第2話◆転生(彼岸の君)
◇
何もない白い空間。俺は一人でぽつんと寝ている。
「────ああ、俺は死んだのか」
先刻、弟に刺された事を思い出す。
刺された痛みと、身体の深いところから溢れ出る血液の暖かさ、霞む視界────
────ここで記憶が途切れている。
寝転んだまま手で刺された箇所をごそごそと触ってみたが、痛みはなく、服も血で濡れていないようだ。
「気がついたかい?」
何処にいたのか、ショートカットの少女が俺の顔を覗き込んできた。
急に現れたというには、あまりに自然な佇まいだった。歳の頃は十代後半から俺と同じ二十歳前後だろうか。首を傾げると栗色のショートカットが、軽やかに揺れる。
そして二言目──────。
「まさか弟くんに殺されるとはね」
「…………」
彼女は少し申し訳なさそうに、まるでフラれ話を聞いた、友人のリアクションのようなトーンで話す。
この場合、彼女は女神のような存在であるのがお決まりのパターンで、『異世界転生でチートさせたげるよ女神に任せなよ』みたいな展開が、お約束なのではないだろうか。
だがそんな様子は見られない。
「ふふ、君が訝しむのもごもっともだね。
しかし、僕は女神なんて大層なものじゃないし、柄にもないことさ」
心が読めるのか────この少女は。女神でないなら何者だというのか。
それにしても淡々と会話調で、気の置けないクラスメイトと話しているような気分になる。
「君が異世界チートなどという俗っぽいものを御所望なら、叶えてあげられなくもない。
そのくらいの力は持っているよ────。
────でも、君はそんなものに興味はないのだろう?」
図星だった。
俺のことを見透かしているような口ぶりだ。話さずとも伝わるようだが、心を読まれるのはどうにも気持ちが悪い。口に出して問いかけてみる。
「君は何者だ?」
「観測者────かな。
うまく言語化できないんだけれど、これが一番近い表現だと思う────」
「分かったような分からないような……。
まあいい。俺の抱いている疑問に答えてくれ」
本当に心を読んでいるのか半信半疑だったため、こんな質問をしてみる。
少女は当然のように言葉の意図を理解してくれた様子で、一度頷いてから語り始めた。
「まず最初に、僕は観測者と言ったけど、僕自身は何も望まない、何も決めない。君の行く末を見守るだけの存在さ────。
────君を前世からずっと見ていた。
でも、こうして君と直接話すことは特例。今回はかなりのレアケースなんだ」
「────弟に刺されたことか?」
「そう、君は勇者に殺された──────」
「…………?」
何を言っているのかわからない。勇者に殺された? いやいや、出来の悪い、諸々を拗らせた弟に刺されただけなのだが。
そもそも日本において、いや現代社会において勇者とか、漫画やゲームの中にしか存在していないものではないか────。
「君の混乱は理解できる────。
それでも事実を端的に述べるなら、君は魔王で、勇者である弟に倒されたということになる」
「ん? ちょっと話を止めてくれ。
俺が魔王だって────?」
「そうなんだけど、まあ、そうなるよね」
彼女は困ったように少し目線を外すと、口角を上げる。
俺は死ぬ前までずっと運動も勉強もそれなりに努力をし続けてきた。
成績は常に上位だったし、高校まで続けていたバスケットボール部でも、レギュラーであるくらいには打ち込んでいたものだ。
毒親気質な母親とはソリが合わなかったが、中小企業の経営者である父親を尊敬し、将来は父の事業を継ぐことを、漠然とした目標にしながら生きていた。この小並感。敢えて問おう、どこが魔王だと。
一方弟はどうだ。勇者だと?
『両親の良いところは兄貴が全部持って生まれたから、俺は残りカスの寄せ集めだ。生まれなければ良かった』が口癖で、すべてを環境のせいにして悪態をつき、ろくに努力もせず、それでいて人を小馬鹿にしながら生きている。
親父にも愛想を尽かされ、まさに堕落を擬人化したような存在だったはずだ。俺が刺された理由も、とんでもない逆恨みに依るものだ。
「色々わからないが、まずは教えてくれ。
俺が魔王で弟が勇者というのはいつ決まったことなんだ?
俺には魔王になった自覚なんてないぞ」
「生まれながらに────だね。
魔王というのは属性のようなもので、君に自覚がないのは、君のいた世に魔王や勇者という概念がないからさ。
さっきも話したけれど、今回は前代未聞のレアケース、魔王と勇者が同じ親から生まれてくるなんて普通ならあり得ない話なのさ」
そりゃそうだろう────というか、きちんと出生は分けてくれ。世界は広いんだから、勇者なんて然るべき戦場とかに放り込めよ。
「君の魔王たる素質は、前世の幼少期までは存在していたように観測している。
しかし君はお父さんの教育や、自身の理性で律して、そこからは真っ当に生きてきたと思うよ」
幼少期────墓場に持っていこうと思っていた昔の話だが、なるほど。少し納得がいった気がする。
「それでも君の血統から考えれば、弟くんよりも、魔王である君が生まれたことの方が異様なんだよね」
「────ん、どういうことだ?」
「君のお母さんが聖女で、弟くんが勇者として生まれたんだからね」
「────は?」
思考がフリーズする。
いや待て、俺の知っている母親と弟の話ではない。彼らは虚言癖のきらいがあり、思い込みと自己愛が異常なほどに強く、利己的かつ攻撃的、自分勝手極まりない人間だったはず。
人望だって皆無だった。もしや人違いではなかろうか。
「残念ながら事実なんだ。
一方で今、君の頭を巡っている二人の認識も、概ね間違っていない。
その辺りを詳しく説明させてもらうよ」
────死にたくなる事実を、死んでから知らされることになるなんて皮肉もいいところだ。
「少し長くなるけれど、話してもいいかな」
俺は黙って首を縦に振った。




