。謝るのはやめて、これで終わりにしましょう」
────些か饒舌になりすぎたか。まあいい、二人は少し悲観的すぎる。
ランクなんぞに胡座をかいていたのなら、これを機に自分を見つめ直した方がいいだろう。
「────ハイドはすごいな。
俺の言いたいことも、当事者としてはっきり言ってくれる。
指名討伐成功、ならびにBランク昇進おめでとう、ハイド!」
「いえ、ルーキーが偉そうに、失礼しました……」
「Aランク以上の昇進は色々条件があってな。ギルドマスターの一存で決められないことが、本当に申し訳ない」
おいおい、この流れで謝るか──────。
「前にもお話ししましたが、ランクにはさほど興味はないんです。
ロザリアさんを担当にしていただいて、また討伐依頼を受けさせてください」
「ああ、ロザリアも君と話したがっていた。
彼女は若手だが、ギルド随一の優秀なサポーターだ。これからもよろしく頼む」
「では、素材を持ち込むとしましょうか」
◇
応接室を出て、ギルド玄関に向かう。
気づいたロザリアが、対応を中断して駆けつけてくれる。
「ハイドさん……討伐おめでとうございます!
でも、危険な依頼を誤って提示してしまい、申し訳ありませんでした!」
俺の悪戯心に火がつく。
「本当にね──────。
今、オールムには釘を刺したところさ。
ロザリア、君も後でたっぷり絞ってやるから、覚悟しておいてくれ──────」
「……はひっ、わかりまし────」
「────すみません、冗談です」
俺はにっこりと笑う。
「ロザリアさんにはまったく責任のない話なので、謝らないでください。何のわだかまりもなしでいこうとオールムさん達と話はついています。
後日報酬を受け取りに来ますので、そのときは改めて、笑顔のおめでとうだけ、聞かせてください」
「は……はい! では、失礼します!」
ロザリアは笑顔を見せ、また窓口に向かって走っていく。
一方、バリーは肝を冷やしたような顔をしている。
「あんた、随分と迫力のある話し方もできるんだな────正直驚いたよ」
「ふふ、それは良かった。
普段の口調だけだと、軽く見られがちですからね。冗談くらい強い口調で言いたいものです」
「俺も正直びっくりだ、きちんと釘を刺されたと認識しておこう」
「おや、オールムさんまで。
では、そこは否定しないでおきましょうか……」




